愛!暴力!
◆
「おはようございます、若様」
目覚めると俺はフェリに抱かれていた。
ここ最近はいつもそうなのだ。
最初は不敬として仕置きをくれてやろうとおもったが、「大奥様から若様の事を任されております」と言われてしまえば罰する事もできない。
なぜ母上がフェリにそんな事をさせるのか、母上に尋ねるのもどうも憚られる。
だからフェリに尋ねてみれば──
「恐れながら、私がこのように抱きすくめる事で若様は夜中に起き出したりせず、そのまま朝までゆるりと休む事が出来ております。人肌のぬくもりというのは安眠を促す効果もありますれば」
などと言い返される始末だった。
これが根も葉もない戯言なら、それこそ懲罰、あるいは処分と言った事も考えられるのだが、実際に深く眠る事ができているので文句は言えない。
考えてみればフェリの胸の大きさは母上のそれに近く、そのおかげで俺の体は安心して眠りにつく事が出来ているのかもしれない。
俺は体を起こし、床に立ち尽くす。
するとフェリが俺の夜着を脱がし、清潔な布で全身を拭った後、学生服の着用を手伝ってくる。
一人で着替えたほうが楽ではあるが、こういった事を使用人に任せる事もまた貴族の振る舞いの一つだ。
もっとも、これまでそれを赦してこなかった理由は、母上以外に肌を見せたくなかったからである。
母上を裏切るような気がしていたのだ。
だが
母上に十分に愛されないからとヤケになったからではなく、一人の貴族としてまず体裁を整えようと考えたからだ。
ところで、そんな俺と母上との関係がどうなったかと言えば──
◆
「お早うございます、母上」
「あら、ハイン。今朝も鍛錬お疲れ様」
朝いちばんに母上の笑顔を浴びる事で、学園の劣等共と一日過ごす気力が沸いてきた。
そう、俺と母上は多少ぎくしゃくしてしまったかもしれないが、これまでと変わらず親密なままだ。
「そういえばそろそろ剣術大会ね。流石にハインでも上級生の子に剣だけで勝つっていうのは難しいの?」
「さて、どうでしょう。私は実の所、そこまで剣を得意とするわけではありませんから」
剣にせよ魔術にせよ、俺が世界で一番優れているとは思ってはいない。
思ってはいないが、流石に積んできた鍛錬と生来の才の差でおさおさ敗北を喫したりはしないだろう。
しかし、あのアゼルという男。
アレを剣のみでとなると中々難しいかもしれないな。
それはともかく、母上の前で無様は晒せないため、俺はここ最近は剣術を磨きに磨いている。
・
・
・
「では行って参ります」
俺がそういうと母上は俺を抱きしめて、「行ってらっしゃい」と言ってくれる。
そう言った母上の態度を見れば、俺の事がどうでもよくなったわけではないと言う事は明らかだった。
母上は何等かの理由で俺に、その──忌々しい親離れというものが必要だと考えて、仕方なくそうしているのだ。
俺は母上の息子として、その意図を十二分に汲む必要があるだろう。
そう、意図だ!
母上にも事情があり、それをご自身で明らかにする事はできないようだ。
つまり俺が独力で察する必要がある。
俺と母上の愛を阻むモノは何なのか?
人か?
国か?
それとも別の何かか?
それが何であれ、打破しなければならない敵であることは間違いない。
そうしてその怨敵を打ち倒し──俺は愛を成し遂げる。
俺が一人の貴族として体裁を整える、と言ったのはこの為だ。
母上は俺の力を知っている。
暴力を知っている。
それでもなお、俺が俺のままでいる事に何らかの不都合を感じていたのだとすれば、それは暴力だけではどうにもならない問題だと考えたからだろう。
暴力は自身の意を通す上でもっとも大切なものだが、それに加えて貴族としての力も高めなければならない。
暴力と権力で愛を勝ち取る。
俺はそう決めた。
◆
で、貴族としての体裁を整える為に必要な学園生活だが──うんざりである。
特にこのアゼルが。
距離感というものをまるで理解していない様だ。
とはいえ、これはこれで見所があるため評価は下げない。
下げないが、鬱陶しい。
「おい、ハイン! いよいよ明後日だな! 楽しみにしてるぜ! この前はいい勝負だったのになあ、中断しちまって残念だったけど、次は邪魔も入らない筈だ」
剣で俺といい勝負などとほざくのは構わない。
それは事実だからだ。
しかし──
「アゼル様、ハイン様は落ち着いて時間を過ごしたい様に見えます。声も大きすぎますし、もう少し貴族として節度のある態度を取ったら如何ですか」
「なんだよエミー! 男って言うのは剣を交えたらダチなんだよ、剣聖がそういってたぜ?」
「アゼル君! オルレアン公爵閣下の事をご存じなの!?」
「いや、
サリオンメスとアゼル、ファフニルメスが次々口を開いている現状はなんなのだ?
まあ瞑想により時間を圧縮し、精神世界の最奥まで潜れば雑音などに煩わされる事はないのだが、こいつら三人が俺の近くにいるという事実が気に食わない。
授業中であるならば授業妨害として三人まとめて叩きのめしてやれるというのに、休み時間ではそうもいかない。
学園には休み時間中の私語を禁じるというものはないのだ。
正直言って妙な気分ではある。
こういってはなんだが、俺には俺の本心が分からない。
しかし、現実には俺はそのくだらない規則に従っている。
それは母上を悲しませたくないからだ。
勿論この想いは本心ではある。
しかしそれもまた
この感覚をうまく説明する事は難しい──精神の鍛練として瞑想をするようになってからこういった感覚を覚える事が増えてきた。
アステール公爵家の血継魔術は口伝となっているため、書には残されていない。
だのに俺が扱えるのは、俺の中の俺の知識があるからだ。
勿論、それらを扱える様になるためには相応の研鑽を必要としたが。
・
・
・
「……なあ、ハイン、聞いてる?」
先ほどまでべらべらとくっちゃべっていたアゼルが、どこか不満そうにそんな事を言っている。
全く話を聞いていないだけで機嫌が悪くなるとは、やはりこいつはどうにも浮いているな。
しかし先日の模擬試合での一戦で、俺はこいつを見直した。
だからこれまでの様に無視をするなんてことはしない。
「いや、全く聞いていない。口を閉ざせ、下等。学園は学びを得る為に通う場所だ。下らぬ雑談をするための場所ではない。貴様も伯爵家の嫡男ならば、他の範となるように振舞ったらどうなのだ?」
しっかりと助言をくれてやる。
だが──
「……おま、ほんっと……いや、ハインってそんな感じだよなあ……」
アゼルはそんな事をいいつつ、肩を落として去っていってしまった。
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