魔王軍は衰退しました①
◆
アルファイドオスは思ったより骨があった。
魔術抜きでアレに勝つには少し大変だろう。
才子と言ってもいい、アレの無礼がなぜ許されているのか理由がわかった。
アルファイド伯爵家はアレに期待しているのだろう。
まあぬるいと言わざるを得ないが。
それよりも──
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「あ、あのハイン様、模擬試合見てました! そ、その……格好良かったです……」
「そうか。行け」
「はい! 大会も頑張ってくださいね! 応援します!」
先ほどからメス劣等が声を囀ってくるのだ。
原因は模擬試合か?
いや、違う。
俺は教室の隅でメス劣等共と話しているアルファイドオスを見た。
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「へへ、俺も結構やるもんだろ? でもハインもかなり力を隠してたな! 剣を合わせれば分かる事ってあるんだよ、あいつは案外熱い男なんじゃねえかな! え? 話しかけるのが畏れ多い? 怒られるかもって? そんな事ないって! ハインはああ見えて理不尽な怒り方はしないやつなんだよ。それに学院では身分差がないんだしな!」
「え、え~……? でも、ハイン様はアステール公爵家の……あ、ミレイユ! どうだった?」
「全然怒られなかったよ! そうか、ありがとう見たいな感じで声かけられちゃった!」
「だから言っただろ? 案外良い奴なんだよ!」
──そんな会話がどうしても聞こえるが実に迷惑な事だ。
俺は何度か意識を宙へ飛ばし、数十日、あるいは数百日分の内世界での瞑想を重ねながら、合間合間にアルファイドオスの事を考えていた。
──奴はただの馬鹿なのか、馬鹿を装ってるだけなのか。たかが伯爵家の嫡男にしては業が磨かれ過ぎている
だがさすがの俺も答えは出ない。
無礼は無礼だが、アルファイドオスが言う事も事実だ。
建前に過ぎないとはいえ、学院には身分差がないとされている。
だからあの程度の事を話しかけられたからといって、それを咎めるというのはどうにも正当化できない。
まあこんな事で多少なり悩むなんて、率直に言ってくだらないと思っている。
なぜ俺が学院の規則などに従わなければならないのか、なぜ俺が劣等の囀りに耳を貸さねばならないのか。
舐めた口を利くアルファイドオスなど縊り殺して、分際を弁えない劣等共を這いつくばらせて──と思ったが。
──『ハイン、お友達と仲良くするのよ』
そんな母上の言葉が俺の脳裏をよぎると、黒い感情が雲散霧消していく。
とはいえ鏖殺まではしないが、母上の言う
しかし俺のそんな悩みとも言えない悩みは、その夜母上に落とされた特大の爆弾に比べれば全くと言っていい程些事にすぎなかった。
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「良い? ハイン。先日サリオン家のエスメラルダ様がいらっしゃったでしょう? その時ね、私はこんなことを思ったの。お互いにそろそろ親離れ、子離れをする時が来たのかもしれないって。エスメラルダ様はハインの婚約者です。ダニエルが勝手に進めてしまったせいで、私も把握が遅れてしまったけれど。だから今後は──」
バカな!
母上は何を言っているのだろう。
親離れ?
子離れ?
母上が言っている事が俺にはわからない。
分かりたくもない。
「ハイン、話をきいてちょうだい」
俺は初めて母上の言う事に背き、寝室を出て行く。
母上、お願いですから今は一人にしてください……俺は今、正気を保っているだけで精いっぱいなのです。
そうして俺は私室に戻り、頭を抱えて心を落ち着かせようとする。
しかし駄目だった。
俺の心は千々に乱れ、今にも吐いてしまいそうだ。
「母上……俺の事を嫌いになってしまったのですか……」
こんな情けない事を呟き、俺は窓を開けた。
夜天に瞬く星々を見ていると、アステールの血の
俺はもう少し星の光を浴びたくなり──
──
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・
夜空に身を投じると、冷たい風が俺の肌を撫でる。
大地どんどん遠くなり、小さくなっていく。
まだだ。
まだまだ高く。
あの果てまでも昇って行こう。
俺はそう決めた。
広大な空に包まれていくようなこの感覚は、まるで母上に抱かれているかの様だった。
大いなる存在に庇護されている感覚。
しかしそれでも俺は孤独だった。
人は変わるのか、心は変わるのか、愛でさえも──あの雲の様に。
俺は高空に昇り、静かに形を変えていく雲を眺めていた。
──だからこそ気付けた。
「あの影は?」
視界の先に映る複数の影、それは──
「ふん、トカゲ劣等か。それもドラウグ種。トカゲ劣等より更に格が劣るド劣等を出さねばならないほど魔王軍は衰退したという事か?」
ドラウグ種とは人の似姿を取った竜種の事だ。
一般劣等人種より遙かに膂力と魔力に優れるとされているが、全竜と呼ばれる完全な竜姿のそれには及ばない。
「悪いが八つ当たりさせてもらう」
正直むしゃくしゃしているから誰でもよかった。
魔王軍の連中なら
俺は両掌を掲げ、人差し指と人差し指を、親指と親指を触れさせ、覗き窓を作る。
そしてその窓に飛行する劣等トカゲ共を収めた。
──グラウ・ヴ・オムニス・グレイ・ヴ・ニイル。振るえ、瞋恚の打擲
これは母なる大地へ愛を乞うための祈り。
そう、愛だ。
愛には様々な形がある。
母上の様な慈愛もあれば、子を害さんとする者を排する愛もある。
先ほど捧げた祈りは、俺という
そうして俺は親指を立てて手首を反転し、下へと突き下ろし。
──
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