模擬試合
◆
あらゆるものには理がある。
これこれこうすればこうなるという法則だ。
剣を用いた闘争にも法則が適用される。
手っ取り早く勝つためには、相手より早く斬る──これは一番わかりやすいだろう。
だが劣等相手にはそんな法則すらも不要だ。
少し睨みつけてやるだけでビビりだし、剣を取り落とす。
ただ、これは相手が劣等であればこそ通じる雑なやり方で──
・
・
「へえ!ハイン!中々威圧感があるな!」
そんなことを言って平気で俺に切っ先を向けてくるあたり、なかなか根性が据わっていると言える。
情けない話だが俺はここでちょっと困ってしまった。
思ったより隙がなく、それでもなお崩そうと思えば少しは真剣にやってやる必要があるかもしれない。
それの何が問題かといえば、力加減を間違って殺してしまわないかどうかに尽きる。
俺が
仮に俺がここでアルファイドオスを殺してしまったとて、俺がそれを悲しむと言ったことはまずない。
ただ母上はどう思うだろうか。
母上はお友達と仲良くしなさいとよく言う。
そしておそらく、殺してしまうことは仲良くするうちに入らないだろう。
ぶち殺した後にしっかり慰霊をすればいいだろうか。
いや、駄目だな。
俺の息子としての本能がそれは良くないと囁いている。
だから加減してぶっ飛ばしてやりたいのだが──
「どうした?お前から来るんじゃないのか?今そんな感じでブワーッとなんだ、なんかその、アレを飛ばしてきたじゃないか!気が変わった感じか?」
なめたことを言うアルファイドオスだが、どうにも剣だけでコイツを殺さずに無力化する自信がない。
俺は大体相手を見ればそいつがどれだけ
大したことがないクソ劣等に見えるような気もするし、ガッデムやフェリでもかくやと思える程度には使える様には見える。
剣術の模擬試合なのだから、魔術を使うわけにもいかない。
「そうだな、気が変わった。お前から来い」
だから俺はアルファイドオスからつっかけてくるように言う。
これは自分でも良い案のように思えた。
一太刀でも受ければ大体どの程度の階梯かは分かるだろう。
さあ来い、劣等!
──と、意気込んでは見たものの……来ない。
アルファイドオスは一向につっかけてはこない。
生意気にも俺を睨みつけ、逆に俺から仕掛けてくるのを待っているかの様な構えだ。
梃子でも動かないという意思の強さを感じる。
そして、気付けばクラス中の劣等共が俺達に注目をしているではないか。
「糞、面倒くさい奴だ」
思わず愚痴が出てしまう。
◆◆◆
「糞、面倒くさい奴だ」
そう言って構えるハインを見て、アゼルは「おいおい待てよ」と思わざるを得なかった。
"圧" がアゼルの肌を擦過する。
──ハインとは何度か戦った事がある。でも……
瞬間、アゼルは剣を跳ね上げる様にして横薙ぎを防いだ。
──虚を突かれたな
"虚" とはどんな達人にも存在する意識と意識の隙間である。
人が人である限り、虚を消す事はできない。
誤魔化す事は出来るが……。
・
・
ハインは淡々と剣を振るい続けていた。
突き、薙ぎ、斬り下ろし──どれもシンプルだ。
しかしアゼルは受けるのに苦労をしていた。
ハインの再度の横薙ぎを、アゼルはまたもや受け流す。
その動きはどこかぎこちない。
──ちっくしょ、やりづらいなあ
ハインの剣はひたすら正確なのだ。
正確過ぎる剣は見極めやすいのだが、ハインの剣は正確でありながら狡猾だった。
剣の構えに完璧な構えなどはない。
どんな構えにも弱点が存在しており、そこを攻められると構えは崩れる。
ハインの剣はその弱点を正確無比に突いてくるのだ。
──しかも、フェイントには引っかからないと来ている
アゼルは先ほどから虚実入り混じる攻め、受けを繰り返しているが、ハインが引っかかる事は一切なかった。
とはいえアゼルの剣もまた鋭い。
ハインの首元や肩を何度か捉えそうになるが、そのたびに寸前でかわされるか、さらりと受け流される。
剣と剣が交錯し、鋼がぶつかり合う音が場に重たく残響した。
ハインの剣筋はまるで予定通りに動いているかのように、常にアゼルの動きを封じ込めてくる。
それでも、アゼルは一歩も引かずに反撃を繰り出す。
しかし、その剣先がハインの身体を捉えそうになる瞬間、ハインはすでに一歩引いてしまっていた。
──察しが良すぎる。ハインはこんなに
アゼルの脳裏にはかつて
カイラルディは魔族の将の一人で、剣を佳く使う。
かつての世界で当代の剣聖であるオルレアン公爵はその魔将に敗れたのだ。
──
模擬試合でそんなものを使うわけにも行かない。
しかしあっさりと負けるわけにもいかないのだ。
アゼルが知る限り、ハインは力の信奉者である。
仲良くなろうにも弱ければ話にもならないだろう。
だからアゼルはハインに興味を持ってもらうためにも、ここですんなり負けるわけにはいかなかった。
──素のままじゃ、だめか。仕方ない、少し力を使う
勇者としての力だ。
そう腹を括った瞬間、ハインの歩調が変調し、アゼルに対して鋭く踏み込んだ。
その迅さときたら、まるで稲妻の様だ。
反射的にアゼルも剣を突き出す。
アゼルの剣がハインの喉元を捉え、同時にハインの剣先もまたアゼルの首に突きつけられる。
観衆が息を呑み──
「……終わりだな」
ハインがそういって、剣を納めた。
「引き分けってことか?」
アゼルが尋ねると、ハインは「そうだな」と答えてその場を立ち去っていった。
模擬試合を見ていた他の生徒たちが一斉に歓声を上げた。
息を呑んで見守っていた緊張が一気に解け、あちこちでざわめきが広がっていく。
アゼルはその喧騒の中でハインに目を向けると、驚くべきことにハインが全く汗をかいていないことに気付いた。
ではアゼル自身はどうなのかといえば、額には僅かに汗がにじんでいる。
──やっぱり、色々と違うみたいだ
アゼルは改めて
他者を虫けらの様に見下す様子は元の世界のハインと同じだが、振る舞いが全く違う。
少なくとも、引き分けを認めるような事はハインの性格上まずない。
大体、剣など凡俗の児戯としてろくに業も磨いていなかった。
剣を振るうにせよ、膨大な魔力を込めて雑に振るだけだ。
要するにただの暴力である。
まあ、その暴力がなにより恐ろしかったのだが。
──勝てなかったけど、まあいいか
アゼルは達成感と共にハインの背を見送る。
「あいつ、俺を見てたな」
アゼルはにやりと笑い、駆け寄ってくるセレナに手を振った。
思い返すはハインの目だ──虫を見る目ではなく、人を見る目を向けてきていた事をアゼルは敏感に察知していた。
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