アゼルとエスメラルダ

 ◆◆◆


 ──これほどとは


 エスメラルダは内心驚愕していた。


 正面に立つアゼルは試合用の剣を持っているが、碌に構えてもいない。


 剣を握り、ぶらんと下げる様子は如何にも隙だらけだった。


 しかしエスメラルダは攻め込めない。


 圧倒的な量感の何かが壁となってそびえ、行く手を遮っているかのようにさえ思える。


「剣ってさあ」


 アゼルがそんな事を言い、無防備にエスメラルダに近づいていく。


 まるで散歩するような足取りだが、やはりエスメラルダはその歩を咎める事ができない。


 隙だらけの様にも見えるし、一挙手一投足が全て罠の様にも見える。


「力任せに振ればいいってもんじゃないんだよな」


 ゆるりとした剣。


 しかしエスメラルダは受けずに避けた。


 性格はサディスティックな面もあるエスメラルダだが、闘争では受け身体質な彼女なので、受けていい攻撃といけない攻撃への感覚が鋭い。


 この時、 彼女の感覚は "絶対に受けてはならない" と告げていた。


 へえ、とアゼルは感嘆し、次から次に、しかしゆるゆるとエスメラルダに連撃を加えた。


「っ──この、調子に乗って!」


 エスメラルダは少し大きく後退し、の距離を作った。


 狙うのは突きである。


 事後の隙は大きいが、事前の出の速さと距離感の見極めづらさ、そして威力に優れる。


 すると。


「いいぜ、俺ばかり攻撃しても悪いもんな、こいよ。なんだったら魔術を使ってもいいんだぜ、俺は使わないけどな」


 アゼルは剣を引き、そんな事を言う。


 ──では、遠慮なく


 やたらとプライドが高いエスメラルダだが、相手かまわず強権的に接するわけではない。


 アゼルになにか得たいの知れないモノがあると感得した以上は、その無礼な口ぶりにも腹を立てる事はなかった。


 アゼルは強いと認めた上で、魔術も使う。


 ただし──


 ・

 ・


 エスメラルダは剣の先端に不可視の魔力を纏わせ結界と成し、それを伸展させた。


 同時に、足元──踵のすぐ後ろに結界を張る。


 静かに、そして正確に。


 恐ろしい程に精密な魔力操作であった。


 結界ならば自身の周辺にしか展開はできないが、サリオン公爵家の者はそれを切り離し、自在に加工する。


 これは地味だが恐ろしい。


 相手が全く動かなければ相手のに質量のある結界を作り出し、死に至らしめる事すら可能なのだから。


 ◆


 エスメラルダが無言のままで飛び出した。


 足元の結界は加速台だ。


 麗しい白銀の髪が風になびき、まるで白い稲妻の様な風情でアゼルに肉薄する。


 そして速度をそのままに、放たれる突き──


 それが宙空で制止した。


 エスメラルダが止めたわけではない。


 アゼルが剣の切っ先を突き出し、エスメラルダの剣の切っ先に突き当てたのだ。


「な」


「エミーの突きは速くて正確だからな。それに容赦がない。でもそういうのってんだよなあ。結界で射程を伸ばしても、こういう止め方なら関係ないしな」


 エスメラルダは余りの事に呆然として暫時動きを止めてしまう。


「じゃあ次は俺の番だ。しっかり受けろよ~、力を抜くと痛いかもな」


 言うなり、先ほどのゆるりとした動きで横へ薙ぐ。


 ──この距離は


 エスメラルダが仕方なくそれを剣で受ける。


 しかし。


 まるで大カナヅチを叩きつけられたかの様な衝撃──刃引きをされた金属の剣をへし折ってもなお余りあるそれが、エスメラルダを吹き飛ばした。


「やば。やり過ぎたかな、これ」


 エスメラルダはかろうじてアゼルの声を聴き取ったが、それを無礼と咎める余裕は全くなかった。


 吹き飛ばされ、転がり、土に塗れ。


 エスメラルダは倒れたまま動く事ができない。


「え、えっと……アゼル君の勝ち……?」


 それまで存在を忘れられていたセレナが勝敗を告げる。


 エスメラルダは負けたのだ。


 ・

 ・


「そんな怒るなよ、エミーだって騙し打ちみたいな事してきたじゃないか」


 エスメラルダを助け起こしたアゼルは、ぶんむくれるエスメラルダをなだめるように声をかけた。


「アゼル様が魔術を使って良いと言ったからです。後私はエミーではありません」


 エスメラルダは口をひんまげ、辛うじて無表情を保っている。


 しかしその腹の腑には無念の泥がびっちりと詰まっていた。


 気を抜けばそれが口からぽろりと出て、理不尽な八つ当たりをしてしまいそうだった。


「剣を交えれば友達だろ?エミーでいいじゃん」


「誰が友達ですか!しかし、もういいです。アゼル様が勝ったのですからエミーと呼ぶ事を許します。それにしても、は何なのですか?あの速度の剣撃があれほどの衝撃を生むなんて理不尽です」


「理不尽どころか十分に理があるんだけどな。えーと、まあ脱力と力みが重要というか……。当たる時だけ力を入れればいいじゃん、みたいな」


「随分適当な理ですね……いや、でも……」


 アゼルは感覚派なので上手く説明が出来ない。


 ただ、エスメラルダなりに何かしら感得するものがあった様だ。


「オルレアン公爵家の方々なら分かるのでしょうか……言い訳するわけではありませんが私の本質は魔術師なので、剣理には疎いのです」


 オルレアン公爵家もまた十二公家の一家だ。


 当主は代々剣聖と呼ばれ、その名の通りに剣を佳く使う。


 ただし、魔術師の家ではない。


 その妙技の数々がまるで魔術の様に見えるという事からよく誤解されている。


「言い訳してるじゃん……」


「は?説明ですが。ともかく、わかりました。私の負けです。ハイン様とはアゼル様がお組みください。恨みますよ、それでは!」


 そうして去っていくエスメラルダの背を見送り、アゼルとセレンは修練場に取り残される。


「アゼル君、エスメラルダ様といつのまにあんなに仲良くなったの?」


 セレナが不思議そうに尋ねると、アゼルはにやっと笑って言った。


「前世?からの付き合いだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る