オスとメス
◆
「よう、ハイン! やっと休み時間だな! お? 寝ぐせが……ついてないな! 流石ハインだぜ! いつも髪型がキマってるな!」
「ア、アゼル君、そんな気安く話しかけちゃダメだよ!」
「え? なんで?」
「ハイン様はアステール公爵家の……」
「いや、学院ではそういうの気にしなくていいって聞いたぜ! ところで、何してるんだ? 眠いのか? 夜はちゃんと寝ないと駄目だぜ!」
劣等が無駄な会話で限られた人生を浪費しているが、俺はその間にも自己研鑽に努めていた。
我が心、
俺は腕を組み、目を瞑り、自身の意識を
外界からの刺激を遮断し、内なる意識に集中する環境を作り出す。
そうして呼吸を整え、心を無にすることを目指す。
これは俺が編み出した瞑想法だ。
アステール公爵家は星辰の力を借りる血継魔術を操るが、その力を扱うには精神力の鍛錬が不可欠。
未熟な者が大いなる宙に接続すれば、その広大さと深淵さに飲み込まれ精神を喪失する危険がある。
しかし最初から無であるならば、喪う道理はない。
「────だから、一緒にどうだ? 俺も剣には自信があるんだ! ハインも剣は使うんだろ? 俺に勝つ自信が無ければ魔術も使っていいぜ!」
「だから、もう~! アゼル君!」
瞑想を終えた俺はすがすがしい気分で目を開いた。
天才である俺とて、この世界で生きるか弱き存在の一つ──森羅万象の法則からは逃れられない。
例えば数分間の瞑想をどれだけ集中してやっても、数分間という枠そのものを引き延ばす事はできないのだ。
しかしこの世界ではなく、俺の精神世界での話ならば別だ。
劣等からすれば数分間のそれは、俺の精神世界では数日間にも圧縮されていた。
もはや何を言われようと動じず、何をされようと慈愛を以て対応できるだろう。
「──じゃあ約束だからな! 次の模擬試合では俺と組もう! 確かハインは狂暴すぎていつも誰とも組めずにボッチなんだろ? 俺ならいい勝負できるとおもうぜ!」
模擬試合というのは刃引きをした剣で打ち合う遊びの事だが、つい最近やらなかったか?
……ああ、剣術大会が近いからか。
それはそうと、殺すぞ。
誰と誰がいい勝負が出来るんだ、糞劣等め──と、思ったが。
どうしてなかなか、改めてアルファイドオスを視てみると、かなり磨き上げられている様な気がする。
模擬試合くらいなら付き合ってやっても良いかもしれない。
で、俺が是と返答をしようとすると──
「あの、よろしいでしょうか。先ほどからアゼル様は少々無礼なのでは? どう見てもハイン様は了承していない様に見えますが。それにアゼル様、余り大きい事は言わない方が宜しいかと……。アステール公爵家は十二公家の中で最も武に長ける名門です。アルファイド伯爵家も武門の名家として名高いものの、やはりハイン様と比べれば力不足かと。模擬試合は私といかがでしょう。一度手合わせをしてみたいとは思っておりました」
サリオンメスが口を挟んでくる。
「エミー……あ、エスメラルダ。強いとか弱いに家は余り関係ないんじゃないか?」
「家柄、血筋が全てはない事は認めますが……。血から引き継ぐ才も大きいと思いますよ。ではアゼル様はどうなのですか、その口ぶりですと相当腕に自信がありそうですが」
「え? ああ、そうだな、俺は強いぜ。そういえばエスメラルダもそこそこやるみたいだな、最近鍛えてたりするのか?」
「そ、そこそこ……? それに、なぜそんな親し気に……」
俺は何だか面倒くさくなってしまった。
こいつらの会話に付き合っている義理は全くない。
そうしてる間にも俺は自らを高める時間も刻一刻と失っていっている最中なのだ。
たださすがに完全に無視をしているとアルファイドオスは際限なくしゃべくり倒すだろうし、サリオンメスもそれに同調するだろう。
ならばこうだ。
「放課後、お前たちで手合わせをしてみればいい。勝った方と模擬試合で組んでやる。場所は修練場でいいだろう」
修練場とはその名の通り、剣なり魔術なりを実際に使って手合わせをするための施設だ。
ある程度規模の大きい魔術などにも耐えられるようにできており、有事の際は避難所ともなる。
建築したのは、帝都から北西に位置するオルケンシュタイン山脈周辺を領地として治めるカリステ公爵家だ。
十二公家の一つでもあるカリステ公爵家は石のあしらいに長け、無機物に仮初の命を与える法を扱う。
「いいぜ、勿論ハインは審判として付き合ってくれるんだろう?」
アルファイドオスがそんな事を言ってくるので、俺はそれまでずっと黙っていたファフニルメスを見た。
「え? えっと……ハイン様、なんでしょうか……?」
俺は答えない。
「えっと…………私が、その審判をしろって事でしょうか……」
俺は答えない。
「……わ、わかりました、やります」
「そうか? すまないな、セレナ嬢。……と、いうことだ」
そう二匹に言って俺は再び瞑想を始めた。
サリオンメスとアルファイドオスのどちらが勝とうとどうでもいい、が。
まあ多分、──が勝つのだろうな。
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