茶会の一幕
◆
結局俺はサリオン公爵家からの話を受ける事にした。
茶会とやらであちらの気が済むなら、という事だ。
そうして当日。
やってきたサリオンメスと中庭で色々と話しているのだが、感想としては「どうでもいい」といった投げやりなものになってしまう。
例えばその辺に生えている木が、岩が、草が突然意思を持ったとして、あなたのことをこう思っていますと好意を表明してきたら何を思うだろうか。
迷惑さえかけてこなければ好きにしたらいいといった所じゃないだろうか。
「──それで、ハイン様。今後は両家の一層の発展の為に、もっと交流を……」
「昨今、旧魔王軍の襲撃が増えております。先日のご出撃では……」
こんな調子で色々と話してるのだが、耳には入ってきても頭には入ってこない。
どうにも回りくどすぎる。
だから
「回りくどいかと。腹を割って話しましょう。別に好いてもいない相手と無理に婚約する必要はないのでは? 貴女が私を好いていない事は見れば分かる。貴女も私に好かれていない事は分かっているだろう。我々貴族は相手の顔色を窺うのが得意なのだから。両家の関係がこれまで良くなかったという事なら、今後は交渉を持てば宜しい。しかしそのために婚姻という手段を使う必要はない。そもそも両家は共に帝都の防衛を任じられているのだから、相争う事なく連携できる所はしていけば良いのでは」
と言ってしまった。
「そう、かもしれませんが」
サリオンメスは同意を示しつつも納得はしていない様子だ。
しかし知った事ではないし、こちらとしても折れる所は折れている。
母上は他家との関係改善を考えているのだから、俺も無理に突っぱねる事はしていないのだし。
ただまあ貴族の責務の一つとして子を為すというモノもあり、その辺はどうするかは検討中だ。
「両家の連携の強化については協力をお願い出来るということでしょうか」
サリオンメスが念押しをしてきたので是と答える。
同じことを二度言わせないで欲しいが、念押ししてくる理由も分からないでもないからだ。
先日の劣等トカゲの襲撃に於いて、サリオン公爵家ご自慢の結界術による防空は全く意味を成さないでいた。
それを危惧しての事だろう。
「ただ、どちらかがどちらかの力によりかかるだけというのはご遠慮願いたい。私が何の事を言っているかは聡明なエスメラルダ嬢ならば理解できるはずだ」
俺がそう言うと、サリオンメスは悔しそうに俯き──
「言い訳をさせてもらっても良いでしょうか」
などと言うので、面白そうなので先を促した。
「聞こう」
「先日の襲撃で帝都に飛来してきた竜種は強力な個体でした」
「そうだろうか。ロー・ドラゴン程度だと思ったが」
ロー・ドラゴンは竜種の中でも最も低位の劣等だ。
体格は小型から中型で知能も低いため、本能に従って行動することが多い。
上位のドラゴンと比べて力や魔力は劣るが、それでも一般劣等にとっては十分な脅威ではある。
ただ、少なくともサリオン公爵家が手を焼く相手には思えない。
そんな事を思っていると、サリオンメスは余り愉快ではない目──劣等の目で俺を見てきた。
努力と克己を忘れた負け犬の目である。
「何か?」
「……いえ、あなたから見れば変わらないのかもしれませんね。あなたは全てを見下している」
確かに!
サリオンメスは中々慧眼だ。
いや、慧眼ではないか。
俺は母上は勿論の事、ガッデムやフェリや、オーマやその他アステール公爵家に仕える者たちも見下していない。
「そう思うのならば力をつける事だ。人を知り、自身を知ればおのずと力のつけ方も分かると思うが」
俺は同じ公爵家、更に婚約関係に《あった》というよしみもあって、俺らしくもなく助言を与えてしまった。
まあサリオンメスも概ね負け犬の目とはいえ、俺に対する反骨心の様なものが残っていたし、少しくらい手助けをしても良いだろう。
強くなるには簡単だ。
人は無茶をしてそれを乗り越えれば強くなれるのだから、無茶をすればいいのだ。
そして乗り越える!
なぁに、魔力があれば何とでもなる。
人を知るとは即ち人間の構造を知り、何をどうすれば死ぬのかを理解することだ。
そして自身を知るというのは、自分がどれくらい無茶すれば死ぬかを知って、そのぎりぎりを攻める事である。
これは相手がいなくたってどうにでもなる事だ。
誰かに自分を傷つけさせる事ができないならば、自分で自分を傷つけさせればいい──全ては工夫次第である。
「人を知り……己を知る……」
サリオンメスは辛気臭い顔でそんな事を呟いている。
どうやら気付いたようで結構。
「話すべきことは話した。それでは俺はここで失礼する。婚約は破棄! しかし両家との関係は友好を基本として維持していこうということで宜しいな」
これで話は終わりだ、俺はそうはっきりと伝えたのだが──
「機会を頂けませんか?」
サリオンメスはそんな事を言う。
「機会とは?」
「あなたに私の事をエスメラルダ・イラ・サリオンとしてはっきり認識させたいと思っています」
「好きにすればよろしい」
「では好きに致します」
今度こそ本当に話は終わり、俺とサリオンメスは同時にその場を立ち去った。
◆◆◆
"本来の歴史"でも、この場では両家の関係性についての話し合いの場が設けられていた。
状況は似ている。
サリオン公爵家のアステール公爵家への不干渉、その関係性の是正の為の話し合いだ。
しかし平行世界のそれとは違い、アステール公爵家とサリオン公爵家の立場は真逆であった。
"本来の歴史"ではアステール公爵家から申し入れられ、サリオン公爵邸での茶会となっていた。
そこでエスメラルダ・イラ・サリオンはハインに引導を下すのだ。
──『ハイン様、あなたの価値はその魔力にしかありません。あなたは他者を見下し、寛容は無く、無慈悲です。人としての魅力、異性としての魅力はありません。しかしアステール家の最高傑作と呼ばれるあなたの魔力、ひいては血を取り入れる事が出来るのならばと私はこれまで我慢してあなたとの婚姻関係を継続してきました。不干渉であったのはあなたの普段の振る舞いが原因なので文句は言わないでくださいね。ですが先日の帝都急襲の際、あなたはその唯一の取柄である力すら振るう事はなかった。あの恐ろしい魔竜を退けたのは、あなたが嫌うあのアゼル・セラ・アルファイドです。サリオン公爵家は帝都の盾を司ります。そして盾であるからこそ剣が無ければ敵を討てない事も知っています──ゆえに、切れない剣に用はありません。サリオン公爵家は新しい剣を見出しました。子の婚約はこの場で正式に破棄させていただきます。皇帝陛下からの許しは得ております。どうぞお帰りください、そして二度とサリオン公爵家の敷居を跨がぬように』
こんなことを言われて激昂しないハインではなく、エスメラルダを殺めようと魔術行使に至るが──
──『無駄です、ハイン様。あなたは魔力だけは多いですが、工夫がない』
などと言われてあっさり制圧されてしまう。
まあそこから問題行動に対する罰やなにやらで、ただでさえ評判が悪いアステール公爵家の名は更に貶められていくのだが……。
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