婚約なんか嫌です、ママ
◆
先日、サリオン公爵家から茶会の申し出があった。
名目は両家の婚約者云々というよくわからないものだ。
母上に話を聞いてみると、なんと俺には婚約者がいたらしいことがわかった。
驚くべきことにあのサリオンメスが俺の婚約者ということだった。
「そのような話があったとは私は知りませんでしたが……」
俺は母上に「不満です!!」という思いをありありと込めて言う。
「ハイン、私もあなたと同じ思いなのですが、サリオン公爵家の者が言うには、旦那様──ダミアン様、んん……ダミアンと約定を交わしていたというのです」
「約定?」
「ええ、両家の子が男と女であった場合、婚姻の約を結ぶというものの様で。学院に入学する年を以て、その婚姻を確たるものとするという形だと説明されました。ただ、私はそれをダミアンから知らされていなかったのです。恨み言を言うようでみっともないのですが、私はあの人から妻として扱われていませんでした。家のことは全てあの人が取り仕切り、私がすることはハイン、あなたを産む事だけだったのです。もちろん今となってはそれを悔いてはいませんが、ただ子を産むだけの存在として見られ続けるというのは当時の私には辛いものでした……あ、愚痴になってしまいましたね」
聞けば聞くほどダミアンに対して怒りが湧いてくる。
しかし公爵家同士の婚約とはこのようなものなのだろうか?
少なくともそのような形での婚約ならば俺が知らないというのはおかしいことなのではないか。
母上に尋ねると、母上もまた同意してくれた。
「私が知る限りではありえない形です。公爵家同士の婚姻ですから、そこには政治的な理由が大きくかかわってきます。それをおざなりにするというのは……。そういえばハインはエスメラルダ様とは学院で交流を持っているのですか? 私やハインが知らなくとも、少なくともサリオン公爵家では事情を把握していたわけですから、先方から何かしらの交渉を持ってくると思うのですが」
俺はサリオンメスについて思いを巡らせようとしたが──
「……いえ、持っていませんね。ただ先日、話があると声を掛けられましたが。その時は断ってしまったのですが、あるいはそれが婚姻関係についての話だったのでしょうか。しかし私は今更そんな事を知らされても、という思いです。そもそもアステール公爵家とサリオン公爵家が姻戚関係となる理由が思いつきません」
俺が言うと、母上は小首を傾げながら何かを考えているようだった。
「あくまでも私の私見ですが、両家はともに帝都カイネスフリードを護るという責務を課せられながらも、その関係は決して良いものではありませんでした。というより、先代当主ダミアンを含む歴代のアステール公爵家当主たちは他家との関係をそこまで重視していなかった様です。はっきり言ってしまえば他家を明確に見下しておりました。私は今当主代理としてアステール公爵家を取り仕切っていますが、今の主な仕事は他家との関係改善です。アステール公爵家は言うまでもなく名門ですが、領地を持たないなりの弱みというものもありますし……。話が逸れましたね、ともかくそうしてアステール公爵家の振る舞いが変わってきた以上、他家としても接し方を変えてきたという事ではないのでしょうか」
母上がそう言うなら間違いないだろう。
だが──
「事情はわかりましたが、サリオンメ……エスメラルダ嬢との婚姻は嫌です。政略結婚という言葉にも吐き気がします。そこに愛がないではありませんか。貴族として馬鹿な事を言っている事は分かっていますが、嫌なものは嫌なのです……」
結婚したいのはママとです!!! とは流石に言えなかったが、それでも俺は出来るかぎりで意思を表明した。
すると母上は困った様に笑って、「もしハインが他の人のお婿さんになってしまったら、ママは寂しいです」と言ってくれた。ただそれは《母親》としての考えだろう。
「でも公爵家の一員として、完全に無視してしまうわけにはいきませんよ、ハイン」
「それは、そうかもしれませんが」
俺は口をひんまげながら、ふてくされた様に言った。
ああ、ずしんと体が重い。
心も重くなってる。
俺はいま、全身全霊でふてくされている──
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