第7話 ママとチュウ

 ◆


 劣等の駆除が概ね完了した。


 かなり雑に座標を設定したので取り逃しもそれなりにあったが、大分ビビらせたので問題ないだろう。


 しかし帝都の防空体制はどうなっているんだ?


 サリオン公爵家が担当しているのではなかったか?


 あんな鳥を捕らえるくらいにしか使えない結界を何枚張り巡らせたとて、竜種にはいささかも効果がないだろうに。


「花だけで実のない、救いようもない無能め」


「馬鹿が」


「カス」


「愚物」


 俺は舌打ちをし、地上に向けて唾と暴言を吐き捨てながら帰路を急いだ。


 とはいえ、音よりは遅い。


 どういう理屈だか詳しくは知らないが、音より早く飛ぶと服が痛んでしまうのだ。


 防御魔法を張っても良いが、轟音を抑制することまでは出来ない。


 帝都中の一般劣等共が全員叩き起こされ、パニックに陥るだろう。


 そうなれば事後処理などが猥雑になり、母上に迷惑をかけてしまう。


 だから俺は焦れる気持ちを抑えつつ、クソトロい速度で屋敷を目指した。


 ・

 ・


 で、数分もしない内に屋敷が見えてくる。


 母上が怯えていたので緊急ということで窓から飛び出たが、帰りはちゃんと正門からだ。


「ハイン様!なぜ外へ……いえ、先ほど警鐘がなりました。第二級警鐘です。十二公家である所のアステール公爵家には先ほど王城より……」


「済んだ。佳きに」


 俺は門番のガッデムの言葉を遮り、必要な事を伝える。


「は!ではあの閃光はやはり……いえ!かしこまりました。然るべき手配をさせていただきます」


「佳きに」


 ガッデムは劣等ではない。


 オツムと力を備えている。


 ガッデムは他の劣等とは違い、俺の言いたい事を短い言葉から汲み、適切に行動してくれるのだ。


 見た目は悪いかもしれないが、だからなんだ?


 他の劣等と来たら、見た目以外の全てが悪い者ばかりではないか。


 ガッデムは門番としての最低限の能力は備えているし、押し出しが強い見た目をしているので有象無象が勝手にビビッてくれる。


 人間ではないそうだが、知った事か。


 サリオン公爵家など随分ご立派な血筋、家柄だが、劣等トカゲ一匹すら防げぬではないか。


 まあそんな事はどうでもいい、母上が待っている。


 俺は急いで屋敷へと戻った。


 ・

 ・


「ハイン!急に出ていってしまって、心配したんですよ!?」


「母上、申し訳ありません。しかし帝都を狙う不届きな劣等トカゲめは、このハインが一撃にて撃滅いたしました。それとガッデムから聞いたのですが、王城から迎撃命令が出たとのことですね。後処理についてはガッデムに全てを任せておりますのでご心配なく」


 俺は母上の胸に顔を埋めながら必要な事を報告する。


「ハイン……あなたが強い事は私がよく理解しております。しかしそれでも母として、あなたを心配してしまうのは仕方がない事なのです。どうかこんな心配症な母を許してくださいね……」


 許すも何もない、全て母上を心配させてしまった俺が悪いのだ。


 俺は自分が世界一の無能で、劣等にも劣る超劣等になってしまったような気がしていた。


 ──俺は、なんと無能なのか。死んだほうがいいのか?


 しかし意気消沈する俺を、母上は優しく抱きしめて慰めてくれる。


「……ハイン、ほら、もう泣かないの。あなたは最近そういう風に静かに泣くけれど、正直いってその方が胸が痛くなるのですからね?……そうねえ、わかりました。罰を与えます。私を心配させて悪いと思っているのならば──」


 母上はそう言って目を瞑った。


 なんと恐ろしい罰を与えるのか……俺に母の唇を奪えと言うのか。


 それは余りに欲張りな気がして罪悪感が湧いてくる。


 しかし俺は勇気を出して母上の唇へ、いや!──ママのほっぺに、ちゅうをした。


 ああ、ママ!


 大好き!


 ◆◆◆


 ハーフオーガのガルデムは、 "本来の歴史" では勇者一行の魔王討伐に大きく貢献したとされる。


 しかし後世でこそ英雄と讃えられているガルデムだが、実の所その半生は苦難に満ちていた。


 ガイネス帝国に広く広がる亜人に対する根強い差別の風潮──これが苦難の源泉である。


 ガルデムはハーフオーガとして生まれ、その出自ゆえに“不浄の子”と蔑まれていた。


 彼はの結果として生まれ、幼少の頃から筆舌しがたい扱いを受けていた。


 奴隷商人のもとで過酷な労働を強いられ、度重なる虐待によって心身ともに疲弊していたガルデム。


 その強靭な体躯に興味を抱いたのは本来の歴史のハインである。


 ガルデムを興味本位で購入したはいいものの、ハインはガルデムに名前すら尋ねず、彼をただの壊れにくいおもちゃとして扱い、さらなる虐待を加えた。


 そんな彼を救ったのが他ならぬアゼルである。


 ガルデムに対する苛烈な虐待を目にしてしまったアゼルは、ガルデムの身柄を賭けてハインと決闘をすることになる。


 覚醒前のアゼルならばハインを相手にするなんてお話にもならないが、覚醒したアゼルならば話は別だ。


 アゼルは見事ハインに勝利し、ガルデムを救い、介抱をする。


 そして食事や衣服を与え、人間らしい扱いを初めて受けたガルデムは静かに涙を流し、アゼルへ忠誠を誓う──というのが本来の歴史だが。


 並行世界のハインは母親第一主義に育っており、ちょっと人見知りのケのあるヘルガに気を遣って、そこまで多くの使用人を家にいれようとはしなかった。


 しかし屋敷の維持には数が要る。


 そこで平行世界のハインは、数ではなく質を高めようと考えた。


 そうして門番として使われているのがである。


 平行世界のアステール公爵邸には、このように能力重視で選ばれた精鋭がひしめいているのだ。


 ちなみに本来の歴史と名前が違うのには理由がある。


 アゼルが名前を尋ねた時、ガルデムは弱々しく「ガ、デム……」と名乗った。


 これは奴隷商人の虐待によってガルデムが酷く衰弱していたからだ。


 これが原因でガッデムがそのまま彼の呼び名となった。




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