第6話 劣等トカゲを殲滅せよ
◆
その夜。
「──と、言うような事があったんです」
俺は母上に抱きしめて貰いながら愚痴を言った。
母上はとても良い臭いがする。
朝露が輝く花を連想させるような。
俺は母上の胸に頬を当てて大きくため息をついた。
「母上……ママ、ママ、私は、僕はもう限界です。あのナントカとかいうオスには我慢がなりません。なんとアレでも伯爵家の者だそうです……。この世界から一片も残さず消し去ってしまって良いでしょうか……? そうすれば足はつきません」
「あっ……ハイン、余り強くゴシゴシしないのよ。優しく、優しくね。それとその伯爵家の者の事を消し去ってはだめですからね、きっと何か誤解があったのよ。話し合えば分かり合えるという事もある筈……。ん……ハイン、もう、甘えん坊さんなんだから」
ゴシゴシとは俺が頬を擦り付ける所作を意味する。
それはともかくとして、劣等と仲良くするなんてやだ!
いやですいやです、と俺は母上の胸で頬をすりおろさんと首を振った。
しかしそれ以上ゴネては母上を困らせてしまうだろう。
それに俺の荒れ果てた精神は、母上の抱擁によって浄化された。
草木一本生えない暗黒の荒地が──命溢るる大森林に変貌したのだ。
「……わかりました、ママ……。ママがそう仰るのならば」
「いい子ね、ハイン。あなたはいつだって良い子」
母上はそういって俺をことさら強く抱きしめた。
魔力をこめた特上の抱擁だ。
俺は母上に強い力でぎゅうっとされるのが好きなのだ。
ここ最近の母上はどうにも調子が良いらしく、丸太すら抱き潰せる程の力が込められているが、勿論俺には何の痛痒もない。
しかし痛みなどはなくとも精神が法悦に満たされる事で、俺は母上に抱きついたまま、そのままぐったりとしてしまう。
「あらあら、ハインったら……今夜はこのままおねむしましょうか」
母上はそういって、俺の額に優しくキスをしてくれた。
嗚呼!
ただそれだけで俺の精神は、母上が振るう幸せの大槌で木端微塵に粉砕されてしまう。
「おいで、ハイン。私の愛しい子。背中をとんとんしながら眠ってあげますからね」
母上が腕を広げて俺を誘う。
「ママ、僕はママを愛しています……ママ好き……」
俺はゆっくりと母上の腕の中へ収まろうとしたが──
『カンカンカンカン!!!』
けたたましい鐘の音で邪魔をされた。
◆
「警鐘……!?」
母上が立ち上がり、窓から外を見る。
「あ、あれは……」
「竜種ですね。またぞろ魔王軍の残党でしょう。ここ最近帝都襲撃の回数が増えているようです」
サイズ的にロー・ドラゴンだろう。
つまり地を這うトカゲよりは多少マシな程度の劣等ということだ。
「母上。ご心配なく。今宵は星が良く見える。あの劣等は私が速やかに始末してご覧に入れましょう」
俺は言うなりガウンを羽織り、窓から外へと飛び出した。
──
・
・
俺は垂直に急上昇し、雲の上に出て魔眼を以て劣等を捕捉した。
「劣等がァッ!!! 母上との時間を邪魔しやがって……。バラバラに引き裂いてくれるッ!」
俺は星天に向けて人差し指をかざし──
◆◆◆
──ヴァー・レイ・ロブレス・オムニ・ス・ファレス。星蓋よ、砕けて墜ちよ
ハインが星喚びの祈祷を捧げると遙か星界とのチャンネルが繋がり、宇宙空間に漂う直近の小惑星を強く誘引した。
精々が直径5メトルほどの大きさだが、これはハインが魔力を抑えているからである。
といってもこのサイズの隕石が地表に衝突した場合、巨大な王城であっても一撃で粉砕されてしまう程度には剣呑だ。
そして──
『星よ! 天より来たりて破砕せよ!
魔術が完成すると、暗闇を削り取る様な強烈が光が一瞬弾け散り──
帝都上空を旋回していた魔王軍残党の斥候ドラゴンが、凄まじい轟音と共にばらばらに爆散した。
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