第4話 悪役令息は入学早々帰りたい
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学園でのクラス分けは能力に応じて分類される。
ではその能力はどのようにして測るかといえば、入学前に行われる試験で測る。
実力主義というのは悪くはないと思うが、それにしてもあまりにも幼稚で低俗なくだらない試験だった。
なにせ図体がデカいだけのでくの坊と剣を交えさせられ、魔術のそれに至っては子供がやるような的当てだ。
本当にくだらない……が!
俺は適度な力で完璧にやってのけた。
力を示そうと思えばいくらでも示すことができたが、人も学園の備品も消耗品である。
母上は人に迷惑をかけるなと言っていたので、あたら損害を与えるわけにはいかない。
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ハインが試験を受けた日、帝立サンフォード学園の入学試験を担当する試験官たちは震撼した。
麗人とも見紛うほど美しい少年がやる気なく振った一撃──その所作はあまりにもゆるりとしていたにもかかわらず、剣術教官はまるで何も見えていないかのように首筋に木剣があてられるまで気づくことができなかった。
魔術の試験も同様である。
少年が細い人差し指を的の一つに向けると、的が弾かれていくではないか。
的は距離に応じて配点が異なっているのだが、ちょうど合格に等しい点を全くミスなく取った時点で「魔力切れです」などと言って試験を中断してしまう。
学科試験は全て満点だ。
──「あの剣は」
──「遅かった。しかし、それだけではないのだろうな」
──「力を抑えている?」
──「分かる者に分かればいいとおもっているのだろう。そして私は分かる者だ。あれは化け物だぞ」
──「表面上は合格基準をようやく満たすといった所だが、馬鹿正直にその通りに彼をクラス分けしてしまえば、学園の見立てに対しての信頼が大きく損なわれるだろう」
──「では特別クラスに?」
──「いや、その次点としよう。あえて力を抑えているのなら、その意を多少汲むべきだ。機嫌を損ねられては困るからな」
少年はざわめく群衆を一瞥もせず、その場からすぐに立ち去って行った。
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試験が終わってからも、剣術教官ギルバルドは試験場に立ち尽くしていた。
──剣は見えていた。剣の振りの、最初から最後まで。だが俺にはぴくりとも動けなかった。なぜだ?
答えはすぐに出た。
美しかったからだ、その剣が──余りにも。
自分の醜い剣であの軌跡を穢したくなかった。
──俺は、あの剣に斬られたい
ギルバルドはふとそんなこと思い、苦笑した。
「今年はとんでもない事になりそうだな」
ギルバルド・フォン・ゼーレンは剣の腕のみでなりあがった男である。
フォンというのは一代貴族に与えられる名で、ギルバルドは竜殺しで名をあげて貴族となった。
◆
俺は試験のしょうもない記憶を思い出すのをやめ、もっと有益なことを思い浮かべようとした。
それは当然母上との夜だ。
俺が試験をうまくやったことを伝えると、母上は俺を抱きしめ、頬にキスをしてくれた。
愛がとめどなく溢れ、抑えようがなくなる。
別に自慢ではないか俺は焼けた鉄の上で瞑想ができる程度には強靭な精神力を持っているが、母上の前ではそんな精神力は無力にも等しかった。
母上にぎゅうっとされてすやすやと眠りたい。
頭を撫でてもらうか、背中をとんとんされて惰眠を貪りたい。
──『母上……』
──『ママって呼んでみて、ハイン』
ママとは幼い子供が母親を呼ぶ言葉だ。
俺の年齢でママなどと呼ぶ者はいないだろう、しかし!
──『ママ、僕眠い……』
俺はそんな事を言って、母上に甘えてしまう。
なんと情けないのか!
我が事ながらぶち殺したくなってしまう。
しかしそんな愚息の甘えを、母上は優しく受け止めてくれる。
──『おねむなのね。いいわよ、今夜も一緒に眠りましょう』
そういって俺は母上の腕の中で至福の休息を──
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「ハイン様、学園に到着しました」
御者の無粋な声が響き、俺は大きくため息をついた。
数時間母上に会えない地獄の始まりだ。
──ママに逢いたい……
内心で俺は泣いた。
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