第3話 悪役令息は劣等なんてどうでもいい

 ◆


 今日は学園の入学式だ。


 15を迎えた貴族は一律で学園に3年間通う事になっている。


 しかしはっきり言っておくが、俺が学園に通う意味は全くないと思う。


 文にせよ武にせよ、この俺が一体何を学ぶというのだ? 


 少なくとも学園で学ぶ程度の教養は10年前に身に着けている。


 しかし意味がなくとも理由はある。


 それは──


 ──『ハイン、ちゃんと学園には通うのですよ』


 と、母上が言うからだ。


 しかし学園にいる間は母上に会えないということで、その時間が本当に苦痛で苦痛で仕方がない。


 だが耐えることもまた愛なのだ。


 俺が耐えれば耐えるほど母上に愛を示せているという事になる。


 そう考えてみれば肥溜めで精神を鍛えるというのも悪くはないのではないか? 


 そんなことを考えていたら、馬車が急に停車した。


 殺すぞ。


 ・

 ・


「た、大変申し訳ありません、ハイン様。前方で事故があったようで」


 御者の言葉に俺は一瞬この御者の五体をバラバラに引き裂いてやろうかと思った。


 しかしもちろんそんなことはしない。


 母上は俺が使用人に辛く当たることを良しとしない。


「良い。詳しく話せ」


 俺が言うと御者はその間抜けな口をパクパクと開閉させてクソみたいな事を言う。


「は。どうやらファフニル子爵家の馬車の車輪が外れたようで……」


 だからなんだというのだ? 


 ここは公道だ。


 邪魔する奴は全員轢き殺してしまえばいい。


「そうか。道を逸れて構わん。先を急げ」


「よ、よろしいのですか?」


 なぜこの御者は聞きかえしてくるのか。


 俺は盛大に舌打ちし、頭の中に母上のおっぱいを思い浮かべた。


 俺はあのおっぱいを吸って育ったのだ。


 母上の愛が無ければ病弱だった俺は死んでいただろう。


 やはり、愛か。


 愛は全てを解決する……。


 何もかもぶち殺し、破壊してしまいたい衝動がたちまち鎮静化した。


「良い」


 俺はそれだけ答えて目をつぶった。


 まあ御者が困惑するのもわからないでもないのだ。


 公爵家が道を逸れ、子爵家を避けて通るというのは貴族の慣例上ありえない。


 貴族にとってメンツは非常に大切なものなので、普通なら子爵家の者たちを大いに叱り飛ばし、然るべき罰を与えてやるべきなのだが──


 俺としては正直どうでも良かった。


 道を歩いていて石ころが埋まっていたとする。


 靴を傷めたくないからと言って、その石に「どけ」と文句を垂れるというのはあまりに間抜けすぎないだろうか。


 ◆◆◆


 セレナ・イラ・ファフニル子爵令嬢にはとある運命が宿命付けられていた。


 それは聖女として覚醒し、勇者と共に魔王を討つという宿命である。


 しかしそこに至るまでには様々な紆余曲折があった。


 例えば初登校のこの日。


 本来の歴史ではハインが散々に怒り散らし、ファフニル家を滅茶苦茶に貶めた挙句にセレナに唾まで吐きかけてしまい、それをアステール公爵家の馬車の後方からやってきたアルファイド伯爵家の嫡男に見られて──それが因縁でまあ色々トラブルになる筈だったのだ。


 この世界のハインもまあ気質は似たようなものなので同じことが起きた可能性はゼロではなかったかもしれないが、しかし彼はママが好きなので余計ないさかいを避けるに至った。


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