第10話 それの何が悪いんだ②
そして訪れた調理実習の日。
この日までできる限りのことはしてきた。毎日、俺の部屋で料理の練習をして、最初に比べると随分とマシになったと思う。
包丁はちゃんと扱えたし、火の調整も問題ない。味付けはまだまだって感じだけど、やばいというほどではない。
「さて、手順は以上になります」
しかも調理実習は最初にこうして手順を説明してくれる。教室前にある上下する大きな黒板に最初から終わりまで書かれているので迷ったらあれを見ればいい。
料理はセンスだ、と言う人がいる。
あれは間違いではない。
俺は想像力だと思っているが。
ならば、センスがなければ料理ができないのかと言われるとそうでもない。
料理にはレシピというものがある。
その通りに作れば、問題なく料理は完成する。
センスというのは、つまりそのノーマル料理から自分流にアレンジするときに使われるものだ。
なので、手順通りに物事をこなせる人ならば料理はできる。
できない人間というのは、結局のところどこかで手順を誤っているだけ。
「よし、始めるか」
「秋坂くんは料理できる人?」
シャツの袖を捲りながら、気合いを入れるように呟いた俺に日笠さんが言ってくる。
「まあ、人並み程度には」
「そっかそっか。なら、有紀寧と秋坂くんがいればうちのハンバーグは安心だね」
「どういう意味?」
「あたし料理できないってこと。洗い物は任せて。ピカピカにするから」
「おいおいそいつは聞き捨てならねえな。皿洗いは俺様の仕事たぜ」
そんな日笠さんにつっかかったのは耕助だ。他のグループの男子のところへ行っていたが、戻ってきた。
「お前も料理できないのか?」
「もち」
そんな誇らしげに言うな。
俺は心の中でツッコみながら溜息をつく。
「調理実習っていうのは、そういう人たちの為にあるんだ。むしろ最前線で頑張ってもらうからな」
「えー」
「えー」
「まずは玉ねぎを切ってもらおうか」
調理実習が始まる。
ちらと由良木の様子を伺ってみると、緊張とかはしていないようだ。
しかし、男子数人に囲まれて、また期待の声をかけられている。笑ってはいるが、困っているのは見て取れる。
「由良木、ちょっといいか」
「あ、はい」
助け舟を出すと、由良木は男子らにぺこりと頭を下げてこちらにやってくる。
男子からはブーイングが飛んできた。さっさと自分らの作業を始めろ。
「これからこの二人に玉ねぎを切ってもらおうと思ってる」
「はい」
「そこで、由良木にお手本を見せてもらいたい」
「ゔぇ?」
どこから出したか分からないような濁った声が由良木から漏れた。表情は平静を装っているから、変な感じ。
「え、なに今の声」
「有紀寧から?」
耕助と日笠さんが戸惑っていた。
無理もない。クラスのお姫様的な存在である由良木があんな声を出すとは思ってもいないだろうから。俺も驚いたさ。
「あの、でも」
由良木は二人に聞こえないくらいの小声で話しかけてくる。
「大丈夫だ。包丁捌きだけなら練習通りにすれば問題ない。俺が保証する」
「……わ、わかりました」
背中を押したことで、由良木はふんすと鼻を鳴らしてやる気を出す。洗った玉ねぎをまな板に乗せ、小さく深呼吸した。
丸い玉ねぎを半分に切り、それをさらに半分に切ったものをトントントントンと小さく切っていく。
「うおー、さすが由良木。うめえな」
耕助がそれを見て感心する。
料理の経験がほぼ皆無の二人からすれば、これだけでも由良木が料理ができるように見えるだろう。
大事なのはイメージだ。
そう思わせておけば、多少のことなら誤魔化せる。玉ねぎを切るというこの作業は、それにもってこいだった。
「さて、それじゃあ二人にもやってもらおうか」
包丁とまな板は一班に一つずつしか渡されていないので、順番に切ってもらう。
こうして作業をさせることにより、由良木の一挙手一投足に注目させないという狙いもあるのだ。
俺は別にできないことが悪いことだとは思わない。
ましてや、勝手に周りがハードルを上げているだけで、由良木は最初から得意だとは言ってないのだ。開き直っても、なんら問題はない。
けど、由良木有紀寧という女の子はそうはしない。そうは思っていない。周りからの期待に応えたいと前を向いていた。
それは失望されることを恐れてのことなのか、そうでないのかは分からない。
ただ、なにかしてあげたいと思ってしまった。
「その間に俺と由良木で味噌汁を作るか」
今日の調理実習の献立はハンバーグと味噌汁だ。味噌汁の具材は油揚げとわかめ、それと豆腐。難しくはないけどやることは豆腐を切るくらい。
「あの」
由良木が俺の顔を見てくる。
まっすぐに。瞳の奥にはメラメラと燃える炎が見えた。
「お味噌汁は私に任せてもらえませんか?」
「……でも」
この数日、味噌汁の作り方も教えた。何度か作ることもしている。けれど、その味は成功とは言い難いものだった。
由良木にはまだ、味付けという最難関が残っているのだ。
「私の成長したところを見せたいんです」
周りには聞こえないように、由良木がはっきりと口にした。だから俺は頷く。その気持ちを否定したくはなかったから。
それに、味噌汁はハンバーグと違って味見ができる。何度でも調整可能なので、そうそう酷いものは出来上がらないだろう。
「分かった。じゃあ俺はこの二人についているよ」
「はいっ」
ぐっと胸の前で拳を作る由良木。
彼女は気合いそのままに準備に取りかかった。
さて、ならば俺は俺のやるべきことをやるか。
「なに泣いてるんだ?」
振り返ると耕助と日笠さんが泣いていた。
「玉ねぎ切ってるからでしょ」
「ていうか、偉そうなこと言ってるけどお前は料理できんのかよ!」
耕助が輩みたいな絡みしてきた。お前は俺が料理できるの知ってるだろ。絶対面倒くさいからだな。
「見てろ」
俺は包丁を受け取り、包丁捌きをこれでもかと披露した。気づけば、周りには生徒が集まっていて、そこかしこから感心の声が聞こえてきた。
悪くない気分だった。
*
俺監修のもと、耕助と日笠さんにてハンバーグを完成させ、由良木には味噌汁を担当してもらった。
数日ではあったけれど、味噌汁程度ならば問題なく作ることができると思っての判断だ。
ハンバーグの作業を進めながらも、由良木の動きは気にしていたけれど特に問題があったようには見えなかった。
もちろん、逐一見ていたわけではないので、油断はできないが。
「あれ、耕助は?」
「あちらに」
完成を先生に報告しに行き、帰ってくると耕助の姿が見当たらなかった。
日笠さんは全員分のご飯を準備し、既に着席している。気が回るのか、それとも早く食べたいのかは分からない。
「味噌汁、問題なさそうか?」
「……どうでしょう」
一応訊いてみると、由良木は少し不安げだ。俺はそのリアクションに一抹の不安を覚えた。
「……味見は?」
「……」
由良木は気まずそうに視線を逸らす。
え、なにしてないの?
「あの、一応してはいたんですけど、最後がちょっと時間なくて……」
「できなかった、と?」
言うと、彼女はこくりと頷く。
嫌な予感は拭い切れない。
そんな中、追い打ちをかけるように厄介なことを持ち帰ってきたのは耕助だった。
「なあ、よお」
「ん?」
「なんかさ、谷口の班がさ、ぶちまけちまって味噌汁ないらしいんだよ。うちのやつ分けてやってもいいか?」
「なんだその破天荒な展開は」
言いながら、谷口班を見る。
男子三人はへらへらと笑っており、女子の中村さんが申し訳無さそうな顔をしている。ぶちまけたのは彼女か。
「女子は他の班から貰うらしいから、男子三人分なんだけど」
「いや、他の班からもらったほうが」
俺が言おうとすると、谷口班の三人が詰め寄ってくる。
「いいじゃん俺らにも姫様の味噌汁飲ませてくれよ!」
「お前らだけずりいよ!」
「な? いいだろ! な?」
三者三様に好き勝手に言う。
「自慢し過ぎた俺も悪かったよ。いいだろ、佑真。ていうか、もう入れちまうな」
「あ、おい!」
俺の静止を聞かずに、耕助が三人分の味噌汁を用意する。
どういうわけか、うちの味噌汁はそこそこの量があったのでそこは問題ないんだけど。これは恐らく味見を繰り返した結果だろうな。
「……」
由良木は少しだけ不安げだった。
耕助が味噌汁を三人に渡す。
ちくしょう、こうなるともうどうしようもない。
由良木の本質を知っているからこそ、この状況をヤバいと思っているのであって、知らないやつからすれば由良木の手料理を独占しようとしているふうにしか見えない。
そりゃ聞いてくれないか。
あとはもう、上手にできていることを祈るのみだけど。
「耕助」
「ん?」
「あとで覚えてろ」
「俺なんかした!?」
仕方なく、諦めて席に着く。
俺の隣には耕助。前に由良木。その隣に日笠さんが座る。
全班が準備完了したところで、先生の合図で実食タイムがスタートする。
俺はこの不安を一刻も早く解消しようと、まず最初に味噌汁のお椀を手にして、口をつける。
「……ッ」
これは……。
――――――
次回『それの何が悪いんだ③』
次回更新は10月28日 20時10分頃更新
涙を流す有紀寧。
佑真がクラスメイトに◯◯◯をあらわにします。
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