第9話 それの何が悪いんだ①


 週末を終え、月曜日。

 昨日のうちに大家さんがドアを修理してくれたことで、昨日の夜はもう由良木は家に戻っている。


 俺は久しぶりに一人の朝を過ごしていた。

 キッチンに立ち、ベーコンと目玉焼きを作る。その間にトーストを焼き上げ、コーヒーの準備を進める。


 休みの日はとことん休む俺だけれど、学校がある日は少し早めに起きて余裕を持つようにしている。

 というのも、単に朝ドタバタするのが嫌なだけなんだけど。


 そのとき、インターホンが鳴った。

 配達員にはやや早い。そうでないとすれば、俺の部屋のインターホンを押すのは大家さんくらいだけど、だとすれば面倒事を持ち込んでくる可能性が高い。


 出なくないなあ、と思いながらも応答する。出ないほうが後々面倒事に繋がることを知っているから。


「はい」


「あ、いた。おはようございます」


 俺は思わず目を見開く。

 そこにいたのがやる気がカンストしている配達員でも、面倒事を運んでくる大家さんでもなかったからだ。


「由良木か。どうした?」


「せっかくですので、一緒に学校に行こうかと思いまして」


 にこにこと笑っている。

 この笑顔を前にしていると、朝日を浴びているような感覚に陥るな。不思議と目が覚める。


「お前は早朝登校をする人間か?」


 登校するにはさすがにまだ早い。


「そんなわけないじゃないですか」


「だから驚いてるんだが」


「遅くに来て、秋坂さんがすでに登校されていたら寂しいので余裕を持って早めに呼びに来たんです」


「あー、なるほどね」


 と、納得しかけたところでそもそもの問題が解決していないことに気づく。


「そもそもなんで一緒に登校する感じに?」


「隣の部屋なんですし?」


 きょとん、と首を傾げる由良木。いやいや、傾げたいのは俺の方なんだけど。


「……いや、ですか?」


「嫌というわけじゃないけど。ちょっと驚いたというか」


「ならいいじゃないですか」


 そのとき。

 ぎゅるるる、とお腹の虫が鳴いた。


 俺も空腹ではあるけれど、自分のお腹から出た音ではないことは分かった。

 つまり、さっきの音は。

 そう思いながら由良木の顔を見ると。


「……」


 恥ずかしそうに顔を赤くしながら、ぷるぷると肩を震わせていた。


「ごめんなさい」


「朝飯作ってるところだったんだ。まだなら食ってくか?」


「でも、迷惑では」


「どうせまだ家を出るには早いんだし。というか、それが目的だったんじゃ?」


 からかうように言ってみると、由良木はまたしても顔を赤くしていく。もしかして図星だったか?


「ち、ちがいますから。ただ秋坂さんと一緒に登校したかっただけで、朝ごはんをいただければなんて、これっぽっちも思ってなかったですから!」


 新しいツンデレだ。



 *



「調理実習のグループ。決めていたぞ」


「は? 急になんだよ」


 登校したら耕助が教室にいたので、俺は軽い調子で報告する。


「女子を誰にするかで困ってたろ」


「いや困ってたけど。ちなみに誰だよ? 言っとくけど半端な女子じゃ俺は納得しないぜ。由良木レベルを持ってこないとだな」


「その由良木だから問題ないな」


「なんだッてええええええ」


 うるさ。

 はしゃぐ耕助の声に教室の中にいたクラスメイトの視線が集まる。友達と談笑していた由良木もこちらを向いていた。


「な、なななななななななんで由良木が?」


「いろいろあったんだよ」


「この数日で!?」


「そんな感じだ」


「まじかよひゃっはー! お前と友達で良かったぜ!」


 肩をバシバシと叩いてくる耕助。

 そんなこと初めて言われたんだけど、それを思うタイミングが今なのか?


「お前らァ! 俺は勝ったぞ! 勝ったんだァあああ!」


 テンションそのままに耕助が他の男子のところへ喧嘩を売りに行く。朝から元気だなあいつ。


「あの、秋坂さん」


「ん?」


 耕助を冷めた目で見ていた俺に声をかけてきたのは由良木だ。その隣には女子生徒がもうひとりいる。


「こちら、同じ班になってくれた日笠さんです」


「よろしくね」


 日笠花美。

 黒髪の女子生徒。よくよく思い返すと、よく由良木と一緒にいる女の子だ。


 話したことのない俺に対してもフランクな調子で接してくる。こちらも気を遣わなくていいから楽だな。


「よろしく。あとひとりがあれなんだ。悪いな」


「気にしないよ。当日はうるさかったときのために縄と猿轡持ってくるね」


 そんなもん持ってくるな。

 あと、家に既にありますよみたいな言い方やめなさい。いや、もしかしてあるのか? こわ。


「さる、ぐつわ?」


「由良木は知らなくていいよ」


「えっとね、口にこうして装着してね」


「説明するな」


 この人、侮れない。


 俺が勝手に日笠さんに慄いていると、ひとしきり男子に自慢してきた耕助が戻ってくる。


 ここで驚いたのは教室の中の空気が、耕助のせいで少し変わったことだ。


 流れとしては『俺、由良木とグループ組むことになったぜひゃっはー』という耕助の自慢を聞いた男子共が『まじかよやべえな俺たちも急がないと』みたいな感じで焦りだし、先週の躊躇いは何だったのかと思わせる行動力で女子を誘い始めた。


「あー気持ちよかった」


 満足げな顔をした耕助が由良木と日笠さんの存在に気づく。瞬間、さっきまでの間抜けな顔がキリッとしたものに切り替わった。


「当日はよろしく」


 にかっと笑う耕助に女子二人は苦笑いしていた。そして雑談もほどほどに由良木たちは自分たちの席に戻っていく。


「ところでさるぐつわというのは?」

「んーっとね、それはね――」

「まあ」


 みたいなやり取りが聞こえた。

 由良木は顔が赤くなっていた。


「いやぁ、楽しみだなぁ。由良木の手料理、どんな味なんだろうか。さぞかし美味いんだろうな」


 うへへ、とだらしない笑顔でよだれを垂らす耕助。俺は小さく息を吐き、彼の名を呼ぶ。


「耕助」


「ん?」


「期待するっていうのは、勝手にハードルを上げることだ。それを押し付けるのって、存外相手にとっては辛かったりするもんだぞ」


「つまりどういうこと?」


「ハンバーグが出てくると思っていて、炭が出てきたとしても驚くなよってこと」


「いやそれは驚くだろ」



――――――

次回『それの何が悪いんだ②』

次回更新は10月26日 20時10分頃更新


調理実習当日。有紀寧、◯◯◯◯ます。

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