第8話 デートじゃないと分かっていても③
電車に揺られて三十分。
皆倉市はここら辺では比較的人の集まる場所とされている。大幕高校の学生が帰りに寄る場所として最も名前の上がるスポットでもある。
様々な飲食店。
ボウリングやカラオケといったアミューズメント施設。
あとはイオンがあり、その中にインテリア店だったりが入っている。あまり広くはないけど、近場で済まそうと思うとどうしてもここになる。
大人であれば車を走らせるところだけど、長距離の移動となると電車を使わざるを得ないところが学生のネックなところだ。
まあ。
俺はそれで十分なんだけど。
ソファやテーブルといった大きめのインテリアを購入した由良木だったけど、さすがにそれは郵送で送ることになり、荷物持ちとして同行している俺の仕事は小物系を買うここからだ。
「キッチン周りの道具も揃えたいんですけど」
「あるんじゃないの?」
料理してたわけだし、フライパンとかはあるはずだ。
「ダメになりました」
「ああね」
納得だ。
そんなわけでとりあえずキッチン用具を購入しようと店の中を移動しそのエリアへ向かう。
最近はいろんなキッチン道具が置いてあるんだな、と感心する。
家で母さんが買ったものの使っていなかったものを持ってきたので、実はほとんど買い足していない。
「軽いほうがいいだろうな」
「そうですよね」
重たいといっても、もちろん女性でも振れるレベルではある。けれど、長時間振り続けるようなことがあれば、それを考慮して軽いに越したことはない。
「またダメになること考えると、安いのでもいいかもな」
「それ、私からかわれてます?」
「まあね」
答えると、由良木はむすっと頬を膨らませる。
「ちょっと料理ができるからって」
「ごめんごめん。言い過ぎた」
くすくすと、つい込み上げてくる笑いを堪えながら謝ると、由良木は頬を元通りにしながら、しかし、むすっとした表情はそのままに俺の顔を見上げる。
「いつか、美味しいって言わせてみせますので。謝罪はそのときに受け付けます」
*
お店の中をぐるりと周り、ある程度買い揃えたところで気づけば日も落ち始めていた。
ぐう、とお腹が鳴る。
「せっかく出てきたし、なんか飯食って帰るか?」
家に帰って作ってもいいんだけど、少し面倒だと思う気持ちが俺を襲っていた。
どうする? みたいな言い方をしているけれど、俺の中ではもう九割近く食べて帰る気持ちである。
「あ、いいですね。お買い物に付き合ってくれたお礼にご馳走しますよ」
「これ一応、ドア壊した罪滅ぼしなんだけど」
「そうでしたっけ?」
にひ、と珍しく小悪魔のように笑う由良木の表情に、俺は一瞬言葉を詰まらせる。
可愛いな、まじで。
俺、こんな子と一日買い物していたのか。よくよく考えると凄いことだな。
クラスの男子が聞けばどう思うだろうか。考えてみたけど、ゾッとしたのでこれ以上はやめておこう。
「とにかく、お荷物を持っていただいて、私はとても助かったのでご馳走したいんです。秋坂さんは黙って私に奢られてください」
「奢る側のそんなセリフ始めて聞いたぞ」
今日の荷物持ちはドアを壊してしまったからという名目がある。なので、彼女側にどんな理由があっても、奢られるというのはあまり気乗りしない。
けど、ここまで言ってもらって頑なに断るというのも相手に失礼に当たる。
なので、ここは一つ。
「そういうことなら、ご馳走になろうかな」
「はい。そうしましょう」
手を重ねながらご機嫌に言う由良木。人に奢られるのは悪い気はしなかったけど、女子に奢ってもらうのは何かちょっと気が引けるんだな。
そんなわけでご飯を食べて帰ることにした俺たちは場所を移動する。ここら辺はわりとなんでもあるので、お店は選び放題だろう。
「なにか食べたいものあります?」
「今はわりとなんでも行ける気分だけど。そっちは?」
「そんな感じです」
決まらない。
もともと率先して行き先を決めるタイプではない。耕助と飯行くときとあいつが勝手に決めてくれるから楽なんだけど。
今日はそうもいかないか。
「じゃあイタリアンとかどう? 確かリーズナブルで美味い店があるって聞いたことがある」
「いいですね。そこにしましょう」
スマホで調べ、お店に向かう。
外装は普通のお店という感じで、中も落ち着いた雰囲気が印象的だった。騒がしい客もおらず、ほどよい雑音が飛び交っている。
たまたまなのか、そこまで混んでいないのは助かった。店に入ってすぐに席に案内してもらう。
「ピザを食べよう」
「ピザ、ですか?」
座るなり俺がそんなことを言うものだから、由良木が不思議そうに首を傾げた。
「ああ。そのためにここに来たんだよ」
来る前からピザを食べようと決めていた。
「お好きなんですか?」
「そうだな。好きは好きだけど、頼む理由は別にある」
「というと?」
「本格的なピザは作るのが面倒だから」
あー、と声を漏らして由良木は納得を見せた。それぞれの注文をし、店員さんが席を離れたところで由良木の雰囲気が変わる。
姿勢を正し、唇をきゅっと結んだ。
なんというか、これから大事な話をしますよというのが雰囲気で伝わってくる。
「あの、ですね」
さすがにここで告白イベントが発生しないことくらいは俺でも分かる。
なら、なんなんだろうか。
こんなに改まっての話となると、少し緊張してしまう。
「ああ」
「私、どちらかというと不器用で、昔から失敗ばかりしてました」
俺は彼女の言葉に、小さく息を吐いてリアクションをした。
料理に限った話ではないのだろうか。
それに関しては中学のときから云々、という話は先日聞いているので改めて言うことでもあるまい。
「けど、周りはそんな私に期待を向けます」
「まさに、今がその通りだな」
由良木有紀寧はその風貌から何でもできると思われている。事実、成績は優秀だ。ランキングでも上位に名前があるのを俺も見たことがある。
けれど、それ以外はあんまり目にしたことはないな。由良木自身が、そうならないように必死に頑張っていたのだろうか。
「……その期待を裏切りたくなくて」
「そこまでする必要もないと思うけど」
そうは言っても、彼女は頑として首を縦に振らない。その頑固さには、なにか理由があるのだろうか。
気にしても仕方ないが。
「……そういうわけにはいかなくて」
「そっか」
「それで、あの」
紆余曲折した話はようやく終着点へと向かおうとしていた。幾度か、視線を泳がせた由良木は、俺の様子を伺うようにちらと上目遣いを向けてきた。
「来週の調理実習、もしよろしければ一緒の班になってもらえませんか?」
――――――
次回『それの何が悪いんだ①』
次回更新は10月24日 20時10分頃更新
佑真と有紀寧が朝、一緒に◯◯します。
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