第7話 デートじゃないと分かっていても②


 相変わらずすやすやと警戒心の欠片も感じさせない熟睡を見せる由良木に対して、俺は悶々というか変に緊張したような感じでしっかりとは眠れず。


 そんな感じで訪れた日曜日。


 由良木は準備のために一度自室へ戻っていき、俺はその間に着替えを済ませる。


「どうしたものか」


 人生で初めて、着る服に悩んでいる。


 デートというつもりはない。

 ただ、荷物持ちとして彼女に付き合うだけだ。

 気持ち的にはそうなんだけど、それでも女子の隣を歩くという事実だけは変わらない。


 しかも私服を見た限り、由良木は普通にオシャレだった。あれはきっとオシャレ上級者だ。半端な服装だと彼女の評判を落としかねない。


 が。


 そもそも俺はオシャレな服を持っていない。はて、困ったぞ。答えのない問題を考えさせられているようだ。


「……」


 スマホを取り出し電話をかける。

 三コールほど続いたところで相手が電話に応じてくれる。


『お兄様!? お兄様ですか!?』


「あー、うん。久しぶりだな、琴乃」


 家電のモニターに俺の名前が表示されていたから、妹である琴乃は『はい、秋坂です』という電話の決まり文句をすっ飛ばす。


『久しぶりすぎます! もっと琴乃に電話をしてきてください。琴乃はお兄様成分が足りなくて最近力が出ないんです!』


「ごめんごめん、善処するから今日はちょっと俺が話していいか?」


『いいですよ。お兄様のお話なら四十八時間ぶっ通しできいていられます!』


 俺がしんどいわ。


「俺が持ってる服はおおよそ把握してると思うんだけど」


 それもおかしな話だけどな。

 しかしそれが現実。琴乃からの『そんなわけないじゃないですかぁー』というツッコミを期待しつつも言ってみる。


『ええ。それがなにか?』


 迷いなく肯定してきた。


「一番オシャレな服はどれかなと」


『お兄様はどんな服を着てもカッコいいですよ?』


 やっぱり訊く相手を間違えたか。

 異性の意見を、と思ったけど異性の友達いないから琴乃に電話してみたけど、こいつも異性じゃなかったわ。琴乃は妹だ。


『あ、じゃあファッションショーとかしちゃいます? 一着ずつ着てお母さんのスマホに送ってきてください。琴乃はその間にティッシュの用意をしておくので』


 なにに使うんだティッシュを。

 それはもう琴乃が楽しみたいだけの催しじゃないか。


「いや、参考になったからもういいや」


『え、もしかしてもう通話終わってしまう感じですか!? 琴乃はまだまだまだまだまだまだまだまだ話し足りません! これでは夏休みまでお兄様成分が保ちません!』


「また暇なときに電話するよ」


『そう言ってお兄様全然電話くれないじゃないですかー! 暇なのにー!』


「それは分からんだろ」


 キリがないのでツッコミを入れて通話を切った。すると、すぐさまスマホがヴヴヴと震える。何度も何度も連続で震え続ける。


 母さんからのラインにスタンプが送られてきていた。悲しい目をしたウサギのスタンプだ。

 もちろん、これは母さんがメンヘラ化したのではなく、琴乃が母さんのスマホを使って送ってきているのだ。


 少しするとピタリと止まったので、多分母さんに止められたんだろう。


「……」


 別の相手に電話をかける。

 そいつは五コールくらいして応じてくれた。


『なんだ? お前から電話なんて珍しいな』


 阿座上耕助だ。

 あいつは中身が残念だけど、容姿は整えているからな。オシャレにも通じているだろう。


「ちょっと訊きたいことがあって」


『なんだよ。ちなみに今日の朝飯はデラックス卵かけご飯だぞ』


「いや知らんが。オシャレな服について知りたい」


『オシャレってまたお前の口から聞き慣れない言葉だな』


「ちょっと、気になってな」


『もしかしてデートじゃねえだろうな? そんな裏切り行為は許さねえぞ?』


 ドスの効いた声で言ってくる耕助。


「そんなんじゃねえよ」


 デートではないから嘘はついていない。


『とりあえずこれまで服装を気にしてなかったお前がいきなりオシャレしても難しいだろ。大人しく白シャツ黒パンツで出掛けることだな』


「それなら問題ないか?」


『ないね。可もなく不可もなくってやつだ。オシャレじゃなくても、少なくともダサくはない』


「なるほど。助かった」


 そんな感じで、俺は白シャツ黒パンツのスタイルで出掛けることを決めた。


 うん、無難だ。



 *



 午後二時。

 俺はあすなろ荘の前で由良木を待っていた。

 服装は耕助のアドバイス通り、白のシャツに黒のパンツ。極力荷物は減らしたいタイプなので、ポケットにスマホを突っ込む。財布はキャッシュレスを利用しているのであまり持ち歩かなくなった。


 ここ数年でスマホ一台でなんでもできる時代になったものだ。便利になることはいいことだけど、その便利に慣れてしまうことを恐ろしく思う。


 などと、世の中の利便性について考えていると隣に人の気配を感じた。そちらを振り返ると、小柄な少女が俺を見上げていた。


 言わずもがな、由良木有紀寧である。


 身長が低いことは分かっていたけど、こうして隣り合わせで並ぶと顕著に感じる。


「お待たせしましたか?」


 低身長によって自然と向けられる上目遣い。童顔で可愛らしい顔立ちも相まって、庇護欲を唆られる。こりゃ天使というよりも天性の小悪魔だよ。


「いや、俺もさっき来たところだよ」


「というか、隣なんですからわざわざここで待たなくても」


「いや、何となく」


 女子には準備があり、呼びに行くと急かしているように捉えられる可能性があった。


 別に急いでいるわけでもないので、気長に待とうとここにいたのだ。


「すみません。準備に手間取りまして」


「女子の準備はいろいろ大変だって聞くからな。想定内だよ。むしろ思ってたより早かったまである」


「女性のお友達が?」


 すっと、目を細める由良木。その真意は読めないけど、嘘をついても見破られそうだ。


「いや、耕助……友達がな」


「阿座上さん、ですか」


「知ってるのか?」


「そりゃクラスメイトですし」


「クラスメイトでも接点なきゃ覚えられないだろ。俺なんてまだ全然だぞ」


 さすがに男子は覚えたけど、女子は半分ほど曖昧だ。名前と顔が一致していない。


「そのわりには、私のことは知っているようでしたが」


「由良木は有名だからな」


「有名、ですか?」


「ああ。由良木のことを知らない男子はいないと思うぞ」


「私、なにかしましたか?」


「なにもしてなくても、注目集めるやつは集めるんだよ。行こうぜ」


 家具を買うならこの辺には売っていないので都市部の方へ出る必要がある。

 電車で三十分くらいだろうか。

 目的があるとはいえ、女子と二人というのはやはり緊張するな。


「あ、はい」


 俺が歩き出すと、由良木はてててと駆け足で隣に追いついてくる。そんな彼女を横目で見た。


 薄めの長袖白シャツに黒のオーバーオールのスカートを着ている。部屋で見た服装とはまた少し印象が変わるな。


 なにより。


「髪、出掛けるときは纏めるのか?」


 亜麻色の長い髪がローツインテールに纏められている。このヘアアレンジも相まって、普段とのギャップを感じさせられた。


「えっと、まあ、そんな感じです」


 俺の質問にしどろもどろになりながらも、由良木はこくりと頷いた。そんなに答えにくい質問じゃなかったと思うけど。


――――――


次回『デートじゃないと分かっていても③』

次回更新は10月22日 20時10分頃更新


佑真と有紀寧が二人で出掛けます。

つまり、◯◯◯します。

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