第6話 デートじゃないと分かっていても①


 大家さんが帰ってくるのは日曜日なのか、それとも今日の夜遅くなのかは分からないけれど、今日も今日とて由良木は宿無しだ。


 なので、うちで寝ることになっている。


 俺は夕食の冷やし中華を作っていた。これからの暑い時期は冷やし中華やそうめんのお世話になる機会も増えることだろう。


「あの、泊めてもらう上にお夕飯までいただくのは申し訳ないんですけど」


 キッチンに立つ俺のところへやってきた由良木が言葉通り、申し訳無さそうに言ってくる。


 結構、気遣いっぽいしな。

 そういうところはやっぱり気にしているらしい。


 しかし。


「別に気にしなくていいよ。一人分も二人分も手間は変わらないからさ。むしろ、一人分は量の調整が難しいからこっちのが楽なんだ」


 量の調整云々はともかく、手間が変わらないというのは事実だ。

 料理をすること自体が面倒に感じる日はある。けど、いざ動き始めればフライパンにぶち込む材料の数が違うだけで工程は何も変わらない。


 材料を切るだとか、炒めるだとか、茹でるとか、そういうのは一人前であれ二人前であれ行うので、本当に手間は変わらないのだ。


「ほんとうですか?」


 しかし、由良木は訝しむ視線を向けてくる。気を遣ってのことなんだろうけど、なかなかに疑り深い性格だ。


「由良木が料理できるようになれば直に分かるよ」


「……そういうことなら。私もなにか手伝いましょうか?」


「いや、いいよ。夕食は美味しいの食べたいだろ?」


「ひどいっ。でも言い返せません!」


 ガーン、と分かりやすくショックを受けたリアクションをする由良木を見て、俺はくすくすと笑ってしまう。


 最初はなにを話せばいいのか不安ばかりだったけど、一日一緒にいるだけで存外なんともないものだ。


 これも彼女の人懐っこい性格あってのことなんだろうけど。


 クラスのお姫様、なんて呼ばれるだけのことはあるな。思わず、彼女の魅力に俺も魅せられてしまいそうになった。


 冷やし中華を完成させ、二人で食卓を囲む。


「休みの日はあんまり出掛けないのか?」


 ふと気になったことを口にしてみる。


「どうしてですか?」


 ちゅるちゅる、と麺を啜りながら視線をこちらに向ける由良木。


「いや、何となく」


 由良木は恐らく友達が多い。

 教室で一人のところを見たことがないからだ。人は入れ替わっているけれど、基本的には誰かと一緒にいる。


 女子がほとんどだけど、たまに群がる男子の相手もしているのは知っていた。


「友達多いだろ?」


 俺が短く言うと、由良木はふむと考える。

 そんなに難しい顔するような質問は投げかけてないんだけどな、とか思いながら彼女の返答を待つ。


「私、秋坂さんが思っているよりお友達多くないと思いますよ」


 少し考えた末、由良木はそんなことを言う。予想外の言葉に俺は一瞬返答に迷ってしまう。


「でも、教室ではいつも誰かと喋ってる気がするけど?」


「秋坂さんって教室で私を見てるんですね」


 からかうように、くすくすと笑いながら言ってくる。死角からの攻撃に俺はまたしても言葉を詰まらせる。


「こ、言葉の綾だ。目立つ人間は嫌でも視界に入るんだ」


 ゴホンゴホン、とわざと咳払いをして照れを誤魔化しながら答える。


「……私が視界に入るの、嫌なんですね……」


「ここここ言葉の綾!」


 ちきしょう。

 どうしたらいいんだ、このままだと何を話しても裏目に出てしまう気がする。

 などと、動揺していると由良木はやはりおかしそうに笑う。


「冗談です。別に傷ついてないですから」


「たちの悪い冗談だ」


 俺が呟くと、由良木は仕切り直すように話題を戻す。


「それで、休日のお話でしたよね」


 俺は冷やし中華を啜りながら、こくりと頷く。


「確かに秋坂さんの言うとおり、教室ではクラスメイトと一緒にいますけど、休日に誘いを受けることはあんまりないんです」


「そうなんだ」


 なんか、触れるべきじゃないタイプの話題だったかな。

 由良木の言い方的に、休日に遊びに誘うような仲だとは認識されていない、みたいな感じに聞こえる。


「あ、でも、別に私がハブられてるとかそういうのではないですよ。最近まで、遊びのお誘いに応じれないことの方が多くて、みんな気を遣ってくれているのかと」


「忙しかったってことか?」


「ええ、まあ」


 由良木はそれ以上を口にはしない。

 なにか事情はありそうだけど、彼女が自ら話さないのであれば、無理に聞き出すようなことはするべきじゃない。


 鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥。

 歴史上の誰かの言葉だ。

 俺は鳴かせてみることも、まして殺そうなんてことも思わない。思えない。


 考えてみれば、こんな中途半端な時期にあすなろ荘に入居してきている時点で、なにかしら訳ありではあるっぽいしな。


 せっかくの食卓だ。

 どんよりした話題よりは楽しく過ごしたいものである。


「明日はなにか予定あるのか?」


「えっと、そうですね。必要な家具を買いに行こうかと思っていたんですけど……」


 ドア壊れたしな、みたいな言葉が彼女の瞳から漏れ出てくる。口にはしていないけど。


「すまないな。ドア壊しちゃって」


「いや、そんなつもりはっ」


 由良木は慌てて手をブンブンと振る。


「確か、大家さん明日にはドア直してくれるんだよな?」


「そういうお話、でしたね」


 予定通り帰ってくればの話だが。

 酒の場の勢いで突然旅行に飛び出すような人だ。今日の夜に思いつきで旅行延長してもおかしくない。


「確認しておくか」


 俺はラインを開き、大家さんにメッセージを送る。友達といるだろうし、返事は遅いだろうと踏んでいたがすぐに既読がつく。


「既読ついた」


「速いですね」


 ちゅるちゅる、と由良木は麺を啜りながら視線をこちらに向ける。


『今日の夜行で帰るから明日の昼にでも直すよ』


「だってさ」


 と、俺はスマホの画面を由良木に見せる。

 夜行バスで帰ってくるんだな。

 行きは新幹線だったし、とことんフリーダムな人だ。大人ってもっとキチキチしているようなイメージがあったけど、そうでもないんだな。


「なるほどです」


「……まあ、あれだ。俺も別に予定ないし、ドアを壊したお詫びくらいはさせてもらってもいいんだけど?」


「というと?」


「荷物持ちくらいはできるってこと」


「あ、えっと」


 俺にしては大胆な発言だ。

 言い始めてから気づいた。別にそんなつもりはないし、下心だってないんだけど、これはつまり『二人で出掛けよう』という誘いになってしまう。


 それに気づいてか、由良木もわたわたしている。


「いや、無理にとは言わない。全然、どっちでもいい」


 昨日から二人でいる時間が多く、距離感を履き違えてしまったかもしれない。

 挨拶されただけで好意を持たれていると勘違いする中学生男子か。


「その、ご迷惑でないなら……助かります」


「そっか」


「……はい」


 それから。


 冷やし中華を食べ終えるまでは、静かな時間が続いた。テレビとか買ったほうがいいかな。せめてオーディオプレイヤーくらいはあったほうがいいかもしれない。



――――――


次回『デートじゃないと分かっていても②』

次回更新は10月20日 20時10分頃更新


佑真が◯◯◯◯について考えます。

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