第49話 冷泉天香を殺しなさい

 『胡散臭い女から大方の事情は伺っているが、どうやら君は黒幕とやらに憧れを抱いているらしいじゃないか』


 「君には僕の理想の礎となってもらうよ」


 『結局は……そうか……所詮は滑稽な愚か者だな君は』


 僕を小馬鹿にするように口を覆う仕草をする仏像。

 彼は煽り口調を緩めず饒舌な口を開く。


 『異世界に帰還するために上位の者に与えられた使命に準ずる……。結局君は操り人形に過ぎないわけだ』


 「……」


 『君は現世に於いて解放されたと嬉々していたらしいが、結局別の世界に行こうか戻ろうが奴の掌に踊らされる駒に過ぎないわけだ』


 「……」


 『嗚呼、可哀想な道化だ』


 僕は溜息を吐いて肩を竦める。

 女性の敵と周囲に貶され、人殺しと散々侮辱される僕にその程度の煽りは通用しない。

 現状愚者の魔女の操り人形になっているのは事実であり、大変遺憾な状況に陥っているのは身に染みて理解している。

 ただ……僕にはこうするしかないんですよ。

 社畜時代と同様に上位存在の機嫌を損ねないよう媚び諂うしか僕には道がないのである。


 「とりあえず君は殺しま〜す。愚者の魔女も泣かしま〜す!」


 僕は己の全てを投げ捨てて仏像に飛び蹴りを与える。

 僕の初撃は胸前の二手により軽々と静止され、そのまま地面の着地すると回し蹴りを続け様に放つが、やはり僕の攻撃は通用するようには思えなかった。


 『君と私ではね、生きている時間……経験の差がある。君程度では私には一生勝てないよ』

 

 「うん、最初の一発で僕じゃ敵わないことは理解した。だから、僕は別の策を講じることにするよ──」


 『策? 何か面白い物でもあるなら見せてくれ。だが、それが私に効くとは──』


 「やっちゃってください! 六天魔さん!」


 『は──?』


 「ばん」


 その言葉と同時に仏像の胴体に大きな穴が空き、彼は間抜けな一声を放ち己の状態を自覚した。

 自覚した時既に遅く、仏像はそのまま倒れ伏す。


 討伐完了である。

 卑怯者とは言わせない。圧倒的に僕より強い者に討伐を依頼する。これも作戦の一つだ。

 そうして仏像を討伐した張本人こと六天魔さんは斃れる仏像を踏んで僕の前に姿を現した。


 「元気そうだね小夜くん」


 「ありがとうございます! 六天魔さん! それとお久し振りです!」


 僕は頼れる先輩に頭を下げて誠心誠意の感謝を示す。

 六天魔特等こと六天魔侑子ろくてんまゆうこさん。

 僕の大恩人であり多分愚者の魔女相応の実力を持つ圧倒的強者である。

 北海道出張に行っていたはずの彼女であるが僕が高崎駅に向かっている途中に連絡が繋がったため、事の一件を相談してみると彼女は同行を快く申し出てくれた。

 そして六天魔さんが群馬に到着するのを待ち、駅にて合流すると一旦別行動をして上記のような流れとなった。

 糞女愚者の魔女からは本気で闘う僕を所望されていたが、そんなことは知ったこっちゃなく、ぶっちゃけ戦闘を長引かせるわけにはいかず一刻も早く異世界に帰還したかったため、僕は彼女に討伐を一任することにしたわけである。

 

 『…………愚か者め! 貴様は自分が何をしているのか理解しているのか!?』


 討伐完了となったはずの仏像であったが六天魔さんの攻撃を受けても尚も我を保ち背後の六手で身体を起こそうとする。


 『……何もしていない私を祓うどころか……不意打ちとは……卑怯者!』


 「へぇ、大分元気そうじゃん」


 『その傲慢が何れ災厄として自身の身に降り掛かるだろう……! 地獄に落ちろ比良坂小夜……!』


 怨嗟を喚き散らす仏像の頭に足を置く。

 負け犬の遠吠えは聞いていて心地の良いものだ。

 自身の利益を優先するためには一般人を殺す覚悟はとっくに出来ている。でなければ黒幕になれるわけがないのだから。

 僕は仏像の持っていた宝剣を拾って彼の顔面に突き刺す。

 すると彼は夥しい叫び声を上げ、しばらくすると沈黙して息絶えた。


 後は愚者の魔女を泣かすだけだなと奴の到着を待ち侘びていると六天魔さんは僕にある品を手渡す。


 「はいこれ、白い恋人」


 「覚えていてくれたんですか……ありがとうございます!」


 異世界に帰還したらこっそり食べようと僕は白い恋人を受け取る。

 お土産に歓喜する僕に六天魔さんは微笑む。

 そんな彼女は思い出したように呟く。


 「小夜くんはあっちの世界に戻りたいんだよね」


 「…………まぁはい」


 社畜と化して奴隷同然の扱いを受け天社から酷使される僕であったが、六天魔さんのような恩人を放り出し帰還することには僅かな抵抗がある。

 そう考えると僕はそこまで不幸な身分ではなかったのではないかと認識が揺らぐわけだ。

 しかし、異世界にて黒幕人生を謳歌したい僕からすれば、やはり現世の境遇や状況は退屈というか窮屈なわけで──。


 「私は小夜くんの意思を尊重します」


 「六天魔さん……」


 そう囁くと六天魔さんは俯く僕の頭の手を置いた。

 「だって──」と彼女が言葉を続けようとする同時にその言葉はある者の乱入により掻き消される。


 「おいおいおい〜! どういうことなんだい!? これは私の求める展開じゃないんだけれどねぇ!」


 ようやく姿を現した愚者の魔女は僕達の作戦に文句を付ける。

 都合良く登場してくれたと、僕は愚者の魔女を指差して六天魔さんに告げる。


 「あいつに虐められました」


 「酷いね。じゃ、殺そうか」


 「待ってくれ! 待ってくれたまえよぉ! 平和主義者の私は争いなど求めてはいない! 穏便に……話し合いで解決しようじゃぁないか!」


 コイツ僕を強引に現世帰還させたくせにどの口が言っているんだ。

 おかげで3日僕が行方不明になり大騒動に進展しているかもしれないというのに……!

 八雲さんや他の者から心配させるようなことをするなとお叱りを受けた翌日には行方不明とか……それこそ僕は本当に彼女達から軽蔑される危険があるのだ。


 「とりあえず僕を早くあっちに戻せよ。こっちには六天魔さんという人類最強がいるんだぞ。余計なことは抜かさす戻せ」


 「虎の威を借る狐だねェ……ンン、まぁいい。それより侑ちゃんが助力するとは思わなんだ……」


 「可愛い小夜くんにお願いされたら断れないからね」


 「相変わらず甘い女だ……。それが君の取り柄でもあるんだがね」


 …………?

 あれっ、六天魔さんと愚者の魔女の会話に違和感。

 旧知の仲というか顔馴染みというか……。

 いや六天魔さんは人類最強に等しいから六天魔さん魔女説は納得なんだけれども……いやまさかコイツと知人だったりするの?

 実は────いや、まさかな。

 ないないない。そんなはずはないけれども……。


 「念のために確認ですけれど六天魔さんは大罪魔女って単語に聞き覚えとかあります?」


 「あぁ小夜くん。言い忘れていたけれど私は怠惰担当の魔女だよ」


 「へぇ、そうなんですか……六天魔さんが怠惰の魔女……」


 そんな予感はしていた──。

 けれども大恩人であった彼女が僕が前世において死闘を繰り広げた魔女の一味の一人であったとは。


 「驚かないんだね」


 「それ相応のことに遭遇しているので今更驚きませんよ」


 しかし六天魔さんが怠惰の魔女であったとは。

 大罪魔女は僕が全てを全滅させたわけではなく勇者候補や千年王国の猛者が打ち滅ぼした事例もある。

 明確に僕が殺した魔女は、憤怒の魔女と嫉妬の魔女くらいであり、後は番外の愚者の魔女くらいである。

 確か怠惰の魔女とやり合ったのは……ポンコツエルフことアンジェリカだったかな……?


 「まぁ衝撃がないわけではないですが。六天魔さんは……僕が憎いですか?」


 「どうして?」


 いやだって、かつて僕達は敵対陣営だったわけですし。

 そっちの仲間二人を現に殺してしまっているわけだからね僕は。愚者の魔女は知らんけれど。


 「仇敵みたいな者じゃないですか僕は」


 「私達は仲間意識とか薄いから何も気にしていないよ。それに私達が敗北したのは己の実力不足。自己責任になるからね。だから小夜くんが気に病む必要はないよ」


 「……そうですか」


 世界に叛旗を翻した大罪魔女の境遇には僅かながらには同情していた。

 世界滅亡なんて目的を抱く彼女達を討伐することに若干の心苦しさがあったのだ。

 黒幕を目指し人類の敵となる予定であった僕は、流石に世界滅亡はイカンだろと自制はしていたのだが。


 …………。

 まぁいいか!

 当の本人が気にしないでと言っているのだから気に病む必要はないな! 過去の敵は現在は尊敬する上司! それでいいか!


 「過去に蟠りのあった者同士は世代を越えて和解へと至るわけさ!」


 「お前だけは許してないからな。僕の野望を邪魔した挙句に現世へ連れ戻しやがって……」


 僕が愚者の魔女の顔面に宝剣を突き刺すが相変わらず平気な顔で僕を嘲笑っていた。


 「そういえば小夜くん、尸織ちゃんは元気にやってる?」


 僕が愚者の魔女に拉致されて以降、存在を忘れてしまっていた一応相棒である尸織。

 まぁアイツのことなら一人で元気に……あ、いや僕がいない合間に好き放題やっているに違いない。

 頼むから僕が帰還した時に面倒な状況を生み出していないことだけを祈る。


 「多分大丈夫じゃないですかね」


 「あの子は寂しがり屋だからね。あんまり一人にさせると後々怖いことになるよ」


 うわぁ……嫌だぁ……。凄い余計なことを仕出かしていそうで不安だ。

 3組の生徒に害を与えるような行動していたら本当に許さんからな。


 「そうそう、天香ちゃんが凄い勢いでここに駆け付けているっぽいよ。後30分くらいで到着するよ」


 「エッ」


 あんなお茶目な遺言状残して置いて今更会いたくないよ。

 というか何で僕が群馬県にいることを当然のように把握しているんだよ。何が方向音痴だ。

 これは天香が到着する前に愚者の魔女により異世界に転送してもらう他ないなと冷静に判断。


 「早よ僕を異世界へ送還しろ! 間に合わなくなってもいいのか!」


 「まァ慌てない慌てない。一休み〜一休み〜……」


 「横になるな! 泣かすぞお前!」


 あんな内容の手紙を見た天香が僕にどんな感情を抱くのか想像が付く。

 最近人に迷惑を掛けて心配をさせる事例の多い僕は八雲さんや他の人達の前例から、勝手にいなくなるんじゃねぇとお叱りを受けるのが目に見える。

 過保護気味の天香のことである。この機を逃せば僕は異世界に帰還する機会が無くなる危険がある。そして僕との同居を強制され、東京から奴の本拠地である京都に連れ去られてしまうかもしれない。

 まずいことになったなと……未だ一休みしやがる愚者の魔女に宝剣をぶっ刺すが、僕と同様に頑丈なコイツに効果は見られない。


 「小夜くん、一つお願いがあるんだけれどいいかな」


 「はい! 何でも言ってください!!!」


 「天香ちゃんを殺してくれないかな」


 「……………………」


 ん?

 六天魔さんかららしくない発言が出た気がするが。

 難聴属性を持っていない僕であり確かに天香を殺せと耳にしたが、発言の意図が飲み込めないため聞き返す。


 「冷泉天香を殺しなさい」


 「……理由をお伺いしても?」


 「小夜くんの覚悟を見極めるためだよ」


 僕の覚悟──?

 六天魔さんの心臓が停止しそうなほどの眼光に怯み鳥肌の立った僕は、一呼吸置くと彼女の真意をようやく理解した。

 黒幕の覚悟。

 僕は黒幕となるために3組を含めるリュミシオン王国陣営と敵対する予定となっている。

 それは、すなわち友人である彼等と闘い殺し合うような状況になること。

 最終的に僕一人が犠牲になることで物語が完結となる構成ではあるのだが──。


 「もう一度言います。冷泉天香を殺しなさい」


 六天魔さんは再度僕に告げた。

 そして彼女は補足するように言葉を続けた。


 「冷泉天香を殺せれば、私が小夜くんを異世界に送り返します」


 ご褒美だよと僕に囁いて──。

 あぁ、僕は仏像の語った通りの道化だなと再認識させられる。

 だけれども、六天魔さんからのお願いとならば──。


 「是非とも僕に任せてください!」


 ごめんね、天香。

 何れこうなる運命だったんだよ。

 だから、君は……僕の理想への礎となってくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る