第50話 やってよかった殺し合い
天社を束ねる四大名家と他の名家は、明治時代に起きた帝都動乱において活躍した者達の子孫である。
帝都動乱とは、帝都こと東京の滅亡を画策した魔女
偶然にも僕と同姓の彼女は、東京を滅亡させようと仲間を引き入れて裏で暗躍していたらしいが、結局は四大名家を筆頭とする者に阻止されることになった。
そんな大活躍した者達の子孫は、現在も天社の主軸として特異や天岩戸を束ね、日本を裏で統治しようと暗躍しているわけである。
僕は特異においては比良坂一等として敵生体の対処に励んでいるが、天社の指示の元で組織に不要な邪魔者などを影で始末してきた。
この邪魔者に該当するのは天社について知り過ぎてしまった者や単純に名家のご機嫌を損ねてしまったがために排除させられた人物など多岐に渡る。
僕は冷泉家の指示の元で雑用をこなす、言わば忠実な奴隷だったわけである。
今更天社やら冷泉家の単語を持ち出しているのかと疑問に駆られると思うが、これは僕が裏切る設定において有効活用出来るのではと推測したからである。
今回六天魔さんの名に従い、僕は天香を殺すことになった。
殺すということはすなわち敵対するということ。敵対ということは裏切りということになる。つまり僕は念願の裏切り展開を披露することが叶うわけだ。
これまで僕は黒幕になるぞと啖呵を切り、何れ裏切りますと決意はしていたものの、諸々の事情から結局は味方のままで生涯を終えたり、異世界に転移するなど有耶無耶に事が流されてしまっていた。
良い感じの展開と場面を用意出来ず、いざ裏切ろうとしても時期尚早なのではと臆してしまい、結局は何も達成せずになっていた。
そんなこんなで僕はいい加減腹を括れと六天魔さんに促されたわけである。
話を設定に戻そう。
僕が特異や天社を裏切る理由は、奴隷としてこき使われるのに嫌気が刺したから的な内容でいこうと思う。
天社の指示で暗躍するのが辛いので辞めたいですと申せば、人生ごと辞めさせられるのでそんな戯言は抜かせず僕は真摯に職務に励んできた。
だが遂に我慢の限界を迎えた僕は、溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと天社を壊滅してやろうと意気込むわけである。
死ねば諸共。自爆覚悟の特攻である。
そして……そんな錯乱した僕を阻もうと登場するのが天香になるわけである。
冷泉天香は同僚であり友人のような存在だ。
12歳の頃からの付き合いであり天香が東京に来る度に顔を合わす顔馴染み。
我儘で自由奔放な気質のある彼女に連れ回される日常は退屈はせず、僕の疲弊した心を紛らわせるように感じさせてくれた。
そんな天香を僕は自身の利益のために殺さなければならない。
天香と敵対するということは特異を裏切ることと同一であり僕の望む黒幕らしい裏切り展開に望ましいのだが──。
僕は殺れるのか? 仮にも同僚でもある友人を?
──いや無駄な思案は止そう。
僕が特異や天社と敵対するのは何れ来る確定的な未来だったはずだ。
それにこれに自問自答して苦慮してしまうなら僕は黒幕などには一生成れない。
だからこそ、僕は彼女と敵対する必要がある。
六天魔さんと愚者の魔女はこの場から既に離れ、お膳立ては済んでいる。
そうこう時間の経過が長く30分程度であるのに半日待ったと錯覚しながら僕は天香の到着をひたすら待ち続けた。
すると息を凝らして
「小夜ァ……!」
「ヒェッ……」
ドスの利いた声で僕に差し迫る天香。
怖い怖い怖い! 僕が先に殺されそうである。
いなくなるなと言われた早々僕は天香との約束を反故にしてしまっており、彼女は大分ご立腹な様子を伺わせていた。
だが、ここで怯むわけにはいかず僕は平静を保つ。
僕は基本的に自身の身体能力と戦闘技能こそが最強でなければならない。得物に頼るのは三流だという思想を持っている。
だが、今の僕では得物無しでは天香に敵うはずもないため、仏像から拝借した宝剣を手にしていた。
弱体化された僕の制限を解除する方法もあるが、これも副作用やら僕の矜持から解き放つつもりはない。まぁ最終手段ということで……。
とは言っているくせに仏像の相手を六天魔さんに丸投げしたわけだが……あれはまぁ仕方ないなと自分を納得させた。
「あの手紙は何なのよ!? 勝手にいなくなるなって言ったでしょ……!?」
「…………」
「何とか言いなさいよ! どれだけ私が心配したと思っているのよ……!」
感無量だなと無言で微笑んでいると天香は不機嫌そうに僕に近寄ろうとする。
僕は彼女を静止するために口を開く。
「よく……僕の居場所が分かったね」
「あんたの私物には発信機が付いているから分かるのよ。勝手に失踪されたら困るし」
エッ、何それ怖い……。
プライバシーの侵害じゃないの、それ?
イヤ……今は発信機の有無などどうでもいい。
「──こうして君は誘き寄せられたわけだ」
「ハァ……? あんた何言って──」
僕は瞬時に距離を詰めて宝剣を振り翳す。
反射神経の良い天香は僕の攻撃に即座に反応して鍔迫り合いを起こさせる。
良かった……心配はしてなかったけれど易々と斬られてしまえれば、どうして僕が敵対しているのかの解説が出来ないまま幕を閉じてしまうからね。
突然の同僚からの同士討ちに天香は混乱を催す。
「あんた……急に何して──今自分が何をしているのか分かっているの!?」
「分かっている。全て」
「だったら、何で急に私に斬り掛かってきたのよッ!」
鬱憤を込めた剣圧に圧倒され、僕は背後に飛翔して距離を取る。
そのまま距離を保ったまま刀を構える天香は僕を問い詰める。
「意味分からないんだけど!? 前から頭のおかしい奴だと思っていたけれど本当に頭イカれた!?」
「…………」
ここには反応しないでおこ。
ちょっと天香の流れに押され気味だから僕も口を達者にさせるべきだな。
これから何故僕が天香に敵対するのか解説していくわけである。
大事な場面であるため噛まないように気を付けなければならない。本腰を入れなければ。
「僕はね……ご存知の通り他の人とは異なる体質なんだ」
「今更何言っているの? そんなこと知っているわよ」
「この体質を活かして僕は多くの仕事をこなした。それこそ敵生体の始末や天社に叛く人間の処理など……言わば僕は京極家、冷泉家、洞院家、鳳凰院家の駒であったわけだ」
「…………」
「何人もの人間を殺して……敵生体を殺して……そういう生活はね、心が擦り減っていくというか麻痺していくんだよね」
「小夜……」
「高天高校に通うことになって僕は、僕が持つべきではない感情に芽生えてしまった──」
普通の人間になりたいと──。
命を削るような日常から離れ、一般人のような普通の生活をしていきたいと。
だが僕のような立場の者は、そんな渇望するような生活など享受出来るわけがない。
「君は馬鹿馬鹿しいと思うかな?」
僕の抱いた願望を一蹴すればそれでよし。そうでなくとも別にいい。
何故ならそういう設定なのだから。
僕は裏切る設定を天社の奴隷は嫌なので普通の人間になりたいという風にした。
だが、天社ではない天香に刃を向けるのはお門違いなのではないかとなるが、それには一応筋の通った彼女の身分がある。
「そのために君達四大名家の人間を殺すことにした」
「…………!」
「光栄に思ってくれていい。天香、君は僕の最初の犠牲になるのだから──」
「殺し合いを始めようか」と剣を差し向けて宣言する。
未だ状況を飲み込めず狼狽える天香の懐に入り込み剣を振るうと、彼女は相変わらず反射神経の良さを発揮させて一撃を防ぐ。
肉薄し鍔迫り合いが再び起きると、天香は僕に喚くように叫ぶ。
「意味分からない! どうしてあんたが!? ちゃんと一から全てを説明してよ!」
「説明なら十分したはずだが」
「あんなん足りるわけないでしょ!?」
「それに説明は不要さ。君は僕に殺される運命だから──」
僕は手から剣を離して天香の腹に掌を打ち付ける。
一瞬怯んで隙を見せる彼女の首を切り裂こうとすると、刃に防がれて逆に僕の腕が裂傷する。
やはり反応速度が良い分、そう容易く通用はしないようである。
血の噴出する左腕に呆気に取られていると天香は容赦なく僕の弱点である首元目掛けて刀を振り翳す。
このまま終了するわけにはいかないので胴体を逸らして攻撃を躱す。
「迷いがないな。流石は一等なだけある」
「そのよく喋る口を上下に切り裂いてあげるわ!」
そのまま突進して振るわれる一閃を避けて冷や汗を流す。
僕は再生能力と無駄な頑丈さが取り柄なだけで天香のような目利きの良さはない。
そのため天香から放たれる剣撃の度に僕の身体には傷が一つずつ増え体力は消耗していく。
実力は彼女の方が上手だ。おまけに霞桜を発動せずに己の実力のみで交えているのだから、彼女は未だ本領を発揮していないと言える。
形勢は不利。このままだと僕の敗北は必至だ。
だというのに──。
楽しいなぁ……。
何でこんなに心が踊るんだろう。
僕が強者相手に心揺さぶられる性癖があるからかな?
きっとそれもあるだろう。だけれども何よりは相手が冷泉天香だからだろう──。
「ははははは!!!」
「何笑ってんのよ。気持ち悪い」
「お前も笑っているじゃないか! 楽しもうじゃないか、命を賭けた殺し合いを!」
楽しいなぁ!
ありがとう六天魔さん! 嫉妬の魔女みーちゃん! そして僕の踏み台になってくれた仏像さん!
こんな心踊る舞台を用意してくれて!
やってよかった殺し合い!
僕は仏像からの戦利品の一つ縄──羂索を天香に投げ付ける。
羂索は魔力や異能が込められているのか僕が適当に投擲しても自動制御で天香の元に届き、彼女の脚から胴体を縛り上げた。
身動きを止めた──なら次こそ首元を払って終了だなと、そのまま掌を振り翳すと掠めるように僕の攻撃は空振りに終わる。
「──ここで霞桜か!」
「ご明察。終わりよ小夜」
思わず立ち尽くす僕の領域に忍び込んでいた天香は、そのまま逆袈裟斬りで脇腹から肩にかけて斬り上げる。
流石に積み重なられた地味な傷と一撃を合わせれば僕も危うい状態に陥る。
僕は大きな傷を抑えながら千鳥足で後退りする。
「あぁ……痛い……痛いなぁ。……けれど、生きているって実感させてくれる……」
「…………」
「今まで小物相手ばかりだった分……大分鈍ってしまっていたらしいね……。修行不足だ……反省しないと……」
「小夜……」
「だが、まだ不完全燃焼だ!!!!! 終わりには……まだ早い!!!」
僕は最終手段として持ち込んでいた錠剤六識薬を喉に通す。
これは黒幕時代の身体能力を半分程度取り戻し、僕が扱えていた魔法を使用出来るようになるという魔法の秘薬。
ただ、制限時間が僅か3分程度と直ぐに効力がなくなる。使用後は普段より増して頭がおかしくなるし、吐き気や全身の痛みなどの離脱症状に襲われるため、あまり進んで推奨すべき行動ではない。
けれども、そうせねば僕は天香を殺せないと判断した。
だから、少しながらに僕に本気を出させる天香は誇ってもいい。
「そうだ……第二形態なんてお約束だと思わないか? 僕はラスボスじゃなくて裏ボス的な黒幕だけれどね。少し待ってくれるかな?」
変身途中の隙だらけの僕に時間を与える暇もなく、天香は肉体を再構成させる僕に一撃振るう。
即座に冷静に攻撃とは、流石一等なだけはある。
ただ、攻撃が通用するとは言っていない。
僕は黒幕時代と瓜二つの容姿に変貌し、白髪長髪の全身真っ白な翼の生やした天使のような造形に至る。
「……何よその姿……!」
「格好良いと思わないか? 能力も全盛期とまでは行かないけれど、それなりの力を手に入れられたわけだよ」
「そんなことまでしてッ、あんたは特異に反逆するって言うの!?」
「それが僕の使命だからね」
「そんな愚かな使命のためだけに……ッ! ……そこまで堕落したとは見損なったわ小夜ッ!」
残り時間2分程度。
第二回戦の開始を宣言した僕は天香に指を差し向ける。
「──
そのまま閃光が天香の胸を貫いた。
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