第48話 さようなら天香
翌朝起床すると既に天香の姿はなく行方知れずとなっていた。
まぁ買い出しか何かで抜け出しているのだろう。メッセージに何も送信されていないし些細な用事なのだろう。
ともあれ鬼がいないのは好都合だなと僕は昨晩天香の目を盗んで出立する。
一応特異の世話になった人達には僕がいなくなるだろう翌日に送信されるようメールを予約送信させた。
六天魔さんには先日から「異世界行く方法とか知らないですか?」と送信してはいるが相変わらず返事はない。彼女は多忙なのでメッセージを見る暇すらないのだろう。
天香には感情を込めて一筆したためておいた。
手紙の内容は僕のお茶目な悪戯心の籠った内容となっている。
内容は下記の通り。
『冷泉天香様
貴女がこの手紙を読む頃には僕はこの世界にはいないだろう。突然こんな別れになってしまい大変申し訳なく思う。
君との出逢いから今までの思い出を綴りたいが、それを書ける時間はないので割愛しておく。
僕はある敵生体を討伐する任務を担うことになった。ある筋からの情報によると大分強敵なようで僕では勝てないかもしれない。
けれども僕としての性なのか勝ち目はなくとも……奴と闘ってみたいと思う。
どうか素直に僕を見送ってくれるとありがたく思う。
口では言えないが君との生活……君との時間は僕にとって有意義で心地の良いものだった。
君が東京に駆け付けてくれた時は嬉しかった。
最後に君に会えて良かった。
君と出逢えて僕は幸せだった。
健康には気を付けてください。さようなら』
愚者の魔女の魔法があれば再び現世に降り立つことは叶うが、僕はこっちに未練はないため戻る気などは更々ない。
六天魔さんや僕を慕う後輩には申し訳なくは思うが……いつしか別れは必ず来るもの。
どうか僕を黙って見送ってほしい。
机に書き置きを残し僕は出立する。
目的地は群馬県北部の廃村である。
とりあえず新幹線で高崎駅まで行って各駅停車に乗り換え次の駅に到着次第、そこからは現地の付近までタクシーで向かうような流れである。
目的地までの経路と住所は頭の中に叩き込んである。
異世界に帰還した後、もし仮にまた現世に再び舞い戻った際、社用携帯を異世界に置いてきてしまっては困るため電源を落として自宅に保管しておいた。
後は当分日本の景色を拝む機会も無くなるだろうと、故郷の風景を瞼に焼き付けるくらいだ。
準備は万端。後は現地に到着するまで待機。
僕は同じような風景に飽き飽きしてしまい、そのまま揺られながら瞼を閉じた。
***
「お客さん、廃村巡りの観光客ですか」
タクシーの運転手に行き先を告げると運転手は世間話でもするかのように問う。
似たようなものですと返答するとルームミラー越しに運転手は顔を顰める。
「あそこはまぁこの辺では有名な心霊スポットのようなものでね、お客さんのような方をよく乗せるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「何でも豊作祈願のために生贄を出してたっていう言い伝えがあるんですよ」
「生贄?」
「えぇ、どうにも大正末期まで行われていたそうで……」
愚者の魔女の事前情報と概ね一致しているような内容が運転手より語られた。
大正末期になると洪水や土砂崩れの災害から作物が育てられなくなり村の人口は減少。昭和初期になる頃には五十人程度の村民だけが残される形となった。
昭和初期の討伐失敗は語られることはなかったが、観光客が行方不明になるとの情報も一致しているようだ。
「ですのであそこへ行くのは辞めといた方が……」
「所詮噂なのでしょう?」
「噂と言っちゃあ噂なんですが現に行方不明になっている観光客もおりましてね、悪いことは言わないんで辞めといた方がいいですよ」
指定した住所に到着すると車を停めた運転手は気を改めるように促す。
僕を案じてのことなのだろうが特異の人間として、異世界に帰還するために踵を返すわけにはいかない。
「忠告感謝します。お釣りは要りません」
「お客さん……後悔するようなことだけが起きないといいですね」
僕は元の道を引き返すタクシーを見送り到着した廃村を散策しだす。
こうして辿り着いたはいいものの怨霊がどこを彷徨いているかは分からない。
実はそんな敵生体なんぞ出現せず本当に噂なだけでしたな末路だけは避けたいが、愚者の魔女からの言質もあるし杞憂であると信じ込む。
そもそも愚者の魔女を信用していいのかなんて話にもなるが、わざわざアイツが僕の前に顔を出したのには余程の事情……みーちゃんの折檻が響いたと見えるので、恐らく嘘は言っていないのだろうと思い込む。
とりあえず廃村探索の観光客を装い、奴の方から襲撃してくるように誘い込もう。
僕は廃村に浮かれる好奇心旺盛な無垢な少年を演じつつ、整備されておらず荒れ果てた道を歩む。
適当に散策すれば遭遇するだろと僕の安易に気持ちとは裏腹に怨霊は姿を見せず。
まぁ敵生体の探索には時間が掛かるので当然だろうと納得はしている。
思えば妹捜索の立役者である和泉の能力は便利だったなとしみじみ思う。
彼女の追跡術があれば怨霊も容易く発見出来るのだろうなと、彼女の技能を羨ましく感じる。
そう言えば僕の雑魚能力値は、血の王冠の一件の後どのように成長したのだろうか。
というか現世に帰還してからもあの画面を拝めるのかなと思いつつ、能力値見たいなぁと念じると僕の希望に応えるように眼下に画面が表示される。
【名前:比良坂小夜】
【LV:10】
【HP:8/8】
【MP:8/8】
【攻撃力:6】
【防御力:4】
【魔力:4】
【魔抵抗力:4】
【素早さ:4】
【運の良さ:11】
【技能:『愚者』『殺人鬼』『女誑し』】
あれっ、LVが7から10にLVUPしてる……。相変わらず能力の上がりは遅いけれど……。
というか運の良さは何故か減少しているんですけれど。
でも愚者の魔女に能力値は改竄させられて正しくないので、この数値は当てには出来ない。
おまけに殺人鬼っていう事実だが不名誉な技能? までも獲得しちゃっているし……何これ?
『殺人鬼:人間を大勢殺害した犯罪者が獲得する称号。
効果:能力値を上昇させる。*攻撃力UP上昇率50% 運の良さUP上昇率-50%*』
血の王冠の荒くれ者集団を虐殺したことにより獲得したんだなと分析。
攻撃力が50%も上昇する化け物みたいな効果だが、僕の元の攻撃力が低いため加算されても対して効果はない。逆の唯一の取り柄であった運の良さが大きく減少されてしまっている。
次の不名誉な女誑しとは何なのかと念じると、ご希望に応えるようにまたしても詳細を表示してくれる。
『女誑し:多くの女性を魅了させる朴念仁が持つモテ男の称号。
効果:相互に仲間と認識する者の能力値を上昇させる。*対象女性の全能力UP上昇率30% 対象男性の全能力UP上昇率-30%*』
女性は大幅強化させられるが同性は弱体化させるという味方に影響させる効果なようだ。
つまり鈴華の攻撃力250は325とバフが施され、真の攻撃力が250だとすれば175にデバフを掛けるようである。
仮に真や轟くんとパーティを組めばお前はいるだけで俺達の能力を下げるんだから、お前はウチのパーティには必要ないと追放されるわけか。
すなわちますます同性とパーティを組めずに異性と組むことが推奨されるわけで、僕の女誑しを加速させる不名誉な技能(称号)であるようだ。
そして序盤から持つ愚者とやらは何なのよと確認すると、
『愚者:自由の象徴。
効果:スキルポイントを使用してスキルを取得することが出来る』
よく異世界物の漫画や小説でスキルポイントを消費して技能を獲得する的な展開を拝む。
鍛錬により己の実力を鍛えた身からすればポイントを使用するだけで新たな技能を獲得出来るとは、ご都合主義的というか楽すぎていないかと内心否定派ではある。
しかし、僕の特権であるらしい愚者の効果により追跡術のような居場所を探知する系の技能があれば敵の居場所を掴むのが圧倒的に楽になるというわけである。
背に腹はかえられんなと、己の矜持を投げ捨てて僕は探知系の技能を獲得することに決める。
とりあえずポイントの保有数を確認してみると《スキルポイント:100P》と表示される。
もし0だった場合は地道に普段通りに居場所を探らねばならなかったわけだが、有難いことに100も保有しているようである。多いのか少ないのか分からないけれども。
そんなこんなで技能一覧画面を表示させて一通り眺めていると、『便意耐性』やら『節約術』といった日常生活で地味に役立ちそうなものも上がっている。
いや今はそんなものよりも探知系が重要だ。
設定によりフィルターを掛けられたり、並び順を変更する機能も搭載されているようで、僕は現在の保有数で取得出来る技能のみを上げられるようにして五十音順に並びを変更させる。
さ行に移行すると『索敵:敵の位置を探し出す。消費ポイント:100P』とまさに適材適所な技能が候補として挙げられた。
まぁ妥当にコイツだなと僕は取得するかの《はい》《いいえ》から《はい》を選択。すると僕の【技能】に『索敵:LV1』が追加されたことを確認。
女誑しや殺人鬼の不名誉な称号とか削除出来ないのかな。
ともあれ早速索敵を発揮させて怨霊の居場所を──。
『むぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』
無機質な声色が背後から浴びせられ振り向くと、そこには無表情に佇む一面三目八臂の像容。胸前で二手が合掌し他の六手は様々な持物を手にしている。
索敵を発動する以前に出現しやがったコイツ……。
僕の数少ないポイントを返せよと愚痴りたくなるが、四の五の言わずに出現を素直に喜んでおこう。
『きょえーきょえー!』
鳴き声なのか、それとも僕に問い掛けているのかは知らないが、奴の発する意味は当然分からず「日本語話せよ」と煽る。
『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』
意思疎通の通じない相手か。
仮にも相手は神を騙っていた敵生体だ。
僕の癖である舐めプの通じる相手ではないことが予想される。
今の僕の実力が通用するのか。これに臆し敗北するようでは異世界で黒幕を目指すことなど叶わない。
だから、言わば通過点──これは自分自身の試験のようなもの。
僕は拳を構えて怨霊に対峙する。
『まぁ待て……待て待て。話をしようじゃないか』
えっ、喋れるの? 何で普通に喋れるのに「ぽぽぽ」とか言ってたの……?
普通に意思疎通の交わせる相手であるらしく、仏像は言葉巧みに日本語を操り出す。
『こうして人間と言葉を交わすのは久し振りでね。緊張……いや興奮してしまったらしい』
「僕には一刻も早く君を討伐しなきゃならないんだけど」
『事前情報通り……殺し合いだったね。私には君を殺る理由はないんだけれど、まぁ胡散臭い女の依頼通りに仕事をこなすことにしようか』
「話が早くて助かるよ。んじゃ早速──」
『だから、まぁ待てと……話をしようと言っているじゃないか』
仏像は胸前の二手の合掌を辞めて僕に掌を翳して静止させる。
僕は軽く付き合ってやるかと拳を収める。
『先ず君は私が純粋無垢な一般霊である私を祓うつもりでいるのか? 何もせず平穏に暮らす私を? 何の権利で持って?』
「純粋無垢な一般霊? 戯言を吐かさないでくれるかな。君が生贄を求めて一般人を喰らう悪霊だという情報は過去の資料から遡っても──」
『出鱈目だな』
「は?」
『私は人身御供なんぞ求めていないし人食なんぞしてはいない』
…………口が達者な怨霊なことで。
僕に誤魔化しが通用すると思うのか?
『そんな何もせず暮らす私を祓う気なのか?』
僕は私利私欲のために犯罪者を始末する人間だが、一般人を殺害するような犯罪者ではない。
だから、善人と悪人を駆除する相手くらいは見極めている。
だが、コイツは…………僕の伺っている話と食い違っているようである。
もしかして別人? 仏像に別人なんているの?
『それはただの野蛮人と変わらないが?』
「…………」
『もう一度問うが君は何の権利で持って平穏に暮らす私を祓うのか? それはただの犯罪者に過ぎないわけだが』
仏像に説教される僕は状況を整理することにした。
彼? 彼女? に一声掛けると彼は素直に応じてくれる。
やっぱり別人なのかなぁ……?
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