第47話 感謝の恩人みーちゃん
「結局あの雑魚共のせいでスカイツリーとしながわ水族館と東京タワーとドーム見れなかったじゃない!」
比良坂家で喚き散らすのは観光ツアーを台無しにされご立腹の天香である。
あの後、状況報告のために本部に久方振りに本部に顔を出した。事が片付く頃には夕方にもなっており、日用品の買い出しで一日を終えたような流れとなっている。
災難だなぁと同情する僕だが不本意に僕も巻き込まれてしまい、天香だけでなく僕も目を付けられてしまった可能性があるわけだ。まぁ別にいいかと特に何も感じてはいないのだが。
「また襲撃してこないとも限らないし連中の足取りが分かるまで大人しくしてろだってさ」
僕達なら対処は容易く何も問題はないが、要は事件を目撃した一般人への対応が面倒なわけだ。白昼堂々一般人のいる手前で襲撃してきた連中だし。
天香はクッションを顔面に押し付けて声にならない叫びを上げ足をバタつかせる。
「まぁ浅草で買ったどら焼きでも食べて落ち着きなよ。食べる?」
「食べる……!」
天香は封を開けると口一杯にどら焼きを注ぎ込む。
そして一通り掻き込むと風呂に浸かりに行かれてしまった。
ご機嫌斜めの天香ちゃんのために高級寿司の出前でも注文しとくかと気の利くモテ男の僕は早速電話を取る。
「もしもし比良坂ですけれども……はいそうです〜二人分のいつものを……」
「三人分だ」
「あっ三人分でお願いします〜宜しくお願いしますぅ」
三人分の注文を無事終えて僕は電話を切る。
ヨシ……これで天香の機嫌も治るなと出来る男としての達成感を味わっていると──、
「何故貴様がいる愚者の魔女」
「先日振りだねぇ小夜くん! とりあえず日本茶を頂けないかな?」
「お前には水道水で十分だ」
勝手に椅子に座りどら焼きを頬張る不審者こと愚者の魔女に水を乱暴に置く。
当然のように現世と異世界を行き来しやがって……羨ましい。僕も連れてけよ。
「何しに来たんだよ。泣かすぞ?」
「おやおや、泣かすとは物騒だねぇ! 泣かせた女の数知れず……遂に私も君のヒロインとして受け入れてくれるのかなぁ!?」
「そういうのいいから要件話せよ。何も無しに現世に降り立ったわけじゃないんだろ」
「連れないねェ」と小言を吐かす愚者の魔女は水を口に含み、懐から煙草を取り出して火を付ける。
いや我が家禁煙なんでと愚者の魔女に日本茶をぶっ掛けて即座に消火。日本茶に濡れた愚者の魔女は自前のハンカチで顔を拭う。
「こうして君の前に姿を見せた私だが、本来はこうも早く顔を出す予定ではなかったんだよねぇ。週終わりに君の心境を伺いに行く予定だったのだが……実は不測の事態に遭遇してしまってね」
「不測の事態?」
「率直に申すなら態度を改めようという話さ」
えっ、それってつまり……僕が主人公になりますと宣言しなくても異世界への帰還を許してくれるってこと?
じゃ、何でそんな早々に気が変化したのなら僕を現世に送還したのかと。
あれだけ僕が悪戦苦闘して思い悩んだ時間は無駄だったというの?
「実は嫉妬の魔女に大激怒されてしまってねぇ……」
「嫉妬の魔女……?」
凄い久々に聞いた大罪魔女に耳を疑う。
黒幕時代に世界滅亡を目論む7つの大罪の名を冠した魔女がいた。
強欲の魔女、憤怒の魔女、傲慢の魔女、嫉妬の魔女、暴食の魔女、色欲の魔女、怠惰の魔女は僕達が愚者の魔女同様に始末したはずだったのだが……。
コイツの語る内容から察すると、殺したはずの嫉妬の魔女が生存しているように聞こえるのである。
「嫉妬の魔女ことみーちゃんに四肢切断をされて内臓を抉り出される拷問を受けてしまってね。いやはや参ってしまったよ……」
「みーちゃん……? 拷問……? お前は何を言っているんだ?」
「というわけで小夜くんを異世界に戻そうと思う!」
いや話が理解出来ない。嫉妬の魔女みーちゃんに拷問を受けて何故に僕を帰還させる方針になるんだ。
だけれど、みーちゃんありがとう……! 黒幕時代に死闘を繰り広げた宿敵だったけれど……。
「戻れるのは分かったから状況を説明しろよ。何一つ理解しないまま僕は帰還することになるから」
「ンン……ではこれまでの話を語ろうじゃぁないか」
先ず黒幕時代において愚者の魔女が登場以前に7つの大罪に名を冠した大罪魔女という者がいた。
大罪魔女は僕や3人の勇者候補や千年王国により全滅させられたはずであったが、愚者の魔女により転生魔法を施され意思を持って転生したようである。
「本当にしぶといな。もうゴキブリ並みの生命力じゃん」
なんか自分にも突き刺さる気がしたが何も気にしないことにした。
「先日私を含めた9人で魔女の夜宴を私主催で開催してね」
9人……? 愚者の魔女を含めた魔女の総数は8人のはずだが。
誰だろう。新人でも加入したのかな。
「そこで小夜くんを現世に強制送還させたことを勝手なことしやがってと大激怒されてしまってね……」
何故かは知らないが嫉妬の魔女は僕の現世送還に大反対だったらしく、コイツは彼女によって大分絞られたらしい。
そうして僕を連れ帰るべく今に至る……ということ?
「──というわけだが私も君に言い切った手前、易々とあっちの世界に連れ戻すわけにはイカンのだよ」
「えぇ……? 何だよそれ……ぬか喜びさせんなよ」
「まぁ待て小夜くん。ここで私からのお願いがあって今日は客人として来訪したわけだ。話はそれからさ」
異世界に召喚されても尚、本来の力を隠して端役を演じる僕へ愚者の魔女からの注文を突き付けられる。
要は今の弱体化したままの状態で構わないから、とある敵生体と八百長一切無しで本気で闘って欲しいというもの。
闘うだけで帰還出来るならお安い御用なのだが……。
「闘ってお前に何の徳があるんだよ」
「ンン……それはだね、本気で闘う君を観戦したいのさ」
どうやら愚者の魔女は宰相戦や血の王冠の襲撃、妹救出の一件を観戦していたらしく、僕の活躍する様を拝みたいようである。
「こっちの現世ならば何にも縛られず遠慮せずに本来の力を発揮出来るだろう?」
「まぁ一応は。特異の顔で闘えるからね」
「だから君には普段通〜りのように闘ってくれればいい。君の活躍は私の充足感を満たしてくれるのさ」
闘うだけで帰還出来るならと僕は愚者の魔女の提案に乗ることにした。
だが、気掛かりなのがコイツの提示する相手が群馬県の仏像なのである。
僕は直感からこの仏像は強敵だなと睨んだ。
これまで特異において強敵相手に何度も挑んだことはあるが、今回の相手は舐めプするわけにもいかない猛者であると予感しているのだ。
そんな相手に無様に敗北して殉職すれば僕は異世界に帰還出来ず、魂は愚者の魔女の物となるため敗北は決して許されないわけで。
かと言って強敵との戦闘は望ましいし臆して飲んだ提案を突っ撥ねるなんてこともする気はないのだが。
「まぁ私も非情な魔女ではないから事前情報だけは伝えておこう」
どうやら今回の仏像とやらは明治時代から存在するらしく、群馬県の村に住み着いては人身御供を求めてきた神を騙る敵生体であるらしい。
昭和初期に討伐を試みた事例もあったが討伐隊は生存者無しで返り討ちにされ、それ以降手の付けられない怨霊として忌避されてきたそう。
やがて廃村になるも未だ住み着く怨霊は、廃村や廃墟探検を趣味に訪れた者を拉致しては捕食しているようである。
「いいね……生きていることを実感させてくれそうな相手だ」
「だろう? 君に相応しい場を設けてあげたのだ。おまけに異世界に帰還させるおまけ付き。拒む理由などないだろう?」
「とりあえず明日でいいかな? 明日に備えて寝たいし」
「全然構わないとも! 今日はゆっくりと休むといいさ」
決行は明日──アウトロー集団の襲撃で連中の本部を特定するまで余計な真似は控えろと忠告されているが、無関係の僕には無用な話。
明日は真っ先に群馬県の指定場所に赴いて怨霊を僕自身が悪霊退散祓ってやろうじゃないか。
一ヶ月の有給が無駄になったが、どの道異世界に帰還して無駄になり、ぶっちゃけ有給中でも普段と変わらないためどうでもいい。
「そうだ。お前今日襲撃してきた集団の拠点知らない?」
「あぁ連中か。彼等は所詮金で雇われた傭兵のような物。もう当分冷泉天香に手出しすることもないだろうから心配は無用だよ。まぁ私の方で手は回しておこうか」
えっ、何で今日こんなにもコイツ優しいの……?
結局僕のことを異世界に転移させてくれるし……何なの人格変わった?
まぁ、嫉妬の魔女に脅迫され拷問されたのが響いて反省したんだろうなと解釈。
「さて私はお暇させてもらおうか。君といつまでもいるとみーちゃんに嫉妬されてしまうからねぇ!」
だから、何で嫉妬の魔女は僕の帰還に賛同してくれるんだよ。
それについて問うと「禁則事項だから言えないねぇ!」とこれまでネタバレを続けてきた愚者の魔女は勿体ぶって教えてくれなかった。
「よく分からないけれど嫉妬の魔女に宜しく。あぁ一応これ寿司」
「お寿司ありがとうねぇ! あぁ、みーちゃんだけでなく皆に宜しくと言っていたと全員に伝えておこう!」
一応僕達殺し合った物同士だぞ? 旧友への挨拶みたいなものじゃないんだけれど。
ついでに、ラナイアや千年王国の連中に聞けないならコイツなら丁度良く聞けるなと僕は愚者の魔女にある事を訊ねる。
「お前、ノアちゃん……ノア・アタナシアがどうなったか知ってる?」
「禁則事項だから言えないねぇ!」
そこ引き伸ばす?
引き伸ばす=複雑な事情があるということになりますけれども。
亡くなっているなら亡くなっているでいいし、円満な家庭を築いたならそれでいいんだよね。まぁそれとなくラナイアに訊ねてみればいいか。
「ただまぁ、現状の私から告げられるのは……9人目の魔女についてだ」
僕達が全滅させたのは8人。お前以上の隠しキャラなんて聞いてない。
となるとやはり新規に追加された魔女がいるのだろう。
話を聞く限りだと僕が転生しても尚、大罪魔女+愚者の魔女は相変わらず暗躍しているっぽいし、その時に拾ったか仲間に加えたのだろう。
「彼女は絶望の魔女。彼女も極めて優秀だよ」
「へぇ」
「また彼女も君を愛おしく思っている」
「へぇそうなんだ……いや面識あったっけ?」
「そういうわけだ。明日は頑張りたまえ。陰ながら応援しているよぉ〜」
そうして愚者の魔女は出前寿司一人前とどら焼きを土産に玄関から出て行き、気が付いた時には姿は見えなくなっていた。
何にしても明日で帰れるなんて余裕だなとか嫉妬の魔女ことみーちゃんには感謝しないとなと僕の心が弾む。
一応迷惑を掛けた天香には別れの挨拶を……いや事前に告げるとアイツのことだから行かせないとか言って反対される危険があるな。
特異の人や六天魔さんに「家出します。探さないでください」と一応連絡して天香には書き置きを残すことにしよう。
そうしてひっそりと明日は行方を暗まして群馬県の怨霊と対決っていう流れかな。
「上がったわ。……ん? 誰か来てたの?」
風呂上がりの天香が置かれたコップに目を向けて僕に問う。
「昔馴染みの知人だよ」
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