第45話 こんなことしてる場合じゃない
天香に僕のこれまでの波瀾万丈な3日間を昔話風に語る──が、「ウザいから普通に話せ」と不評だったため普通に口調を戻す。
僕が国家転覆を企てる宰相を討ち倒したこと。犯罪組織から少女を救出したこと。妹誘拐事件の解決に一役買ったことを懇切丁寧に語った。
「まぁあんたの能力なら出来なくもないでしょうけれど、あんたがそれを……? どういう風の吹き回し?」
僕には別の思惑があったが結果的には紛れもない事実。
それに正義の化身である僕に疑いを持つとは、コイツは僕をどういう目で見ているのか。
「ともあれ愚者の魔女の所業により僕は帰還してしまったわけだ」
「何その言い方。帰りたくないって聞こえるけど」
そりゃ帰りたくないよ!
現世では社畜で扱き使われるのは確定だし! 何より主人公候補はいないし、妹と幼馴染二人もいないし! それに僕の部屋には盗品疑惑のある贋作絵画という爆弾がある。
こっちで右往左往している間に人知れず僕が怪盗になってしまう危険があるのだ。となれば早急に愚者の魔女を説得せねばならないわけである。
──とは本音を溢せないので僕はそれっぽい理由を付ける。
「彼等が心配だ……! 一刻も早く戻らないと……!」
「ハァ? こっちの仕事はどうするのよ?」
「それは天香にお願いしてもらうことにするよ。よろしくね!」
「よろしくね! じゃないわ。あんた一応そんなでも一等でしょ? それは一等として無責任よ」
責任の重圧を背負うのは御免だが、上層部の命令に背けば小夜くんは処分されるため反抗するわけにもいかない。
結局元の世界に帰還させられた僕は普段通りの社畜に逆戻りするだけなのである。
はぁ〜……だからこっちの世界嫌いなんだよね。
「お前こそ仕事どうしたんだよ。一等が関西抜け出して東京観光していいんか? あぁん?」
「私は溜まりに溜まった有給消化中だから平気なのよ。それに一等の出る幕って早々ないし別に平気よ。あっちは治安良いし」
「だったら僕がこっちにいる必要ないでしょうが!」
「うるさい! とにかくあんたはいなきゃ駄目なのよ!」
我儘お転婆お嬢様め……!
そんなお嬢様は上層部への許可を強引に取る形で有給を使用しているらしい。
有給を使用している理由は連絡を取れなくなった僕を捜索するため。
一ヶ月分の有給を突き付けたようだが僕が帰宅した今、もう関西支部に戻られていいのではないかと具申する。
「折角の休みだし、この一ヶ月はあんたといるわ」
「は? 嫌だけど」
「ホテルの宿泊もキャンセルしてきたし今晩からあんたの家に泊まるから。宿代も浮くし」
「だから嫌なんだけど……」
天香は持ち運んでいたキャリーケースを見せ付ける。
いや特異って高収入だから節約しなくても平気じゃないですか。
それにしても嫌だァ……! 一ヶ月コイツと同居生活は厳しい……! まぁその前に異世界に帰還すればいいだけの話なのだが……。
「それにあんたを監視していないと何を仕出かすか分からないし」
「な、何もしないよ……?」
というか何も出来ないんだよね僕は。
ただでさえ異世界で暗躍らしいこと出来なかったのに尚更出来んとなると僕の精神は崩壊一直線である。
「というわけで明日は私の日用品の買い出しに行くわよ」
「明日学校あるんすけど」
「あんたのいる組は異世界転移して授業どころじゃないでしょ。だから付き合いなさい」
お前も一応学生なんだから授業サボって東京満喫してんじゃねぇよと。
「で、私はどの部屋で寝ればいいの?」
「あぁ、一応ウチは3LDKで空き部屋あるから不服ながらそこ使って」
「3LDKって贅沢ね……一体幾ら使ってるのよ」
特異から家賃補助出ているし結構安く住めるんだよね。それに尸織の面倒を見なきゃならないし部屋は広くなければならない。
アイツを置いて帰還してしまったわけだが……まぁ尸織なら平気だろうし逆にアイツが居ないから気が楽な部分はある。
まぁ天香が居候するから面倒臭さは変わらないけれどね!
「本当は床を推奨したいけれど……寝心地が悪いとか文句言われそうだし」
「それ以前に可憐な乙女に雑に床寝しろとか男としてどうなの? 逆に僕のベッドを使用してくださいと懇願すべきじゃないの?」
「お前は床で十分なんだよ」
「ハァ!? 何よその待遇! 1年振りに逢えたのに……それに心配して折角駆け付けたのに何その態度!?」
「客人の分際で我儘言うな! 久しぶり逢えて嬉しいよ! 心配させてごめんね! 可愛いよ天香!」
「……ッ! 本ッ当ムカつく……!」
そうこう口喧嘩しながら僕は天香の空になった湯呑みにお茶を注ぐ。
いや本当……京都から有給使用してまで来てくれたご厚意は嬉しいんだけれど、僕は一刻も早く愚者の魔女の企みを打ち砕いて帰還しなければならないんだよね。
だが、決意表明以外帰還手段がないとなれば本当にどうすればいいのか謎なわけで。
このままでは無駄に時間を浪費して3組の中で「そういえば小夜って奴もいたよね」と僕の存在が掻き消えてしまう恐れがある。
「あと、しながわ水族館連れてって」
「下京区に京都水族館あるだろ」
「スカイツリー行きたい」
「京都タワーがあるだろ」
「浅草寺も行くわよ」
「京都に色々沢山あるだろ!」
コイツ、本当は僕の心配じゃなくて観光優先で上京して来たな……!?
そういえば髪を乾かしている時に観光名所調べてたなコイツ。
僕がいる間に東京の名所を全部回るつもりだな?
天香は名案が思い付いたと言わんばかりに僕に提案する。
「そうだ、小夜も有給全部注ぎ込みなさいよ。どうせ溜まっているんでしょ?」
「僕は定期的に有休消化する人間なんで確か3日くらいしかなかったような……?」
「あんたが有給を溜めていることくらい把握済みよ。30日以上あるのは確定ね」
何で他所様の有給日数を把握してんだよコイツ。
社畜の僕が有給の使用を許されると思うのか?
大物の退治や後輩の手伝いで僕は多忙な予定なのだ。──いや違う。異世界に転移する術を見付けなければならないのだ。
「六天魔特等に聞いたら全然良いよだって」
「勝手に他人の有給申請しないでくれる?」
「となると東京だけじゃなくて各地を回れるわね。箱根……鎌倉……草津……日光……」
あ〜あ(笑)。勝手に旅行計画立てていらっしゃる。
いや魔王討伐の使命を抱く彼等とは別で観光なんてするわけにはいかないんだよね。
アレかな、鬼の居ぬ間に失踪しようかな?
「天香の隙を見て蒸発するとして……とりあえず僕も風呂に入ってくるんで」
「それよりお腹空いたんだけれど」
「申し訳ないけれど我が家の冷蔵庫は碌な物が入ってないからコンビニなりで買って来てくれる?」
「私この格好だから小夜行ってきてよ」
「なら何か履けよ」
至極ご尤もな正論を放ったつもりだが常人とは異なる感覚を持つ天香様は首を傾げていらっしゃる。
渋々通う学校のジャージを履く天香。
というか私服持ってきてるなら僕のワイシャツ着る必要なくない……?
「じゃ、行くわよ。小夜がいないと迷子になるから私。方向音痴なの私」
「僕の家に即到着した猛者が方向音痴……?」
強引に手を引っ張られ僕は外に連れ出される。
雨が降っているので尚更家に篭りたいが、我儘お嬢様は僕の篭城を許してはくれなかった。
とりあえず傘を開いて家の扉を施錠すると天香は何も持たずに僕の安全地帯に割り込む。
「傘忘れたの? 仕方ないなぁ……」
「あんたに無駄な御足労掛けるわけにはいかないからさっさと行くわよ」
「もう掛かっているんだよね」
内心邪魔だなぁと感じつつも紳士である小夜くんは、一応異性である天香を跳ね除けるなんてことはしない。
僕の腕を組んで隣を歩く天香はご機嫌なご様子で鼻歌を口遊む。
そんな彼女は鼻歌が止むとその場に踏み止まる。
隣の天香が足を運ぶのを止めたので僕も自然と足を止める。
「連絡が返ってこないから……凄い心配したんだから」
「…………」
「もう私の前から勝手にいなくならないで」
その言葉に詫びてしまうと他の皆に詫びなければならなくなる。
僕は無言で微笑みを返すだけだった。
「色々と迷惑を掛けたし僕が払うよ」
「そう? なら遠慮なく甘えておくわ」
そうしてコンビニに到着して必要な物を買い揃えて意気揚々と会計しようとすると……。
財布が──ない! あっちの世界に置いてきてしまったのだと今更自覚する。
なら個人用の携帯で──ない! 携帯もあっちの世界に置きっぱなしにしてしまったようである。
となれば社用の携帯で──ない! それは単純に持ち忘れてしまっただけである。
「悪ィ! 金無かったわ!」
「…………」
僕を押し除けて無言で会計を済ます天香には、ただただ申し訳なさを感じてしまった。
ハァ……と溜息を吐いた天香から「コイツダサすぎる」といったような視線が感じられた。
「お、お金ないから旅行出来ないね!」
「旅費や諸経費は私が出すから付き合いなさい」
なんて太っ腹な御方なのか。
一応自宅にへそくりあるから余裕だけれど……キャッシュカード再発行しとこうかな。
そうして自宅に戻った僕は入浴しようとするが天香に押し留められ食事を先に取ることになった。
時間帯が遅いため天香はサラダとヨーグルトという軽めな物だったが、僕は身体に悪い食べ物を欲したためカップ麺を購入した。
「自炊くらいしなさいよ。不規則な生活は身を壊すわよ」
「我が家は家事上手がいなくてね」
僕と尸織は誰一人料理が出来ないので外食か出前が主である。近所にある蕎麦屋が行き付けだ。
そのため冷蔵庫は基本空であり災害時は悲惨な状況になるのが確定である。まぁミネラルウォータは常備しているからそこまで悲惨ではないと思うが……。
カップ麺が出来上がったので封を開けると良い香りが漂う。
箸を進める僕のカップ麺を凝視する天香。
あぁ、良い匂いだからね、釣られますよね。
ちなみに僕が食べているのは蒙古タンメンである。
「一口食べる? というか天香のお金で結構買ったから食べれば?」
「いや太るから……遠慮しとく」
はァ〜ン、乙女な奴だなぁ。
どうせ仕事してれば勝手に痩せるんだから気にしなければいいのに。
「いやぁ久し振りのカップ麺……うん、美味しい!」
「…………」
「この刺激がね……翌日胃腸に響くんですよね! 最近吐血が日常茶飯事だったけれど大丈夫かなぁ……」
「黙って食べなさいよ喧しい!」
僕の食レポは不要だったようで僕は無言で食事を進める。
ともあれ乙女の天香ちゃんはサラダでは物足りなかったのか僕の蒙古タンメンに視線を注ぐ。
「だから一口食べる? 一口くらい平気だと思うけれど」
「……………………貰うわ」
己の煩悩に葛藤し思い悩んだ結果、天香は一口頂くことになった。
僕はそのままカップ麺を天香に渡す。
スープを一回飲んで吐息を漏らす。若干の間があったがもう一度口に含み、そして箸で麺を掬って口に運ぶ。
「…………!」
「ふゥン……?」
「…………私も食べる」
蒙古タンメンの魅力には勝てなかったようだね……。
その後、カップ麺を見事完食した僕達は歯を磨いて寝る支度をする。
食後直ぐに湯船に浸かると湯当たりを起こすので僕はしばらく待機する。
寝る支度を一通り済ましたが即座に寝れるわけではないので、僕達はソファーに身を沈めながらテレビの画面を眺める。
二人でチャンネル権を競った結果、勝利した天香によりドラマを観ることになった。
基本僕はテレビは観る方ではなく仮に観るとしても報道番組か世界の観光や動物の特集しか視聴しない。
そのため昨今人気の俳優や芸能人、流行っている音楽などの話題には疎いのである。
尸織も僕と同様でテレビは観ない主義だが、アイツはよく映画を借りてきて大画面で視聴するのが趣味なのである。
僕も途中からではあるが尸織に釣られて映画鑑賞する。ちなみに尸織の好きな映画はスプラッター映画である。
知らない俳優と興味のないドラマの内容に眠い顔で白け気味。報告書でも作成しようかなと退席しようとすると天香により拒まれる。
いやいいじゃん居なくて……寂しがり屋か?
退屈になったため社内携帯で僕宛じゃない複数人宛のメールもしっかり確認しようとするも、それも携帯を奪われて阻止されることに。
我儘かよ。
呑気にドラマ視聴している場合じゃないんだよね。
そんな時間があるなら資料の閲覧とか領収書の整理したい。それに敵生体の出現情報も確認しとかないといけないし。万が一敵の実力を見誤って階級が下の者に対処されても困るし。
「…………」
──いや違う。
僕は職務を優先するのではなく異世界に帰還する術を見付けねばならないのだ……! だから悠長にドラマやら観光をしている暇はないのだ……!
「……あっ」
天香の呟きに釣られて意識を戻すと、どうやら名場面だったようで主演とヒロインがキスをしていらっしゃる。
もぞもぞしだして落ち着きを無くしたウブな天香ちゃんは、クッションを抱いて顔を埋める。
「…………」
「…………」
……お風呂入りに行こ。
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