第4章 帰ってきた社畜

第44話 帰ってきてしまった社畜奴隷

 愚者の魔女の計らいなのか自宅を転移先にされたおかげで余計な苦労もなく元の世界に帰還した。

 そんな無駄な気遣いをするくらいなら強制送還しないでくれませんかね……。

 ともあれ3日ほど家を留守にしてしまったわけでメールを確認するために帰宅早々PCを起動する。

 社用の携帯は充電切れなおかげか電源が切れてしまっており、充電器に接続して回復を待つ。

 さてメールの受信を確認して折り返しやらを済ましたら、異世界召喚されたことの報告書の作成を……。


 「──って違うわ!!!」


 特異の社畜の精神が……! 自然に帰宅時の癖を発揮させている……!

 愚者の魔女に「主人公になりまぁす!」と宣言すれば帰還が叶うが、僕の本心を歪めてまで帰還するのは己の矜持が許さない。

 だが、それ以外に帰還する術はない。そうなるとお手上げ状態となってしまう。

 お手上げ状態になると、これまた僕は味方のまま自然消滅してしまったことになり、またもや奴により大計画が灰燼に化せられることになるわけだ。


 「本当ふざけんなよ……今度会ったら泣かす……! 殺せないから泣かす……!」


 愚者の魔女への怨嗟を吐きながら起動したPCから受信履歴を確認。

 特に僕が要請されるような事態に陥っておらず、僕の安否を問うようなメールは届いていない。

 となると次はYEEHAW!ニュースで異世界召喚が取り上げられていないか記事を確認しよ……ん? 復活した携帯から着信が来ているな。

 電話を取ろうとすると切れる。着信履歴から折り返そうとするとアイコンの右上に表示される数字が夥しい数になっていた。


 99+


 えっ、怖い……僕が3日留守にしている間に何があったの? 嫌だ、電話折り返したくない……!

 メッセージの数字も99+だ……! 誰だよ怒涛の追撃を送る奴は……!

 ま、まぁ一応着信履歴を確認しておくかと履歴を開くと、そこには5分置きの間隔で僕に電話をする冷泉天香れいぜいてんかという名前があった。

 とりあえず3日分の履歴を遡ると1日の朝昼晩に僕の唯一尊敬する恩人からの着信を上書きするかのように冷泉天香の名前で埋め尽くされていた。

 

 その着信に恐怖していると案の定、冷泉天香の名前で着信が入る。

 うっわ、電話取りたくねぇ……携帯の電源落としとこうかな……。

 このまま着信の恐怖に怯え続けるのも嫌なので、僕は観念して電話を取ることにする。


 「はい、比良坂ですが」


 『……………………』


 「もしもし、聞こえてますか?」


 音量が低いからなのかな、電話相手の声が聞こえない。

 僕は音量を最大にして耳に携帯を押し当てる。


 『…………小夜?』


 「はい、何ですか」


 『今ッッッ!!!!! どこにッッッ!!! いるのッッッ!!!???』


 ──鼓膜が破れる! 僕の敏感な聴覚が死んじゃう!

 大音量で響く電話主の声に思わず携帯を落とす。

 音量を半分まで下げて再度耳に当てる。


 「えーっと、家」


 『……待ってなさい直ぐ行くから』

 

 待ってなさいって……お前の担当支部は関西でしょ?

 京都から東京の自宅まで大分距離あるけれど。

 もしかして新幹線で比良坂家まで来るつもりなのかな。いや時刻は22時で終電もないし……夜行バスでも利用するのかな。

 まぁ翌日ゆっくり来るだろと油断しているとインターホンが鳴り響き、モニターの画面を見るとご立腹な天香の姿があった。

 突然家に来訪しようとする礼儀知らずのお嬢様であるが、懐の広いことに定評のある僕は苛立ったりしない。せめて京都土産くらい渡してくれないかなと期待を抱く。


 「久しいね天香」


 「久しいねじゃないんだけれど!? 本ッ当に心配したんだけれど!? 社用にも個人用でも通じないし……!」


 冷泉天香。治安維持組織『内務省特別異能対策局』こと通称特異の関西支部に所属する僕の同僚兼友人である。階級は一等で僕と同じだが年齢は僕の一個上で高校3年生である。

 付き合いは12歳の頃。東京支部に出張に来た天香に因縁を付けられ僕が泣かした……返り討ちにしたことから始まる。

 それ以降、天香が東京に来る度に会う約束を取り付けられ年に数回程度顔を合わせる仲であるが、電話やらSNSの連絡頻度が無駄に多いので特別新鮮味は感じない。


 「まぁそんなカッカしないで上がりなよ」


 「誰のせいでこうなっていると思ってるのよ……!」


 どうやら外の天気は生憎の雨なようで、おまけに傘もささずに比良坂家に駆け付けたのか、天香の服は水に濡れてしまっている。透けて下着が見えているが別に小夜くんは下着程度で動揺する男ではないので華麗に無視。

 ともあれびしょ濡れ状態では流石の一等といえど風邪を引いてしまうのでタオルを渡して風呂を沸かし、厚かましく飲み物を要求されるので温かい日本茶を差し出す。


 「粗茶ですが」


 「…………」


 「ありがとうございますくらい言え」


 「ハァ!? 誰のせいで苛々してると思ってんのよ!?」


 全く……あの橘三日月ですら礼を言うというのにコイツは。

 そうなると大分ミカは良心的な奴だったんだなと感慨に浸る。あぁミカ……君の詰問が懐かしいよ。

 

 「とりあえずお茶飲んだら風呂入ってきなよ」


 「ハァ? あんたまさか……!」


 「覗かねぇわ。いいから行きなよ」


 僕は眼のやり場には困らないが透けて濡れたままの少女を放っておくのも居心地が悪い。

 濡れた服は洗濯機に投げ込んどいてと告げて、尸織の私服を適当に用意して部屋に戻る。

 本題は天香がひとっ風呂浴びてからである。


 その間、僕はGogglesにて3日前のニュース記事を漁る。

 やはり僕達の召喚当日の騒動は記事になっておらず、多摩川にアザラシが出現しただの、閣僚の不祥事だのと言った記事しか見当たらない。

 大手掲示板サイトにて高天高校など行方不明などの単語で検索に掛けてみたりもしたが、やはり僕達の召喚が公になってはいないようだった。

 SNSにも当然挙げられていることはなくトレンドにもなっていないようである。


 これは政府の秘密工作員もとい天社直轄組織である天岩戸あまのいわとが謀略しているなと分析。

 僕達特異とは別に情報収集を専門とする諜報機関がある。天岩戸の人員が化け物を見ても他言しないようにと忠告や警告を行い、徹底的に情報の漏洩を防ぐ。

 僕はそいつらのことを黒服と呼称しており、黒服連中が報道規制や騒動を隠匿させているなと睨んだ。


 そもそも特異やら天社やらとは何なのかと言う話になり、まぁ念のために復習しておくことにしよう。

 愚者の魔女の陰謀により転生した僕であるが、この世界には人類に敵対する怪物や宇宙人や妖怪っぽいものが存在する。

 中には人類と協調する温和な存在もいるのだが中には敵対する者もいるわけで、その敵対する連中を総じて敵生体と呼ぶ。

 そんな敵生体を対処するのが僕達特異なわけである。


 階級は上から特等→准特等→一等→准一等→二等→准二等→三等→四等である。

 僕は上から3番目の階級であるため結構偉くて優秀なのである。


 そんな僕達特異には一般の戦闘員に混じって能力者と呼ばれる特別な能力を持つ者がいる。

 能力は水を操る者や火を起こす者。身体能力が桁外れな者や勘が凄く良い者と言ったように、またお菓子を生み出せる者と言った戦闘では役に立たないような異能も存在する。

 能力者の割合は1万人中1人。生まれながらにして能力を持っていたり、大人になって突如覚醒する者もいたりと、能力に芽生えるのは様々である。

 また能力を用いて悪さをする能力者へ対処するのも特異の役目でもある。


 そして僕が生誕した生命の泉であるが、これは意図的に能力者を生み出そうと研究する機関である。

 要は最高の頭脳と身体能力を持つ超人を生ませることを目的としているわけである。

 そんな僕は様々な異能……黒幕時代の魔法を便利に使用出来る者として誕生したが、施設を半壊させる騒ぎを起こしたので失敗作の烙印を押され、施設の奥底に幽閉されてしまった。

 五感を全て封じられ手枷足枷と身動きの取れないよう拘束され、僕は誰にも家畜扱いすらされず何も見えず音も聞こえず暗闇を感じるだけであった。

 そんな人恋しく寂しくも長い時間を耐え抜いた僕にご褒美を頂けることになる。


 それが例の弱体化する薬である。

 身体強化や感覚強化程度の魔法しか扱えなくなる。おまけに服用期間は1年に1回。服用を怠ると精神が不安定化し全身が痛みに蝕まされ余命が1年になる。

 そんな毒薬を何故僕が飲んだか。

 ──人間扱いされるためだ。

 僕を危惧する連中でも対処可能な実力に弱体化させたことで、僕は拘束を解かれ自由の身に近付けた。


 元々僕はそのまま処分される予定であったが、先程電話をしてくれた恩人が僕を救い上げてくれたのだ。

 だから彼女には頭が上がらないし、彼女が天社を壊滅しろと命じれば請け負う所存ではある。

 黒幕を諦めろと申されれば……愚者の魔女とは違い少し迷ってしまうかもしれない。


 そして特異や天岩戸などを掌握するのが天社である。

 日本神道の慣わしに従った宗教要素の多い組織らしいが、僕は天社にはあまり関わったことがないためよく分からない。

 どうやら御祖様みおやさまと呼ばれる教祖的な存在がいて、その下に四大名家や他の名家がいるらしい。

 まぁ謎の組織なわけである。


 天香は冷泉の名の通り四大名家のうちの冷泉家に当たるわけだが、彼女は本家ではなく分家の生まれなため内閣に指図出来るような権力は持ち合わせてはいない。それでも一応はお嬢様なのだが。


 「上がったわ。一応ありがと」


 「何だよ一応って……ちょっと待て」


 「何よ。それより髪乾かしてくれる?」


 お前それ──僕のワイシャツじゃないか!

 所謂彼シャツのような状況に目を疑う。

 尸織の私服用意してやったのにわざわざコイツは僕のワイシャツを漁りに行ったわけである。

 おまけに下は何も履いていないから太腿丸見えだし……。

 

 「何……?」


 ソファーに両脚を両腕で抱えて座る天香を思わず凝視する。

 あぁもう無防備。その状態でその格好だと普通に下着見えてますから。

 変に突っ込みを入れて赤面され逆ギレされても困るので、気の利く僕は何も見なかったことにする。

 我儘なお嬢様の奴隷である僕は、主人の命令に従い天香の髪を乾かす。

 当のご主人様は携帯に夢中になられているようで僕に労いの言葉すら掛けやしない。

 ふとこんなことしている場合じゃないんだけどな……と我に帰るも、心の広い僕は不満を漏らさず黙々と淡々と作業を行う。


 「如何ですかお嬢様」


 「まぁ及第点ね」


 「さいですか」


 髪を乾かし終えた僕は椅子に腰を下ろし、クッションに顔を埋める天香に向き合う。

 さて、どこから話せばいいのやら……。


 「何があったの──?」


 そう率直に天香は問う。

 基本僕と天香の連絡が途絶えることはなく律儀な僕は連絡が難しい状況になれば事前に伝えておくし、3日間音信不通になるのは異常なことなのである。

 だから僕に何かがあったと不測の事態を予測し、京都から東京へまで駆け付けたのだろう。

 そう考えるとあれだけ僕に我儘放題なコイツが僕を心配してくれているのだと可愛げを覚える。


 「ちょっと異世界に行ってた」


 「ハァ……?」


 「それで強制帰還させられて今に至る」


 「ハァ!? ごめん、あんたの言っていることが何一つ分からない……! 異世界? 何それ馬鹿なの? 頭打った?」


 僕からすれば能力者や敵生体の存在も異世界と然程相違ないと思うのだが。この世界の住人の価値観とやらはいまいち理解出来ない。

 混乱する天香の整理が追い付くまで待っていると僕の携帯に着信が入る。

 発信者の名前は僕の唯一の恩人である六天魔ろくてんまさん。また憧れでもあり理想でもある彼女からのお電話に僕は歓喜して応対する。


 『あ、やっと電話出たね小夜くん。生きてる?』


 「お疲れ様です六天魔さん! 何やかんや生きてます!」


 『なんか小夜くんの通う2年3組の生徒全員消失したって聞いたけれど、もしかして異世界転移でもあったのかな』


 「いや〜そうなんですよ。参りましたよ〜!」


 『大変だったね。後ででいいから事情説明してくれる? あ、そうそう北海道にいるんだけれどお土産は何がいい?』


 「白い恋人でお願いします!」


 『はい分かりました。じゃ、また今度ね』


 「はい、お疲れ様です! ──という感じ」


 「どういう感じなの?」

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