第43話 愚者の魔女

 愚者の魔女ヒエロニムス。奴は僕の黒幕大計画を灰燼と化させた僕の宿敵である。

 そんな奴は僕の最終奥義で共に爆死したはずなのだが、当時の姿そのままを保って僕の前に顔を出した。

 あぁ、やはり仕留め損なったと理解し、ならば次こそ確実に葬らなければと使命感に駆られるが、奴の言葉通り僕は弱体化したため敵うはずがない。

 今のラナイアの実力がどの程度なのか推し量れないが、彼女が当時か当時より僅かに強い程度ならば愚者の魔女には敵わない。それこそ数字持ち全員を出動させても難しいだろう。

 要は今の僕達では相手にならない圧倒的強者。勝てる見込みがなく、僕の黒幕の野望を諦めて自害するしか道はないのである。


 「そんな警戒しないでくれよぉ。殺意が沁みるじゃないか……」


 「今更何の用かな」


 「駄目だよレイくん……その憎悪に塗れた感情は私の欲求を昂らせるだけだ……。あぁ良い! 気持ちいよぉレイくん! ──あ、今は小夜くんだったな。小夜くん……あぁ、あぁ!」


 うっわ、コイツ人前で自慰行為始めやがった。流石の僕もドン引きである。堂々と股を弄り身体を震えさせる愚者の魔女に別の恐怖を抱く。

 何でコイツ僕の今の名前を当然のように把握しているの?

 止めろよ……僕の名前を連呼しながら見せ付けるなよ本当に。


 「はぁ……発散した。さて、今の君は何故あの時滅したはずの私がこうして姿を現しているのか? 何故レイくんの名前が小夜くんであると把握しているのか? それについて順次ネタバレもとい伏線回収していくことにしよう」


 発散して感情が冷静になられた愚者の魔女はご丁寧にも僕の疑問を解決してくれるそう。

 奴の醜態で殺意の冷めた僕は、とりあえず耳を傾けることにした。


 「んで、結局僕の自爆魔法は無駄になったの?」


 「ンン、無駄になどなっていないよ。確実に私は君の手で葬られた」


 仕損じていなかった。

 となると奴も僕同様の転生者?

 いや、だけれども僕は姿形変わったけれど、コイツは意識して見ると風貌も以前同様、唯一異なるのは髪色くらいだ。


 「死に際の私はね、君の覚悟に魅了させられたのさ。要は君に恋をしてしまったのさ」


 「うっわ最悪……」


 「最悪とは心外だなぁ。ともあれ私は君と未来永劫添い遂げたいという意志から転生魔法サンサーラを行使し、再臨を果たしたわけさ!」


 やっぱり転生者かよコイツ……うわぁしぶとい。

 無駄な足掻きせずに地獄に行けばよかったのに。


 「そこで私は君にも転生魔法を施した。君も意思を持ち転生しただろう? それは私のおかげなのさ……」


 いやまぁ愚者の魔女との死闘の後、確かに転生したけれど……。

 となると何? 僕が二度目の世界に異世界転生してしまったのは、コイツの意思によるものでこの糞女が黒幕だったと──?

 僕はコイツのせいで精神を疲弊させられ肉体を消耗させられの苦行を強いられたと?


 「本来人間は死ぬと21gの情報が移動し別の生命へと成り変わる。だが私の魔法は移動させる情報の量を増やすことにより、生まれ変わり後の肉体へ自身の記憶を継承することが出来る。まぁ端的に言うと阿頼耶識やアカシックレコードに介入し情報を拝借することで前世の記憶を継承する。ンン……そうなると転生魔法や転生者という言葉は誤りで記憶保持ホルダーというのが正しいかもしれないね」


 愚者の魔女曰く、輪廻転生では現世での記憶は抹消されて来世へ移る。

 しかし、コイツの次元を超えた不正手段により、僕達は転生しても尚も過去を記憶保持している。

 そうして僕はコイツの不正手段により、共に揃って異世界転生したらしい。

 共にということだから……僕と愚者の魔女は同郷なの?


 「お前、実はウチの組に潜んでいたりする?」


 「私と小夜くんと同じ高天高校2年3組の生徒だが。ンン、既に存じているものだと思っていたのだが……」


 う、嘘でしょ。

 嫌だ信じたくないよ。

 前世で殺し合った宿敵の一人が3組の誰かだなんて信じたくないよ。

 

 「だ、誰なんですか……?」


 「小夜くんは私のことを那岐ちゃんと呼んでくれるねぇ!」


 な、那岐ちゃんの正体が……愚者の魔女……!

 生徒会三人衆を除くと仲の良い彼女が……実は僕の宿敵……!

 聞かなきゃよかった……! お前も易々と暴露しないでよ……!

 那岐ちゃんと僕の青春の裏には愚者の魔女がいた……!? 絶望し過ぎて死にたい……!


 「魔道具でステータスを測定する機会があっただろう」


 「あぁうん……」


 「君のステータスが悲惨なことになっていたのは私の干渉によるものだ」


 あれお前の仕業なの?

 何で僕の能力値を最弱にしたの? 意図が不明である。

 あのまま追放されればよかったがされず仕舞いで結局皆から同情される末路で終わったのだが……。


 「よくステータスが悲惨なことで追放される展開があるだろう? 私は君が追放されるのも一興だなと書き換えたわけだ」


 「しょうもな……クッソくだらない理由じゃん」


 考察も糞もない凄くどうでもいい理由だった。

 見誤ったな愚者の魔女。ウチの子達の性格の良さを。

 彼等は僕が無能の糞雑魚だろうが対応を変えない聖人君子なんだぞ。そんな連中が僕を追放してくれるわけがないだろうと。

 しかし、あの魔道具は贋作じゃなかったんだなと。それに僕の本来の能力値は幾つになるのだろうか。


 「そういえば自撮り写真があっただろう」


 「あぁうん……」


 「橘三日月に君達の写真を送信したのは私だ」


 あれお前の仕業かよ……! レギウス帝国の首都を焼き払った極悪人が陰湿な嫌がらせしやがって……!

 お前のせいでミカに叱責されるわ、僕の写真を保存する変態が続出するわで大変だったんだぞ……!


 「紬尸織からの報告で睡眠魔法に耐性のあった者が二人いただろう」


 「あぁうん……」


 「一人は天音鈴華、そして二人目は私だ」


 そうですかと。

 これには別に驚きはない。だってコイツ色々な魔法への耐性あるし睡眠魔法くらい全然余裕だろうし。


 「イリス・リュミシオンが誘拐されただろう」


 「あぁうん……」


 「実行犯は私だ」


 「よし殺す」


 「おぉーっと! 君からの殺意急上昇で唆られてしまうな! んっ……! あっ、はぁはぁ……! もっと、もっとだ! もっと私を見てくれっ! 駄目だそれ以上はっ……おかしくなるうううぅぅぅ!!!」


 「もう既におかしいよ……」


 何でこの変態転生しちゃったの?

 黄泉の国へ帰れよ。桃投げるぞ桃。

 それにしても実行犯コイツかよ……僕の復讐果たせないじゃん。もうどうしろと。おまけに表の顔は僕の友人である那岐ちゃんだし。


 「それで結局何で今更正体を明かしたんだよ」


 「そろそろ正ヒロインの出番だと思ってね……。前世で殺し合った者同士が来世では結ばれるのは定番だろう?」


 「そんな定番知らんしお前が僕のヒロインだなんて御免だ。真にしろ真に」


 いやこんな糞女のヒロインは真に押し付けるのも酷過ぎるな……。もうヒロインレースもとい人生から辞退してくれないかな。


 「まぁ君の正ヒロインが私であるのは疑う余地もない事実ではあるが、それはそれとして君の真意が知りたくて顔を出したわけだ」


 「何だよ真意って」


 「──君は何故端役モブを演じる?」


 僕が端役? 急に何を言い出すのやらコイツは。


 「君は弱体化したと言えど特異での経験や特異体質を持つだろう? それなのに何故弱者を演じる? 何故仮面を被る? 何故レイ・アタナシアを続けない? 私には理解に苦しむ。君は相応しい立ち位置が……主役という役割があるじゃないか?」


 「幾らお前と言えど僕の真意を解き明かせないんだな。間違っている、前提から違うんだよ」


 僕が目指すべき存在は主人公陣営を裏切る黒幕だ。

 端役でも主役でもなく最終的に主人公に討たれる黒幕。

 作中最強の圧倒的強者だ。

 所詮叶わぬ夢だと、そんな挫けた僕の意識を改めさせくれたのが他ならぬお前なのだが──。


 「僕は彼等に討たれる未来を望んでいるのさ」


 「彼等?」


 「真や鈴華……まぁ誰でもいい。高天高校3組の主人公候補に相応しい人物に最終的に討たれれば本望なのさ」


 召喚前の世界なら叶わぬこともなかっただろう。

 しかし、勇者として使命を抱く彼等ならば僕の理想に近付けると僕は確信している。


 「だから、この召喚には歓喜しているのさ! 良い舞台を用意してくれたとね! あんな糞食らえの溝水啜るだけの生活とは大違いだ!」


 「ふゥン……そうかそうか!」


 「だから那岐ちゃん、いや愚者の魔女。君が僕の道導をしてくれたことに感謝しているのさ」


 「小夜くんから感謝されるとは思わなんだ。しかし、君が黒幕か……それもまた一興ではあるが……」


 ──やはり主役こそ相応しいと。

 愚者の魔女は僕に告げる。

 僕は愚者の魔女の言葉を再三拒絶する。


 「お断りだ」


 そうして元友人の首を刎ねる。

 切り落とされた首が地面に落ちて転がると、刎ねた首の口元が動く。


 「私と君は敵対する意思がないと……! ンン、こうして斬首されるのも一興……!」


 「しぶといな。どうすれば死んでくれる?」


 「無駄無駄! 伊達に何百年も魔女をやってきたんだ。君自身、私に通用しないことなど理解しているだろう? 平和に行こうじゃないか!」


 離れた胴体が首を拾い頭に乗せる。

 僕は首を刎ねられたら死ぬのにコイツは効果なしとか狡い。


 「私は不滅アタナシアだ。この程度では死なんよ。小夜くんとは敵対する意思もないし邪険にしてくれないでよぉ」


 胡散臭い笑顔を見せると僕の背中を「深呼吸〜」と摩る愚者の魔女。鬱陶しい腕を斬り落とすと僕の戦闘意思も収まり、溜息を吐いて自室に戻ろうとする。


 「おぉっと帰らせないよ! 今宵は二人で語り合うと約束したじゃないか」


 「してねぇわ。僕は暇人の愚者の魔女と違ってね多忙なんですよ。さっさと暗躍しなくちゃならないし妹の面倒を見なきゃいけない。ついでに頭のおかしい尸織や幼馴染二人の相手もしなきゃいけないんですよ。お前に敵対する意思はないらしいし僕も殺すのは諦めるから帰れよ」


 「永遠に良い夢を」と別れの挨拶を告げて帰宅しようとする僕を阻む愚者の魔女。

 構わず無視して足を進めるとコイツは僕の足に縋り付く。


 「いいのかい? 私を置いて帰ると泣き喚くぞ? そうなれば君は女性の敵となるぞ? 愚者の魔女と呼ばれ人類の敵となった私が君の前で童心に帰って泣くぞ? それでも小夜くんは、こんな可愛い私を放置するというのかい!?」


 「知るか失せろ」


 「あ〜ぁ、愚者の魔女さん泣いちゃいます。はい、3……2……1……! グスッ……ウ、ウゥ……ウワアアアァァァンンン!!! 小夜くんの意地悪!!! 大馬鹿者!!! 大嘘吐き!!! インポ!!! 童貞!!! 女の敵!!! 皆さぁ〜ん、この比良坂小夜くんは黒幕を目指しているらしいですよ〜!!!」


 「分かった! 分かったから! 誰か来ちゃうから泣かないで……!」


 そうして大の大人が号泣する様に畏怖した僕は、幼児退行してしまった愚者の魔女さんに飴を差し出しつつ、頭を撫でてて泣き止まさせる。

 小刻みに震える彼女の手を取り「ごめんね」と謝罪を連呼していると、彼女の機嫌は治ったのか無言で頷く。

 

 「さて、君が主役を目指さぬなら此方には策がある」


 「僕の強固な意思を覆せると思うのか?」


 「君が主役を目指しますと私に宣言しない限り、君はこの世界では端役どころか黒幕すら演じられなくしてあげよう!」


 「いやまさかな。お前それはないだろ」


 それは止せよと、愚者の魔女の心中を察した僕は奴を止めに掛かる。

 僕の狼狽を嘲笑う愚者の魔女は続けて語る。


 「小夜くんを元の世界に送還しま〜す(大爆笑)」


 そんな所業幾ら愚者の魔女と言えど──いや可能かもしれない。僕への執念から異世界転生までしたコイツである。異世界を渡り歩くことや異世界に物を送り届けるのは可能だろう。

 待て待て待て、僅か3日で僕は元の世界に帰還することになるの!?

 元の世界と異世界を行き来する展開はあるけれどさ、僕の場合はコイツによる強制送還!?

 嫌だ、黒幕の野望が再浮上して主人公候補と巡り会えたのにあんな社畜生活に戻りたくない……!

 このままだとまたもや僕は彼等の味方のまま物語から追放されることになるわけで……だが、こんな奴に「主人公……目指します」と宣言したくはないし因縁の相手に「許して……」と頭を下げるのも御免だ。

 

 「ヨシ、自害するか!」


 「ンン、別に自害してくれても構わないが君の魂は未来永劫に私のものとなるがいいのか?」


 「なんだよ、その理不尽な仕様! 尚更自害出来なくなるじゃないか!」


 「嫌なら主役になりますと宣言して私の手を取りたまえよぉ。正ヒロインの私と世界を救う物語を編み出そうじゃぁないか!」


 主役も正ヒロインになるのも──絶対にお断りだ。

 だからと言って奴に懇願するのも御免だ。

 自害して魂が奴に囚われるのも断固拒否。

 そうなれば──、


 「お前の障害を突破して夢を叶えてみせるさ」


 「ふゥン、君は私に魅せる気なのかい?」


 「お前に黒幕という立ち位置の良さを分からせてやる……!」


 「へェ」と愚者の魔女は嗤う。

 そんな僕の周囲には召喚前と同じく光を纏い始める。


 「忠告しておくが元の世界と此方の経過時間は一緒だ。つまり君が決断をしない限り永遠に此方には帰れず、小夜くんが蒸発してしまったと大騒ぎになるわけだ。まぁ君が望むなら其方で主役を演じるのもいいがね」


 「僕はこっちでもそっちでも黒幕を演じる意思は変わらない。それを理解しろ愚者の魔女」


 「強情だねぇ君は……。君のそういう部分も好きではあるが……そろそろ時間だねぇ」


 駄目だ──こっちの世界には主人公候補と幼馴染二人と妹がいるんだ。それと千年王国と……ラナイアも心配だ。彼女達に別れも告げず元の世界に帰還して溜まるか。


 「さぁ、元の世界に〜行ってらっしゃい!」


 だが、僕の虚しい抵抗が解決してくれるわけもなく、僕は無様に元の世界に送還されることになる。


 愚者の魔女──僕は貴様に抗ってみせる。

 僕の黒幕に対する思いがこの程度で揺らぐと思うなよ。

 戻って来たら絶対に泣かす。写真と妹誘拐の件、覚えておけよ本当に──。

 

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