第42話 恋話会その3

 「そういえば和泉から仕入れた情報があるんですけれど。昨夜女性陣も恋話を開催していたじゃないですか」


 「えぇ、そうですね」


 「その時にね、とあるランキングで僕が1位になったらしいんだよね」


 「「…………!」」


 あ、分かった。この二人も僕をエロい目で見ていると確信した。

 何を指しているのか飲み込んだ鳳凰院さんは、顔を紅潮させて全身全霊の否定を行う。


 「ちちちちち違います! 小夜くん、誤解です! 私ではありません!」


 「違うって何が? 僕は何の種目で栄光の第1位になったか発表していないけれど」


 「それは卑怯ですよぉ……!」


 この狼狽振りから鳳凰院さんが僕に投票していることが判明した。12票中9票の中で僕に投票したと断言出来るのは和泉と鳳凰院さんとなる。

 しかし、あの高貴な家柄の令嬢でもある鳳凰院さんが僕をエロい目で見ているとはね……これも僕の激エロな魅力が原因なのかな(笑)。

 紅潮した鳳凰院さんは手で顔を覆う。あぁ駄目だよ鳳凰院さん……その反応は嗜虐心を唆られるじゃないか。


 「どこがエロいのかお兄さんに教えてくれないかな」


 「ううぅ……!」


 「ほぉら、3……2……1」


 「私は勿論君をエロい目で見ているぞ小夜くん」


 僕に惑わされる鳳凰院さんを自らを犠牲に救う鈴華。

 いやまぁ、この子は僕に宣戦布告しているし納得であるから意外性はないんだよね。

 そんな鈴華は悪びれることは一切なく堂々と語る。


 「君はエロいことを自覚したらどうだ。悪いのは輝梨那や投票した私達ではなく君自身……小夜くんに責任があるのだから……」


 責任転嫁しだしたよコイツ。

 僕は容姿端麗の超絶美少年の認識はあるが、あまり自分がエロい魅力を持ち合わせていることを自覚していない。

 和泉には有耶無耶にされたがこの際、この二人にはっきりさせてもらい、ついでに他の6人の投票者の名前も仕入れることにしよう。


 「休み時間中の小夜くんは席に座って窓の外の景色を眺めているだろう?」


 「うん」


 「その時の小夜くんはな、疲れ果てた社畜のような顔で黄昏ていることが多い」


 「うん?」


 「だが私が君に話し掛けるとその表情を一切見せず朗らかな……優しい微笑みに切り替わるんだ。それが堪らなく……好き!」


 それエロいじゃなくて僕の好きな部分じゃないの?

 特異の社畜であった僕は人生に希望を見出せず、散歩をしている飼い主と犬を眺めるのが趣味であった。そんな僕は声を掛けられると流石に死んだ顔をするわけにはいかないので表情を切り替えるわけである。


 「その笑顔を私だけのものにしたいと独占欲に駆られてしまうんだ……」


 「鈴華? 鳳凰院さんいるよ?」


 「と、ともあれだな、君は色々と行動が無自覚過ぎて女誑しにしか見えんわけだ。だからその認識の甘さを自覚して欲しい」


 まぁ僕のエロさが皆を魅了させてしまったのは申し訳なく思う。

 羞恥心に塗れ未だ顔を赤る鳳凰院さんを見て一応鈴華に許可を請う。


 「もう少し鳳凰院さんを揶揄ってもいい?」


 「私が嫉妬するから断固拒否だ」


 素直で可愛いなぁ鈴華ちゃんは。

 そうしてしばらくすると復帰した鳳凰院さんを交えて再度訊ねる。


 「これまた情報源は和泉なんだけれどね、何やら僕に投票した者が9人いるらしいんですよ。鈴華・鳳凰院さん・和泉となると後の6人が誰なのか教えてくれない?」


 「仲間を売ることは出来んな。悪いが小夜くんに教えることは出来ない」


 なるほどねぇ、仲間思いの強情な娘だ。

 だが、その屈強な意志をいつまで保てるかな?

 僕は鈴華の手を握り締めて囁く。


 「頼むよ鈴華。一番信頼出来る君だけが頼りなんだ」


 「ぐっ……それも卑怯だぞ……!」


 「鈴華の言うこと何でも聞いてあげるからさ。頼むよ」


 「な、何でも!? 分かった何でも吐こ──」


 「易々小夜くんに籠絡されてどうするんですか鈴華!? ちょろすぎですよ貴女!」


 鋼の意志は崩落するが鳳凰院さんの修復により決壊は収まる。

 確かにちょろくない? ちょっと心配になるよこれは。


 「確かに私は小夜くんになるとちょろくなる女だ……。だが、もう何度言われようが仲間は売れんぞ」


 「まぁいいよ。然程重要視している問題じゃないしね。さて次だ──」


 「えぇ……? まだ何かあるんですか……?」


 僕の申告に警戒心を見せる鳳凰院さん。

 勘が良いね、正しく君に関係する話なんだよね。


 「これもある筋……和泉から伺った話なんだけれど、ある僕の写真が流通していると耳にしてね」


 「あぁ、件の写真か……」


 「ご明察の通りさ。それで、その流出した写真を保存している者がいると耳にしてね」


 「…………!」


 僕と尸織の事後(偽造)写真が流出し、何者かにミカ宛に送信されるという酷い目に遭った。

 どうやら僕の写真は鈴華は初見だったらしく、彼女が保存していないのは明白だ。

 だが、あの鳳凰院さんが僕の写真を保存しているという衝撃的な話を聞いてしまったわけである。


 「も、もう許しては頂けませんか……!?」


 「意外だったよ。まさか鳳凰院さんがそんな目で僕を見て保存していたとはね……」


 「終わった──もう終わりですよ私の人生……!」


 本人を目の前にエロい目で見ていることを知られれば発狂ものである。まさにその状況に等しい鳳凰院さんは絶望したように床に伏せる。

 だがね、僕はその程度で軽蔑するような人間じゃない。

 思春期だし僕のエロさが招いたことだから仕方がないのだ。

 それを理解している鈴華は鳳凰院さんに告げる。


 「落ち込むな輝梨那……小夜くんは輝梨那を軽蔑などしたりしない……」


 「鈴華…………」


 「何せ夜這い目的で部屋を訪れようとした私を軽蔑しなかったのだからな!」


 「鈴華…………?」


 「だから安心するといい! その程度では軽蔑などされたりはしないさ!」


 鈴華は鳳凰院さんの肩に手を置いてサムズアップを見せる。

 親友が変態であることを理解しつつ混乱気味である鳳凰院さんは一先ず復活はする。


 「もう恋話じゃないですよこれ……!」


 「あぁ満足した。鳳凰院さん、ごめんね!」


 「本当貴方は意地悪ですね……!」


 「結局恋話などせず単に輝梨那が揶揄われる時間だったが、そろそろ自由時間は終わりらしい」


 そうして鳳凰院さんを弄り倒すだけで幕を閉じ、良い時間にもなったため恋話会は終幕されることになった。

 結局残りの6人は分からず仕舞いとなったが、まぁ何やかんや楽しくはあったし皆も満足している様子なのでいいだろう。

 解散となり僕は幼馴染二人を引き連れず自室に一人足を運んでいると王女に呼び止められる。


 「サヤ様……少しだけお時間を頂けないでしょうか?」


 背後に仕えるアヴェランスに頷かれたので、年下に甘い小夜くんは彼女の我儘に応えることにする。


 「僕で宜しければ喜んで」


 王女は僕が応じたことにより不安気な表情は掻き消される。

 要は僕と軽く散歩がしたいらしい。僕は王女の話に耳を傾けて頷いて相槌を打つ。

 そうして庭園に到着すると王族に相応な優雅な作法で僕に再度礼を述べる。


 「あの時は本当にありがとうございましたサヤ様」


 「いえ、当然のことですので」


 当然のことと吐かすこの男だが、本性は自身の利益しか優先していない屑野郎なのである。

 だから僕が王女救出の功労者であると勘違いされるのには僕の良心が痛む。


 「王女殿下、不躾ではありますが宜しいでしょうか」


 「私のことはイリスと……それとサヤ様のご友人に接するように気軽に接してくれませんか?」


 「……僕なんか君に慕われるような器じゃない」


 「……そんなことはありません。サヤ様は立派な御方です……!」


 きっと王女には真が──相応しい人物に巡り会えるはずなのだ。だからこの恋心は彼女の一時的な気の迷い、中継地点に過ぎない。

 もっと世界を知り多くの人間と出会えば、きっと彼女は世界の広さを知る。

 だから、こんな黒幕を目指し暗躍するも結果を出せない僕なんかに惚れるべきではないのである。

 何せ将来的には君達と敵対する間柄になるのだから。……それは彼女にしても同様だ。


 「もし僕が人を殺すことに愉悦を覚える快楽殺人鬼だとしても、イリスは僕を慕い続けるのかな」


 まぁ愉悦は覚えないし快楽もないけれども。

 そう告げると王女は言葉を詰まらせた。


 「これはまぁ……冗談だけれど。僕は君に好かれるような人間じゃないし君には相応しい人物がいることを理解して欲しい」


 僕が無様で滑稽な愚か者なのだからと。

 こんな男に心を奪われる時間は無駄なのだ。


 「だとしても──私はサヤ様のことをもっと理解したいのです……!」


 「イリス……」


 「サヤ様が自分自身を否定しても私は肯定し、迷惑だと感じてもお側にいたいのです……! サヤ様が何者でも構いません……! それに決して──貴方がそのような人間ではないことはこの目と耳で見て聞いています……!」


 僕は御伽話に登場するような王子様じゃない。

 むしろ現在小物の将来大物になる黒幕なのだが。

 それにしても王女が居合わせていないと思って油断し過ぎていたな。一部始終を全部目撃されてしまっている。

 だが何度も言う通り王女の恋とやらは一時的なもので、やがて僕の無様な姿を見て失望してくれることだろう。

 いっそのことここで全裸にでもなって好感度を下げた方がいいかな。いや……将来黒幕になろう者が変態行動をするわけにはいかない。

 まぁ何にしても王女は何れ真への恋心も芽生えることだろうと、一時的に踏み台になることを容認しよう。


 「仕方ないな。お姫様の我儘に付き合うことにしよう」


 「サヤ様……!」


 年下の我儘に応えるのは年長者の務め。

 言うて王女とは3歳くらいしか変わらないから、かなり年齢が離れているというわけではないんだけれど。

 なんかこう……王女を見ていると黒幕時代の妹のノアちゃんを思い出させるんだよね。

 ん……? ノアちゃん……妹……年上……。

 つまり、そういうことだったのか──!


 「イリスちゃん」


 「イ、イリスちゃん……? 急にどうしましたかサヤ様……?」


 「これからは僕のことをお兄様と呼んでくれないか」


 「え、あ、えぇ!? か、構いませんが…………お、お兄様……?」


 あ、良い……。


 「もう一回頼む」


 「お兄様……?」


 「甘えるような感じでもう一回」


 「えぇ……? お、お兄様ぁ……?」


 素晴らしい……。

 これは単純に僕が黒髪長髪女性が好みなように妹属性にも関心があるから呼ばせているわけではない。

 イリスの愛の方向性を恋愛ではなく家族愛に仕向けるようにすればいいのである。

 イリスの愛に対する認識も「あぁ、私のサヤ様への愛は兄弟愛のようなものだったのだな」と改めることが出来る。

 謎の幼馴染が一人くらいいるんだ。血の繋がってない妹くらい一人いてもいいだろう。

 僕は身体を下げてイリスの目線に合わせ、彼女の頭に手を置いて告げる。


 「兄さん、F級の無能だけれど妹のイリスのために頑張るから」


 「は、はい……? お兄様……?」


 「今まで我儘言えずに一人で抱えて辛かっただろう。けれどイリスには兄さんがいる。妹は兄に迷惑を掛けて当然。これからは僕に遠慮せずに甘えてくれ」


 「お、お兄様…………!」


 辛抱堪らず僕に飛び付いたイリスを受け止める。

 誘拐犯に拉致されて不安だっただろう。誰も来てくれずに暗い中に閉じ込められて怖かっただろう。抱える彼女の髪を撫でながら「ごめんね」と呟く。

 これまで一人で抱え込んでいたのかイリスは涙腺が緩み咽び始めた。


 「安心して。兄さんがイリスを絶対に守るから」


 ──決めた。

 妹をこんな目に遭わせた実行犯は僕の手で殺します!

 真×イリスの成立を目的に暗躍していた僕は、この先もイリス絡みの事件が発生しないかなと目論んでいましたが、もうそんなことはしないしさせません!

 真と結ばれるのは全然ヨシですが、妹に危害を遭わせた塵野郎は僕が容赦なく殺します!

 そう僕は黒幕の神と妹に誓った。


 イリスは騒動の一件で体力を消耗し、恋話で良い時間帯になったためか、そのまま泣き止むと寝てしまった。

 この僕と妹の兄弟愛を傍観していたアヴェランスに名残惜しいがイリスを託す。


 「妹を頼むよ。イリスの寝室分からないから迷子になっちゃうからね。後で教えて」


 「承知しましたサヤ様」


 「じゃ、僕はこのまま少し運動したら眠るとするよ。お休みアヴェランス」


 「えぇ承知しました。では失礼しますサヤ様」


 妹をお姫様抱っこするアヴェランスを見送った僕は修行に励もうとすると、吐き気を催すような嫌悪感が湧き立つ。

 この蔓延する嫌な空気を吸い続けていると吐瀉物を嘔吐しそうな腹部の違和感に駆られ、僕は修行を中断して部屋に戻ろうと改める。

 必然的に発生源を視界に収め、それを見た瞬間身体が無意識に動き、その者の首を切り裂いた。

 だが、やはり通用せず切り裂かれた者は深淵に染まるような赤い澱んだ血を吹き出しながら嗤う。


 「ンン……良い一撃じゃないか。だが、やはり衰えたかな!? 以前の君ならば私の首を切り落とすことも容易かったはずさ!」


 「久しぶりだね。というか生きてたんだ」


 「私が君諸共爆死したかと思ったかな!? それも一興ではあるが……残念生きているのさ!」


 その者は僕が黒幕時代に相打ちになったはずの因縁の宿敵である──愚者の魔女その者であった。

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