第38話 二つの対価
事の顛末は国王に伝わり僕達B班とE班は事件を解決した者として国王に呼び出されていた。
宰相の国家転覆と王女誘拐を立て続けに起こされた国王の心境は如何に。大分参ったようで疲れた顔色を伺わせていた。
「其方達には迷惑を掛けてしまい申し訳なく思う。私に免じて娘だけは許してくれないだろうか……」
謝罪してばかりの国王は僕達に頭を下げる。
元より国王や王女に恨んでいるわけはなく、逆に騒動を招いた王女には感謝している屑野郎な僕。
まぁ計画は御破算になったが後々僅かな銀貨くらいは頂けるはずなので、ここはまぁヨシだなと妥協することにした。
そんな国王へ僕達の意思を代弁するかのように鈴華は告げる。
「頭をお上げくださいアリウス国王。私達は誰一人として誰も憎んでなどいません。危険は承知ですが勇者としての当然の責務を果たしたものだと思っております」
「そうか……そう言ってくれると助かる」
「ですが……不躾な申し出になりますが今回大健闘した和泉シャルロットと比良坂小夜に労いの言葉を掛けてくれませんか?」
和泉が居場所を特定する大活躍をしたのは分かるが、噛ませ犬で結局無駄に終わった僕も……?
偶に謙虚になる僕は辞退しようと身を引くが、微笑む真と轟くんに背中を押される。
モブの糞雑魚である僕が王女誘拐事件を解決させた一人に含まれるのはイカンと国王に直談判をする。
「国王陛下! 僕は何もせず成す術なく誘拐犯に敗北しただけです! そんな僕より誘拐犯を制圧した武部真くんが相応しいかと!」
「い、いや……だから俺は何もしてないが?」
「イヨッ! 流石真! 君が颯爽と登場して誘拐犯を屈服させた光景は圧巻だった! 流石モテ男! S級召喚者!」
「どうやら其方に記憶の混濁が見られるようだが……ともあれ、やはり其方は謙虚な人間なのだな……」
僕はありのままの事実を述べているだけだ。どこに謙虚要素があるんだ。
一連の騒動により記憶障害が僅かに見られると勝手に捉えられ、虚しくも僕は奮闘者の片棒として祭り上げられる。
「我が娘の危機を救った恩人として其方二人には何か……そうだな、何か望みでもあれば遠慮なく言って欲しい」
エッ、本当ですか……?
ここに来て
予想外の展開に僕の心が躍る。
結局何も出来ず敗北した僕も和泉のおこぼれを頂けるとは……本当に和泉様様だな!
「急に言われても何も思い付かないな……どうする小夜くん?」
報酬の件など頭にすらなかった和泉が僕に小声で囁く。
いや僕? そんなん前々から決まっている。
金一択でしょと。
思えば混乱に乗じて宝物庫を漁ろうとし、資金を拝借しようと犯罪組織の拠点の襲撃を行った。
しかし、どれも成果は出ず虚しい結果を残し続けた。
そんな悲しい日々を送る僕にようやく報われる機会が到来したのかと。
活動資金を得た僕は本題である黒幕活動を開始出来ることになり、また隠居生活への悲願に近付けることになるわけだ。
「国王陛下、僕は──」
金貨を頂戴しますと告げる寸前、ふと僕の脳裏に王女の顔が浮かんだ。
比較的年下に優しい僕は彼女に同情したのである。
年齢的に言えば中学3年生。一国の王女ではあるが年相応にやりたい事が沢山あるはずなのに我儘も言えずに窮屈な生活を送ってきたのだろう。
芦屋さんや藍葉さんに有栖川さんと交流を深めるのは新鮮だったはず。
そんな王女は芦屋さんに「皆さんを案内したいと」本音を溢して観光ツアーを企画したのだ。
誘拐という騒動に巻き込まれたが彼女にとっては、やはり新鮮で至福の時間であったに違いないと、僕は彼女の心を読んだ。
「どうか王女殿下の我儘を許しては頂けませんか」
「…………」
「親心として過保護になられるのは承知ではあります。しかし、きっと王女殿下にはやりたい事……やってみたい事などが沢山あるはずです」
「…………」
「王女殿下は一人の人間であり意思がある。ですので彼女の要望を……望みを叶えさせてはあげてくれませんか」
金の亡者である僕が王女の我儘を許せと言い放てるのには先の一件がある。
僕はレイくんとして国家転覆を阻止した英雄。すなわちそっちの対価もある。なので今回の件は金貨を要求せずとも転覆の件で頂けばいい。
だから、ここは年下に優しい僕の同情心を国王には受け取って貰えればいい。
衰弱気味で目が虚だった国王の瞳に光が入った気がした。
外野……八雲と黒猫が僕の要求に「あれって本当に小夜くんなの?」「別人だにゃ。凄い心配にゃ」と大層失礼な発言を吐かしているが気に留めないでおく。
「やはり君は凄いな」
散々僕を侮辱しまくる和泉の口から称賛の言葉が飛び出る。
「和泉は決まった?」
「あぁ、当に決まっている」
和泉は何を国王に要求するんだろう。
不倫している王族や貴族についての情報かな?
「良い帽子屋を紹介してくれませんか」
「帽子屋……全然構わないが本当にそれで良いのか?」
「それで構いません」
帽子屋の紹介なんて勿体無い……折角重大なゴシップを握れる機会だったのに。
念のために国王同様に「それでいいのか」と訊ねると、和泉は噛み締めるかのように微笑んで呟いた。
「あぁ……十分過ぎる対価だ」
そうして国王の呼び出しも終わり僕達はいつものように食堂に足を運んでいた。
ちなみに鬼龍くんは「俺は疲れたんで戻るわ悪ィ」と誘いを丁重に断りを入れ別れることになった。
「気でも触れた?」
先程から失礼な発言を連発する八雲。僕が物欲旺盛な亡者に見えるのだろうか心外だな。
「あんまりみんなを心配させるような行為はしないでね」
「うん。自重するように心掛けるよ」
「本当かなぁ……」
表向きは行動しないようには自重しておこう。
そんな八雲さんは僕の背中を結構強めに叩いて先を歩む。
「無事帰ってきてくれて、ありがとうね──」
そう僕以外に届かないように囁くと八雲さんは、先を行く黒猫さんを抱き抱えて轟くんの隣を歩む。
仲の良い連中だと済ました顔で微笑み見送ると、僕の背後から鈴華に低い声色で問われる。
「そういえばあの場では聞けなかったのだが、小夜くんは誰に求婚するんだ──?」
「ご、ごめん……何の話……?」
「外からも君の大音量が響いてな。大事な約束を叶えるまで倒れるわけにはいかないと。終わったら求婚するんだと聞こえたのだ」
「…………?」
アッ!
8回目の名台詞のことか!
遂にネタ切れを果たした僕が叫んだのは死亡フラグっぽい何の関係もないもの。
別に誰と約束を交わしただとか求婚するんだとか特定の対象へ綴った想いではない。
「誰に求婚するのかな──?」
「あれは意識朦朧とする僕が無意識に出たもので……特定の誰かに捧げる言葉ではなくてですね……」
「となると無意識のうちに特定の誰かにそうした感情を抱いていると……そういうことになるな」
「いや別に深掘りする内容じゃないんで。アレはもう流してください」
「君に遂に恋の感情が芽生えたか……! そうかそうか……!」
凄い嬉しそうに表情を緩める鈴華。
恋の感情のない僕が人間に成長したと勘違いしているようである。
その後、鈴華のウザ絡みを受けながら僕達はいつものように食堂に辿り着く。
鬼龍くんに代わって合流した凛ちゃんに鈴華が事情を説明すると、彼女は能面のような表情のまま本音を漏らす。
「何故か仲間外れにされているように感じます」
基本生徒会三人衆と行動を共にすることの多い凛ちゃんだが、彼女は鳳凰院さんに遠慮してD班にいたため騒動に関与することはなかった。
「事件が起きたことは不幸としか言いようがなくイリス王女と小夜ちゃんには気の毒に思いますが、やはりどうしても私抜きだったと疎外感が湧いてしまいますね」
分かる……分かるよ凛ちゃん。僕も他の皆が仲良く恋話をやっていると知った時、疎外感が湧いてしまったもの。
そんな若干曇った顔色を見せる凛ちゃんをミカは抱き締める。
「ほぉ〜ら、だから
「私と小夜さんと黄泉さんで既に完成された班に無理やり加入してきたのは貴女じゃないですか。何の権利があって私を追い出そうとするんです?」
「民主主義に基づいた多数決の権利ですぅ」
「でしたら橘三日月の追放に全会一致で賛成になって貴女自身が追放されてしまいますが」
「逆だ逆! 皆反対するし……というか私の追放に賛成するにはお前しかいないわ!」
「いやミカさん、そもそも私がE班に入らなければ良かっただけのことで……」
まぁ異物混入していた僕が追放されるべきだったんだよね。
凛ちゃんはミカと飛香の喧嘩を諌めると先の一件もあってか皆に訊ねる。
「このような騒動が起きてしまいましたが予定通り恋話会は実施されるのでしょうか」
飛び入り参加を宣言した王女の容態も不明な現状、騒動も落ち着いていない最中に実施するのは如何なものか。
欠席者無しの全員参加が方針でもあり、王女の欠けた今どうすべきかと判断を求められるわけである。
返答に困り皆が沈黙していると僕達に来訪者が現れる。
「あ、あの! 皆様が宜しければ……なのですが、予定通り恋話会を実施して頂くことは可能でしょうか……!?」
目が醒めた王女はお付きのアリストヴェール先生とアヴェランスを引き連れて、僕達に胸を張って言い切る。
「容態は問題ないのですかイリス王女……?」
「平気ですアマネ様。それと……今回は勇者様方に多大なご迷惑をお掛けしたことを深く謝罪します……!」
父親続けての謝罪に鈴華を含めた皆は王女を慰撫する。
良い子だなぁと感心する僕は優雅に紅茶を口に含みながら状況の進展を見守る。
良い子だからこそ今回の自分の企画のせいで他人に迷惑を掛けてしまったなどと罪の意識に駆られないで欲しいものだが。
少なくとも僕達の仲の全員は、君に迷惑を掛けられたと感じる者はいないのだから。
「んじゃ予定通りやっちゃおうかぁ」
机に顔を付けて気が緩んでいる八雲さんが働き掛けると轟くんと黒猫さんは快諾し、皆の心境は乗り気に変わる。
「梅ちゃん先生も参加しますよねぇ〜?」
「えっ、先生もですか……? 先生が居たら邪魔じゃないですか……?」
「おっ、先生も参加っすか。いいねぇ! あ、そうだ。暁斗も呼ぼうぜ? なっ?」
「B班とE班+委員長ちゃんの合同
フッ……今回の引き立て役である僕の役目は終了かな?
皆の睦まじさを傍から傍観していた影の薄い小夜くんは席を立つ。
新しい飲み物の出来上がりを待ちながら遠くからも伝わる喧騒を遠くから見守る。
騒々しい連中だと微笑する僕の隣には、同時に席を立っていた和泉の姿があった。
「主役が席を離れていいのか?」
「僕が主役? 馬鹿を言うな。僕は黒……脇役が相応しい男さ。そういう居場所を特定した立役者の和泉も席を離れていいのかい?」
「元より私は集団において目立つのは苦手だ。別に集団行動も嫌いではないが一人の方が気楽だ」
へぇ、和泉にそんな一面があったとは。
僕達は注がれた紅茶を手に持つと皆の席には戻らず、離れた場所で彼等を見物する。
「だが、居心地は悪くはない。彼等といると退屈しなそうだ」
それには全力で同意だ。最近は三人組に襲撃される傾向が高いが、あの中に居るのは退屈しない。
所謂、心地良さというものを感じるのだ。
「その居場所が……壊れないよう私は尽力しようと思う」
「へぇ」
あの僕を貶めることに長ける一人からそんな友情思いな台詞が出るとは。
和泉の優艶な橙色の瞳から柔和な眼差しが彼等に向かう。
「無論、私の助手である小夜くんには私の手助けをしてもらう。ただ出来る範囲でだ。君は弱いからな」
「可能な限りはご支援させてもらうよ」
「良い返事だ。流石私の助手だな」
互いに微笑んで僕達は席へと戻る。
君なら僕の手を取らずともやれるはずだと心の中で思ったが、それは野暮なことだろうと胸の内に潜めることにした。
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