第37話 この闘いが終わったら求婚するんだ

 「うう……!」


 「ガハハ! コイツ威勢よく登場した割には大したことねぇなぁ!」


 「流石兄者! 弱者相手にも容赦しねぇ!」


 床に平伏した僕は兄者に容赦なく蹴られ無様な姿を晒していた。

 兄者の言うように威勢よく登場はしたもの「う、うりゃあ〜↑」というヘナチョコスローモーションパンチを繰り出した僕は、兄者に軽くあしらわれると反撃に腹に一撃を頂く。

 「オヴェッ!」という悲鳴と共に吹っ飛ばされた僕は壁に激突して十八番である吐血を催す。

 そして、口の血を拭って反撃にと弱弱パンチを放つが当然躱され僕は床に這い蹲る姿勢となった。


 床に伏す間に部屋の周囲を見回すと、如何にも人が入っていますよといった形をした袋が置かれている。

 王女は気絶しているのか抵抗する様子や声を上げることはない。

 

 「なに……休憩してんだっ!!!」


 「ぐはっ……!」


 「流石兄者! 休む暇も与えねぇ!」


 蹴られた反動で僕はクルクル回って兄弟から距離を取る。

 吐息を荒め腕に力を込めて身体を起こそうとするが、一度では起こせず体勢が崩れて床に顔面を打つ。

 だが、僕には闘志が籠っており決して諦めないと身体を何とか起こす。

 既に満身創痍といった様子で「はぁはぁ……」と呼吸を必死に行う。


 「お前達が……王女殿下を……誘拐した犯人だというのは……分かっている……!」


 「んで? そんでお前は俺達にどうする気なんだ?」


 「決まってンだろ……! お前達を倒し……彼女を助けるッ……!」


 「はぁ〜ん? お前が俺を倒す? 舐めた口叩いてんじゃねぇぞクソガキ!!!」


 そうして低倍速殴りを容易く払われ、お返しにと顔面を殴られる。

 叩き潰された僕は華麗に転倒し、そのまま兄者は僕の頭を踏み躙る。


 「ぐ、ぐわあああぁぁぁ……!」


 「俺はなぁ! お前みたいな調子こいた勘違い野郎のクソガキが一番嫌いなんだよ!」


 「流石兄者! 年下相手に容赦ねぇ!」


 「居場所が分かったのはァ褒めてやる。だがな、相手の能力も見極められねぇくせにイキがってんじゃねぇぞ! オラァ!」


 「ぐ、ぐわあああぁぁぁ……!」


 こうして僕と兄弟の激闘は30分程続いているが真が来る様子はない。

 まぁ移動時間もあるし仕方がないのだが……早く来てくれないかな。


 「飽きたわコイツ……。おい弟者! 荷物を抱えてずらかんぞ」


 「あいよ兄者! 良かったなクソガキ、もうこの辺で終いにしてやるってよ」


 真が到着していないのに移動は勘弁と僕は弟者の足を掴んで留めようとする。

 そんな僕の忍耐力に苛立った弟者の代わりに兄者が腕を踏み躙る。


 「ぐ、ぐわあああぁぁぁ……!」


 「俺が! 終いに! してやってるって! 言ってんだよ!」


 そして手は解かされ僕の顔面に唾を吐き捨てる弟者。

 王女を抱えようとする弟者に僕は瀕死の状態でありながらも立ち上がって阻む。


 「まだだ……! 僕はまだ、やれるッ……! うおりゃあああぁぁぁ!!!」


 そうして限界まで威力を弱めた拳を弟者の背中に放つが堅牢な肉体には効果がなく、僕の怒涛の連撃が通用する気配はなかった。

 

 「いい加減にしろよクソガキ!」


 「ガハッ──!」


 弟者の振り払いに僕は吹っ飛ばされ壁に激突。

 そんな僕の雑魚さと忍耐力に弟者は興味を抱く。

 そのまま僕の髪を持ち上げながら彼は兄者に告げる。


 「コイツ何者なんですかねぇ兄者。どうやって俺達の居場所を特定したのか」


 「さぁな、こんな雑魚どうでもいいだろ」


 「んでどうしやすかい殺しちゃいますかい?」


 「もういい加減鬱陶しいし殺すか」


 「まだッ……! 諦めるわけには……!」


 「うるせぇ!」


 立ちあがろうと脚に力を込める僕に兄者は蹴りの一撃を浴びせる。

 そのまま姿勢が崩れるも強靭な精神力で持ち堪えた僕は、そのまま王女を抱えて移動しようとする兄弟に対峙する。

 もしかして真が到着しないのは部屋自体が分からないからなのかなと推測した僕は、居場所を知らせる目的も兼ねて大声で叫ぶことにする。


 「僕が役立たずなのは自分が一番分かっている……!」


 「あんだぁ?」


 「だけどお前達を倒して……! 僕は自分が無価値じゃないなことを証明しなきゃならない……!」


 「はぁ、うぜぇな……」


 「僕にも意地があるんだあああぁぁぁ!!!」


 またもや兄者に振り払われ僕は呆気なく転倒。

 来ないな……。

 引き立て役が唯一輝く名言を放つと同時に颯爽と主人公が登場して、僕の窮地を救う流れだと思うんだけれど。

 まだ名言を解き放つ時間ではなかったのだろうか。

 出来れば真にはこれと同時に登場して頂きたい。

 段階が早過ぎたんだなと僕は2回目に移ることにした。


 「僕だけの力で君達に勝たないと……!」


 「あんだぁ?」


 「自分にも示しが付かない……! だから……!」


 「はぁ、うぜぇな……」


 「僕は君達に抗わなきゃいけないんだあああぁぁぁ!!!」


 これも違うか……。

 その後、計5回も名言を放つが真は到着せず。

 もう僕が放てる引き立て役っぽい台詞はない。真より先にネタ切れが到来した。

 もしかして見捨てられたんじゃないかとも浮かんだが、流石にそれはないだろうと自分を思い込ませた。


 「はぁはぁ……! 僕は……!」


 「もういいって本当! お前7回目だぞ流石に気持ち悪いわ!」


 「もうこんな奴の相手しないで行きやしょう兄者!」


 「いやだってコイツ無駄に頑丈だし……!」


 なんか面倒臭くなってきたが引き立て役の演技を継続しなければならない……!

 というか、もうコイツ等を始末して僕が誘拐犯を演じる方が良いのではとも思えてきた。

 いやでも、気絶している王女が実は起きていたとかだったら後々状況が混乱するしなぁ……。

 やっぱり038番が制圧したことにして報酬金に切り替えてしまおうか。

 そうだな……そうしよう!

 真には申し訳ないけれど報酬金を頂く方向にしよう!

 とりあえず最後の一発だけは披露しておくか。


 「僕には彼女としている大事な約束がある……!」


 「もういいって……」


 「それを叶えるまでは……ここで、倒れるわけにはいかない……!」


 「勘弁してくれよ……」


 「この闘いが終わったら僕、求婚するんだあああぁぁぁ!!!」


 そうして最後の一撃を解き放とうとした瞬間──遂に僕が待ち侘びていた英雄の影が現れる。

 破壊された玄関を見ると、そこには真と…………ミカと飛香……? その二人もいた。

 どうしたんだい二人とも、真の付き添いかな……?

 僕が到着に安堵すると同時に付き添いの存在に気を奪われていると、僕の満身創痍な姿を見た二人は目の色を変えて兄弟に飛び蹴りを与える。


 「兄者ッ……!」


 「弟者ッ……!」


 ミカと飛香の抜群の蹴りによって兄弟は鎮圧された。

 こうして僕の時間稼ぎは二人が制圧したことにより終幕した。

 僕の計画が失敗に終わったのだと突き付けられた。


 「へへへ……遅──」


 「馬鹿なの!? 本当に小夜は馬鹿なの!? あれほど危険な行動をするなって言ったよね!?」


 身体の力が抜けて床に倒れ掛ける僕をミカは抱き締め、怒りの感情を解き放った。

 ご尤もなお説教の開始である。

 

 「和泉から突撃するかもしれないって聞いた時、私が……皆が何を思ったか分かる……!? 死んじゃうんじゃないかって心配したんだよ……!?」


 「ご、ごめんなさい」


 「小夜が死んじゃうなんて嫌だよ……!」


 ミカの膝枕状態である僕の顔に彼女の涙が垂れ落ちる。

 異世界に召喚されてから3度もミカを泣かせてしまっている。もう僕は正真正銘のミカの敵である。

 僕が彼女の膝枕を堪能している間、飛香は袋から王女を解放させる。未だ気絶しているようで王女は飛香に抱き抱えられる。


 「武部さん、彼女を宜しくお願いします」


 「えっ? あぁ……」


 一言飛香に告げられて真は王女をお姫様抱っこする。

 そして飛香は床に散乱しているナイフを拾うと兄者に近寄り、昏睡する彼の首元に突き刺そうとするのを──。


 「飛香」


 間一髪、呼び止め制止させる。


 「飛香が僕のための厚意であるのは十分理解はしているよ……ただ、君がそれを行う必要はない」


 「し、失礼しました……!」


 飛香にはあまり踏み入れて欲しくない。

 ──というような剣呑な場面もあったが、王女誘拐騒動は僕の望まぬ結末で幕を閉じた。

 全然平気なのだが満身創痍の設定であるためミカと飛香の肩を借りながら階段を降り外に出ると、そこには鈴華と和泉の顔があった。


 「小夜くううぅぅぅん゙ん゙ん゙ん゙ん゙──!!!!!」


 泣き付く鈴華を宥めていると腕を組み泣きべそをかいたと思わしき和泉が不機嫌そうに僕を睨む。

 

 「最低だな君は。一生恨んでやる」


 「言われずとも十分理解しているよ」


 「本当に君は大嘘吐きで、自信過剰で、大馬鹿者で、小夜くんのことなど大嫌いだ……!」


 「そうだね」


 「だが……約束を違えなかった。そこだけは評価を改めて嫌い程度にしてやる……!」


 そして傷の付いた僕の頬を摩りながら呟く。

 生きてくれてありがとうといったような憂いが晴れたような笑顔を見せる。


 「おかえり……私の助手」


 「ただいま名探偵」


 こうして気絶状態の兄弟を兵士が回収して本当に誘拐騒動は解決した。

 その後、合流した面々に状況を説明し、僕は鈴華とミカと鳳凰院さんと八雲さんと和泉と伏見先生から長いお説教を食らった。

 お説教を終えて僕はベンチに腰を下ろしてキノコの串焼きに舌鼓を打つ。そんな僕に無言の視線を送るフードを被った変質者がいた。


 「…………」


 「何ですか……」


 「お腹空いた」


 「か、買えばいいじゃないですか」


 「お金無い。無一文」


 孤児……? にしては体格は成人超えているだろうし背中には物騒な剣を背負っているわで金銭を使い果たした旅人だろうか?

 生憎僕も無一文で奢られた物だったので食い掛けで良ければと告げると、謎の旅人は僕から容赦なく串焼きを奪い取る。


 「この恩は忘れない」


 本当に感謝しているのか分からない抑揚のない声色で告げると変質者は立ち去っていく。

 一体何者なんだ……?

 そうして串焼きを奪い取られ、一人孤独に夕焼けの景色に黄昏る僕に男子が集う。


 「傷は平気なのかァ」


 「黄泉が治癒してくれてね。軽傷くらいにはなった」


 治癒師の黄泉は遺憾なく才能を発揮し僕の傷を回復させた。

 ぶっちゃけ重症や軽傷どころでもなく無傷に等しいのだが、面目上彼女の治療を受けておいた。


 「君達は僕に怒らないのかい」


 「あれだけ絞られたんだ。俺からは何も言わないよ」


 そのように真は言いながら僕の隣に腰を下ろした。

 その様子に反対側に鬼龍くんも座り足を組む。

 出来上がった他の皆の分の串焼きを携えた轟くんが僕達を押し寄せ空きを作らせると座る。


 「あいよ、真と暁斗の分」

 

 「ありがとう」


 「悪ィな」


 僕達四人は串焼きを無言で食い付く。

 そんな無言の中で沈黙を破ったのは轟くんだった。


 「イリス王女の容態は?」


 「今も眠っているが傷一つなく怪我すらないらしい」


 「そうか。あんな綺麗な子に傷付いちゃ大変だろうし良かったな」


 「…………」


 再び会話はなくなり静かな咀嚼音だけが伝わる。


 「俺等の元いた世界でも誘拐なんて起きんじゃん? でもさ、実際に身近に感じたことなんてないわけじゃん? 実際体験するとマジでビビるよな」


 「そうだな……」


 「偶にさ、教室にテロリストが襲撃して俺が皆を救うなんて妄想するけどさ、やっぱ俺じゃ無理だって痛感させられたわ」


 「そうだな……」


 「そう考えるとさ、やっぱ凄ぇよ小夜、お前は凄ぇわ」


 話の矛先が僕に向いて称賛されるとは思わなかったので聞き返す。


 「誘拐犯に立ち向かうなんて中々出来ないと思うね。ぶっちゃけ見張ることすら怖ぇし。それをお前は果敢に立ち向ったんだろ? 凄ぇわホント」


 と、轟くんの言葉に頷く真と鬼龍くん。

 実際の僕は真を立てるために引き立て役を演じただけなのだが……。

 おまけに小夜くんは現場に置いて何も成すことが出来なかった。実際に居場所を特定したのは和泉であるし、誘拐犯を制圧したのはミカと飛香…………いや、真だと思い込むことにしておこ。


 「僕は……何も出来なかった。あれだけ抜かしておいて情けないね本当……」


 「小夜……」


 「居場所を特定したのは和泉だし、誘拐犯を成敗したのは……真だ」


 「俺じゃないぞ……?」


 「だから真の功績が大きい」


 「俺は何もしてないぞ……?」


 当事者でなかった轟くんと鬼龍くんは神妙に聞き入るが、現場にいた真は僕の言葉に否定する。


 「和泉の……なんだァ追跡術があるって言うが、お前が食い止めなきゃァ王女がどうなってたかァ分かンねェ」


 「鬼龍くん……」


 「仮定の話になるがァもっとヤべェことになってたかもしンねェ。ンだからなァ、お前の時間は決して無駄じゃねェ」


 「鬼龍くん……」


 「ンだからなァ、自分を卑下するンじゃねェ! もっと自分を誇れ!(ドンッ!!!)」


 背景に効果音付く勢いで鬼龍くんは僕を肯定する。

 そんな言葉に同意する真は僕の肩に手を置く。


 「もう無茶な真似はするなよ」


 今後とも無茶な真似はする予定なので返事はしないでおく。

 皆の僕への心配が篤いため堂々と小夜くんで暗躍するのは控えようと反省。いや今回が暗躍と言えるのか曖昧だけれども。

 真×王女を成立させるため次の計画でも練るかと僕は今後の展開に淡い期待を抱いた。

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