第35話 名探偵と助手

 結束した僕達は纏め役の鈴華の指示のもとで状況を整理する。

 誘拐された王女の捜索と情報収集を主に行う。

 情報収集が根幹であるので王女を連れ去る犯人を目撃しても奪還しようとするのは避けること。いかにも危険そうな人物に聞き込みするのは控えること。治安に悪そうな場所に行くのは止めること。


 「とりあえず複数に別れて探すべきだと私は思う。班分けは私と小──」


 「待ってくれ鈴華。それについては僕が編成させて欲しい」


 この機会を逃してたまるものかと僕は鈴華を制止する。

 先ず今回の計画の流れは以下の通りとなる。

 僕が王女の居場所を突き止める。

 突撃するなと言い付けられているが誘拐犯が王女を連れ去ろうとしていたため無謀にも犯人に立ち向かう。

 誰かに真を呼び出すように命じて、僕は時間稼ぎをしつつ誘拐犯の強さを測る。

 誘拐犯が真でも敵う場合、僕はモブに等しい雑魚を演じて真の到着を待つ。

 真が無事到着すると疲弊した僕に代わって彼が成敗する。

 そうして誘拐犯から王女を救った英雄として崇められ、王女は真に恋愛感情を抱くようになる。


 僕は誰よりも早く王女の居場所を突き止めなければならない。

 そのために僕の相方として相応しい者は土地勘のあり僕の裏の顔を知る者。

 そうなると飛香が適任となる。

 本来の実力を知る相方は、僕の無様な姿に何故に勝てないのかと疑問を抱くだろうが、それは僕より圧倒的に強い誘拐犯だったなど、事情は一切ないが特別な事情があり已むを得ず弱者を振る舞う必要があったと告げればいい。

 そもそも飛香には僕の弱さが子犬以下であると設定付けているため違和感を抱くことはないだろう。

 

 「1班は鳳凰院さんと黄泉と伏見先生、2班は鬼龍くんと八雲さんと轟くんと黒猫さん、3班は鈴華と真とミカ、4班は僕と飛香と和泉。班番号を元に数字の区域を捜索するということにしよう」


 班分けに不満を抱く者もおらず僕の割り当てを受け入れる皆様方。

 ちなみに僕の班に黄泉ではなく和泉を入れた理由は、幼馴染二人を入れてしまい三人組に不満が湧いた時の保険である。

 まぁ〜た、この男は幼馴染二人といる気だよ。こんな時でも侍らすとは相変わらずお盛んな男だねぇと言われないようにするためだ。

 だったら僕と真と飛香が適任じゃね? となるが、事前調査の必要があるため真と同行するわけにはいかない。

 それに勘が鋭く企みを看過しそうな者を班に入れたくはない。そうなると案外中身ポンコツの和泉が適任になる。──と、それが大元の理由でもあるが別を期待してでもあった。

 

 万が一迷子になった場合でも地図や方角から居場所は確認しているため危険は少ない。

 そうして「安全第一」の標語の元、僕達は分散して行動を開始した。

 僕は他の班がいなくなったことを確認し、一人指示を待つアヴェランスと密談する。


 「千年王国は動いてる?」


 「いえ、我々が関わる問題ではないので動くことはないかと」


 魔女が関わる案件じゃありませんと。

 王国の事情は知りませんといった感じなのだろう。


 「アイン様に人員の派遣を要請しますか?」


 「無用だ。アヴェランスには皆同様に王女の捜索を依頼したい。見付けたら僕に真っ先に報告を頼む。それと念のため……素顔を隠せそうな物を買っておいてくれる?」


 「承知しましたサヤ様」


 そうしてアヴェランスも行動を開始して僕達の前から姿を消す。


 「小夜くん、君は彼女と一体何の話を?」


 「企業秘密なんで言えません。飛香、ちょっといいかな」


 「はい!!! 何ですか小夜さん!!!」


 事情を伺う和泉を退けて僕は忠犬のように待ち構えていた飛香を呼び寄せる。


 「飛香の異様な勘の良さで居場所とか分かったりしない?」


 宰相の暗躍を勘だけで突き止めた飛香ならば、誘拐された王女の居場所も分かるだろうと推察。

 

 「時間は掛かると思いますが恐らく可能かと」


 どういう原理で分かるの?

 もしかして匂いを辿れたりする?

 好都合だなと僕は微笑む。

 探知犬のように王女の居場所を嗅ぎ取ってもらえれば何れ分かるのではないかと。


 「僕と飛香別々に行動してもいい? その方が見付かる確率は上がると思うし。仮に突き止めても戦闘行為は駄目だよ。あ、でも別々行動してたら互いの居場所が分からなくなるな……」


 「問題ありません! 私は小夜さんの居場所は分かりますので!」


 やっぱり君は犬だったりする?

 宜しく頼むよとお願いすると飛香は敬礼を返す。

 そうして僕も暗躍を開始するかなと意気込むと、一人放置されていた和泉が僕の袖を掴んだ。


 「二人はどちらへ? それと小夜くんは私に対する扱いが酷くないか?」


 「さて僕達も仕事を始めよう」


 「無視!? おい待ってくれ……!」


 僕の眼は魔素を判別することは出来るが足跡を見通すことは不可能だ。だから、こうした捜索案件には役立たない。

 情報収集の得意な尸織でもいればよかったのだが、生憎とアイツは直ぐに行方をくらます。

 つまり八雲さんが言った通り僕は無力無能能無しの三拍子となる。

 そして、ここで和泉を同行させているのが前述した伏線を回収する。

 僕の相棒である自称探偵の和泉ならば人探しは専門分野なのではと期待し班に組み込んだわけだ。

 僕はそこまで見越して和泉を手に入れたわけだ。決して保険のためだとか中身ポンコツが理由なわけではない。


 そんな期待の新星である和泉は僕の袖を掴んだまま腕を震わせている。

 ……あぁ、やはり君もそうか。


 「怖い?」


 「私が怖がっているだと? 馬鹿を言うな。そんなわけが──」


 「今は僕しかいないし和泉みたいに口は軽くないから別に平気だよ」


 「口が軽いは余計だ……」


 普段飄々と自信家な態度を取る和泉だが、やはり虚勢を張っていたようで僕の視線から逃げるように顔を背ける。

 八雲さんの言うように危険な目に遭わせたくない、真のように踏み込む勇気や覚悟がない、そのような恐怖を感じるのが正常だと思う。


 「逆に聞くが小夜くんは怖くないのか?」


 本音では全く怖くない。むしろ誘拐の被害者である王女と誘拐犯には、このような場面を提供してくれて感謝している。

 そんな人間の屑の僕であるが「全然怖くないよ。逆に嬉しいな!」などと言うと異常者として逆に僕が恐怖の対象となるので口は噤んでおく。


 「怖いよ」


 「だが君は一人で行こうとした……臆せず屈さず! どうしてそんな覚悟を持てる!?」


 恐怖の感覚が欠けているからですとも言えず。

 これに対する返答にはしばらく悩み混んでしまう。

 数十秒思案した僕は適正であろう回答を導き出す。


 「鈴華が言っていたんだよね。何もしないのは嫌だって。……要はそれに感銘を受けたわけだ」


 「それだけで……君は誰かを助けようと動けられるのか?」


 「単純なんだよ男の子は。僕のような人間は」


 「…………」


 真面目過ぎるのも居心地が悪いので茶化す要素も含めておく。


 「それにカッコつけたいのもあったかな」


 「ふふ……何だそれは……」


 「カッコいいと思わなかった?」


 「そう……だな、今の発言を聞いてしまえば……今の小夜くんはあまり格好良くはないな」


 僕の台詞に和泉は苦笑し袖から手を離す。

 場の空気が和らいだところで僕は和泉に確認する。


 「緊張は解けた? 難しいようなら無理に探そうとしなくても──」


 「君は私を誰だと思っている? 私は和泉シャルロット。探偵だぞ?」


 和泉は頭に手を翳すが素通りし「ハッ」と自覚した彼女は恥ずかしそうに赤面させた。


 「……愛用の帽子があった。パパ……父親に買って貰った帽子が……」


 普段から帽子を被り慣れて癖だったのだろう。

 和泉は帽子のブリムを前方に傾けるような仕草をすると手で素顔を隠す。


 「被らないと……落ち着かないな。だから、そうだな、うん、そういうことだ」


 「買いに行く?」


 「今はいい──が、機会があれば……の話になるが、代替品になってしまうが、私に似合いそうな物を、君が、小夜くんが見繕って、くれないだろうか?」


 二人で出掛けると三人組に襲撃されそうだが集団行動なら別に許容されるだろうと黙思した僕は、和泉の手を取って応える。


 「喜んで」


 「…………」


 「…………」


 「そういうところだぞ……」


 「エッ、何が…………!?」


 僕達は行方不明となった現場に向かいつつ犯人の行動分析を行う。


 「王女を攫った動機は、金銭目的や人身売買、歪んだ愛情によるものと挙げられるが……私は政治的な意図による誘拐だと推測している」


 「根拠は?」


 「まず私達はB班と王女、傍付きの侍女、端には少数の偽装した兵士で行動していた」


 「うん」


 「私達が異世界人であることを悟られぬよう変装しているのに然り、王女も王女であることを悟られぬよう変装していた」


 変装して一般の案内人であった王女を何故に的確に誘拐出来たのかと。

 となれば誘拐犯は王女の顔を知る者であり、今回の観光ツアーの予定を把握している者であると。

 思い当たる節はある。

 もしや理想郷の残党ではないかと──。

 僕同様に何の成果も上げられずに参ってしまった理想郷の残党は、せめて王女だけは頂いていこうと暗躍していたのかもしれない。

 

 「身内または親しい者による説が挙げられる」


 となるともしやアリストヴェール先生……!? まさか貴方が主犯だった……!?

 いやでも先生は王女に「爺や」と呼ばれ気を許していた間柄であるし、何よりも王女の案内を反対していた人物だ。

 先生が主犯であると断定するのは時期尚早だ。


 「犯行動機や犯人像はさて置き、私が気掛かりであるのは目を離した隙に忽然と消えたという現象だ」


 「全員気付かなかったんでしょ?」


 「そうだ。護衛の兵士は王女に目を離すわけがなく、仮に目を離したとしても王女を見る目が何個あると思う? 私達8人の僅かな合間を掻い潜って彼女を連れ去るなんてことが出来ると思うか?」


 仮に真や八雲さんが王女に目を離していたとしても護衛の兵士や轟くんや黒猫さんが視界に収めている。

 普通に連れ去ろうとすれば誰かの視界に入り、それを阻もうと行動は起きる。

 だが、それは起きずに王女が消えたという事象のみ残された。


 「王女は何の前触れもなく消失した。神隠しに遭ったかのようにだ」

 

 もしかして王女も異世界だか別の場所に転移しちゃった?

 それだったら僕の『誘拐犯を真に倒してもらおう計画』が水の泡になるので勘弁してほしい。


 現場に到着した僕は聞き込みを和泉にお願いして周辺を探る。

 地面に座り込むと魔素の識別を行うために眼に力を込める。

 仮に王女が転移したのなら転移魔法が発生しているため付近に魔素が発生する。

 その残滓があれば王女は神隠しになった説が濃厚になり僕の計画は御破算する。

 結局、周囲を探るも面影と思わしき魔素は発見されない。良かった……転移はしてないわ。

 あー……目が痛い。充血してるかも。


 「何か痕跡でも見付けたか?」


 「手掛かりなし。そっちは?」


 「こちらもだ。露店の主に聞いたが見ていないと返された」


 もう八方塞がりだよ。

 飛香の勘に頼るしか道はない。

 そういえば……と僕は和泉に問う。


 「このさ、観光ツアーの発案者って誰なの?」


 「王女自らの意思らしい。先日の案内を参考にして急遽企画したそうだ。発案者が王女である以上、主犯が現場を用意するために唆した説はなくなるが……」


 「うん」


 「ただ、彼女には友達が出来たと喜んで語っていたな」


 へぇ、王女に友達が……良かったね。

 宮殿での生活は窮屈で退屈そうだし身分もあるから親しい友人がいなかったのだろう。そして異世界召喚された誰かと懇意になれたと。

 もしかして芦屋さんかな? あの子友人を作ることに関して天才的な才能があるし。

 

 「どうやら澪さんと侑衣さんと茜さんの三人が目を掛けているようだ」


 「コミュ力高いもんねあの子達」


 「発案者は王女自身だそうが後押ししたのは茜さんのようだ」


 「エッ……芦屋さん……?」


 話を深掘りすると王女は観光ツアーを発案して案内役もやりたいと申したが、やはり自分の境遇から遠慮はしていたようだ。

 だが、芦屋さんの「それくらい大丈夫っしょ〜平気平気。子どもは我儘言って当然〜」という後押しもあり決断したようだ。

 観光ツアーを唆した者が主犯なら黒幕は芦屋さんになるのだが、まさかアリストヴェール先生ではなく芦屋さんが……!? あの特に何も考えていなさそうな彼女が計画を企んでいた……!?

 「あーし黒幕なんよ」と芦屋さんがネタバレした時の衝撃は確かに凄まじいが……。


 「いや流石に考え過ぎか……」


 「私も考えたが5秒後に有り得ないか……と馬鹿馬鹿しさを感じてしまった」


 目撃証言はなく誘拐方法も普通ではなく犯人に心当たりはなく、僕達は手詰まりの状況に陥る。

 行動に移そうにも王女の居場所が分からないことには始まらないという、杜撰でおざなりな計画。

 おまけに僕が時間稼ぎする間に別の者に乱入されれば、その者と王女のフラグが立つため御破算となり運の要素が高い。

 やっぱり即興で実行するのは無謀だったかと計画の停止を余儀なくされようとしていると、


 「小夜くん、地図を貸してくれないか」


 「うん? あぁどうぞ」


 受け取った和泉は真剣な様子で地図をご覧になる。

 探偵的な思考から犯人の逃走経路や状況を整理しているのだろうと任せていると、和泉は静かな声色で呟いた。


 「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」


 「何かの引用?」


 「なぁに、謎は全て解けたわけだよワトソンくん」


 あぁ、そういう……シャーロックホームズね。

 名探偵の和泉シャルロットは堂々と勝利宣言を放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る