第33話 イリス王女誘拐事件

 僕達は王城の引き篭もり生活から解放され街へと駆り出した。

 伏見先生は無難に僕達E班に配属され担当はアヴェランスとなっている。

 女性の割合が7:1であるため山田田中からは怨嗟の視線を送られることになった。


 先日ひっそり外出していた小夜くんは、この観光ツアーには乗り気ではなかったのだが、真と王女の親睦が深まるなら致し方ないと妥協することにした。

 危うくE班を担当しかけた王女であるが、僕の暗躍により真のいるB班配属となり鈴華×王女の不安は解消された。


 今頃真くんと王女様は宜しくやっているのだろうか?

 「これが王都名物のキノコの串焼きです。真様どうぞ……?」「いや自分で食べられ……うぐっ!(串焼きを押し付けられる)」「あっ……私としたことが殿方にはしたないことを……! では私も頂き──」「あっ間接……!」「あわわ……! 私としたことがはしたないですわ……!」的なイチャコラムーブを披露しているだろうか?


 「フフフ……」


 「何で笑ってるの? 気持ち悪……」


 真と王女の恋の進展は僕の掌の上で踊らされているなどと微笑んでいると、僕の悪い笑みを気味悪く思うミカに一瞥される。

 そんなやり取りもあったが今回の案内役を務めるアヴェランスの元に皆は集う。


 「改めまして──皆様方の召喚は国民には公表されておらず、突然市街を尋ねるとなると混乱を招く恐れがあります。ですので皆様方には変装をしてリュミシオン王国への観光人となって頂きます」


 アヴェランスの復唱に皆は首を頷かせる。


 「もし万が一迷子となった場合は探し出すために転々としようとはせず、その場に滞ってください。また不成者に因縁を付けられるなどの騒動に巻き込まれそうになった時も自身で解決しようとはせず私をお呼びください」


 「はーい、分かりましたー」


 「何か興味の惹かれた物や食べたいと思った物などがございましたら遠慮なく申し出てください。また街並みに関して質問がございましたら、そちらも同様です。遠慮なくお尋ねください」


 こうして幾つかの注意事項を復習し観光ツアーが開始された。

 暴漢に襲撃されずとも、こちらにはS級の鈴華とA級の鳳凰院さんと同じく不成者のミカがいるわけだし問題はないだろう。おまけに実は特異出身の戦闘に慣れた飛香と実は千年王国の密偵であるアヴェランスもいるわけだ。

 この完璧な布陣に最弱無能の小夜くんの安全は保証されたと言える。

 となるとE班に王女を割り当てた方が正解だった……? と普通なら感じるだろうが、真との恋を進展させるためにE班を担当させるのは却下。

 まぁ何にしても王女誘拐なんぞ起きるわけもないし今日の恋話会が楽しみだよ真くん……!


 「フフフ……」


 「怖……」


 そうしてまず初めに案内された場所は宮殿の正面にあるベルヴュー大広場。

 ちなみに広場から見える王城は正確には城ではなく宮殿。正式名称はグロワール宮殿というそう。

 リュミシオン王国首都であるベルノワを象徴とする場所であり、独立戦争内戦における建国者の銅像と美しい噴水が見所となっている。

 この広場では特産品を振る舞う市場が開かれたり、建国祭などの祝い事では広場が中心となって催されるそう。

 名所なだけあって人の数は多く平和な雰囲気が漂っており、出店が並んでおり食欲の注がれる匂いも漂わせていた。


 「ここだけで満足しちゃいそう……!」


 「中々良い景観だな……」


 「えぇ、平和そうですね……」


 三人の感想には僕も同意だ。

 正直乗り気ではなかったが実際に出向くと気が変わったと言わざるを得ない。

 元々僕は観光や旅行好きという性分だ。現地の見たことのない景色や空気を味わい、街行く人々の言語を耳にして、その地特有の文化を痛感させられる。食事や文化などを感じるのが趣味なのである。

 京都旅行以来碌に旅行もしていなかったなと過去を偲ぶ。


 僕は思わず屋台の匂いに一人誘き寄せられる。

 美味そうな香りに招かれた僕に屋台のおじさんは声を掛ける。


 「あんた観光かい? だったらウチの名産現地採れたて産地直送のキノコの串焼きいかがかい?」


 「おっ、いいですねぇ。では全員分……8人分頂きましょうか。──アヴェランス」


 「──はい、サヤ様」


 僕は指を鳴らして本日の財布を握るアヴェランスを呼び出す。彼女は僕の召集に即座に応じ、おじさんに銀貨を手渡す。


 「あの嬢ちゃん達……もしかしてお宅、貴族様かい?」


 「ははは、ただの観光客ですよ」


 「まぁ何でもいいか! あいよ8人分! また来てくれな!」


 そうして僕とアヴェランスは串焼きを受け取りつつ皆の元に戻る。

 僕が遠慮なくキノコを購入したことにミカと先生は呆れた表情を浮かべる。


 「比良坂くん貴方は勝手に……」


 「美味しそうだったのでうっかり買わされちゃいました。先生はキノコ大丈夫ですか? 他に苦手ですっていう人はいる?」


 問題なしだったので皆に串焼きを手渡す。

 全員分に行き渡ったことでアヴェランスは僕に訊ねる。


 「サヤ様、一本余っているのですが……」


 「それは君の分だよ。僕の奢りだ、遠慮なく食べるといい」


 「ありがたく頂戴します……」


 「奢ってくれたのはアヴェランスさんじゃないの?」


 突っ立ったまま食事も礼儀が悪いので噴水付近にあるベンチに僕達は腰を下ろし、周囲の景観を堪能しながら串焼きに頬張る。

 やっぱり絶品だなと僕の見る目は間違っていなかったようで、女の子達は美味しいと感想を漏らす。

 ふと僕の隣に座る黄泉が告げる。


 「こうして見ると異世界に来たというか海外旅行に来たみたいだよね」


 「……そうだね」


 修学旅行気分だと僕は愚痴るけれども、変に身構えず固くならずにこのくらいの意識で臨んだ方がやはり精神的には楽であると思う。


 「戦争中とは思えないくらい」


 すっかり忘れかけていたが宰相の暗躍により人類は魔王軍と戦争中なのである。

 リュミシオン王国は魔王軍の領地からは大分離れているので戦火を浴びることはないだろうが、それでも戦時下という意識を感じさせる光景は僅かに見られる。

 ──新兵募集の貼り紙。訓練に励む兵士の姿など、やはり戦争中であるのだと実感させられる。


 更に僕の隣に座る飛香の表情を一瞥すると、彼女はやり場のない沈んだ顔をしていた。

 飛香は宰相のネタバレにより異世界召喚が無駄だったことを把握している。


 ── 些細な日常や……将来の夢なんかが、お前達のくだらない思惑のおかげで無駄になるということがッお前には想定出来なかったのかッ!?


 今の飛香からは想像の出来ない名台詞が繰り出され、彼女は怒りを爆発させて宰相の陰謀に立ち向かった。

 召喚が無駄だった事実を把握するのは飛香と国王、そして僕と尸織と千年王国の皆様方のみ。

 だから、僕達以外は人類を救うという仮初の使命を盲信し戦いに励むことになるわけで、それが飛香にとっては辛く耐え難い真実なのだろう。


 「君一人が責任を感じる必要はないよ飛香。やっぱり優し過ぎるのは君の短所だな。まぁ長所でもあるんだけれど」


 「小夜さん……」


 「ただ、責任を感じるあまり狂人や異常者になろうとはしないでね」


 僕は串焼きを片手に飛香の頭に手を乗せる。

 そうキノコを頬張りながら笑って見せると飛香は表情を和らげて笑顔を見せる。

 そんな僕と飛香の密談に釘を刺す者が現れた。


 「だから」


 「そういうのは」


 「宜しくないな小夜くん?」


 「ごめんなさい」


 僕は三人に謝罪して事なきを得た。

 その後は僕も撫でて〜と吐かす黄泉の我儘に応えようとすると腕をへし折られる腕力で掴まれたことで静止され、串焼きを食べ終えた僕達は観光ツアーを再開することになった。


 「自分が撫でられてないからと小夜さんに強く当たるのは止した方がいいのでは。それだから一向に嫌われるままなんですよ」


 「撫でられたくないし嫌われてもねぇわ多分! 大した幼馴染歴でもないくせに幼馴染を詐称して……調子に乗るなよ?」


 最後尾で喧嘩している二人を引き連れて僕達は露店街へと赴いた。

 大広場の近所には博物館や美術館に劇場といった建築物もあるらしいが、それは時間がないのでまた後日と付近を眺めるだけで終わった。

 アヴェランスの案内の元で誘導されていると鈴華は列を外れてある露店に招かれる。


 「見てくれ! 剣だ、剣があるぞ! 欲しい!」


 「鈴華! はしゃがないでください!」


 精神年齢が男子中学生ともいっていい鈴華は露店で販売される剣を持って大興奮。

 いや一応商品だから勝手に持っちゃ駄目でしょと感じていると、鈴華の保護者である鳳凰院さんが鈴華を諌める。

 と、僕もある品に惹かれて列を勝手に離れる。


 「なるほど、良い果物だ。アヴェランス」


 「──はい。どちらにしますか?」


 「勝手に離れない、触れない、買おうとしないでください比良坂くん!」


 こうして僕と鈴華は保護者である鳳凰院さんと伏見先生に問題児として目を付けられ、勝手に離れない触れない買わないの三原則を義務付けられる。

 喧嘩はするわ問題児はいるわで鳳凰院さんと伏見先生は苦労するだろうなぁ。黄泉は手が掛からず二人から重宝されていた。


 そうして喧嘩は一向に収まらず問題児が問題行動を起こし叱られるという光景が多発したが、一通り街の観光を満喫することが叶った。

 本日の観光ツアーの締めを括る独立戦争の慰霊碑を来訪することになったのだが、それはある騒動により中断する形となった。

 慌ただしい様子のB班が合流すると真は状況を語り出す。


 「実は……! イリス王女が行方不明になった……!」


 あれっ、やっぱり誘拐騒動起きちゃった?

 いやしかし、誘拐ではなく単に迷子の可能性もあるな。

 八雲さんが状況を補足する形で告げる。


 「ふとね、みんなの目を離した隙に消えちゃったんだよ。なんか分からないくらいパッて感じで。今は変装していた兵士さん達がイリス王女の捜索をしている」


 「イリス王女が行方不明なんて知られれば大事になるから一先ずは内密にお願いしたいにゃ」


 僕達の担任である伏見先生と生徒会長である鈴華には共有させておこうと合流しようとしていたらしい。

 であるから騒動を知る者はB班とE班のみ。

 時間的に考えて慰霊碑に向かうだろうと読んだ侍女さんの案内により僕達と合流が達せられたと。


 「一人の兵士さんが報告のために戻ったけれどさ、戻ってから来るまでの時間は結構やべぇんじゃないかと思うんだよね」


 「捜索してるのは護衛にいた少数の連中だけだからなァ。見付けるのにも手間は掛かるはずだァ」


 援軍を呼んで捜索隊を派遣するまで時間が掛かる。現状捜索しているのは少数の兵士のみだから見付けるのに苦労すると。その間に何かが起きれば取り返しの付かないことになると。

 行方不明なのか誘拐事件か判断付かないけれど、これまたまずい事態に陥ったと。

 いやはや本当に誘拐事件(?)が起きてしまうとはね……これまた大変なことになってしまったものだ。


 「であれば今直ぐ我々で捜索を──!」


 「待ちなよ会長。私達の住む地元ならまだしもここは異郷の地。私達は初めて来た上に土地勘は一切ない。その状況でどうやって居場所を探すのさ?」


 「椎奈……! だが……!」


 「闇雲に探し回っても見付かるとは思えないし、何よりも迷子じゃなく誘拐で主犯がいたとすれば私達も巻き込まれる危険がある。私達も危険に晒されるかもしれないんだよ」


 「だが……それでも私は……!」


 「厳しい言い方しちゃってごめんね会長。この件に関して私達は役に立つとは思えない、無力だと私は思うんだ」


 八雲さんに説き伏せられ鈴華は肩を落とす。

 だが、鈴華を肯定するように鳳凰院さんは八雲さんに対立する。


 「でもこのまま黙って見過ごすわけには……! 椎奈さんは他の者に任せて大人しくしてろと言うのですか……!?」


 「それが最善なんだよキリナちゃん。もし万が一イリス王女を見つけたとして、彼女が犯罪者に囚われていたらどうするの? 立ち向かう? キリナちゃんは自分が怪我する……自分だけじゃない、他の人が怪我するかもしれないのにいいの?」


 「……それは!」


 「先生も八雲さんに同意見です。貴方達を危険な目に遭わせると分かっていて、そのようなことに首を突っ込ませたくない……」


 「ですが先生……!」


 やれやれ、意見の対立で内部崩壊するのは見たくないね。

 八雲さんの意見は分かるし鈴華と鳳凰院さんの気持ちも分からんでもないが。


 「私はみんなが大好きだから危険な目に遭って欲しくない。それだけは……分かって欲しいかな」


 本音では二人の意見に理解はしているのだろう。八雲さんはやるせなく告げた。


 全く良い子揃いで呆れちゃうね……。

 皆僕の主人公候補に相応しいじゃないか。

 仕方ない……ここは僕の出番、かな?

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