第31話 恋の話題は尽きない

 「まぁ私が君への突撃に関して賛成か反対かは、さして重要な問題じゃないだろう?」


 和泉さんが僕をエロい目で見ている事実が判明し、これで僕をエロい目で見ている人物は残り8人となった。

 僕をエロい目で見ていない……反対者は誰だ? 確定で見ているのは鈴華だけれど他の候補者は想像も出来ない。

 八雲さんと黒猫さんが僕を……? あ、一人は女性が対象だし、そもそも一匹は人間を恋愛対象として見られるの?

 となると八雲さんと黒猫さんは除外するとして……あと一人は鳳凰院さん……? 意外にも凛ちゃん?

 学内の人気者である藍葉澪さんと有栖川侑衣さんと芦屋茜さんが僕をエロい目で見ているなんて信じたくないよ。おまけに庚硝子かのえしょうこさんと天童穂花てんどうほのかさんという人選もいるわけだし。


 「そういえば小夜くんと紬さんの事後写真が流出しているようだね。いやはや大変だね」


 コイツまた他人事のように言いやがって……。

 ん、待てよ? 和泉さんは噂好き……裏で取引をする……僕の物で利益を得る……これらが証明することは──。


 「あの偽造写真を密告したのはお前か! お前のせいでどれだけ僕が苦労したと思っているんだ……!」


 「なっ……違う違う! 私じゃない! 既にあの写真は一部界隈で出回っていた代物! そもそも密告の件など知らない!」


 この取り乱し具合は和泉さんではないな……。普段涼しい顔で飄々としたコイツが狼狽するのは余程のことだ。

 僕は和泉さんに抓っていた頬から手を離し怒りの矛を収める。

 流出した品をミカが掬い上げた線も浮かんだが、アイツは匿名希望の送り主から送信されていたと言っていたので違う。

 一体何者なんだ……僕を貶めようとする黒幕は……。


 「もう誰も信用出来ない……人間不信になりそう」


 百地さんか夜刀神さんと那岐ちゃんしか信用出来ないよ。

 そう項垂れる僕の肩に手を置く和泉さん。


 「安心するといい……私は君の味方だ……」


 「君が一番信用出来ないんだよね」


 身内の情報を他人に売るわ僕をエロい目で見るわ、こんな奴信用出来るか。


 「送信者の思惑を推察すると、やはり小夜くんか三日月さんへの嫌がらせが濃厚かな。それか少し前に流行ったチェーンメールの類の愉快犯も挙げられる。この写真を10人に送信しろ、でないと末代まで呪われる的なね」


 僕の写真を呪物扱いしないで欲しい。


 「ただ、私達の間で流行った形跡はないし、君の写真では呪物扱いにはならないと思うけれどね。となると、やはり君達への悪意が絞られるわけになる」


 単に僕達への嫌がらせか……。

 まぁ犯人を特定して折檻する気など更々ないけれども。

 尸織の言う通りどうでもいいことであり、もう僕の中では終わった話なのだ。今更この話題が再燃することもないだろう。


 「ちなみに和泉さんに聞きたいんすけど」


 「何かな?」


 「君は偽造写真を見た、あるいは保存とかしてないだろうな?」


 「…………」


 僕の問い詰めに視線を逸らす和泉さん。

 やっぱりコイツ、写真を見ているし保存もしてるわ!


 「わ、私は保存などしてないよ。ただ、輝梨那さんと澪さんと侑衣さんは保存していた記憶があるな……?」


 容赦なく身内を売る和泉さん。

 証言が確実か分からないが、藍葉さんと鳳凰院さんと有栖川さんという、そうしたことをしなそうな人物が僕の写真を保存している疑惑が挙げられた。

 衝撃……! 特に鳳凰院さんが僕の写真を持っているなんて。印象変わりそう……。

 まぁ人間裏の顔はあるし仕方ないと自分を丸め込む。


 「まぁ異世界召喚までされてまで犯人探しする気はないし、別に和泉さん達が僕をエロい目で見てようが気にしない。思春期だから仕方がないよね……」


 「だから私は違うと……! 本当に失礼な人間だな君は……!」


 そうして話題に区切りが付くと、僕達の元に先日同様に轟くんと八雲さんの見慣れた顔が出る。


 「どうも、おはようさんお二人さん」


 「いやぁ相変わらず早いねぇ……私はまだ眠眠だよぉ」


 八雲さんは和泉さんの隣の席に座り、轟くんは僕の隣に付く。

 そんな僕と和泉さんの組み合わせに八雲さんは突っ込む。


 「おんやぁ? 黄泉ちゃんの次はシャルちゃん? また取っ替え引っ替えだねぇ?」


 「ち、違いますよ。偶々一緒になっただけっすよ。ところで八雲さんの相棒の黒猫さんは?」


 「にゃー子黒猫さんは眠眠だよぉ」


 話題を打ち切らせるため方向転換させる。

 八雲さんの親友である黒猫さんは、凛ちゃん同様に朝が弱いらしく「まだ眠いんで先に行ってて……にゃ」と断りを入れられたそう。

 

 「ところで小夜くんの相棒の黄泉ちゃんは?」


 「黄泉? あの子なら熟睡してるはずだよ。気持ち良さそうに寝ていたから起こすのは止めた」


 「「「…………」」」


 そう僕が返答すると御三方は何も発さず沈黙した。

 あれっ、僕何か失言しちゃいました……?


 「やはり君は黒だったようだね。小夜くん」


 「黒……? 何を言っているんだお前は……アッ!」


 うっかり癖の多い小夜くんは、またしても失言を連発したことに気が付く。

 「あの子なら熟睡している」これは熟睡しているだろうという仮定の話であるので許容範囲。

 「気持ち良さそうに寝ていた」これは部屋が別のはずの小夜くんが何故に黄泉の寝姿を把握していたんだという話になり有罪となる。

 だが待て。これは僕は同室ではなく別室にいる黄泉を起こしに行ったという体にすれば乗り越えられる。

 ヘマ後の対応が完璧な僕は、この劣勢な状況を打開するのなんて造作もない。


 「誤解が生じているようだから訂正しておくけれど、僕は別室にいる黄泉を迎えに行っただけの話……。君達は何を慌てているんだい?」


 「あれっ、おかしいねぇ? 黄泉ちゃんと飛香ちゃんは留守なんじゃなかったっけ?」


 「確かに僕の部屋を占拠したのは事実。だけれども異性と同室はイカンだろということで僕はアヴェランスさんにお願いして別室に移動していたのさ」


 余裕過ぎて楽勝だね。

 先日ラナイアに嵌められまくった僕をまたしても何度も嵌められると思うなよ。

 和泉と八雲では僕の相手にならないということ……僕を嵌めようとしたいならラナイア相応の実力を身に付けることだな。


 「だから残念ながら二人の望むような展開は一切ないよ。ははは──!」


 「おはよう小夜。昨日は楽しかったね」


 「おはようございます小夜さん。小夜さんのおかげで昨晩は気持ちの良い夜を過ごすことが出来ました」


 勝手に勝利宣言し高笑いする僕に魔の手が忍び寄る。

 悪気なく僕を黒だと断定させる証人が登場したことにより、和泉さんと八雲さんは不敵に微笑んだ。


 「楽しかった……気持ちの良い……。あちゃー、遂にやっちゃったのかな?」


 「語弊がある! もう白状するけれど確かに二人は僕の部屋で共にした! だけれども恋話という名の『星の王子さま』朗読劇をやっただけでそれ以上は何もない!」


 「結局二人が小夜くんの部屋に居たということは黒になるね」


 「あぁ黒だよ! もう好きにしろ!」


 「へェ、小夜くん月読さんとコイツ飛香と一緒の部屋に居たんだ?」


 「そうだよ! それの何が悪──」


 ふと背後を振り返ると満面の笑みを放つ橘三日月様がおられた。

 その背後には鈴華と真、そして眠そうな凛ちゃんと彼女の頭に乗る黒猫さん、僕をエロい目で見ている疑惑のある鳳凰院さんがいた。

 はァ〜……また詰みかな?


 気の利くモテ男の轟くんは黄泉と飛香に気を遣って席を離れると空いた僕の両脇に二人の幼馴染が居座る。

 先日の面子は黄泉と生徒会三人衆+凛ちゃんと建前カップルのみであったが、本日はそれに加えて飛香と黒猫さんと鳳凰院さんと和泉という、かなりの大所帯となっていた。

 日に日に人が追加される仕組みなのかな?

 そのうち3組全員を制覇する勢いである。


 「私が貴女の許可を得る必要なんてないじゃないですか。何度も振られてるくせに彼女面して小夜さんのお節介なんておこがましいとは思わないんですか?」


 「振られてねぇわ! そもそも告白自体してないんだから勝ち負けなんてないっつーの!」


 「キリナ、昨晩は眠れたか?」


 「えぇ、鈴華から頂いた品のお陰でぐっすりです。またやりましょうね」


 「真もな、昨日は参加すれば良かったのにな」


 「あぁ、誘いは嬉しかったが大分疲れていてな……悪かった」


 「相変わらず委員長も朝が弱いみたいだにゃ。にゃーの同士にゃ」


 「早起きするように心掛けてはいるのですが……瞼が重みで一体化しそうです」


 「うへぇー、私野菜嫌いだなぁ。シャルちゃん食べてぇ」


 「私も野菜は苦手だ。こ、こら! 勝手に移すな!」


 「なんか石抱する夢みたんだよね。僕何か悪いことしたかな……?」


 「…………」


 人数が多くて誰が何を言っているのか分からない……!

 基本は生徒会三人衆で行動することが多かったのに今では人数も増えたなぁと感動する。


 「ねぇねぇ小夜。僕の話聞いてる?」


 「聞いてる聞いてる。で、何だっけ?」


 「やっぱり聞いてない……! もう小夜には教えない」


 「ごめんって。何の話してたか教えて?」


 相変わらず黄泉は可愛いなぁ。

 そっぽ向いてご機嫌斜めになられた黄泉を必死に宥めていると、 


 「だから…………二人だけの空間を……出すな!」


 ミカにより僕と黄泉の平和な日常は破壊された。

 そっちも飛香と寄せ付けない勢いで仲睦まじくやっているのに何故に僕達は駄目なのか。全く持って理解に苦しむね。

 異議を唱えようとするとミカの言葉に賛同する者が出現する。


 「そういうのは宜しくないな小夜くん」


 「えぇ、宜しくないですね小夜くん」


 鈴華と鳳凰院さんより非難の声が上げられた。僕に宣戦布告した鈴華なら分かるが、鳳凰院さんが同調するのは本当に理解に苦しむ。

 一体僕が鳳凰院さんに何をしたっていうんだ。

 その後もミカを筆頭に鈴華と鳳凰院さんに行動を戒めろと謎の忠告を受ける羽目となり、理不尽な展開に複雑な心境になった僕は、昨日僕抜きで宜しくやっていたことに対する不満を口に出す。


 「僕だけが……! 僕だけが何故か……! 恋話会に招待されなかった……! 皆酷いよ……!」


 「「「…………」」」


 僕の吐露にこれまで叱責していた方々は口が詰まる。

 

 「和泉が教えてくれた……! お前はハブられているって……! お前抜きで青春を謳歌しているって……!」


 「なっ……! 違う違う違う! 私はそんなことは言っていない!」


 僕は情報提供者の名前を容赦なく告げると、提供は全身全霊で否定する。

 意気消沈する僕の両肩を二人の幼馴染は優しく触れる。


 「みんな酷いね。じゃあ今日も僕達三人仲良く恋話しようね……」


 「皆さん本当に酷いですね。今日は何の物語を聞かせてくれるんですか?」


 あ、いや別に本当に恋話したいわけじゃ……。

 男子側の唯一の参加者である轟くんは、何か言いたげな具合の悪そうな表情をしている。意を決した彼は事の真相を語り始めた。


 「実はな、勿論小夜を誘う気ではいたんだけどさ、黄泉と飛香が三人で恋話するっつうんで誘えなかったんだよな」


 轟くん優しい……神か……?

 誘う気ではいてくれたんだ……それだけで僕の心は救われる……。

 ただ二人の幼馴染が僕に伝わる前にお断りされたと……。


 「お前達二人の仕業か!!! せめて本人には話を通せ! お前達が参加の可否を決めるなよ!!!」


 「だって……僕は小夜と一緒に過ごしたかったんだもん」


 「余計な行動をして申し訳ありません……」


 うわぁ可愛い。一緒に過ごしたかったなら仕方ないか……。

 僕の悶々は解決したし一件落着だな! そう安堵していると和泉はある提案を告げる。


 「では、小夜くんを含めた今いる皆で今夜恋話会を決行するのはどうだろう?」


 いや別に恋話自体はしなくても……。

 僕は仲間外れにされた事実に悶々としていただけだし。


 「おっ、いいねぇ! やろうぜ、楽しそうじゃん?」


 「面白そうだから参加するよぉ」


 「男女混合にゃんてなんて面白そうにゃ」


 思いの外、轟くんと八雲さんと黒猫さんは乗り気である。

 正気か? 異世界召喚されてまで2回目の恋話会を開催するのか?


 「恋の話題は尽きませんからね。是非私も参加しましょう」


 「えぇ、私も宜しければ是非参加させてください」


 凛ちゃんと鳳凰院さんは勿論参加。

 そういう話好きそうだものね君達。


 「私は絶対に……ミカも無論参加するだろうが真くんはどうする?」


 「折角の誘いを2回も断るのも悪いし俺も参加するよ」


 「昨日もしたけど男女混合とか新鮮で楽しみ!」


 先日お断りした真も参加となり、生徒会三人衆は全員出席する運びとなった。

 開催時間は夜となるそうで僕からすれば暗躍の時間なので丁重にお断りしようとしたのだが──。


 「ちなみに小夜くんは勿論強制参加だ」


 「分かりました……」


 独占欲の強い生徒会長の権限により強制参加が義務付けられた。

 大体流れは想像付くけれど、お約束として確認しておくか。


 「黄泉と飛香も参加だよね」


 「うん。小夜がいるなら」


 「はい。小夜さんがいるなら」


 「だそうです」


 一部の者がこの場面に顔を顰める光景もあったが、この場にいる全員で今夜第二回恋話が開催されることになった。

 まぁいいかと妥協していると僕達の前にある者が現れる。


 「あ、あの! 勇者様方! 私もその恋話会に、参加させてもらうことは出来ますでしょうか!?」


 それは何とイリス王女。

 王女の乱入に場は騒然とした。

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