第29話 ハメられた!

 見事千年王国の策略に嵌った僕は、素顔と名前を晒す醜態を犯した。


 「君達は僕の正体が比良坂小夜だったと言い触らす気か」


 「貴方には恩がある。決して、そんなことはしないと誓うわ」


 恩があるなら僕を嵌めないでくれないかな……。

 国王ならまだしも千年王国に恩を売った覚えはないが……まぁラナイアの謎の義理に感謝しておこう。


 「同盟者である貴方の顔を知っておかないと色々と不都合があるでしょ? 仕方がなかったの。それに事前に謝っていたじゃない」


 事前に謝れば済む話じゃないんだよね。

 まぁ一理あるなと渋々納得する。

 陰で暗躍する038番の正体を把握しておかないと、ラナイアの言う通り不都合が生じる。

 本日は大企業の資金を回収しに行きますと千年王国が予定を立てて038番に報告しようとしても、当の038番が誰なのか分からず連絡することが出来ない。

 だが038番の正体である小夜くんと顔を合わせておけば、今日は大企業ですと報連相をすることが叶う。

 そうなれば千年王国は大企業なんだなと。なら僕は中小企業の資金回収に行くかと鉢合わせする危険もなくなる。

 でも待合場所での口合わせや矢文やら伝書鳩的なもので何とかならなかったのかな……。

 

 「つまり仲立ち人がフラン・アヴェランスというわけだね」


 「仰る通りですサヤ様」


 だからアヴェランスを居座らさせてたんだなと理解する。

 身近に千年王国の密偵がいれば活動しやすくなる。

 他言無用にしてくれるとの言質も頂けたわけだし、なら仕方ないなと妥協することにした。


 「では私の仕事も済みましたので退席しますが……宜しいですかアイン様?」


 「えぇ。長居させてごめんなさいね」


 「いえ構わず。それと……サヤ様には申し上げたいことがありました。……彼女を救って頂きありがとうございます。今は治療を施して寝ていますが機会があれば彼女と会って頂けませんか」


 僕は単に監禁場所から解放したくらいだから大したことはしてないけれど。

 謙遜するのも野暮なので「機会があれば是非」と返す。

 アヴェランスは僕の返答に軽く微笑んで一礼すると帰っていく。

 僕も粗方の用事は済んだので帰宅しようとするが、ラナイアに呼び止められる。


 「もう少しだけ話さない?」


 「帰りたいんだけど。別の日でよくない?」


 「──お願い」


 手を握りからの上目遣いという怒涛の攻撃が放たれる。

 こんな巧妙な技能をどこで会得したんだコイツ……!

 だが、可愛いなと思っても僕に色仕掛けは通用しないぞ。


 「明日早いんで、ちょっと……」


 「少しだけなの。だからいいでしょ?」


 「早く帰らないと彼女に浮気したのかとか問い詰められそうなんで……」


 「……彼女?」


 「あ、いや嘘です。考えてみたら恋人なんていませんし時間も大丈夫でした」


 盟主としての圧倒的な風格を漂わせるラナイアに臆した僕は、すぐさま彼女の対面へと位置を戻す。

 本音を言うと彼女と話したいことは山ほどある。僕が爆死した後の千年王国はどうなったのか。何故に内戦が勃発したのか。他の人達は元気でやっているのか。ノアちゃんはどうなったのかなどと。


 千年王国は僕と原初の7人により結成された。

 1人目アインは現在の盟主である妖精族エルフのラナイア。

 2人目ツヴァイは天真爛漫だが腹黒い一面を持つ天翼族エンジェルのベアトリクス・エヴァンジェリナ。

 3人目ドライは僕と同じく戦闘狂で殺しに愉悦を覚える異常者の人狼族ワーウルフのイェルヴァ。

 4人目フィアは僕を心酔する余り行動が過激になる吸血族ヴァンパイアのセラフィ・ミカエリス。

 5人目フュンフは穏健派とも言え包容力のある蜘蛛族アラクネのナブリス。

 6人目ゼクスは発明家としての才能は抜きん出ているが倫理観のない死霊族アンデッドのレオナ・リシュタル・エシュタルム。

 7人目ズィーベンはよく情緒不安定になる僕の妹ことノア・アタナシア。


 というように千年王国では本名はあるが偽名を名乗っており、その偽名は僕がドイツ語の数字を拝借して与えていた。

 ただこれには無教養な僕が20ツヴァンツィヒからの読み方を知らず、21になると読み方が独特になるんだっけ……などと曖昧であったことから、以降20以降の者は形骸化されてアヴェランスのような普通の偽名になった。

 立ち上げの7人は七聖聖徒と呼ばれ、僕の限界まで与えられた数字の者は数字持ちナンバーズと呼ばれ、他の者とは格が違う存在となっていた。

 ともあれ他の者達にしても、これまた元気にやっているのかなと親心のようなものが湧く。

 

 記憶喪失の設定上、直接彼女に問うことは不可能だ。だから遠回しに聞いていく術しかない。だが余りにも追及して化けの皮が剥がれても困る。

 千年王国やらの話題は慎重に……吟味して行っていく必要があるのだ。油断しまくって失態連発の今は特に。


 「貴方には色々と聞きたいことがあるの。今夜じゃ済まないくらいに」


 まぁそれには同意だけれど長居するわけにもいかない。

 紅茶を注ぎ始めたラナイアに「お構いなく」と丁寧にお断りを入れるが容赦なく差し出される。

 ようやく警戒心を取り戻した僕は睡眠薬でも混ぜられていないよなと疑心暗鬼に駆られるが、そもそもラナイアなら睡眠させずとも僕を鎮圧させられるなと口に含む。


 「自慢じゃないけれど中々絶品なのよ」


 「ありがたく頂戴します。ほう、中々美味──ゴホッゴホッ! ハァ……ウッ! ゲホッゲヒョン!」


 別に毒薬が含まれていたとか味が悪かったから咳き込んだわけではなく単純に咽せた僕は咳き込む。

 嫌な予感がしたので咳き込んだ際に翳した掌を見ると──僕の十八番である吐血が確認されていた。

 またもや内臓を負傷したため咳をした際に吐血を伴ってしまったようである。


 「貴方、その血は……!」


 「心配……ハァ、無用さ。別に、病弱とか……病気なンじゃなくッ……! 単純にッ……ゴホッゴホッ、戦闘時の傷が……出ただけさ……。フゥー……それに直ぐ治るから問題はない……!」


 もうラナイアには色々を掌握されているため変に取り繕う必要もないので全てを白状することにした。

 ラナイアは咽せて疲弊する僕の口元や手をタオルで拭く。

 

 「それに元を辿れば僕の責任だ」


 先日の宰相との一戦では一通りの技を受け、僕はその弊害として内臓を犠牲にさせた。

 僕は戦闘時に強者相手には舐めプというか全ての技を出し尽くさせるという困った癖がある。

 敵の攻撃を全て喰らい実力を図る。そうしたことに生の実感を味わう。僕の困った性癖である。


 「これは……僕の弱さが招いた結果だ」


 この困った性癖に耐える屈強な心があれば──僕は吐血キャラとして確立することはなかった。

 であるので僕が攻撃を受けなければ吐血なんてものはせず、余計な病弱設定が追加されることはなかったのである。

 この性癖のせいで勘違いさせることになった生徒会三人衆には申し訳なく思う。


 「貴方は弱くなんてないわ決して」


 いや後先考えず利益を優先する意思は、これはもう確定で弱いでしょ。

 決してと断言する辺り僕は弱くないらしいのだが、ラナイアは僕のどこを見て弱くないと感じたのだろう。

 参考にまで教えてくれないかな。

 ただまぁ肯定してくれたのは嬉しいなと僕は彼女に礼を述べる。


 「ありがとうラナイア」


 喉が落ち着いたので紅茶を啜る。

 美味だなぁと堪能する僕の様をラナイアは眺める。


 「レイにはね、困った癖があったの」


 僕の性癖の話だね。

 黒幕時代にもこの性癖は発動されていたため、真面目にやってくださいと心配性の者からは度々注意されていた。


 「彼は気が抜けると──二人きりになると洗礼名で呼ばなくなるの」


 あれ違う……?

 何の話…………?


 「無自覚に本名を呼ぶ。本当に困った癖……」


 そ、そっち?

 確かに困った癖だよ。うっかり作戦中に本名を呼ぶだなんて、敵対勢力に名を知られれば厄介なことになるというのに。油断したら偶に「ラナ……いやアイン」となっていたことがある。


 「──私が貴方にラナイアと名乗ったことがあった?」


 「…………」


 …………?


 …………。


 ──私はアイン。私達は魔女を庇護し教団を壊滅させることを使命としている千年王国の指導者よ。


 アッ!


 た、確かにラナイアは僕と対峙してから一度たりともラナイアを名乗っていない──!!!

 アインさんの本名を何で知ってんだっていう話になるじゃないか……!!!

 油断せずに慎重に化けの皮を剥がれないよう注意しよ、となった矢先にこれだよ……!!!


 ──だが僕を舐めるなよ。

 僕は数々の茶番劇を乗り越えるため即興で設定を編み出した天才脚本家だ。ヘマ後の対応には自信がある。

 蒔いた火種は自分が摘む。僕の演技力を持ってすれば劣勢を覆すことなど造作もない。

 そうなれば断片的に思い出している的な演出をすればいいだけの話だ。


 「確信したわ。実感はないでしょうけれど貴方はレイの転生者。私をその名で呼ぶ者は彼以外いない」


 「僕が……君達の指導者であったレイだって!? そんなはずはない……! 僕は比良坂小夜だ!」


 「今の貴方はサヤ。だけれど以前はレイだった。言わば転生者よ」


 「僕が……レイの生まれ変わり……!?」


 実感なく驚愕した表情を披露しているけれど僕はレイなんすよね。

 当然知っている、知っているけれども……僕がレイであると他の6人を含む過激派集団に存在を把握されれば、僕は恨みにより拷問の上で処刑される。

 だから何度も言うようだけれど僕はレイの記憶を失った小夜くんを演じなければならないのだ。


 「戦闘時に相手を見極める癖も気が抜けると洗礼名で呼ばなくなる癖も不用心な性格も。それに貴方は私の本当の名前を知っている」


 「……」


 「何より貴方は魔女である彼女を助けた」


 「……?」


 「それはレイの意思と一致している」


 ちょっと後半は不明だけれども僕の癖で確信に至らせたようだ。

 彼女って思い当たるのは奴隷の子しか浮かばないけれど、もしかして彼女は魔女だったのかな。まぁ何でもいいや。

 

 「まぁ突然こんなことを言われても困惑するだけなのは分かるわ」


 記憶喪失じゃないから困惑も何もないけれど、そんなことを吐かせば拷問&処刑なので口を噤む。

 ラナイアは僕がレイの転生者という確証を得て、尚且つレイの記憶を失っているという現状を知った。

 自らに仕事や責任を押し付けて蒸発した上司は、数年振りに再会すると自分を別人だと吐かす記憶喪失になっていた。

 不満を発散しようにも相手は言わば別人。部外者に怒りの矛先を向けるわけにはいかない。けれども行き場のない怒りに苛まれるとは思う。

 かつての元上司へ腑の落ちない感情はあるだろうが、八面六臂の活躍をする上司の姿を見て、やがてその不満も和らいでくるはず。

 そうして復讐は止めとくか……となるわけである。


 そこからが──レイの出番だ。

 熱りが冷めたら「僕は……レイ・アタナシアだった……!?」などと都合良く記憶を取り戻せばいい。

 そうなれば「記憶復活おめでとう!」とハッピーエンドで幕を閉じる。

 今後も起こりうる僕の失敗から「あいつ、レイじゃね?」と勘繰られるだろうが、まぁそこは僕の即興力で打開すればいいだけのこと。

 

 「貴方には色々問い詰めたいことはあるけれど……今のサヤである貴方には控えておく」


 「と、問い詰め……?」


 「それに…………いえ、止めておくわ」


 エッ、君は僕に何をする気なの?

 やはり僕の四肢切断&皮剥の刑&水責め&火炙りにしたいとか……?

 僕は紅茶で心を落ち着かせようとするも机の下の足が生まれたての小鹿のように震える。

 ラナイアの気が変わらないうちに撤収すべきだと僕の胸中が騒めくので「お風呂ありがとうございます。紅茶美味しかったです」と誠心誠意の感謝を告げ席を立つ。

 覚束ない足取りで玄関に向かい扉の取っ手を握る僕にラナイアは一言掛ける。


 「今日は貴方に逢えて嬉しかった」


 「僕もだよ(社交辞令)」


 「また貴方に逢いに行くわ。お休みなさい」


 「ふぁいはい……」


 あ、あんまり会いたくはないな……と本心では思いつつ僕は部屋を後にする。

 扉を閉める際、去り際の彼女の表情は憂いの籠った空笑いを僕に見せていた。


 こうして僕は千年王国の盟主であるラナイアの策略により、顔と名前を把握させられ比良坂小夜=レイ・アタナシアを証明させられた。

 結局は僕が油断していたことによる不始末だったんだけれど……。

 まぁ盟主からの安全の保障という名の同盟は結べたしヨシとしておくか……。


 道中の帰宅時、一人孤独に歩み空を見上げると鮮やかに輝く色とりどりの星々や壮麗な満月が視界に映る。

 記憶喪失の設定抜きにして本心では君には伝えたいことがあった。

 けれども今の僕が言うわけにはいかない。内に秘める感情を僕は吐露するわけにはいかない。

 そう内心は理解していても僕はその言葉を呟く。

 その言葉は風に掻き消され誰にも聞こえることはなかった。

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