第27話 満月の戦乙女

 檻の中に囚われた少女はか細い声で囁いた。

 とりあえず牢屋の柵を曲げて侵入し、手と足を繋ぎ止める鎖を引き千切る。

 それが君の御所望ならと首に手を掛けようとすると、彼女の首輪は自然に床に落ちて音を響かせる。

 化けて出て来られても困るので確認のために再度訊ねる。


 「それが君の望みかな」


 「……」


 返事はなく屍のように見えた。

 経緯は知らないけれども奴隷として扱き使われ人生に絶望しているのだろう。自分の手で下すことも叶わず第三者である僕に救済を求めた的な流れか。

 僕は慈悲深い者なので他者が望むのであれば手を掛けることも厭わない。

 だから楽に送ってやろうと首を落とす寸前、思わず僕の手は動きを止めた。


 『殺して……』


 以前にも同様の展開があったなと記憶が過ぎる。

 千年王国立ち上げ前に奴隷を運ぶ馬車を襲撃した僕は、そこで今のような表情をしていたラナイアと出会った。

 その時の僕は仲間募集中であったので彼女の要求を即座に却下し強引に僕の仲間にさせた。

 僕の側近として大活躍してくれた彼女は、今では抜けた穴を埋めるように千年王国の盟主として名を馳せている。

 だから絶望の境地であっても成り上がることは可能である。僕には分からないけれど生きていれば君の秘めた可能性を輝かせる舞台に出会えることだろう。


 「殺すのは止めだ」


 「……」


 「何故と言いたそうな顔をしているね」


 「……」


 「言っただろう? 僕は悪い道化師なのさ」


 僕は彼女を抱き抱えると牢屋を後にする。

 捨て犬ならぬ奴隷少女を拾ってしまった。

 王城に戻れば二人の幼馴染と乱入者により僕が少女を連れ込んだことは直ぐに判明するだろう。どこで拾ったのかと尋問も受けるに違いない。

 それはまぁ、適当に場内を散歩していたら彼女が倒れていたと嘘を強引に押し通せばいいか。


 いや……それよりも今の僕は先日大活躍したレイなのだから、国王に彼女の面倒を押し付ければいいのでは?

 ある程度無茶を言っても救国の英雄である僕の要求は通ると予想される。

 結局拾った捨て犬を親に世話をさせる子どものような感じだが、このまま見捨てて野垂れ死ぬのは後味が悪い。


 金貨を頂戴する予定が成果は奴隷少女と贋作絵画と僅かな金貨のみ。

 このまま別拠点に駆り出したいのが本音だが、衰弱気味の少女が亡くなる危険もあるので避けるべきだろう。

 となれば王城に帰宅して国王を叩き起し、彼女の世話を頼むべきだなと今後の方針を立てる。

 それが済んだら別拠点の差し押さえに赴く流れだ。


 豪邸のくせに碌な物がありゃしない散々な結果だったが、娼館や賭博場なら儲け分はあるはずと心が躍る。

 あ、そういえば少年兵達の身柄はどうしようと僕は彼等に目を遣る。

 まぁ彼等は隷属の首輪が外れて自由の身となったので、奴隷解放人生を歩むことが出来るだろう。

 太っ腹な僕は金庫にあった金貨を彼等の懐に入れる。

 この後に大儲けする僕にとっては端金なのだ。彼等への餞別と押し付ける。


 粗方の作業を終えた僕は撤収しようとするが、僕の感知に引っ掛かる者がいたので思わず足を止める。

 血の王冠の援軍だろうと僕は睨み、今度は全員始末せずに拘束しようと待機することにする。

 半殺しにして捕縛したら城に帰宅。少女を国王に押し付けたら再度出立だなと予定を改める。

 

 僕は少女と贋作絵画を一旦下ろして屋敷の中央に寡黙に佇む。


 「鼠が紛れ込んだか──」


 客人を持て成すように告げ僕は来訪者の姿を拝む。

 するとそこには粗暴な男性の姿はなく、何か見たことがある黒装束の三人組がいた。

 僕は二度見する。

 その姿は先日お世話になった千年王国の恰好に瓜二つであり、ようやく僕は彼等が犯罪組織の面々ではなく千年王国の者であると把握した。


 開始日は明日じゃなかったの? などと千年王国と日程が重なったことを理解する。そして奴等が馳せ参じた今、他の拠点は既に手遅れであることも理解した。

 きっと千年王国は大勢の人員を派遣して他の拠点の拝借に勤しんでいる。

 すなわち僕の計画が頓挫したことも彼女達の来訪により知らされたことになった。


 終わった……! またもや失敗した……!

 一対大多数とか卑怯だろ……! 数の暴力に勝てるわけないだろ……!


 「ひゃいいい……! すっごい悲惨なことになっているじゃないですかぁ……!」


 「これは一体どういうことなんですかね……?」


 「…………!」


 打ち塞がれる僕は言葉も出せず呆然と立ち尽くす。

 気力の失った僕は奴隷の子を千年王国に押し付けることにし、贋作絵画を抱えて撤収しようとする。


 「待ちなさい──」


 鞭の持った黒装束の人は僕を呼び止める。


 「彼女を救ったのは、やはり貴方ですか?」


 彼女……あぁ奴隷の子のことね。

 まぁ救ったというか拾ったが正解なんだろうけれど。

 これ以上用はなく早急に帰宅したい僕は「あぁ」とだけ返事をする。


 「ならば貴方を見過ごすわけにはいきません」


 鞭の人は鞭を打ち付け僕を威嚇する。

 ま、まずい……! やはり千年王国の奴等は僕を拘束して拉致して拷問に掛ける気なのだと確信した。

 僕の資金を奪った挙句に僕の人権すら奪うつもりなのだコイツらは。

 全く、人の心とかないんですかね?


 捕縛されれば一巻の終わりで、またしても3組と敵対することなく味方のまま生涯を終えることになる。そんなのは絶対に御免だ。

 脚力を一気に活性化させ床を蹴った僕は、三人組に悟られることなく瞬時に背後に回り込む。


 「さらばだ諸君」

 

 「彼を決して見失うな! ベラドールは私に付いてきなさい! シュメラは彼女の治癒!」


 「わ、分かりました!」


 「ひゃいぃ!」


 生死を掛けた鬼ごっこが開始された。

 街の屋根を踏み切る僕を鞭の人とベラドールは追跡する。

 人混みに紛れて姿を隠そうと街に飛び降りると、未だ酒場や食堂は繁盛しており通行人で溢れかえっている。

 音もなく着地した僕を誰も気に留めることはなく、そのまま僕は行き交う人混みを通り抜ける。


 僕は耐久性と再生力にも自信はあるが、逃げ足の速さ、敵わないと睨んだ相手から即座に撤退する判断力、伊達に黒幕を目指しているわけじゃない潜伏力にも自信はある。

 全盛期から大幅に弱体化した僕は魔法が制限され使用出来ないため、己の肉体と経験に頼るしかない。

 だからラナイアや他の6人を連れ出された日には敗北必須。いや、恐らく鞭の人に敗北……苦戦する可能性すらある。

 あの鞭の人が僕の追跡を諦めてラナイアに交代されれば、あっという間に僕の人生は終わる。

 ただ、拠点の泥棒行為にラナイアが直々に駆り出すとは思えないので、アイツの登場には心配していないが。


 そうこう逃避行を続け、撒いたなと踏んだ僕は城の裏手にある森へと潜んでいた。

 甘ちゃんが……元盟主を舐めるなよと内心思いつつ、余裕綽々と城壁を飛び越えようとすると──。


 「待ちくたびれたわ。道化師さん──?」


 満月を背景に佇む黄金の少女。それは正しく千年王国の現盟主にして元僕の副官であるラナイアその者であった。

 待ちくたびれたって……僕が城内に帰宅するまで周辺でずっと待機していたのかコイツは?

 他の人員に作業を押し付けてサボっていたとは……盟主失格ではなかろうか?

 ──いや僕が言えることじゃないし、んなことはどうでもいい。


 流石にラナイア相手には僕の持つ全ての力は通用しない。

 すなわち僕は詰んだことが確定した。

 あーあ……黒幕になると決意してから2日でこの様とは、何という体たらくか。

 こりゃ職業通りの愚者ですね(失笑)と僕は自分自身を嘲笑する。

 土下座して見逃してもらおうか、赤ん坊のように泣き喚いて呆れさせて怒りを鎮めるか、そんな風な黒幕に相応しくない醜態な対応策が浮かぶ。


 あ、いやまだ策はある──。

 記憶にございません作戦があるじゃないか。

 そもそも僕は絶命しても尚も意思が継承された異端者ではあるが、黒幕時代のレイではなく天社の奴隷である小夜なのである。

 輪廻転生すれば多分記憶が抹消されるのが常。それを活用して僕はレイの記憶を無くしたことにする。

 でも初っ端レイと名乗っているじゃんという話になるのだが、全ての記憶を思い出しているわけではなく、何かこう……元副官のラナイアと邂逅することにより断片的な記憶を取り戻した的な設定にしておこう。


 天社によって記憶消去されたという設定も面白いかもしれない。

 現に黄泉と飛香の件は天社の介入説が挙げられるわけだし。

 まぁ、その辺の設定は後々ネタバレするとして……僕は記憶喪失を貫くのが最善だなと判断。


 「君に出逢った時、レイという名前が浮かんだ。だけど──僕はレイじゃない」


 「…………」


 「僕の中に知らない自分がもう一人いるような気がした。……分からない、君は何者で僕は誰なんだ?」


 ヨシ、記憶喪失設定をラナイアに植え付けることが出来たな。

 このようなことを吐かしているが僕は残念ながら記憶喪失ではありません。

 ラナイアは千年王国の中でも理性的な方なので僕の現状を理解すれば記憶喪失なら仕方ないね……拷問は勘弁したる、となるはず。


 「貴方は召喚者の一人?」


 ラナイアの問いに僕はしばらく口を噤むと頷いて肯定する。

 宰相戦で僕の格好が制服だったことから千年王国には召喚者の一人がレイだと絞られている。

 ここは嘘や否定をしてラナイアの機嫌を損ねるのは避けるべきだと、僕は素直に肯定して見せた。


 「今回の件で17人の同胞が亡くなった。全て私の不甲斐なさと実力不足が招いた結果。……指導者失格ね」


 今回の件がどの件を指すのか僕は分からないけれど、多分僕等が召喚する以前に千年王国は暗躍していた。そして、その過程で生まれた犠牲者に哀悼しているのだろう。

 宰相や血の王冠如きに千年王国が苦戦するとは思えないので、彼等とは無関係な圧倒的実力者により苦戦したのかな。

 一体何者なのだろう。まだ見ぬ強者に僕の心は燻る。


 「同胞に害を与えた彼等には制裁を与えてあげた。貴方のように」


 「…………?」


 僕が千年王国に害した連中に制裁……?

 レイくんは盗人稼業に励んでいただけだが。

 ごめん、知らないし身に覚えがない。

 それ別人じゃないの?

 

 「確証はないけれど、きっと無意識のうちに彼の魂が行動を起こさせたのだと思う」


 僕は己の私利私欲のためにしか行動してないんすよね……。

 結局僕の成果は贋作絵画のみだし……本当ふざけるなよコイツら。

 

 「貴方は自分が何者であるのか知りたいと思わない?」


 「…………」


 「その答えは、私達千年王国の元にくれば解き明かせるはず」


 「…………」


 「私は貴方を歓迎する。だから私と一緒に行きましょう道化師さん」


 ラナイアの提案から彼女は僕に対して怒りを覚えていないことが察せられる。

 だが、僕は無謀にもその提案に乗るわけにはいかない。

 何故ならラナイアは良くても他の者が僕に怒りを覚えているかもしれない。

 というか表面上は憤りが無さそうに見えても内面は僕を拷問に掛けたくて仕方がないのかもしれない。

 すなわち罠かもしれない──。

 

 「その提案には乗れない」


 「どうして?」


 「僕が召喚者であるのは理解していると思う」


 「えぇ」


 「あそこには……守りたい人達がいる」


 何れは僕を凌駕する能力を発揮するのは目に見えているが、まだまだ召喚者として彼等は実力不足。

 尸織の闇討ちや宰相の暗躍なようなもので才能を開花させる前に亡くなられては困る。

 というか実は君達の敵でした〜とネタバレをしていないのが最たる理由だ。

 提案を承諾して千年王国に仮加入してからもネタバレは出来るのだろうが、加入は僕の死を意味するため乗るわけにはいかない。

 これこそ、またもや僕は味方のまま死んでしまうことを意味する。


 「失望したかな」


 「いいえ。寧ろ彼らしいと思えた」


 彼、らしいね……。

 まぁ僕は正真正銘のレイだからね!

 念のために僕はラナイアに問う。


 「彼は何者だったんだい?」


 「私達千年王国を束ねる指導者にして偉大なる慈悲深い存在」


 「指導者? 君が指導者だったはずだが」


 「正確には元というのが正しいわね」


 ラナイアからの事情を詳しく伺うと、愚者の魔女と爆死した僕は、名誉の戦死扱いか行方不明ということになっているらしい。

 僕を過激に盲信する者は何れ来る日に再臨すると疑わず、僕の偶像に日々祈りを捧げているらしい。

 以前に僕の名を騙る偽物が出現したらしく、その者は偽物と即座に断定され、名を騙った罪として処刑されたそう。

 おまけに僕に事実無根の罪を被せたり貶した者も即座に特定され、不敬罪として処刑されたそう。


 や、止めてよ……流石に殺すほどのことじゃないよ。

 現役の頃は諌めて何ともならなかったけれど、僕の退職後は統制が取れておらず好き放題やられている。

 確かにそういう傾向はあったけれど以前より過激具合が増してしまっている。

 もはや宗教じゃないかと。


 というかレイを名乗ったのはまずいんじゃないかと。

 僕が偽物だと見做されれば襲撃されるのではと。

 穏健派のラナイアならまだしも他の連中の前でレイと名乗っていれば、僕は彼女達により即刻処刑されていたのだと勘付く。

 続け様にラナイアは心底恐ろしい発言を放つ。


 「そして、彼は私の恋人だった──」


 「こ、恋人?」


 「えぇ、恋人よ」


 何言ってんだコイツ……?

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