第25話 闇に隠れて生きる
都合の良いことに突き刺さったナイフに鈴華は気付いていない。
僕が急に抱き締めたものだと勘違いしていらっしゃる。
それより回避せねば鈴華の眉間に凶器が命中していた。
もはや殺人未遂である。
「もしかして逢瀬を重ねていたんすか?」
鈴華の邪魔をするだけなら投擲する必要もなかった。
奴は普通に殺す気でいた。
「鈴華。僕はコイツと話すことがあるから部屋に戻って」
「小夜くん……? あぁ、分かった。……また明日。お休み小夜くん」
よもやよもや。宰相の次の敵が尸織だったとは思わなんだ。
あの宰相ですら奇襲せずに丁寧に挨拶を行なってから戦闘開始したというのに。
宰相は理想郷の思惑があったけれど、奴は何の企みで僕と敵対するのだろうか。
──まぁ何でもいい。
「弔いくらいはしてやる」
「え? あ、え? ちょ、先輩! マジすか!? そんなにソイツにお熱だったんすか!? やっべ……!」
「辞世の句くらいは聞いてあげるよ。何か遺言は?」
「じょじょじょじょ冗談っす! 軽い冗談のつもりだったっす! 本当許してください……!」
勝手に戦意喪失した尸織は降伏すると土下座する。
限度ってものがあるんだよね。
冗談で僕の主人公候補を殺そうとしたのか? 僕ならまだしも部外者に迷惑を掛けるのは言語道断。
鈴華やその他諸々の候補は、最終的に僕と敵対して僕を討ち滅ぼす予定なのだ。そんな鈴華がこんなふざけた死因で僕の物語から永久退場してたまるか。
とりあえず今夜を後悔するほどまでに千年王国流で折檻してやる。
「はぁー……もういいや。お前には前から失望してたけれど増々失望したよ」
「いやいやいや! 本当勘弁してください! 私の処女を頂いても靴でも先輩の股間でも尻穴でも何でも舐めますんで殺すのだけは勘弁してください! というか舐めます! 舐めさせてください!」
「舐めなくてもいいし、お前の処女にそんな価値があると思うのか?」
「ショック……! これでも私は有象無象の男から告白される美少女としての自負はあったんすけど……!」
腰が抜けて後退りする尸織に一歩一歩近付く。
残念だよ尸織。お前の末路がこんなで。
糸目の裏切り者として定評のある尸織が、いつ僕を叛くのだと来る日を待っていたが、まさかこのような展開になるとは思いもしなかった。
「本当冗談で……! あの、その……!」
僕に泣き落としが通用すると思うのか?
ミカに続いて尸織を泣かせてしまったが、これは女の敵には該当しない。
そうして尸織に別れの挨拶を告げようと足を踏み出すと、地面に違和感──水滴が滴っていた。
「嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない──」
「いや殺すまではしないけど……」
……漏らしやがった。
失禁した尸織の姿を見て僕の戦意も喪失した。
馬鹿馬鹿しい。何をやっているんだろう僕は。
頭に血が上りすぎた。
尸織の言う通り随分と僕は彼等にお熱になっていたらしい。
「もういいや。忠告しとくけど2年3組の面子に害を為そうとするなよ。他はどうでもいいけど」
「…………」
「んじゃ僕も寝るから。お休み」
そうして尸織を置いて立ち去ろうとすると彼女は僕の腕を掴んで留まらせる。
「足が竦んで……動けないです」
しょうがねぇなあと尸織を背負い部屋へ戻る。
戻る最中、そういえば部屋には謎と偽の幼馴染がいるんだったなと脳裏に過るが、面倒臭いしいいかと納得する。
そうして部屋に入ると就寝中の仲睦まじそうな二人を見て、僕の心は少々癒される。ちなみに寝相の悪い飛香にのし掛かられ黄泉は苦悶の表情を浮かべていた。
第二幕尸織の裏切りは手早く解決した。
宰相の激闘がアニメで言うと1話から2話くらい消費しそうだったのに対し、今回は冒頭の5分くらいで済んでしまった。
それだけ尸織が宰相と違い小物だったのだと、そんな理論が表れてしまう。
せめてワンクールくらいに渡って尸織との激闘は描きたかったなと願望を抱くも、終わってしまったことに文句を付けても仕方がない。
大人しく縮こまる尸織に問う。
「どうして鈴華を殺ろうとした」
「嫉妬で……私の先輩と乳繰り合っているのに苛ついて……」
そ、それだけ……?
そんな理由で遂に僕を裏切ってしまったのかコイツは……?
宰相の永遠の命という思惑と比較して、しょうもなさすぎる理由である。
ただまぁ鈴華の胸を触り、接吻未遂は僕にも原因があるなと渋々容認する。
一応尸織が僕と敵対する展開が後々あるなと予想はしていた。それはそれで一興だなと待ち望んではいた。
ただ僕は尸織に関しては容赦しないし僕が討たれるといった構図にはするつもりはない。
そして来たる今日。遂に尸織が僕と敵対したワケだが、理由は謎の嫉妬によるもの。
凄いしょうもないな。
もう勝手にやってくださいよという感じだし、全く物語の主軸に影響しなそうな展開であり、読者や視聴者からは誰得なのと不興を買いそうである。
であるので無かったことにしようと思い込むことにした。
尸織は普段通りで失禁もしなかったのだと、僕は記憶を消去させることにした。
「今日は何も無かった。いいね?」
「許してくれるんですか……?」
「うん。何もないから普段通りのお前に戻れ。面倒臭いし気持ちが悪いから」
「気持ちが悪いって……本当先輩って気を遣えないっすね」
そうして僕と尸織の一幕は終了。
いや終了も何も何も起きなかったんだから終了もないな!
「実は先輩に朗報があるっす」
「聞こうか」
身体を洗い流し服を着替えた尸織と椅子に座り、尸織の報告に耳を傾ける。その前に尸織の後始末は片付けてあるので侍女さんの手間を煩わせることもないので安心である。
尸織は僕の膝に頭を乗せながら報告を語る。
本日姿を見せず行方不明だった尸織は、実は神隠しに遭っておらず裏で暗躍していたらしい。
城内の把握を終えて次に向かったのが城外。ひっそりと街に駆り出した尸織は、とある情報を掴んだそう。
何やらリュミシオンの首都であるベルノワを拠点とする犯罪組織が跋扈しているらしい。
犯罪組織
これの意味──すなわち鴨がいるということ。
先日の宝物庫漁りが叶わなかったため僕は別の案を行使することに決めたのだ。
盗賊やらの犯罪組織に赴いて盗品を拝借する。
そうなれば僕は裏切り後の生活資金に困ることはなくなる。場合によっては隠居生活の資金にもなり得る。
腹黒として定評のある尸織だが、彼女の情報には信憑性がある。
裏で暗躍するのが僕以上に得意な尸織は、僕の知らぬ間に情報を入手しているのだ。
その点では凄く頼りになる存在なのだが、僕を常に陥れようとする困った癖があるのが欠点と言えよう。
特異では尸織が敵の情報を仕入れ、僕が突貫するというような役割を持っていた。
尸織は戦闘の才能はあるのだが「裏方業務が好きっす」という思想から、彼女自身が前線を張ることは少ない。
まぁ再生持ちの僕が前線を受け持った方がいいという僕の優しさ、言わば適材適所なのだ。
これが犯罪組織でなければ偵察ついでに潰せよとなるのだが、尸織は諜報専門であるので無茶は言わないでおくし、僕の資金調達が叶うので何も言うまい。
そうして思わず顔が綻ぶ。
良い情報を入手したなと尸織の頭を撫でる。
「私、偉いっすか?」
「凄い偉い。よくやってくれた」
「私、可愛いっすか?」
「超可愛い。世界で一番可愛いよ」
「うひっ……! 先輩、私のこと大好きっすか?」
「あまり調子に乗るなよ」
笑みを溢す尸織の髪をガシガシと撫で回したところで話を続行させる。
直近での人身売買の儲かり分が拠点にあるそうで、まだ組織の金融部門に資金が移送されておらず警備は厳重であるそう。
近々拠点自体を移し替えるので、僕のお金がどこかに行ってしまうことが判明した。
となると決行は明日の夜か? 遅いかな?
「実はっすね、どうやら先日の連中も目論んでいるらしいっす」
いや連中結構資金は潤沢だったし資金不足に陥ることは……。
内戦やらの不況の影響で金欠気味になったのかな。
そうなればアイツらより先に行動して金品を手に入れたいところであるが、アイツらも狙っているとなると鉢合わせする危険がある。
あまり千年王国の奴等と顔を合わせたくないのが本音だが……行動を起こさないと僕の金が行方不明になる可能性もある。
「とりあえず拠点の位置は?」
「幾つか
まぁ仮の拠点はどうでもいい。ただ貯蔵されている場所を示してくれればいい。
尸織が購入した地図には拠点の位置が丸印で付けられている。
本命はどれだ……?
地図に目を凝らしても当たりがどれかなんて判別が付かない。
しらみ潰しの行き当たりばったりで探すべきか? しかし千年王国に先を越される危険がある。確実性のある……連中の保管場所を明確に的中させなければならない……とは言っても本命なんて分からず。
頼みの綱。運に頼るしかないなと。
千年王国は明日決行するので鉢合わせすることはない。僕の唯一高い能力値、運の良さ17が引き当ててくれる。なんて前向きな言い訳を付けて、適当に全部の拠点を漁る方針にしよう。
初っ端引き当てれば僕の大勝利。それでいいじゃないかと。
大量の資金が後数時間後に舞い込むとなると僕の機嫌は鰻登り。もう調子とやる気は絶好調である。
この最高の情報を入手した尸織を折檻しようとした僕は何という極悪非道な人間なのか。
だが謝罪と賠償はしない。第一僕は悪くない上に下手に出ると付け上がられる。
「先日の連中が駆り出すと思うんで先輩の出る幕はないと思うっす。一応本日の報告は以上っす」
それは真か?
まずいな……アイツらに先を越されるのは避けたい。
時は金なり。早急に事を致すべきだろう。
「正義執行。王都に蔓延る悪党共を退治してくる」
「うおおおおお! かっけーっす!」
「大声出すな! 黄泉と飛香が起きちゃうでしょうが!(小声)」
そうして僕は出立の支度をする。
先日は制服のままで痛い目に遭ったので着替えは当然。素顔を晒すわけにはいかないので愛用の仮面を装着。念のため今夜は声と口調は変えておこうと喉の調子を整える。
ヨシ、準備万端だな。
二手に別れて拠点を潰すのが効率は良いのだろうが、僕の目的は犯罪組織の壊滅ではない。
仮に尸織に片方を任せてそれが大当たりだった場合、コイツは僕に黙って横領するかもしれない。となると尸織は待機させるのが賢明だな。
「尸織は午前中大活躍したから今日は寝なさい」
「め、珍しく優しいっすね……。普段の先輩なら有無を言わさず私を連れ出すはずなんすけど。お言葉はありがたいんすけど一人で大丈夫っすか?」
「愚問だな。僕を誰だと思っている?」
「か、かっけえええええっす! 先輩の格好良さに痺れて、また漏らしちゃうっす……!」
もう漏らすな、掃除するの面倒だから。
「夜明け前には戻る。じゃ、お休み」
「行ってらっしゃいっす!」
そうして僕は部屋の窓から身を乗り出すと飛び降りる。
高所からの飛び降りに浮遊感を味わいつつ、音も立てずに鮮やかに着地。
巡回中の衛兵に遭遇しないよう目と耳の神経を集中させ、身を潜めながら外部を隔てる城壁へと辿り着く。
監視の目があるため城門から律儀に通行するなんてことはしない。勿論飛び越える以外あらず。
城壁は15mほどの高さがある。
黒幕時代の僕なら物理法則やら重力を無視して浮遊魔法で身体を浮かせて乗り越えていた。
だが制限された僕には浮遊魔法は扱えない。
壁を貫通させる手段もあるが騒ぎになるため却下。穴を掘り地下から脱出する方法もあるが、少々時間が掛かりそうな上に作業光景を見られる危険もある。城門の兵を気絶させる選択もなし。
となれば手段は一択のみ。
──飛び越える。
空気を吸い込んで全身の筋肉を和らげる。己の筋力が上昇していくのを感じながら駆け出す。
地面を蹴り上げ、壮麗な満月を視界に収めながら高まる高揚感と共に僕の身体は常人では有り得ない高さに浮き上がる。
壁の上部に着地はせず、そのまま反対側へと降り立つ。
地面に膝を付いた僕は周囲に目撃者がいないのを確認し、第一関門を突破したことに安堵した。
さぁ急げ! アイツらより先に拝借せねば!
そう僕は自身を奮って闇夜を疾駆した。
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