第24話 嫉妬と独占欲の塊
「何してんのこんな所で」
「いや、その……だな」
「やっぱり夜這いか」
「だから違うと! 小夜くんは私を何だと思っているんだ……」
鈴華の事情を伺うと、彼女も僕と同じく眠れないらしく散歩に駆り出したとのこと。
僕の部屋周辺を彷徨っていたのは偶然らしく何も意図はないとのこと。
「眠れない者同士、二人で闇夜を彷徨おうか」
鈴華は僕の誘いに応じ、僕達は夜の城内を歩み出す。
夜は良い。
絶好の黒幕日和だ。
先日痛い目に遭ったため当分暗躍行為は控えるつもりだが、やはり夜になると欲求が昂ってしまう。
だが今は鈴華と二人きり。僕は自制せねばならない。
「私は君のことを何も知らないんだな」
隣を歩く鈴華は、ふとそんなことを漏らす。
「君が病弱であり御崎さんと幼馴染であり孤児院にいたとはな」
病弱と幼馴染は設定で孤児院については説明が付かないんすよね。
黄泉のアレは……本当に何なのだろう? 一種の洗脳の類?
「君と出逢って1年半ほどになるが君のことを何も知らない」
そりゃ、これらは唐突に湧いた設定だからね。知らなくて当然だよ。
「そんな自分が……不甲斐ないと感じてしまう」
「どうして?」
「私は小夜くん検定一級保持者として君のことは精通しているつもりだった」
そんな検定を持っているのは君だけだよ?
あ、いや……黄泉も保有していそうだな。
「君の誕生日も君の好物も苦手な物も趣味も異性の好みも……全て把握しているつもりだった。だが君の出生地、高天高校に編入する以前の経歴を何も知らないのだと認識させられた」
「僕達の付き合いは1年半。だから全てを知らなくて当然だし、知らないことに自信を失う必要なんてないさ」
僕だって全員の過去の経歴は知らないし、何だったら千年王国の詳細なことも知らない。全てを把握する義務を担うこともないのだ。
知らざるを知らずと為す是知るなり。
無知の知。
知らないことを自覚しているだけで十分じゃないのかな。
「私も君のことをもっと知りたい。知らないということに不甲斐なさを覚えるのは……小夜くん、君だけなんだ」
「嬉しいこと言ってくれるね。あの高天高校生徒会長に興味を抱かれるとは光栄なことで」
「だろう? だから小夜くん……君のことを教えてくれないか?」
「……いいよ」
いいよと申したものの僕が4回の世界を放浪する流浪の民だと、天社の泉機関出身で特異に所属する暗躍者だと知られるわけにはいかず、現状の表向きの設定を纏め上げたものを告げることにした。
結局説明した全てが仮初であるため、本当の僕を知りたいと望む鈴華には罪悪感が湧く。
僕が放浪者である事実は尸織にもラナイアにも誰にも知られるわけにはいかない。
だから、神妙に聞き入る鈴華には心の中で「ごめんね」と詫びた。
「小夜くんは何か私の知りたいところなどはないのか?」
「結局夜這いだったのかどうかについて」
「だから違うと……! 君は随分と私を揶揄うのが好きだな……!?」
まぁ冗談だと一蹴する。
鈴華のことだ。本当に偶々僕の部屋の側を通っただけだったのだろう。
夜這い弄りはくどいからこの辺りにしておこうかな……。
「もし仮に夜這いだったとしたら──君はどうする?」
真剣な面持ちで突き付けられ思わず面食らう。
「もし私が如何わしい気持ちで君の部屋に忍び込んだとしたら、君は私をどうしてくれたかな?」
「いや……どうもしないけれど。容赦なく追い返すよ」
「正気か!? それでも君は男なのか!? 自分で言うのも何だが私はそれなりに容姿が整っていると自負している! こんな可愛い美少女を君は冷たくあしらうのか!?」
確かに鈴華の美貌には一目置かれる。
だが僕には鈴華を肉欲的な意味でどうこうしたい感情は湧かない。
鈴華の名誉を傷付けないために言うが、彼女が魅力的なではないというわけではない。髪型は僕の好みであるし外見は整っているのは確かだ。
僕は一般的な男子高校生のように性欲旺盛ではない。性行為への憧れも女性への意欲もない。性欲減退ではなく性欲皆無。生物としての欠陥だ。快楽や愛情としての性行為ではなく繁殖行為。そのような認識だ。
だから、鈴華には他の皆も同様に僕が疾しい感情を抱くことはない。
「やはり、そっちなのか……!?」
「違うよ、多分」
「えっ、多分……?」
僕は同性にしろ異性にしても明確に他人に恋愛感情を抱いたことはない。
友人の彼女を寝とったのも愛ではなく、黒幕としての裏切り行為から働いたもの。
きっと友人の性別が女性ならば僕は同性である彼を寝とっていたに違いない。
だから僕には異性愛や同性愛といった性別の執着とやらは存在しない。
「鈴華は魅力的だよ。可愛いと思う」
「面と向かって君に言われると照れるな……」
「そうやって素直に照れるのも可愛いよね」
「追い討ちを掛けるのは止してくれないか……!」
「だけれど君を僕のものにしたいだとか疾しい気持ちは一切ない」
「えっ……?」
何故か絶望したような表情をする鈴華。
言葉足らずだったなと補足を付ける。
「僕にはそういった感情がないんだ」
感情がないというような厨二病的なものではない。
僕には感情はあるし三大欲求の食欲と睡眠欲は備わっている。ただ、性欲は例外なのだ。
「鈴華を綺麗だとミカをツンデレの化身だと感じても、僕にはそれ以上の感情は湧かない。多分アレだ、僕は
そう、僕は勃たないのである──。
いつから僕の象徴が機能しなくなったのか遡ることも出来ないが、恐らく黒幕時代から障害は続いていると思う。
「ちょっと生々しい話だったかな。忘れて欲しい」
「忘れるものか。衝撃的な話だぞ……」
「だから、あの写真は偽造なんだ。尸織ともそんな関係になるわけがない」
「そうだったのか……それは安心した。いや安心出来ないな。君が…………悟りの境地に達しているとは……」
別にそうなるための修行はしてないんだけどなぁ。
消沈気味の鈴華は続けて問う。
「君は……誰かを好きになったことはあるのか?」
「ないよ」
「即答!? だ、だが……月読さんと付き合うと……」
幼馴染としての愛情があるから交際が可能というわけで、異性としての愛情を持っているわけではない。
僕の妹であるノアちゃんにしても千年王国の皆様方にしても、僕の抱く感情は家族愛限定だ。
再三申し上げるが彼女の誰かを娶りたいだとか子孫を残したいという願望は一切ない。
家族愛としても明確な定義を持っているわけではない。ただ彼女達は大事だと、そう感じている部分が僕に家族愛を持たせているのかもしれない。
「僕は特定の者への執着がない。だから別に誰とでも付き合おうと思えば付き合える」
なんか屑野郎みたいな台詞を吐いてしまったな。
モテ過ぎて引くて数多ですわ〜みたいなキザ野郎の発言みたいだ。
「僕がその恋人に対して愛を向けられるのかは不明瞭ではあるけれども」
「…………」
「だから失礼だと思うからこそ、僕が愛を向けられる保証がないから、僕は僅かな可能性のある人物以外とは恋人にはなろうとは思わない」
つまらない男だと思わないかと自虐を含める。
明確に僕へ好意を向ける黄泉には申し訳なく思う。
僕がこんな無様な欠陥生物なのだからと。
仮に僕へ好意的に感じる者へも然り。
こんなつまらない男に目を向けるより真や轟くんや鬼龍くんなど相応しい人物がいると僕は思う。
うっかり僕が性欲皆無のED男と鈴華に説明してしまったが……何だか余計な設定が追加されてしまった気がする。
でも病弱と孤児院は嘘だとしてもEDは本当だしなぁ。
余計なことを喋り過ぎたなと反省していると鈴華は僕の手を握り締めた。
「急にどうしたんすか」
「色々と気を遣えるのにそこは無遠慮なのだな……」
本当に鈴華や特にミカは揶揄うと楽しい。
黄泉や凛ちゃんや那岐ちゃんは通用しなそうだから面白くはない。対して鳳凰院さんや飛香も揶揄い甲斐のありそうな性格をしている。
尸織? アイツは論外。価値すら湧かない。
アレだね、僕を弄る八雲さんと黒猫さんの気持ちを理解出来たな。
「自分から握っておいて照れてる? 鈴華ちゃんは可愛いね」
「こ、こう見えても私は乙女なんだぞ! あまり純情を弄ぶな!」
「知ってる。だからこそ揶揄いたくなるんだよね」
愉悦愉悦〜。
鈴華を弄り倒して満足した。
満足したんだけれど、そろそろ僕の手を解放してくれないかな。
「鈴華ちゃん、そろそろいい?」
「いや、駄目だ」
鈴華の企みは何なのか。そう推測する間もなく彼女は僕の手を胸に触れさせた。
膨らみと柔らかみのある乳房に無理矢理手を置かれ、僕は念の為に確認をすることにした。
「何これ……僕を冤罪で嵌める気?」
「そんな気などさらさらない! 駄目だ……君相手だと本当にペースが崩される……!」
「ならなして?」
あの生徒会長の天音鈴華さんが異性の手を自分の胸に触れさせるという破廉恥行為を繰り出すとは想像も付かなかった。
とち狂ったか発情したかの2択しか考えられない。この場合は前者であろう。
「温かい、だろう?」
「……そうだね」
「私の鼓動が……激しく脈を打っているのが……君に伝わっているはずだ──」
激しい鼓動が掌に感じる。
「き、君以外に触らせようとは思わない」
「……」
「だからその、だな。君に触れられて、凄くドキドキしている」
触れさせたのは鈴華自身なのだが……と思ったが、野暮過ぎるので突っ込むのは止すとしよう。
「君はどうだ? 私を触れて、ドキドキしないか?」
「…………」
ごめんと告げる間もなく鈴華は僕の手を払うと、僕の心臓に耳を当てた。
背中に回した腕が強く締め付けられる。
鈴華は胸元で囁く。
「分かっている。言わずとも君の言葉は分かっている」
「…………」
「分かるから、君には今の私の情けない顔を見られたくない……!」
「ごめんね、鈴華」
そうして僕はこの態勢を受け入れ続けた。
ただ服を強く握り締める感触が背中に伝わっていた。
鈴華は僕の胸に寄り掛かると言葉を続けた。
「君はあの時、私がいると安心だと告げてくれたな」
どの時にそんな台詞吐いたっけかな……?
あぁ、城内案内の班分けの時か。
いやアレは別に深い意味はなかったんだけれど……。
「私も君といると安心するんだ」
「光栄なことで」
「だから、異世界召喚されたのが私一人ではなく皆と一緒で……君がいてくれて嬉しい」
だからミカには申し訳ないが生徒会長権限で交換したのだと種明かしをされる。
そして、もし自分一人で異世界召喚されたならば、こうして生徒会長としての責務や勇者としての重圧に耐え切れなかっただろうと本音を漏らす。
「僕が君達を頼るように君も僕を頼ってくれていい」
「小夜くん……」
「僕達は一人じゃないからさ」
そろそろお暇させてもらおうかなと立ちあがろうとすると、鈴華は僕の袖を掴んで拒む。
「我儘を言ってもいいだろうか?」
「うん」
「もう少しだけ、いて欲しい」
無言で承諾。
僕は鈴華に寄り添うことになった。
袖を掴んだ手はそのままのままだ。
「一応だけど……あんな行為軽々しく男にしちゃ駄目だよ」
胸を触らせるという破廉恥行為。品行方正な鈴華が実力行使をしてくるとは予想外だった。
「き、君以外に、小夜くん以外にはしない」
「……」
「そ、その言葉の意味が、君になら分かるだろう?」
僕は天然朴念仁ではないので鈴華の心中は理解出来る。
言葉には出ていないものの意図は察せられる。
「何故僕なのか、教えてくれないかな」
鈴華は口を噤む。
袖を握る強さが一層増し彼女は大きく深呼吸をすると口を開く。
「さ、最初は単に一目惚れだよ……私にとって君は私達とは異なる次元の存在の者に見えた」
「…………」
「編入して皆と打ち解ける君の明るげな笑顔に惚れ、また一瞬微かに見せる寂寥感のある表情は、君を知りたいと私の心に火を付けた」
鈴華は僕の肩に頭を寄せる。
そうして手を重ねさせる。
「こんな感情は初めてなんだ。だから、そう……私にとって君は運命の存在で……王子様だった」
「王子様だなんて言い過ぎじゃないかな」
「恋する乙女は片想い相手が王子様に見えるのさ」
鈴華は僕の瞳に目を凝らすと唇を綻ばせる。
そして頰に手を置くと告げる。
「私は独占欲が強いらしい。君がミカや他の女子と仲良くしている姿を見ていると胸が苦しくなる。私だけを見て欲しいと私だけに意識して欲しいと私だけに触れて欲しいと私を愛して欲しいと、そんな我儘な感情が湧いてくる。……巷ではな、私のような女は「重い」そうだ」
鈴華は重力に逆らえないように手が沈んでいき、痛みを抑えつけるかのように胸に手を置く。
重なっていた視線は途切れ立つ瀬がないと目を逸らす。
「はぐらかしてしまったが夜這いの答えは疾しい感情しかない。部屋に入れてもらって良い雰囲気になって君に……ええと、だな……そ、そうした関係に、なれることを期待、期待していた」
「えぇ……? ガチ夜這いだったの……?」
「頼むから私を軽蔑しないでくれ……! 恋は盲目と言うだろう!?」
まぁうん、鈴華は大人びている…………いや違うな、体裁は整っているが、中身は案外お子ちゃまな部分がある。だから若気の至りとやらなのだろう。
「け、軽蔑したか……?」
「いや、その程度で君を軽蔑するわけないよ。というか僕は懐が大きいから基本誰かを軽蔑なんてしないよ」
「そうか……良かった。小夜くんに軽蔑されたら生きていけないからな。何とか一命を取り留められた」
そ、そこまで……?
となると僕が部屋を出た瞬間に鈴華と対面したのは、僕の部屋に突撃する寸前だったのだろう。
黄泉と飛香と鉢合わせする前に出ておいて助かった。
「小夜くんに軽蔑されたわけではないが、私が君の物になれないと断言された時、頭が真っ白になった」
「……」
「君が特定の誰かに恋をしたことがないとも知った時、君の過去にそのような者がいなかったのだと安堵もした」
「……」
「君に恋の感情がないことを分かった時、私は悲しくも思った」
「……」
「──だから、私は君に恋をしていると知って欲しくなった」
前々から何となく想像付いていたことがあったけれど。
──この子、めっちゃ僕のこと好きじゃん。
揶揄い好きの小夜くんであるが、本音を告げた鈴華を揶揄うことはしない。
何故ならそんな空気じゃないからである。
朴念仁じゃない僕は告白に難聴属性を発生させたり、強引に無かったことにさせたりはしない。
だから、相手への礼儀は礼儀を持って返す。
「勿論、君の私に対する返答は分かっている。勢いで私の本音を全て暴露してしまったが、これが私の本当の気持ちだ」
「うん……」
「我慢出来ずに押し倒し君に責任を取ってもらう形も考えたが、それでは私の望む恋に到達出来ないし何よりも君に軽蔑されるのが明白だ」
押し倒しちゃ駄目でしょ……。
それこそ僕の苦手な実質冤罪のような流れじゃないすか。
「だから……私は君に宣戦布告しようと思う。君には私を好きになってもらう」
「鈴華……」
「私は執念深い女だ。君には苦労を掛けるだろうが付き合ってもらうぞ? 何より君にはその責任がある」
「責任?」
「私を虜にさせてしまった責任。その責任を取ってもらおうか?」
そうして鈴華は僕の顔面を両手で押さえ付けると顔を近付ける。
いや、それは早いんじゃないかなと躊躇う僕に物ともせず、恋は盲目と言うべきか肝の据わった鈴華は舌舐めずりすると唇に狙いを定めた。
──殺意の感知。
誰だ? アリストヴェール先生かアヴェランスさんか?
僕は鈴華を抱えて跳ね飛翔物から避ける。
壁に突き刺さったナイフを一瞥し、僕は元凶に目を凝らす。
「あれっ、先輩〜こんな夜更けに何やってるんすか〜?」
そこにいたのはアリストヴェール先生でもアヴェランスさんでもなく僕のよく知る尸織。
いや、お前こそ今まで姿も見せず何を……。
それより何でナイフ投げたの……?
何で投げたの?
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