第23話 夏が過ぎても君を忘れない
食堂の席は既に伏見先生以外の顔馴染みになりつつある面子が勢揃いしていた。
黄泉の隣の席に座ると、すかさず飛香は僕の隣にミカは彼女の対面に腰掛ける。
僕と飛香を交互に睨み付けるミカに物怖じせず、飛香は無言で彼女を睨み返していた。
「あのミカさ──」
「小夜くんは黙ってくれる?」
「ハイ……」
優しさに改善の兆しが見えた束の間、ミカは普段の姿に逆戻りしてしまわれた。
萎びる僕の太腿にそっと手が置かれたので飛香の顔を見ると、彼女は口角を上げてサムズアップをしてみせる。
要は任せろということなのだろう。完全敗北した腑甲斐ない僕に代わり飛香は打って出る。
「ノックもしないで部屋に入るとか貴女は礼儀知らずなんですね。それと私と小夜さんが何しようが貴女には関係ないじゃないですか。彼女でも何でもない貴女が私と小夜さんの関係に口を出す筋合いはないと思いますが?」
「へぇ……? 御崎さんって結構お喋りなんだ? 私知らなかったなぁ? それにウチの小夜くんとも仲がよろしいようで?」
「はい、ご覧の通り私と小夜さんは凄く仲が良いです、貴女と違って。私と小夜さんは8歳の頃からの仲なので年季が違います、貴女と違って」
「小夜くんに月読さん以外の幼馴染がいただなんて知らなかったなぁ?」
ミカが乱入する前の話。僕と飛香は表向きの経歴や設定を練ることにし、彼女監修の元で物語が出来上がった。
そうして僕と飛香の物語は下記の通りとなる。
『夏が過ぎても君を忘れない』
監督御崎飛香
脚本御崎飛香
原作御崎飛香
主演御崎飛香
8歳の頃、夏に一度だけ会った少年のことを主人公の飛香は忘れられなかった。
京都観光に来たという少年を飛香は案内をすることになり、一日という極僅かな時間であったが彼女の記憶に忘れ難い思い出と刻ませた。
東京の高校に入学した飛香は、あの時の彼に会いたいと痛切に願い片時も忘れず再会を心待ちにしていた。
そんな時、高1の夏に編入してきた編入生、見違えるように成長したが彼の面影のある小夜と念願の再会を果たす。
昔と同じように君と過ごしたい──だが、両者の間には溝が生まれていた。
飛香と小夜の7年という空白期間は大きく、以前のように過ごすことは叶わなかったのだ。
私を忘れてしまったと──そう自身の気持ちに諦めを付けさせようとする飛香であったが、小夜も飛香のことを忘れていなかったことを知る。
飛香は小夜に『夏が過ぎても君を忘れなかった』と告げられ、そこから夏の続きをしようと誓い合うのだった。
「ですから幼馴染でも恋人でもない他人の貴女と私は違うんです。自重しては如何です?」
「自重しませんし他人なんかじゃありませ〜ん。確かに私と小夜は幼馴染でも何ともないけれど、これまで培った思い出は、御崎さんの夏の思い出に匹敵するんです〜」
「所詮1年如きの付き合いのくせに私と小夜さんの思い出と同列にしないでください」
「お前こそ8歳以降……しかも一日しか会ってないでしょうが! 私とスタートラインは変わらないだろうが!」
「一緒じゃありません! 貴女は出遅れているんです!」
「一緒だ一緒! お前こそ自重しろ!」
「黙れ脳筋ゴリラ!」
「うるさい傲慢自称幼馴染!」
激しい非難の応酬が続く。
罵詈雑言の嵐。これは酷い。
流石にイカンなと思った僕は飛香を諌める。
「飛香。落ち着こうか」
「はい!!!」
「コ、コイツ……!」
一悶着も落ち着き安堵していると、僕達の物語に耳を傾けていた黄泉が爆弾発言を放つ。
「小夜って京都行ってたの? でも僕の記憶にないなぁ。あの頃も僕とずっと一緒にいたけれど、京都お土産貰ってないよ?」
そ、そうなの?
どうやら黄泉設定での僕は8歳の頃は孤児院にいたらしい。
矛盾が生じるなと危機感を覚えた僕は適当に誤魔化す。
「8歳じゃなくて9歳だったかな……?」
「9歳もずっと一緒にいなかったっけ?」
僕が孤児院出たのっていつ!?
「お、思い出した……あれは孤児院を出て黄泉と離れ離れになってからだったかな……?」
「そうだったんだ。なら僕が知らなくて当然かー」
僕が黄泉の指摘を解決させて安堵していると、再び別の問題が浮上した。
そんな僕に突っ込んだのは鈴華である。
「さ、小夜くんは孤児院出身だったのか……?」
僕の発言に驚愕する皆様方。
僕は墓穴を掘ったのだと自覚した。
僕と黄泉の中での孤児院設定が周知の事実にさせたのだと理解した。
「そ、そうなんすよ」
「そうか……君にそんな過去が……」
僕だって本当は知らないさ!
だけど黄泉設定ではそうらしいんだよね!
そうして孤児院設定も皆に周知され、不穏な空気のまま食事を終え、入浴も済ました僕は部屋に戻る。
今朝から相変わらず
ただ、今度は尸織とは交換の形で別の二人が部屋に居候していた。
「いや部屋に戻りなよ君達」
「僕は小夜と一緒で平気だよ?」
「黄泉は大丈夫でも僕が
「はい!!! 何ですか小夜さん!?」
夕食を終えて皆と別れた後、自然に部屋に上がり込んだコイツらは、我が物顔で僕の部屋を占拠している。
となると僕が別の部屋に僕が追いやられるしかないのだろう。真か轟くんにお願いして居座らさせてもらおう。
「じゃ、と言うわけで二人は仲良くね」
「小夜の部屋はここだよ?」
「では私もご一緒します」
「ちょ〜っと、二人とも僕の話を聞いてくれる?」
二人は律儀に正座し話を聞く体勢を取る。
「僕、男。君達、女の子。部屋一緒、駄目。橘三日月、僕を殺す。オーケー?」
「「…………?」」
きょとんと首を傾げるな。かわいいな。
コイツらには日本語が通じないのだろうか?
黄泉は顔を俯かせ哀しげな表情で呟く。
「僕と一緒にいてくれるって言ったのに……」
「そうだったね黄泉とは約束していたね! 僕は黄泉と一緒の部屋がいいなぁ!」
黄泉の泣き落としに屈服した僕は、すぐさま彼女の要求を受け入れる。
ただし御崎飛香、お前は駄目だ。
飛香も項垂れて普段の活気がなくなる。その姿は叱られた犬のよう。
「我儘を言ってしまい申し訳ありません……」
「──もう一人も二人も関係ないか! 飛香とも一緒がいいなぁ!」
最悪ミカに半殺しにされ僕が犠牲になるだけだし問題ないか。
逆転の理論で僕も女の子になれば問題ないか……? 僕の名前は可愛いし乙無くんと一緒に女の子になったし平気でしょ(錯乱)。
二人も居る手前、余計な問題を発生させないようにご就寝してしまおうと布団に潜り込む。
二人も流れに沿うように布団に入る。
「さて寝るよ。お休み」
「うん、お休み」
「お休みなさい小夜さん黄泉さん」
そうして消灯させ僕は夢の世界へ行こうとするが。
「狭いわ」
黄泉と飛香が僕を挟み込むように侵入していた。
もう一つベッドあるんだから二人はそっちに行けよと。
「男女別れるべきでしょ、ここは」
「「…………?」」
案の定、日本語の通じない彼女達には僕の意図が伝わらないようであった。
仕方ないので僕が移動すると二人も揃って移動する。
そうして再び元の場所に戻ると二人も揃って戻る。
コイツら面倒臭ぇ!
二人が就寝した隙を見計らって引っ越せばいいかと妥協した僕は、甘んじて二人を受け入れる。
そうして瞼を瞑り僕は眠りに着こうとする。
両脇には美少女二人という構図。
二人とも揃って僕の方向を向いており寝息が届く距離感で横になっている。手足を動かすと柔らかい肢体の感触が伝わる。
す、凄い邪魔……!
僕は両脇に美少女がいて初心な童貞のように緊張して眠れないということはない。僕はこの程度の展開で動揺する男ではない。
だから朝起床した時に「何で俺の布団に女の子が!?」的なお約束はないし、「美少女がいて寝れねぇ……」なんてソワソワすることはないのである。
黄泉は僕を揶揄うだけあって動揺一切無しの肝っ玉であるが、飛香は添い寝をしたがいいもの緊張しているせいかソワソワして落ち着きがない。
「小夜、起きてる?」
「全然起きてるよ。まだ布団に入ったばっかりだし」
「恋話しない?」
修学旅行かな?
異世界召喚された自覚がないのだろうか。
というか、修学旅行の恋話は男女ではなく同性同士がやるものではないのだろうか。
「私も参加して宜しいですか黄泉さん」
「うん、飛香も参加していいよ」
「じゃ、二人で仲良く恋話してな。お休み」
「小夜も強制参加だよ」
やっぱり僕には人権がないのかな?
「二人はさ、好きな人っている?」
「……」
「私は……ええ、お恥ずかしながら……」
「その人ってどんな人?」
「……」
「その人は虐められていた私を助けてくれて……こんな不甲斐ない私を何度も助けてくれて……。完璧で万能な人というのが第一印象だったのですが、接してみると案外人間臭い一面もあったり、少し抜けているようなお茶目な部分もあったりするんです」
「……」
「素敵だね、その人」
「えぇ、とても素敵で……彼に私の全てを捧げたいと願っています」
「……」
「小夜も会話に参加してよ」
「ウグッ!」
二人の会話に挟まれながら無言を徹底していると、不満を覚えた黄泉に脇腹をつねられる。
「す、すまんね、次から参加するから……」
僕は参加を宣言して二人に続きをと促す。
「具体的に何を捧げるの?」
「彼が望むなら何でもですね。心も身体も全て」
「そんなこと彼は望んでいないから自分の意思を大事にしなよ」
「黄泉さんはどうなのですか? 好意を持たれている方はいるのですか?」
「僕も気になるなぁ」
「僕もいるよ。その人とは孤児院が一緒でね、幼い頃からずっと二人で一緒だったんだ。僕に優しくしてくれて……僕に対して心配性で……世話を焼いてくれて……凄く優しくて……温かいんだ。そんな彼のことが僕は……昔から今も大好きだよ」
「黄泉さんも素敵な恋をしているのですね」
「……」
「施設を離れて僕と離れ離れになっちゃったけどね。飛香も僕と境遇が似てるね」
「私も彼と一時的に離れ離れになりましたから」
「でも僕達は再会出来た、でしょ?」
「えぇ、私達は幸せ者ですね」
「「……」」
僕は無言で二人に腕と乳首をつねられ、情けない悲鳴をあげる。
コイツら我儘かよ……二人で仲良くやっているんだから僕のことは無視して親睦を深めてりゃいいのに……。
「次は小夜の話ね」
「小夜さんだけしないのは狡いです」
「仕方ないなぁ……一つ昔話をしようか。これは人気者の生徒会長に彼女を寝取られたAくんの物語……」
「そういうのは求めてないんだよね」
「寝取られは断じて許せないので止めてください」
一応僕が関わる物語であるというのに……コイツら我儘か?
僕は数多くの異世界放浪歴があるため、多種多様な話題を豊富に持ち合わせている。だから基本話には困ることはない。
「じゃ、じゃあ……報酬を反故にされた仕打ちに子どもを連れ去った謎の男の話なんてどう?」
「それ恋話関係あるのかな」
「追放された大酒飲みの騎士の愉快な物語なんてどう?」
「それも恋話関係なくないですか……? それと小夜さんに関係してなくないですか……?」
「文句ばっかりだな! そんな我儘ばかり言う悪い子達には読み聞かせはしません!」
拗ねた僕は不貞寝する。
そんな僕の気を和らげようと二人は僕を宥める。
結局何でもいいと妥協した二人に『星の王子さま』を朗読していると狐の話で二人は眠りに着く。
僕の両腕にしがみ付く二人の腕を解いてベッドから抜け出す。何となく二人が抱き合うような配置にさせ、僕は満足すると別のベッドに移動した。
「寝れないな」
目が冴えてしまったのか寝付けない。
こうなりゃ城内を散歩して気でも紛らわすかと僕は部屋を出ることにした。
部屋を出て直ぐ見知った顔と遭遇する。
「さ、小夜くん……!? お、驚いたぞ……」
それは鈴華。
驚いたのはこちらである。コイツは僕の部屋付近で何を屯っていたのか。
ん……まさか……?
「……夜這い?」
「ご、誤解だ!」
「まぁ純情な生徒の模範たる鈴華がそんなことしないのは分かっているけれどさ。僕ならいいけれど他の人にしちゃあ勘違いされるかもしれないから気を付けた方がいいよ」
「何も分かってくれていない……!」
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