第22話 橘三日月を殺します
「殺したいほど憎い人物がいるんです」
「怖……」
「橘三日月。あの女は小夜さんへの態度が酷すぎます!!!」
飛香に殺したいとまで言わせるほどの者は、同級生でもあるミカ本人だったようである。
確かにミカの言動はアレでも僕に半分……いや極僅か原因があるわけだし、何より偶に優しいところもあるわけである。
「橘三日月を殺します」
「殺しちゃ駄目だよ? 一応僕の友人なんだし」
「はい!!! 殺しません!!!」
「いい返事だ。ミカと仲良く出来る?」
「あ、いや……そのぉ……」
そこは濁すのかよ。
まぁ一人くらい苦手な者もいてもおかしくはない。
僕も尸織を殺したくなることは稀によくある。
ちなみに尸織が特異所属なのは飛香は認知している。
尸織は外面や後輩への面倒見は良いため、後輩から「紬先輩」と呼ばれ慕われている。尸織は職務に忠実に励み報連相も怠らないため、組織内での評判も良い。
ただ何故か僕の場合になると仕事はしなくなるし報連相は出来なくなるし、僕に迷惑を掛けるわ問題を起こすわ言うことを聞かないわウザ絡みをしてくるわと人間が変わってしまう。
奴は学内でも異常行動を起こすが、これまた外面は良いので友人は多い。容姿も無駄に良いので学内の異性からも好意を抱かれることは多く、告白を受けて振っては僕に「◯◯に告られちゃったっす……」と惚気話を語ってくる。それがとてもウザい。
何だかアイツに殺意が湧いてきたな……。
「まぁ悔しい話ですが私が橘三日月に敵うとは思えないので、ここは小夜さんの言う通り身を引いておきます」
「まぁミカは二人しかいないA級だしね」
「それに特異でも天才と評判でしたから」
「えっ?」
「えっ?」
「「…………」」
ミカも特異所属だったの──!?
知らない! 初耳!
え、じゃあ何……ウチの3組には特異所属者が3人もいたということになるの……!?
いや待て、ミカが特異にいるならば話がおかしくなる。
これまでアイツは僕が特異に所属していることを把握していないかのような言動をしていた。ミカは嘘を吐くのが苦手であるため僕のことを知っていたとなると必ずボロが出る。
「橘三日月も京都出身ですので小夜さんが奴を知らなくても当然だと思います」
「ア、イヤ……僕は知らなくてもあっちは知ってるんじゃないの? 自分で言うのもアレだけど僕はそっちで有名なんでしょ?」
全てを記憶しているわけではないらしいが、話を整理するため飛香にミカの経歴を纏めてもらうことにした。
橘三日月は京都にて生まれたが母親の
そこで戦闘への異様な才能を見せた彼女は、機関内から神童や天才と綽名され将来有望な存在であった。
だが、10歳の頃にある事件を起こしたらしい彼女は、問題児として扱われるようになり関西支部を半ば追放され、特異の下部組織に属するようになったらしい。
関西におり下部組織にいたから、ミカは僕のことを認知していなかったのだろう。
いやでも同級生にいたのなら何かしらの連絡をしてくれてもよかったじゃないか。これは上層部からの嫌がらせかな?
「私が特異に籍を置くことになったのは8歳からで橘三日月とは接点は余りありませんが、奴の驚異的な能力を観たことはあります」
射撃や対人戦闘能力の成績は1位。何より抜群の身体能力と先見性。敵を殺すことに関して完璧な才能と素質を持っていた。
ただ、彼女には特異には相応しくない性格をしていた。
「ある時から人や敵を殺せなくなったようで。恐らく事件とやらはそれが関わっているのかもしれません」
何したんだろアイツ。
隙あらば僕を始末しようとするミカが不殺主義者? に転向ねぇ……矛盾してない?
そういえば尸織が言っていたことであるが、暗躍者は僕達の他に二人いたと言っていた。
奴の証言が正しいとは言い切れないが、一人は夜這いに来た鈴華。となるともう一人は恐らくミカということになる。
しかしミカも記憶にございませんと発言していたため、こちらも真であるのかは不明なのだが……。
「何より橘三日月が嫌いな部分は他にもあります。あの天性の才がありながら下部組織で燻っている。それが勿体無く腹立たしい」
持てる者と持たざる者ね。
努力しても結局は才能には勝てない。
現に僕は愚者の魔女とかいう因縁の宿敵には敵わなかったわけだし。
「だから、私では殺したくとも橘三日月を殺すことは出来ないでしょう。結局は私では奴には勝てないのですから」
「殺しちゃ駄目だよ……?」
「はい!!! 殺しません!!!」
うーん、相変わらずいい返事。
「そういえば前々から聞きたかったんだけど」
「はい!!! 何でも聞いてください!!!」
「何で宰相が黒幕だと突き止めたの?」
「勘です!!!!!」
えっ、勘……?
あれ君は「証拠は掴んでいる」と発言してなかったっけ?
「召喚された時点であの男は怪しいと睨んでいました。徹底的に尾行し、夜中も尾行した結果、案の定奴は私に誘き寄せられました」
勘だけで宰相の長年の大計画が阻止されるとか浮かばれない。
「結果実力不足な私では奴にも敵わなかったわけですが……」
宰相の攻撃って初見殺しみたいなものだし、僕のような再生持ち以外は難しいと思う。
初撃を防いだ上に透明化された矢も弾いた力量。飛香には目を見張るものがある。
「飛香は伸びるよ」
「私が……ですか?」
「君が努力家なのは知っているから」
──比良坂准一等は私が頑張ったなどと本気で思っているんですか!?
──私が不甲斐ないから、実力不足だから、弱かったから、こんな結果を招いたんですよ!?
──頑張ったなんて、嘘でも励ますような言葉を掛けないでください!
あぁ……思い出した。
そういえば己の不満や激情を吐露した飛香にそのようなことを言われたなと。
前回の戦闘での傷が完治していないにも関わらず退院した御崎三等が一心不乱に訓練していると聞いて、見舞いも兼ねて様子を見に行ったんだったな。
先輩と同期が負傷する中、必死に抗い生還した彼女を讃えての言葉だったんだけれど、彼女にはその言葉が不相応だと気休めだと感じたのだろう。
配慮に欠けていたなと僕は反省した。気軽に肯定しようとするのも逆効果だと実感させられた。
そして御崎三等は向いていないな──とも感じた。
特異において先輩や同期に後輩が気が付いたらいなくなっていることなど日常茶飯事である。
他人の死を悔やんで呵責を持とうとする者など長続きはしない。先に精神が病むか死ぬかのどちらかである。
この仕事は狂人や異常者しか継続出来ない仕事だ。
彼女のようなまともな人間は向いていない。
けれども、それが憂さ晴らしか気を紛らわすためか何も考えていないのか、僕には分からなかったけれども、御崎三等に好感を持ち後追いするのは見たくないなと感じた。
だから進路を斡旋するから退職しなと促した。
准一等の権限を行使して高校入学を手配させ、彼女に用紙を手渡す。
普通の人間として生きるか、異常者として生き続け何れ死ぬか、僕は御崎三等に二つの選択肢を選ばせた。
思えば京都で君を助けた時、君は救世主を見るかのような綺麗な瞳をしていたなと、ふとその時思い出す。
『ごめんね、君の仲間を救えなくて』
そう詫びるように二度目の謝罪をした。
そんな僕に御崎三等は信じ難い物を見るかのように目を見開かせる。
『……やはり比良坂准一等は人間なんですね』
一応人間だが。
どんな目で僕を見ていたんだコイツと率直に感じた。
肩の荷が下りたように緊張の薄らいだ御崎三等と世間話をすることにした。
日常や趣味のこと、昔話や将来の夢など。些細な内容や真面目な話など、思いつく限りのことを語り合った。
そこで将来の夢、亡くなった笹宮三等が学校に憧れていたという話を聞いた。
叶うのならば獣医になりたいと、そんな夢を抱いていたらしい。
『君が笹宮三等の夢を担ってみたらどうだい』
『私が……学校ですか?』
『やっぱりね君のような優しい子にはウチは向いていないよ。僕の准一等権限で高校入試は免除させて無理矢理にでも合格させてみせるよ。あ、職権濫用とか言わないでね?』
今直ぐに決断しなくていいからと紙を手渡し僕は立ち去ろうとする。
そんな僕を御崎三等は呼び止める。
『そ、その……夢だったんです。貴方の部下になって貴方の隣で任務に励むことが。そ、その気持ちには嘘偽りなく今も思っています! で、ですが……』
そうして御崎さんは紙を胸元で握り締めて告げた。
『こんな私にも新しい夢が出来ちゃったんです……!』
学校に行きたいと──言葉にはせずとも伝わった。
選択肢は決まったんだなと僕は理解する。
『なら仕事しつつ高校行っちゃおうか』
『へ?』
『隊員兼学生なんて早々いないけれど、まぁいないこともないから。じゃ、君は来年から高校生ね?』
『え、あの! ちょっと! それは無茶では……!?』
『平気平気。僕准一等だから』
そうして文句を垂れる上司を渋々納得させ、僕は御崎三等の高校入学を手配させた。
そして入学したのが高天高校だった──。
「あの頃は短かったのに大分伸びたね、髪」
「当時は邪魔だと思って切っていましたから。伸ばすようになったのは……その、小夜さんが長い方が好みだと噂で聞いたので……」
「可愛いよ」
「か、かわ……っ……!」
髪の長い女性は大和撫子のようで美しいと思っている。
要は、僕は黒髪長髪の女性が好みなのである。
ウチの3組で言えば鈴華や藍葉さんに飛香、腹立たしいことに尸織の髪型が好みだ。
まぁ今は僕の嗜好など重要ではない。
人生を左右させる行為をし、僕を慕う飛香を今日この日まで忘れていたのかと引け目を感じた。
だから素直に白状することにした。
「飛香には謝罪しておきたいことがある。僕は今日まで君が特異に所属していることを忘れていた」
「はぇ……? 仕事上他人の振りをしていたのではなく、単純に私のことを一般学生だと思い込んでいたんですか……?」
「僕は君を特異とは無関係の学生だと勘違いしていた。君に言われるまで思い出せなかった。どうか許してほしい」
飛香は、そう頭を下げて謝罪する僕を諌め顔を上げさせる。
そして、何も気にしていないと言わんばかりの屈託のない笑みを見せる。
「忘れていたとしても今は思い出してくれたんですよね? なら全然問題ありません!!! むしろ、私のことを憶えてくれていた、それがとても嬉しいんです」
ただ、それでは僕の呵責は消えない。
だから、一つの提案を飛香に出す。
「何でも、小夜さんが言うことを聞いてくれる……ですか!!」
「うん。殺人から窃盗まで何でもいいよ」
「で、ではその……」
飛香は髪を指で弄りながら照れ臭そうに要望を告げる。
「私を褒めてくれませんか……?」
ミカを暗殺しろとかじゃなくて良かった。
お安い御用だよと承諾した僕に飛香は、辿々しくも近寄ると目を瞑る。
自然と手が飛香の艶やかな髪へ届いていた。
「強くなったね」
「はい……」
「それにもっと綺麗になった」
「…………」
「よく頑張ったね」
「……っ!」
飛香は僕に飛び付くと胸に顔を押し付けた。
子どもを宥めるように頭を撫でる。
飛香は僕を見上げると意を決したような表情のまま言葉を紡ぐ。
「比良坂一等……! あ、あの、私……私……!」
飛香の続きの言葉を待ち続けていると、ふと扉が静かに開く。
「小夜? 一応迎えに来たんだけど──」
来訪者はミカ。
扉を開けたミカの視界に真っ先に入った光景は、僕と飛香が抱き合っている構図。
事情を知らない部外者からすると、もうそうした光景に見える以外なく──。
「──小夜くん?」
背後に般若を顕現させているかのような威圧感を醸し出すも表情は笑顔という、ミカの矛盾した表情に僕は死を覚悟。
ご臨終ってコトなんだよね。
「なぁにやってんだお前ら!!!!!」
修羅場確定だなと僕は今後の先行きに不安を覚えた。
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