第21話 狂犬御崎さん
イリス先生の異世界教育と恋のお悩み相談を終えた僕達は解散の流れとなり、僕は部屋に一人篭っていた。
黄泉が僕の部屋に移動したいと申し出たため快諾したのだが、皆の猛反対により八雲さんと黒猫さんと同室になる形で幕を閉じた。
今後の予定としては夕食に皆で食堂へ行こうという話となり、その時間までは待機となっている。
要は待機中の間、僕は暇人なのである。
前の世界であれば仕事の報告書作成や資料の閲覧、領収書の整理といった事務作業に没頭していたのだが、異世界召喚されたため退職となってしまったので行う義務はない。
となれば身体を鈍らせないため修行だなと結論付けた僕は、錘を付けてジョギングに駆り出そうとするが、扉の向こうからノックする音が聞こえたので中断する。
「はい、どちら様?」
「比良坂さん、少しよろしいですか?」
そうして扉を開けて来客の顔を拝見すると、なんと僕への来客は先日お世話になった御崎さんであった。
御崎さんが僕に何用なのだろうと疑問を抱くも、僕は「入ってどうぞ」と彼女を招き入れる。
僕と御崎さんは然程接点はない。
彼女自身、人との交流を多く持つような人間ではなく、学校の休み時間では読書をする文学少女。
かと言って交流を拒絶するようなわけでもなく、事務的な会話はするし世間話程度は偶にする間柄である。
そんな彼女が僕に何用であるのか。唯一心当たりがあるのは先日の一件のみ。
だが、先日は僕は別人に変装しており小夜くんは無様に爆睡していたことになっている。それ以外となると心当たりはない。
「お時間を頂きたいと伺っていたのですが……人気者の比良坂さんと二人きりになれるタイミングがなく苦労しました」
まぁ基本的に黄泉と一緒か生徒会三人衆+よく見る面子と行動を共にしていたわけだしね。
「尸織も留守だし今なら丁度良かったよ。それで、どうしたの?」
「えぇ、ええと……その」
御崎さんは口を濁すかのように中々話を切り出せず少々萎縮気味であった。
深呼吸をして決心が付いたのか、しばらくすると彼女は口を開く。
「比良坂さんは──レイさんですよね?」
御崎さんの言葉に尋常ではない冷や汗と動悸と鳥肌と震えが生まれる。
こ、この子、僕の正体がレイだと掴んでやがる──!
僅か一日でレイ・アタナシア=比良坂小夜の法則を解く者が現れるとは想像もしていなかった……!
宰相が黒幕と看破していたし、御崎さんには黒幕属性を見抜く才能でもあるの?
ここで無理に否定や誤魔化しても御崎さんの観察眼に通用するとは思えない。
何故見抜いたのか、どこでボロが出たのか、そんな疑問が続々と生まれるも、一先ずは僕がレイであると認めることにしよう。
僕は一呼吸置くと軽く微笑んで彼女に告げる。
「よく分かったね」
僕はやむなく白状する。
僕の正体を確信させた御崎さんは、僕がレイであることだけを聞きに来たわけではないはずだ。
他の用事……僕の正体の公表の線も浮かぶが、彼女もまた大っぴらに言い触らす人間ではないのは分かる。
仮にそうだとすれば僕は説得→土下座→実力行使の過程を踏まねばならないといけないのだが。
「やはり……そうだったんですね」
御崎さんは安堵したかのような微笑を放つ。
基本凛ちゃんと同じで表情に乏しい御崎さんの微笑みは新鮮なものであった。凛ちゃん個人は中身の愛嬌はあるんだけれども。
「ありがとうございました……また、私を助けてくれて」
御崎さんは僕の手を掴んで額に触れさせ感謝を述べる。
また……とは何なのだろう?
以前僕は彼女を救ったことがあったのだろうか?
あ、いや、軽く教科書の貸し借りをしたことがあるから、そのお礼を踏まえているのかな?
「僕は僕のやるべきことをやっただけだよ。だから頭を上げて?」
「比良坂さん……」
この男、よくもそう抜かせるよね。
元々宝物庫漁りが主だったくせに仕事のために行動しているだけですよと吐けるものだ。
「よく気付いたね。僕がレイであることに」
「あ、はい。声と服装が一緒だったので」
声と服装……?
ア゙ッ!
そういえば御崎さんと対面した時、僕の格好は制服のままだった。こんなことになるって想定していなかったから服装は変えていないんだった……!
尸織は準備万端であったのか僕達の前に登場していた時は、しっかりと服装も変えていた。
要は僕の怠慢が招いた失敗である。
「うん、そうだね……。だけど声……?」
「私を抱き締めて諭してくれた時に比良坂さんであると確信しました」
そんな演出あったかな……?
宰相や御崎さんの前でつらつらと暢気に語ったものだから正体がバレたようである。
まぁ御崎さんに正体が判明した以上、今後は服装や口調等を注意しないとなと決心するが──僕の格好が制服だったため割り出される可能性、すなわち
ま、まずい……拉致されて拷問される……!
アイツらのことだ。召喚者の一人がレイであると把握した以上、僕達の近辺に密偵を潜ませているに違いない。
これは自白して土下座の誠心誠意の謝罪をした方が賢明か……? だが、土下座程度でアイツらが僕を許してくれるとは到底思えない。
そ、そうだ! 記憶喪失がある! 何を問われても「記憶にございません」などと政治家のような発言をしておけばいい。
「と、ともあれ……僕がレイだと知った君は、僕をどうする気なんだい?」
「ただ、貴方にお礼を言いたかったんです」
「お礼?」
「はい、貴方は私の恩人。私は貴方に一度ならず二度も……そして三度目も救われたのですから」
この子、結構窮地に陥るんだな。
僕は御崎さんの恩人らしいけれども一度目と二度目の件とやらは記憶にございません(本当)。
「一度目は私が8歳の頃……忘れるはずもありません。当時能力者による強盗殺人事件が巷を脅かしていました」
御崎さんが8歳の頃、京都に住んでいた彼女は夫婦仲良好の両親と2個下の弟に囲まれて幸せな家族生活を送っていたらしい。
だが、その幸せを打ち砕いたのは異能を犯罪に使用する能力者。
御崎さんは、その能力者により自分以外の家族全員を殺害された。
自分も殺されると覚悟した瞬間、それを覆したのがもう一人の能力者の存在。
「それが貴方です。比良坂一等」
どうやら僕は京都にて御崎さんを助けていたようである。
御崎さんとは同年代。当時8歳でありながら僕は特異に所属しており、犯罪集団の始末や敵生体の駆逐やらと大忙しだった。
だが、僕の活動範囲は関東圏内であるので京都で御崎さんを助けることなどないと思うのだが……。
アッ、そういえばそれっぽいこともあったかもしれないなと記憶が蘇る。
有給を使用して2泊3日の京都旅行を満喫していた僕は、上司からの連絡で京都に強盗殺人をする能力者の所在地を特定したから始末しろと命令された。
休日手当は発生するのか確認した僕は、急遽舞い込んだ仕事に対応することになり、現場に直行することになった。
犯人の現在地が随時連絡が来ており、嵐山を満喫していた僕は電車で宇治市へ向かう。
そうして宇治市の住宅街に辿り着いた僕は犯人を始末することになるのだが、御崎さん意外の御崎家の方々を救うには時間が遅かったようだった。
そうして仕事を終えた僕は伏見稲荷や清水寺、金閣寺に銀閣寺など、京都観光を満喫したのだった。
──遅くなってごめんね。
そう当時の御崎さんに詫びた記憶が鮮明に残っている。
「ごめんね、君の家族を救えなくて」
「いえ構いません。偶々、運が悪かったとしか言いようがないのですから」
親戚に預けられる選択もあったが、御崎さんは特異の関西支部に属することを希望した。
そうして彼女は特異の隊員として経験を重ね、僕がいる東京本部への配属を志したらしい。
特異には御崎さんのような境遇の者や特異から勧誘される者など所属の理由はそれぞれである。僕の場合は強制……まぁ前者のようなものである。
「比良坂一等は京都でも有名でした」
「ああ、うん……」
「比良坂一等は私達後輩の間でも人気者ですよ。貴方の写真が高値で取引されていたり、貴方と会話したことのある者や仕事に携わったことのある者は自慢気に語っていました。当の私は『比良坂一等に助けられたことがあるんだぞ! お前ら如きが比良坂一等の何が分かる』と内心彼女達を馬鹿にしていました」
何それ知らない。
写真って……僕の知らない姿が撮られているってこと? 個人情報保護的に駄目じゃないの?
「ですから、比良坂一等のいる東京本部へ行くのが私の目標だったんです。貴方に救われた恩を返すため……お礼を言うために私は自分自身を磨きました」
そうして彼女は僕に会うために東京本部へ配属され、
「比良坂一等は私のことなど記憶にないでしょうが、実は配属された日に偶々比良坂一等が本部にいると情報を得たので挨拶に参ったんです」
そういえば本部にて事務作業をしている最中、転勤してきた子ですよと紹介された記憶がある。よろしくねと返したら握手を求められたので律儀に応じたことを憶えている。
まぁその後は顔を合わす機会などなかったので、御崎さんのことは忘れてしまっていたのだが。
「じゃ、二度目は?」
「二度目は私が14の頃……
茨城県古河市に敵生体の出現が確認され、御崎さんは先輩と同期と共に出動することになった。
任務を何なく完了させたと思った彼女達の前に現れたのは、最初に対処した数の倍もの群れ。
数の暴力に圧倒され先輩を失い彼女達も傷を負い危機的になった時、華麗に登場したのが僕であるらしい。
先輩と同期という殉職者を出す結果となったが、御崎さん自身は生き残れたらしい。
「またしても私だけが生き残ってしまいました」
自分の経歴や自分以外の者を失わせたことから御崎さんについた渾名は「死神」。
その不名誉な二つ名を払拭しようと彼女は自暴自棄に自身を痛め付けるように訓練に臨んだ。
そんな精神的に落ち込んだ御崎さんに救世主の如く登場したのが僕であるらしい。
訓練後の休憩室にて身体を休めていた御崎さんは、偶々そこに訪れた僕と遭遇。そして自身の状況を打ち明ける御崎さんは、何だか頭に血が上り僕を罵倒したようだったが、やがて我に帰り僕に頭を下げたようである。
そして僕からいい感じの言葉で諭され、悩みの解決した彼女は、また新たな目標のため再出発したそうである。
あったかもしれないが、あまり記憶にない。
3年前の出来事のくせに記憶にないよ。
黄泉の件もそうだけど本当に天社に記憶抹消されている……?
「全ては比良坂一等のために、私は全てを捧げる所存です」
ねぇ3年前の僕。僕は御崎さんに何を言ったの?
なんか知らない間に凄い御崎さんに盲信されているんだけど。
「や、やめて。そんな自分を易々と売るようなことしないで」
「やはり優しいのですね……比良坂一等は」
「いや優しいとかじゃなくて君の人生は君自身だから。僕のために捧げるとか言わないで」
「もう私は比良坂一等以外何もいりません……! こんなことになるとは想像していませんでしたが、比良坂一等とならば何とでも乗り越えられる気がします! 比良坂一等! 私は異世界でも貴方に従います!」
御崎さんが壊れてしまった。
誰なのこの子。
クールな印象を持っていた御崎さんは崩壊した。
今は命令をひたすら待つ犬のようである。
「と、とりあえず一等はやめて。一応ウチら秘密組織だし」
「では何とお呼びすれば……!?」
「今まで比良坂さんって呼んでたでしょうが! 何で呼び方分からなくなっちゃうんだよ……」
「…………」
「御崎さん?」
「その不躾なお願いなんですが……そ、その小夜さんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「それくらい全然構わないよ。一等呼びされるよりマシだ」
「や、やった……!」
ガッツポーズする御崎さん。
もう当初の印象は掻き消されてしまった。
「も、もう一つお願いがあるのですが……そ、その……私のことは飛香、と呼んで頂けないでしょうか……?」
「いいよ。飛香」
「ガハッ! 比良坂一等から名前呼び! これは中々の破壊力……!!!」
「一等言うな」
この調子だと先行きが不安になるが、この子は何やかんや仕事と私事は別ける子なので大丈夫だろう。現に今まで僕にこの調子で接したことがなかったわけだし。
これらを一切区別させない尸織は例外なのである。
「三度も救われて、あまつさえ名前呼びをする者同士とは……! 見たか、私を馬鹿にしてきた奴ら! 私は凄い小夜さんと仲良しなんだぞ!!!」
これまでの鬱憤を晴らすかのように飛香は煽り捲る。
そうして発散して落ち着いた飛香とお約束をすることにした。そして、その約束事を彼女に復唱させる。
「小夜さんの仮初の姿であるレイさんの正体を晒してはいけない。何故なら秘密任務中の姿と名前であるため」
「よし次」
「私と小夜さんが特異に所属する者と知られてはいけない。何故なら秘密組織だから」
「よし次」
「本来は子犬を凌駕するほどの実力を持っているが、小夜さんは子犬とのじゃれあいで満身創痍になるほど最弱ということにする。何故なら特異の能力を知られてはいけないため」
「約束出来る?」
「出来ます!!!!!」
凄い良い返事。
こうして御崎さんこと飛鳥にはレイの正体が比良坂小夜であることを知られ、僕は過去に二度も彼女を救っていたのだと驚愕の情報を手に入れてしまった。
そんな彼女は僕を尊敬する後輩の子であるらしく、京都から東京目指して努力してきたようである。
何でこんな面白い子が後輩だと気が付かなかったのだろう。
そして同じ組の同業者の存在を認知しなかったのだろう。
やっぱり人間って面白いね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます