第20話 職業はお嫁さん

 「じゃあ僕と恋人同士だね」


 「うん? そうなの?」


 「小夜は僕のことが好きでしょ? 僕は小夜のことが好きでしょ? お互い好きなら両思いでしょ? なら恋人同士になるよね」


 「なるほど」


 こうして僕と黄泉は晴れて幼馴染から恋人に昇格した。

 幼馴染の愛情はあるが、未だ恋愛的な愛情はない。

 まぁ何れ黄泉への愛情も芽生えるのだろう。

 そんな僕と黄泉の恋人成立に異を申し立てる者がいた。


 「ちょ待て! 待て待て待て! え、本当に付き合うの!? 小夜は月読さんのことが好きなの!?」


 「そういうことになったね。まぁ黄泉は幼馴染として好きだし別にいいかなって」


 「え…………そんな単純な理由で……? 幼馴染ってだけで……? 何それ……訳が分からないよ。おまけに告白してすらいないのにお断りされる私は何なの……?」


 ミカは頭を抱えて悶え、顔面がシュルレアリスム風の画風に崩壊していた。

 

 「面白いことになってるねぇ〜」


 「凄ぇことになってんぞ〜」


 「修羅場にゃ。とんでもにゃいないことににゃったなったにゃ……」

 

 「ご結婚おめでとうございます小夜ちゃん。結婚式には私も招待してくださいね。是非とも私が祝辞を担当しましょう」


 「小夜くん正気ですか!? まさか本気で結婚なされるつもりですか!?」


 「黄泉とは色々あったし責任取らなきゃってね」


 各々感想を述べる人と阿鼻叫喚する鳳凰院さん。

 結婚式の段取りと招待客を決めないとな。

 というか結婚式って幾らするんだっけ? いや、先ずは指輪を用意するんだっけ? 数多の世界を放浪した僕といえども結婚関連には疎いからなぁ。


 「先生、結婚式って先ず何からするんです?」


 「未婚の先生に聞かないでください……。ま、まぁ一般的なのは両親への挨拶と市役所への手続きなんでしょうかね?」


 「真は何か知ってる?」


 「い、いや俺も未婚だし……申し訳ないがお前の役には立てない」

 

 僕には両親も市役所もないからなぁ。参った。

 あ、いやここは異世界であるし、こっちの風習に従うべきなのだろうか。後でアリストヴェール先生かアヴェランスさんに聞いてみよ。


 「落ち着かないか皆の衆!」


 混乱する場を一喝するのは鈴華。

 鈴華の一言により場の喧騒は鎮まる。


 「小夜くんの結婚は断じて反対だ。私の息子は月読さんにはやれない」


 「君は僕の親か何かか?」


 僕を庇う鈴華は黄泉と相対する。

 対面する黄泉は微笑みながら訊ねる。


 「理由を聞いてもいいかな? 何で天音さんは反対なの?」


 「そもそも──私達は17なのだから結婚出来ないだろう!?」


 た、確かに……!

 男女結婚が許される年齢は18歳から……! 僕達はまだ17か16……! その年齢に達していない……!

 でも異世界で日本の法令に従う必要はあるの?


 「当然ながら君達の交際も反対だ。お母さんは許しません」


 「へぇ天音さんって独占欲強いんだね。僕知らなかったな」


 生徒会長の独断と権限により僕と黄泉の交際、というか僕が誰かと異性の関係になることは禁じられた。

 そうして僕と黄泉は僅か数分の間で破局することになった。


 「まぁ全然構わないよ」


 黄泉は僕の腕を絡ませ、戦意喪失しているミカは放置して鈴華に挑発するかの如く見せ付ける。


 「最後に小夜の隣で笑うのは僕だからね」


 「ぐっ! 手強い……これが幼馴染としての、正妻の余裕か……!」


 そうして一波乱あった僕の結婚騒動は、破局という形で落ち着くことになった。


 話が大分横道に逸れたが本題へ戻る。

 召喚時には自分の適性にあった職業と固有技能が授けられる。正確には授けられるというより解析が正しい。

 贋作魔道具の役割は、自身の適性や個性を解析し、それに基づいた職業や技能を指し示すもの。

 この魔道具を量産させたヴァルシュテット王国は、人種や身分に関係なく徹底した能力主義国家だそう。人間以外の種族や魔族に寛容であり、今回の対魔族同盟である神聖同盟に加入していない。


 そして僕の職業と固有技能であるが、ただの悪口以外何物でもない。

 能力値は極端に低いし虐めなのかな?

 

 「秘密にしたければ言わなくて大丈夫なんだけれど皆の職業って何?」


 僕は自身の職業を明かす前に皆に訊ねる。


 「私は料理人だよ〜」


 「にゃーてじにゃし手品師だにゃ」


 「俺は歌手らしいんだよね。納得だね」


 八雲椎奈さん、職業料理人コック

 黒猫さん、職業手品師マジシャン

 轟豪くん、職業歌手シンガー


 本当ですか?

 今述べた御三方、誰一人異世界要素ないんですが。

 ま、まぁ本人の適性がそれなのだなと納得しておこう。


 「えっと……他の方々は?」


 「私は召喚術師だそうです」


 「先生は……その、巫女……だそうです」


 「僕は治癒師だよ」

 

 東條凛ちゃん、職業召喚術師サモナー

 伏見結梅子先生、職業巫女ソーサレス

 月読黄泉、職業治癒師ヒーラー


 ようやく異世界物らしい定番職業が披露された。

 ただ、今挙げられた6人全員が後方職である。うち3人は戦闘職ですらない一般人である。僕なんてそれ以下の愚者であるわけだし。


 「私は聖騎士なようです」


 「「「「「「おお」」」」」」


 鳳凰院輝梨那さん、職業聖騎士パラディン

 凄い似合うなと思った最中、鈴華とミカに凛ちゃん、そして詐称疑惑のある三人組は「おお」と感嘆の声を上げた。


 「流石金色なだけあるねぇ」


 「キリナちゃんはくっ殺とか似合うにゃ」


 「道理でねぇ……いいねぇ!」


 名前からして聖属性を極めていそうで鳳凰院さん本人が聖人の権化みたいだし相応なのだろう。

 褒め慣れていない鳳凰院さんは各方面からの讃称に照れ臭そうにしていた。


 「んでぇ、ミカちゃん達は何なのさぁ〜?」


 「わ、私!? あ、えーと……あ、あ、暗殺者」


 橘三日月、職業暗殺者アサシン

 ミカの職業は暗殺者じゃなくて拷問官トーチャラー殺人鬼マーダラーが適性だと思うんだけれどなぁ。やっぱりあの魔道具は贋作だよ。


 「怖いなぁ。ミカちゃんに暗殺されちゃうよぉ」


 「勇者にゃのになのに勇者に相応しくにゃいないにゃ。実はミカちゃんは裏社会出身とかだったりするのかにゃ」


 「んなわけないでしょうが! こんな不名誉な職業、私の方から遠慮したいわ!」


 「ほう、ミカに意外な一面があったとは。私の知らぬところで魔物退治を生業とする特殊部隊の隊員だったり、国家の敵を秘密裏に始末するエリート部隊出身だったりするのだろうか? むむむ、羨ましいな」


 鈴華はミカの裏の経歴に幻想を抱く。

 全身全霊の全否定。

 その狼狽え振りは僕達に猜疑心を再び生ませる。


 「逆にそこまで本気で否定されていると疑わしく思えますね」


 「特務隊や秘密警察というよりかは犯罪組織のチンピラじゃないのかな。性格も粗暴で荒っぽいし納得がいく」


 「小夜くん?」


 そして、次に職業お披露目するのは真となる。


 「俺は……英雄らしい」


 武部真、職業英雄ヒーロー

 流石S級を引き当てる主人公候補No. 1なだけある。僕の見立ては間違っていなかった。


 「英雄ねぇ……いいねぇ!」


 「ちょっと俺には重荷なんだけれどな。そんな自覚なんてないし……」


 「大丈夫だ真くん。私は勇者だ!」


 天音鈴華、職業勇者ヒーロー

 流石S級の鈴華。これまた僕の主人公調査技能は衰えていなかった。

 二人の英雄と勇者の登場に皆は拍手を送る。

 鈴華はドヤ顔をしながら「止してくれ」と皆に訴える。


 S級の真は英雄で鈴華は勇者。

 A級のミカは暗殺者で鳳凰院さんは聖騎士。

 となれば鬼龍くんは何なのかなと生徒会特権で資料を確認すると、どうやら彼は竜騎士ドラグーンらしい。

 う、羨ましい……! 聖騎士と竜騎士と来て僕の職業は、職業と言えるのかすら不明な愚者だよ。この明確な差は何?


 「それで小夜くんの職業は何なのだ?」


 「僕? 愚か者だよ」


 「いや職業は何なのだ?」


 「だから愚か者。愚者」


 比良坂小夜、職業愚者フール

 皆様方、何言ってんだコイツ……みたいな視線を送らないで。

 自虐しているのだと勘違いされたのかもしれない。ここは僕なりの解釈を加えた補足をしておこう。


 「要は職業遊び人ガダバウト。遊んでばかりの穀潰しで能力値も碌に上がりやしない役立たずなワケさ……」


 あまりにも不遇だと感じたのか常に僕に軽口を叩く八雲さんと黒猫さんですら口を閉ざす。

 あら不思議、僕の解説に場は冷え切る。あ〜あ、これだからギャグセンス皆無の小夜くんは……。早速愚者の本領を発揮させていますね(失笑)。


 「だけど実は僕には隠し要素が秘められているんだ。LV20で何の制約もなく職業賢者セイジに転職出来る。これは僕だけの唯一の特権なんだ」


 「それゲームの話じゃないの? 現実は違うんじゃないの?」


 「ミ、ミカ! 小夜くんの希望を潰えさせては駄目だ!」


 そう、この世界で遊び人が賢者に転職だなんて聞いたことがない。

 適性はその人の適性を示す。賢者に向いているなら賢者と表示されるし、愚者なんて表れるわけがないのだ。

 だから僕は生涯愚者のまま。愚者は愚者として生きる他ないのである。


 僕は能力値に縛られず魔道具を信頼していないため、この職業愚者も然程気にしてはいないのだが、優しい彼等は僕を精一杯肯定してくれるのであった。

 流石に気を遣わせすぎて申し訳なさを覚えた。


 そうして先生と生徒会三人衆の能力値を書き記し、全員分の名簿を書き終えた。

 ちなみに皆の能力値の数値は大体が3桁越えが常。

 僕のような1桁の者は見当たらなかった。

 鈴華を例に挙げるとなれば下記の通りとなる。

 

 【名前:天音鈴華】

 【レベル:1】

 【HP:250/250】

 【MP:400/400】

 【攻撃力:250】

 【防御力:180】

 【魔力:350】

 【魔抵抗力:200】

 【素早さ:230】

 【運の良さ:150】

 

 ──化け物かな?

 僕の何十倍はあるのかな?

 この優遇措置は何なのだろう?


 そして、今回調査した僕達5人の中で伏見先生の運の良さが際立って高いことが判明した。

 なんとその数値は450。小夜くんの26倍の数値である。

 その異様極まりない高さに凛ちゃんは着目する。


 「この運の良さで先生が金色や虹色ではないのは何故なのでしょうか」


 全項目の数値を合計させた合計値が階級の基準を示しているのだろう。

 鈴華の場合、HPから運の良さの数値を全て合計すると2010となる。対してミカの場合は、1685となっている。これらを平均に換算してみると鈴華は250、ミカは210となる。

 つまり境界は250以上はS級となり、249以下はA級となるのかもしれない。

 などと適当に思案していると凛ちゃんも僕同様の見解を示していた。

 だが、それ以上に皆が注目したのは別にあった。


 「この運の良さなら億万長者になったり、先生に恋人が出来てもおかしくないと思うんですがね……」


 伏見先生は疲れ果てたように呟いた。

 またしても重たい雰囲気が蔓延する。

 そんな空気を打ち破るかのように若干空気の読めない凛ちゃんは、ふと言葉を漏らす。


 「先生の運の良さでありながら恋人が出来ないということは、私達は一生恋人が出来ないということになりますね」


 伏見先生は石化したかのように硬直する。

 未婚の先生には痛恨の一撃であったようである。

 そんな石化状態を治癒すべくモテ男の轟くんは場を軟着陸させようとする。


 「まま、そう焦んなよ。そう結論付けるのは時期尚早じゃねぇかな。俺達より運の良さが低い小夜でありながら、小夜には恋人がいるんだぜ? だから大丈夫だろ」


 「確かにそうですね。小夜ちゃんには月読さんがいらっしゃいますし。私の推測は誤っていたということになります。皆さん申し訳ありません」


 「んん? でも結局お二人は破局したんじゃなかったかなぁ?」


 「もうにゃー達私達は生涯独身確定にゃ。潔く諦めた方がいいにゃ」


 いい感じに解決しそうだったところに八雲さんと黒猫さんが横槍を入れたことにより問題は再発した。

 和やかな雰囲気で終える予定の能力値発表会は想定外の事象により、悲劇的な形で幕を閉じることになった。


 「鈴華とミカも石化してるし、どうする真?」


 「運の良さと結婚の関連性を考察するしかないな」


 そんなの考察するの嫌だよ。

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