第18話 病弱キャラの確立

 ミカを連れ出した僕は、黒幕を決断させた始まりの塔へと辿り着いた。

 空気は澄んでおり景色を一望出来る見晴らしの良さ。何より無人であるため他人に話を盗み聞きされる心配もない。

 そして胸壁に腰を下ろし、風を堪能し深く息を吸い込んで肺に満たす。足をぶらつかせ地面の重みから解放されるのは、危険行為であり僕の脳裏に警鐘を鳴らさせるが、その行為は僕に快楽を覚えさせる。


 僕は背後に佇むミカを何たら角度のように見返る。


 「絶景だと思わないか?」


 「綺麗……」


 「それで──話に移ろうか」


 「…………」


 ミカの横顔を一瞥すると真の証言通り、粗暴な雰囲気は見せずお淑やかさを醸し出していた。

 常時こんな感じだと僕の死の危険がなくなるんだけどなぁ。まぁ今は野暮なことだ。


 「君にだけは見られたくなかった」


 僕のことが大嫌いなミカは絶好の機会だと言わんばかりに醜態を大公表しようと目論んでいる。

 一応彼女にも人の心はあるようで、それはあまりにも酷ではないかと葛藤していたわけである。

 天使と悪魔の天秤どちらに傾くか。ミカの怒りを買ったが最後、天秤は瞬時に悪魔に傾いてしまう。

 そうならないためにミカに説得……必要なら脅しを掛ける必要があるのだ。

 プロセスは下記の通りだ。先ずは真摯に言わないで下さいと説得。通用しなかったら情に訴える土下座。それも駄目であれば実力行使である。

 将来ラスボスの僕が土下座なんて……と流石に遠慮はしたいが、醜態を内密にしてくれるのならばミカ相手に土下座程度安いものだ。


 「あ、そうだよね。……そっちだよね」


 何故かミカは肩を落とす。

 そっちとはこちらではない別のものがあるわけで、もう片方のものとやらは何なのだろう。


 「あ、えーと……告白……? 受けるのかなって、ちょっとドキドキしちゃった」


 「僕が……君に……告白……? 何言ってんの?」


 「大勢の前であんな真剣な表情で連れ出されれば勘違いの一つくらいするだろうが! うっわ、恥ずかし……ほんと死にたい……」


 ミカは羞恥のあまり手で顔を覆う。

 ヨシ、思わぬ形で脅迫の材料が一つ増えたな。

 この人〜僕に告白されると勘違いしていた脳内お花畑の橘三日月ちゃんで〜すと脅すことが出来る。

 ただまぁ、花嫁掠奪という謎の幻想を抱いた僕も脳内お花畑であるのだが……これは心の奥底に潜めておこう。


 それよりは先ず第一段階だ。とりあえず下手に出て他言無用で頼むと説得。

 僕は胸壁から降りてミカの対面に立つと、それはまた綺麗な90度の深々としたお辞儀をお披露目する。


 「あのことだけは……誰にも言わないでくれ……!」


 「小夜っ……!」


 「君にだけは、やはりあんな姿を見られたくなかった……! だから頼む……! 他言無用でお願いしたい……!」


 「頭を上げて。小夜がそんなことをする必要はない」


 僕は伺うように上体を上げていくと、ミカは辛さと嬉しさが混じり合ったような、例えようがない複雑な表情をしていた。

 これは……イケる……?


 「でも、私にだけは何も遠慮せずに正直に語ってほしい。決して迷惑だなんて感じないから──」


 腹痛に苛まれていただけの話なんだけれど。それにミカは真相を把握しているわけで、これ以上何を語れと言うのだろう。


 「君には何も話すことはないよ」


 「…………! ……そんなこと……そんな、冷たいこと言わないでよ……!」


 突如僕の胸元を力なく握ったかと思うと、ミカは地面に涙を滴らせた。

 エッ、アッ、えぇ!? 何でこの子泣き出したの!?

 お涙頂戴要素なんて一切合切なかったろ!? 情緒不安定なの!?

 ま、まずい……! このままでは女の子を泣かせた屑野郎として再び女性の敵説が立証されてしまう……!


 「ミカ……」


 「私は頼りない? 信頼に値しない? 小夜の助けになりたいって気持ちは迷惑? 私は小夜の……友達でしょ? 何も遠慮しないでよ……!」


 なんだこの既視感は。

 先日と同じ展開を拝まされているような──。

 僕は、僕達は何の話をしているんだ?

 このすれ違いの違和感は、何だ──?

 僕はまた、盛大な勘違いをしているのでは?


 思えばミカは僕を虐める趣味をお持ちなサディスト気質のある人物ではあるが、他人を貶めたり悪評を垂れ流すような裏方の所業はしなかった。

 だから彼女の気質を捉えると今回の僕の醜態も口外するとは思えない。

 となると今回も僕の早とちりであり、彼女は何か別の原因で塞ぎ込んでいたということになる。

 醜態ではないのなら何か。僕は醜態を隠すと同時に吐血を見られないと隠そうとした。

 

 内臓破裂や損傷なんて日常茶飯事で吐血も身近なものである僕だが、そもそも一般人はそう易々と吐血なんてしない。

 吐血をするということは重病を患った病人と見做されるのが一般的だろう。

 となればあれか、僕はミカに病弱な美少年だと勘違いされている……?

 ま、まずい……! 吐血は僕の日常であるため吐血に猜疑心を生ませるなんて想像が付かなかった……!


 もう重症である。

 憎い、吐血を日常にさせた天社が憎い。

 おかげで僕に病弱属性が追加されてしまったじゃないか。

 それに酷い男だよ、この比良坂小夜という男は。

 僕の病状を心配するミカを「何も話すことはない」と冷淡に一蹴するとは。もう女性の敵確定。死んだ方がいいと思う。


 このままでは女性を泣かせた最低男小夜くんが誕生するため、早急に発言の尻拭いをしなければならない。

 そうして僕は発言の撤回をしようとするが、腹部から舞い上がる違和感を覚え、思わず咳き込む。


 「ヴッ! ……ゲホッゲホッ!」


 「小夜っ!」


 口を覆った手を見ると案の定、吐血──。

 天社への怨念ストレスが僕の腹部に負担を与えたようで、再生し切っていない内臓を傷付けたようである。

 このままではますます病弱属性が加速してしまう……! 一度目ならず二度目である。しかも目撃者も同じ。もう言い逃れ出来る状況ではない。


 「早く……医務室に連れて行かないと……!」


 いかに狂人の天社に染まり切った僕といえども、2日くらいすれば完治しますと告げられても、コイツ頭おかしいんじゃないかと猜疑心を生ませることは分かる。

 これはミカに白状した方がよいのではないか。

 ただ、これは先日の宰相との戦闘によるものなので、それでは僕の黒幕を発覚させることに繋がってしまう。

 となるとこれは、謎に追加された病弱属性を活用する他ないのではと。

 

 そもそも僕は余命1年半の命。

 見方を変えれば病弱だ。

 謎の幼馴染が追加されているんだ。病弱の設定が追加されたくらい造作もないだろう。

 それに先日の大茶番、暗い過去の謎多き人物設定が消去されたのだ。病弱設定もそのうち抹消されるはず(希望的観測)。

 おまけに先日は生徒会三人衆+凛ちゃん+鳳凰院さん+有栖川さん+芦屋さんと勢揃いであったが、本件はミカ一人のみ。ミカ一人くらい容易い──と思っていたのだが。


 「小夜……おい! 大丈夫か!?」


 突如僕達の前に姿を現した乱入者は真。

 咳き込む僕に駆け寄り身体を支えようとする。

 真の背後には青ざめた顔色で立ち尽くす鈴華の姿があった。

 「何で君達いるの……!?」といった、そんな不満を溢さず表すわけにもいかず、僕は口元から血を溢れ出しながら微笑んで表情を繕う。


 「君達にも……ハァ、見られたく……ゴホッゴホッ、なかったな……」


 「そんなことを言っている場合か!? 護衛の兵士かメイドに医師を呼んでもらうようお願いしてくる……! 鈴華とミカは小夜を頼む……!」


 そ、それもまずい!

 これでは僕の病弱設定が一層拡大してしまう!

 自分の蒔いた種で芽生えた火種は自分で摘まないと……!

 真や鈴華に病弱設定が植え付けられたのはやむを得ず。時には妥協点を見出すことも大事なのだ。


 「いいンだ真……ッ! これはッ一時的なモノ……! 直ぐハァー、直に治まるッ……!」


 憔悴している僕は空元気のような笑みを浮かべ首を横に振る。

 あれは一時的な発作のようなものと演技した僕は、真を押し留めさせることに成功する。

 

 「だ、だが──!」


 「頼む! お願いだ! 僕の──オヴェッ! 僕の……言うことを聞いてくれ……!」

 

 僕は真の手を握り締め強く見つめる。

 僕の真剣な眼差しに感化された真は、僕を胸壁に寄りかからせ不安気に見つめる。

 そうして暫し休憩を挟み、僕は彼等に自分の過去という名の設定を語ることにした。


 (1)僕は生まれつき病弱

 →嘘。基本的に健康である。


 (2)僕には余命何年とか、そんな幸薄というわけではない

 →嘘。余命1年半である。


 (3)尸織と偶に抜け出すのは実は病院に通っているため

 →大嘘。天社のお仕事に駆り出しているだけである。


 (4)尸織との同居は僕の不測の事態に対応するため

 →超嘘。アイツは僕が窮地に陥っても助太刀や援護なんてしてくれない。


 (5)僕は定期的に吐血する

 →本当。僕は定期的に怪我や内臓を損傷させる。


 (6)ただ命に別状はない

 →本当。2日くらいで完治する。


 (7)尸織とは何もない

 →本当。アイツはただの後輩である。


 「というわけさ──」


 「小夜、本当なの……?」


 「全て嘘偽りない本当さ。僕が君達に嘘を吐いたことがあるかい?」


 「いや小夜は基本嘘吐きだし……」


 辛辣ゥ!


 「ただ──何で私達に黙っていたの?」


 これまた既視感。

 あの時の僕は彼等が僕の黒幕に参加する、もしくは尸織の半殺しに付き合うのだと勘違いし、彼等を無情に突っ撥ねてしまった。

 もう同じ轍は踏まない。


 「僕だけの問題。頼り甲斐のある信頼のある君達だからこそ無用」


 「小夜っ……!」


 「──そう思っていた。以前の僕なら」


 君達は記憶にないだろうけれど、君達は先日も同様に僕に手を差し伸べた。

 やはり状況や環境は違えども、行動出来る勇気を持つ者なのだ彼等は。

 それこそ僕の理想とする主人公像に相応しいのだ君達は。

 そんな彼等に最終的に討たれるのが僕の本望と言える。


 「今の僕は、僕が信じる君達も僕を信じてほしいんだ」

 

 「「「……」」」


 いい塩梅に話が済みそうだな!

 多分、アニメだとこの辺りでEDが流れ始める頃だ。

 名場面に胸を揺さぶらされたミカは再度涙を滴らせ、真は不安そうな表情を一転させて安堵して、鈴華は……何だろう。

 あ、そういえば──。


 「あの時も言えず今も言い忘れていたけれど、ありがとう──」


 僕は朗らかな笑みを三人に見せた。

 多分、この辺りでサビが入る。

 やれやれ、僕の勘違いがまたもや盛大な大失敗を生み出してしまうとは……参ったね、どうも。

 誰だよ僕の醜態を公にするとか急かした奴は。おかげで僕に病弱設定が追加されたじゃないか。


 「小夜くううぅぅぅん゙ん゙ん゙ん゙ん゙──!!!!!」


 今まで沈黙に無言を貫いていた鈴華は、僕に抱き付くと胸元で泣き喚く。

 普段毅然とした彼女の見せない新鮮な姿に笑みが溢れる。

 

 「小夜くんが……死ぬのではないかと……怖くて……!」


 「うん……心配かけたね」


 「怖くて……怖くて……怖くて……!」


 「ありがとう、鈴華」


 そうして子どものように大号泣する鈴華を宥めていると、僕は危機感を覚える。

 この状況は嫉妬で狂気に満ちる奴のいる手前、非常に危険ではないのかと。

 だが、そう思っていたのも束の間、ミカは僕と鈴華の絡みを珍しく微笑ましそうに眺めている。


 暫くすると復帰した鈴華は、瞼や頬を紅潮させながら堂々と宣言する。


 「我等、天音ファミリーは病める時も健やかなる時も共に支え合うと、この大空に誓おう!」


 「な、何それ」


 「“頼れる皆のリーダー”こと天音鈴華、“苦労人の纏め役”こと武部真、“鉄砲玉”の橘三日月、“女性の敵”の比良坂小夜で構成された軍団だ! 仲間は随時募集中!」


 僕の二つ名が事実無根の蔑称なんだけれど。撤回してよ撤回。


 「私、そんな奇妙な軍団に加入した覚えないけど? 一人でやってなよ」


 「…………グスン」


 「わあーった! 分かったから! そんな可愛い顔するな!」


 泣き落としに籠絡された脱落者が一人生まれた。


 「真くんも加入してくれるな!?」


 「あぁうん……もう強制なんだろ?」


 こりゃ僕も参加の有無を問われるな。

 いや別にこれくらい全然構わないんだけれど。


 「小夜くんは勿論強制加入だ」


 「あ、はい」


 こうして、ひっそりと天音ファミリーが結成され、僕達三人は天音ファミリーに加入することになった。

 ついでに比良坂小夜には病弱設定が追加されることになり、吐血キャラが確立することになった。


 そして── 異世界相談と能力値発表会には僕達四人は揃って遅刻することになり、ついでに僕とミカの間に新たな疑惑が生まれていた。

 恐ろしいことに世間の皆様の間では、僕がミカに告白をしていたことになっているらしい。

 告白の結果を女性陣に質問攻めに合うミカは、「そんなことなかったよ」と否定すればいいのに「えへへ……」と照れ臭そうに返事を濁すものだから、もう取り返しの付かないことになってしまった。──結局は鈴華が全否定をしてくれたおかげで事なきを得た。

 

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