第17話 鞭の似合いそうなメイド
便意から解放され心地良く異世界教育を終えることが出来た。
次に城内の案内をされることになり、僕達は総勢30人以上と大所帯であるため複数に別れて案内をされることになる。
「小夜くん大丈夫か……?」
僕の便意による悶絶を案じているのだろう。鈴華は耳元で囁く。
「心配ないよ。ごめんね」
「私がいる。安心するといい」
何を……?
あぁ、催しても仕事は引き受けるよということか。
流石は頼り甲斐のある生徒会長だ。
もう全部吐き出してきたから心配はないけれども。
「というか男女混合じゃなくて普通に男子女子で別れた方が楽だったんじゃないの」
「もう偶数奇数で決めてしまったのだ。別に構わないだろう?」
組み分けは3組の出席番号、五十音順で区分けされている。
僕は編入生で30番であり偶数組。真は15番で奇数組なのだが──この編成に僕は違和感を覚える。
「ちょ〜っと確認したいことがあるんですが」
「な、何のことかな?」
鈴華は罰の悪そうに顔を背ける。
ミカは16番であり鈴華は3番なのだ。
となると本来僕達
僕とミカ、真と鈴華の組み合わせが正解であるのに僕と鈴華、真とミカの何故かこのような編成となっている。
「ミカと鈴華は逆だよね」
「ん? そうなのか? おっと、いけないな! うっかり間違えてしまったようだ……。だが、もうすでにA班は行かれてしまったな! 仕方ない……このままで行かせてもらおう」
「まあ全然いいよ、あの二人も何も言わなかったし。──それに鈴華といる方が安心だ」
「え、小夜くん? 最後の一言はどう意味が……?」
というわけで僕達B班は、芦屋さん、有栖川さん、和泉さん、乙無くん、那岐ちゃん、黒猫さん、千丈くん、黄泉、凛ちゃん、鳳凰院さん、御崎さん、八雲さん、夜刀神さん、僕と鈴華ということになった。
15人中12人が女性とは……何という割合なのか。
というか那岐ちゃんと凛ちゃんと黄泉という、異性の中では一番仲が良い面子が勢揃いしているし。
そ、それに鳳凰院さんもいる……。
やばい、八雲さんに何か言われそう。
「男三人仲良くしようぜ」
「肩身が狭いな」
「名前だけなら小夜も女の子みたいだな。となると男は俺と平太郎だけか」
「乙無くんも司って名前可愛いし僕の同類じゃないかな。そうなると男は千丈くんだけか」
「というわけでちょっとだけ女の子になるわ。後は男一人頑張れよ平太郎」
「お前達は何を言っているんだ……?」
男同士の冗談を語り合っていると、僕達の会話に興味を示した芦屋さんが会話に混じる。
「小夜っちとつーくん女の子になるの? うけるー。男の子は平くん一人で大丈夫なん? かわいそーだから、あーしがカッコいい男の子になってあげる」
「あ、い、いや……」
女の子が苦手な千丈くんは巨体に似合わず芦屋さんの攻勢に戸惑っている。
そこで髪を靡かせる那岐ちゃんが乱入する。
「ならば眉目秀麗にして羞花閉月の私も男になろうじゃないか」
「那岐は男の子みたいだな。制服は男物だしな」
「これは特注品なのさ。華麗で美しいだろう?」
「ほんと、なっちゃんカッコいいしかわいいしマジ裏山〜。あーしもそれ欲しいなぁ」
「見る目があるじゃないか。元の世界に戻れたならば贔屓にしている仕立て屋に伝えておこう」
そう談笑していると今回の案内役が到着する。
僕は皆に注目させ紹介を行う。
「B班の皆様、今回案内人をして頂くアヴェランスさんです。どうぞ拍手を」
拍手は冗談のつもりだったのだが、そう僕が告げると皆は拍手を送る。控え目気味な御崎さんと夜刀神さんも律儀に拍手をしていた。
「ご紹介にあがりましたフラン・アヴェランスです。本日は勇者様方を案内させて頂きます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
A班の方には王女と先生が案内役となっており、僕達には侍女のアヴェランスさんが受け持つことになった。
眼鏡を掛けた凛とした顔立ちが特徴な美人さんである。鞭が似合いそう。何より特徴的なのが──
どうやら彼女は最近雇用された新人さんらしいが凄い優秀であるらしい。手早く作業を行い振る舞いも申し分なしとのことで、今回の案内役に抜擢されたそう。
「おんやぁ? 小夜くん、アヴェランスさんにまた一目惚れ?」
僕がアヴェランスさんに視線を注いでいると、謎の難癖付ける八雲さんが黒猫さんを頭に乗せて近寄る。
黒猫さん。比喩ではなく猫そのものなのである。
彼女は猫であるのに喋るし学校に通う謎の存在。謎幼馴染の黄泉以上に不可思議な人物なのである。
そう思ってるのは僕だけだそうで世界が変に改変されたというわけではなく、何やらこの世界には人権ならぬ猫権があり、普通に喋る猫は他にもいる。
言わば猫人、人型の獣人が普通に存在するし、翼猫とかいうUMAのような上位種の猫もいる。
黒幕時代には獣人は珍しくもなかったし持ち前の僕の精神がそういうものなのねと納得し、僕は普通に順応することになった。
「んにゃあ、また小夜くんにヒロインが増えたのかにゃ」
「またも何もないよ?」
ちなみに黒猫さんの語尾の「にゃ」は感情が昂ると外れる。
声帯が「にゃ」の訛りをさせているのではなく、黒猫さん自身のキャラ作りらしい。うーん、この猫あざとい。
「自覚
「酷い言われよう」
「
僕達の無駄話を遠目から眺めていた黄泉は、あざとく頬を膨らませてご立腹なご様子であった。かわいい。
「かわいい」
「かわいいねぇ……好き」
「かわいいにゃ」
僕と八雲さんと黒猫さんが黄泉の全く恐くない怒る姿に癒されていると、「そろそろ移動します」とアヴェランスさんに告げられる。
「では、皆様をご案内します。何か質問がありましたら遠慮なくお訊ねください」
そうしてアヴェランスさんの誘導が開始され皆は雛のように付いていく。
「約束をしたのにごめん」
僕は隣を歩む黄泉に詫びる。
すると彼女は何も気にしていないといった様子で微笑みを見せる。
「全然いいよ、小夜はお仕事もあるし忙しいから。それに僕は小夜が人気者で嬉しいから」
どこかの嫉妬に狂い僕を襲撃しようとする人とは大違い。
暴力属性は時代遅れだって、はっきり分かんだね。
だがなぁ約束に背いてしまうのは罪悪感が……。
僕にも人の心ってあるんだなと再認識させられるわけで。
「そんな顔しないの。僕は平気だから」
黄泉は背伸びして僕の頭を撫でる。
煩慮を浄化させるような心地の良い感覚。いや別に憂いなんてないんだけれども。
それにしても凄い良い子かよ。
ブレザーを強奪しなければ欠点なしなんだけれどなぁ。
「だから気にしないで。ねっ?」
ここまで人に優しくされたことはあっただろうか。
あの
聖母の顕現。慈愛の塊。
大天使とは黄泉のことを指すんだなぁ。
「二人とも距離が近過ぎるのはなかろうか」
「お二人は……ええと、お付き合い……しているというわけではないのですよね?」
僕と黄泉の親睦に苦言を刺す鈴華と伺う鳳凰院さん。
「付き合ってないよ、多分」
「多分とは!?」
「黄泉とは偶に恋人じゃないかと思い込まされる時があるんだよね。きっと黄泉には、そういう不思議な力があるんだと思う」
「それはもはや洗脳では……?」
現に幼馴染だというのは洗脳済みなわけであるし。
まぁ謎の幼馴染が一人や百人増えたくらいで何とでもいいのだけれど。
流石に恋人となると百人もいるわけにはいかないわけで、僕の女性の敵説が立証されてしまうので困る。
「まぁ僕の恋人の有無なんて貝柱を綺麗に取る方法と同じくらいどうでもいいことじゃないか」
「例えが難解だが……そのだな、やはり尚更距離感が近いのはよくないのではなかろうか……?」
僕もその辺の認識はある。
鈍感朴念仁ではないモテ男の小夜くんは、異性から向けられる好意は敏感である。
那岐ちゃんや凛ちゃんに黄泉をよく引き合いに出されるのは分かる。鳳凰院さんの名を挙げられるのは意味不明ではあるけれども。
まぁ黄泉の距離感については概ね同意だ。だってこの子、容赦なく混浴してきたし。その辺の世俗に疎い……のではなく、単に僕を信頼しての行為だったのだろう。
「らしいよ黄泉。これからは気を付けようね」
「じゃあ人前では気を付けるね」
「人前じゃないならいいというわけではないのだが」
そうして僕と黄泉の接し方への改善要求をされたところで、僕達はアヴェランスさんの元で支障なくお城見学を終了した。
図書館や訓練場、憩いのある庭園などを紹介されたが、結局は宝物庫の場所は分からずじまい。
イリス王女とアヴェランスさんの異世界講話も終了し、次は異世界相談と能力値発表会なのだが、一旦ここで休憩を挟むことになる。
発表会も強制参加ではないため離脱者はここでお開きとなる。勿論僕は強制参加である。
参加者の名簿を確認すると、これまた欠席者は誰もおらず。相変わらず勤勉な生徒達である。
異世界相談に際して同席するのは相談者、担任の伏見先生、生徒会長の鈴華、そして記録係を依頼された僕という四者面談となっている。
これらは同時並行で行われることになっており、能力値発表は真とミカが担当、補助で凛ちゃん。異世界相談は鈴華と伏見先生、補助で僕ということになっている。
一応個人情報保護に則り、調査した能力値や技能、相談内容は口外しないこととして、生徒会と伏見先生、委員長の凛ちゃんのみが知り得るということになっている。
信用出来ない比良坂小夜くんは除外ね? といったように僕だけはみ出し者にならなくてよかった。これも僕が培ってきた信頼の証だね。
「小夜、ちょっと時間あるか?」
「大丈夫だよ。ちょっと抜けるね黄泉」
今後の流れを振り返る僕に声を掛けたのは真。
内密に二人で話がしたいといったご様子である。
彼の心中を察した僕は黄泉に断りを入れ抜け出す。
もしや恋の相談だな?
大方イリス王女に一目惚れしました的な相談なのだろう。
是非とも恋のキューピッド小夜くんに任せてほしい。モテ男の僕は恋の悩み解決の達人だからね。
「ミカのことなんだが……」
イリス王女じゃなくてそっち?
僕の観察眼も外れてしまったらしい。
真がミカにお熱だったとは、この比良坂小夜の目をもってしても──。
「少しな様子がおかしいんだ」
そ、そっち?
またしても僕の心眼が外れてしまった。
真の話を聞く限り僕が便所に駆け込んだ以降、戻って来たミカは塞ぎ込んでいるようで、話し掛けても愛想笑いを浮かべるだけだったよう。
「二人に何かあったのか?」
ミカが意気消沈したのは僕と
吐血と醜態の件は口封じさせている。
となると「小夜くんの醜態を言い触らしてやる!」という悪魔と「それは駄目よ! 小夜くんはラスボスになる人物なの! ラスボスはうんこ漏らさないわ!」という天使と葛藤が混じり合い、今のような状況に置かれているのだろうか。
鈴華や真のような人の出来た人間なら僕の口止めを受け入れるのだろうが、ミカのような意地悪な人間なら有り得る話である。
「ちょっとミカと話してくるよ。ありがとう真、教えてくれて」
ミカに僕の醜態を口外させられるのはまずい。
真の態度から、それがまだであるのは確信した。
天使の方に天秤が傾くように説得しておくべきだろう。
時間は限られている。僕と真が密談している間にもミカが言い触らす危険はある。
僕は即座に行動を開始することにした。
僕は真の呼び止める声を聞き流し、部屋に戻るとミカの姿を探す。部屋の隅の方で縮こまる彼女の姿を見掛けるとすぐさま駆け寄る。
「小夜、そんなに焦ってどうしたの?」
僕を呼び止める黄泉に一言詫びて、僕はミカに対面する。
「時間ある? ないとは言わせないよ」
「小夜……? えっ……あ、えぇ!?」
僕は有無を言わさずミカの腕を掴んで再び部屋から抜け出す。
退出時に皆の声が騒々しかったが(特に女子)そんなことにかまけている時間はない。
僕の描く黒幕像が破滅する恐れがあるのだ。一刻も早く行動せねばならないのだ。
有無を言わさず彼女を連れ出している間、政略結婚で好きでもない相手と結婚するミカを結婚式から拉致するような幻想を抱く。
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