第16話 種を蒔く

 「えぇー……生徒の皆様、伏見先生、そしてご来賓の方々。本日はお忙しい中、我が生徒会主催の異世界教育にお集まり頂き、心よりお礼を申し上げます」


 壇上にて挨拶を述べる僕は、来賓の方々に頭を下げる。

 一般席に座る黄泉と目が合うと彼女は小さく手を振る。かわいい。ちなみにブレザーは奪われたままだ。


 「司会進行を務めさせて頂きますのは生徒会庶務の比良坂小夜です。では、講師の紹介に移りたいと思います。リュミシオン王国王女イリス・エクス・リュミシオン殿下です」


 「ご紹介にあがりました……イリス・エクス・リュミシオンです。本日のこ、講師をさせて頂きます。ど、どうか勇者様方……よろしくお願いします」


 僕達より年は2個下であるイリス王女は深々と頭を下げる。

 金髪碧眼の庇護欲の唆られそうな美少女に皆の注目が注がれ「おお」と歓喜の声が上がり拍手喝采となる。


 「続きまして講師の補佐をして頂くジャン・アリストヴェール先生です」


 「アリストヴェールです。普段はイリス王女の家庭教師を務めております。勇者様方、此度のご招待、誠に恐悦至極に存じます」


 宰相のような胡散臭さを一切感じさせない髭の蓄えたご老人は頭を下げ、皆より拍手を受ける。


 こうして0から始める異世界教育が開始された。

 参加者の顔触れは尸織を除く全員となった。

 欠席者は例外を除いて誰もいない。

 凄い勤勉な生徒達である。


 僕が司会進行を自薦したのは諸々の罪悪感によるものである。

 僕が黒幕について模索している間、生徒会三人衆と鈴ちゃんは王国側に指導員の派遣を要請し、今回の参加の可否を訊ねるといった準備を取り行っていた。

 仕事のしていない僕も一応は携わったと成果を横取りさせてもらうため、僕は今回の司会進行やらを一任させてもらうことにした。

 彼等の中では僕は落ち込んでいると勘違いしており、別に仕事はしなくていいよとミカからも優しく気を遣われたが、別に落胆はしていないし若干罪悪感があるので、贖罪のつもりで自薦したというわけである。


 まず初めのお題はイリス王女による異世界教育である。

 内容的には、召喚の理由と状況、自国や周辺国や敵対国、種族や生物、能力値や固有技能や魔法、文化や習慣などである。

 これらの段取りは既に終わっているらしく、簡易的な資料の作成も済んでいるらしい。

 そんな時間どこにあったんだと思っていたが、元々僕達が召喚された後に講習を予定しており、それを簡易的に行うだけなので別に時間の必要性はなかったそう。

 生徒会三人衆が先生に相談して了承を得て、王国側に打診した結果、ならば私が講師にとイリス王女自ら名乗りあげたそう。良い子だなぁ。


 「では王女殿下、よろしくお願い致します」


 王女に引き継がせ壇上から下がる。

 異世界人勢揃いなためか若干緊張が見受けられる。

 王族といえども年齢からすれば中学3年生か。仕方あるまい。

 ここで僕は予定にはない王女への質問タイムを設けることにした。


 「その前に……何か王女殿下に質問がありましたら挙手してください」


 案の定、ある者より挙手が上がる。

 予想通りだなと僕は微笑む。


 「山田くんどうぞ」


 「はぁーい、王女様って彼氏とかいるんですか〜?」


 王族相手に無礼千万な質問だが山田なら大丈夫だろう。

 護衛の兵士は騒めくがアリストヴェール先生により制止される。

 王女は質問に戸惑いつつも返答する。


 「あ、ええと……殿方はいらっしゃいません」


 「では僕が立候補してもいいですか? 山田海17歳。趣味は異性と愛を育むこと、特技は異性と親密な関係になること。自己研磨に励み良き男として昇華することを心掛けております。こう見えて一途です。どうでしょう?」


 山田の公開告白に男性陣からは苦笑が上がり女性陣からは罵声が浴びせられる。伏見先生は呆れたように頭を抱える。

 

 「そ、その……困ります……」


 「困りますだって、可愛い〜!」


 「海くんまずいですよ! 王女様相手なんですから無礼な態度は打ち首になりますよ!」


 「うっせぇな隼人! 印象も残さずぽっと出のモブで終わってたまるか! 第一印象が良かろうが悪かろうが、王女様の記憶に山田海という人間への印象が残れば俺は死んでも構わねぇ! それにな、王女様っつうことは国一番のお偉いさんだ。結婚出来りゃあ逆玉の勝ち確定……おまけにめっちゃ可愛いときた! というわけで王女様! 俺と結婚を前提にお付き合いを……!」


 女性の敵と罵られ非難を浴びる山田は臆さず王女に猛烈な求婚を求める。

 アワアワしている王女様に救いの手を差し伸べたのが──あの真であった。


 「山田、あまり王女様を困らせないようにな」


 「うっせぇぞモテ男! お前には分からないだろうが俺みたいな凡人が輝く唯一の機会なんだよ! 黙って見過ごしてくれよぉ!」


 「モ、モテ男……?」


 面白いことになってますねぇ……。

 人間の汚い部分が滲み出て、愉悦だなぁと傍観していると、隣の鈴華に苦言を呈される。


 「さ、小夜くん、止めなくていいのか」


 「僕には彼を止める資格なんてないよ。僕もモテ男……真側だからさ。山田の名誉を更に傷付けてしまうことになる」


 「…………?」


 あれっ、一応八雲さんからの言質があったはずなんだけれど。僕は真側じゃなかったの?

 コイツ頭でも打ったか的な視線を鈴華より送られ、僕は咳払いをして仕切り直す。


 「以上で山田くんの質問を打ち切らさせて頂きます。他に質問がある方はいらっしゃいますか」


 「俺の質問は終わってねぇ!!! まだだ、まだ終わらんよ!!!」


 「千丈くん、彼を黙らせてください」


 「あ、あぁ」


 千丈くんはチョークスリーパーで山田を沈黙させ、次に挙手した芦屋さんは勢いよく立ち上がる。


 「はぁーい、あーしは芦屋茜あしやあかねって言いまーす。よろよろ王女様」


 「よろよろ……?」


 「王女様って、この中で気になった男の子っていますかぁ?」


 「き、気になる殿方……!?」


 王女は男性陣を見回す。心なしか彼等は表情を引き締めている気がした。

 僕の観察眼は見逃さない。

 真に送る視線がコンマ5秒ほど長かったことを──。

 お、おやおやおや……? 王女、もしや真くんに気があられる……?

 すかさず僕は王女に耳打ちをする。


 「彼はあのS級……前代未聞の虹色勇者でございます」


 「……!」


 優良物件でございます。

 容姿端麗、運動神経抜群、好青年にして生徒会副会長を務める皆の人気者。小学生時代から武道に嗜み戦闘力は一般人以上にはある。家事万能料理上手ときており、彼の料理は僕の胃袋を虜にさせるほど。社会人と大学生の姉そして中学生の妹がおり、おまけには生徒会長の天音鈴華とは小学生からの幼馴染。とんだ主人公候補生である。


 敵は多く攻略難易度は高いが……真には相応の魅力がある。

 主人公適正Sの真と王女様の組み合わせは、僕が思い描くラブコメ模様に相応しい。

 ここからどうなるかは真と王女次第ではあるが……やれやれ、ちっと余計なお節介焼きすぎちったかなァ?


 「王女様に何話してきたの?」


 これまた隣に座るミカに問われる。


 「種を蒔いたのさ」


 「はぁ? 何言ってんの?」


 ミカより辛辣な一言が返り、以降はつつがなく質疑応答も終了し、王女の緊張も和らいだところで、ようやく王女による異世界教育が開始される。

 

 「私達の住む世界には……」


 ラナイアと邂逅したことで僕が黒幕時代に召喚されたのが判明した。

 当時の覇権国家であるレギウス帝国の出身であった僕は、三人の愉快な仲間達と共に魔王討伐の使命に報いつつ、来たる栄光のために千年王国にて暗躍に奔放していた。そんな僕は愚者の魔女とかいう糞女と爆死して生涯を終えたわけだけれども。


 どうやら僕が爆死した後、レギウス帝国は内戦により滅亡したらしい。

 レギウス帝国支配地域からリュミシオン王国は独立。その他にファルスカリア王国、ヴァルシュテット王国、レギウス帝国の継承国であるノイエ・レギウス帝国、エグいくらい沢山ある領邦国家に別れたそう。まだ他にも国家は沢山ある模様。

 

 現存の国家は上記の通りであるが、内戦後による混乱のためか一旦はレギウス連邦という連邦制の国家があったそう。

 結局は連邦制を取り止めて帝政復活してノイエ・レギウス帝国が誕生したそうだけど。

 一応は僕の出身国なので、その辺は重点的におさらいしておく。


 それで宰相や王女の話らを統合して振り返ると、どうやら僕が死んでからおおよそ百年くらいの月日が経過していることが判明した。

 百年が流れてもラナイアは変わりないのは長命な妖精族と魔人族の混血であるから。まぁ基本的に千年王国の皆は長命な者が多い。

 そうして百年経っても千年王国も存続していることが先日の一件で判明したわけだけれども。


 かつての愉快な仲間達であったリーネやエステルは流石に寿命を迎えたのかな。アイツらは一応人間だったわけだし。

 というかリーネは帝国の皇女だったわけで、自身の母国が崩壊するとか浮かばれないな。

 一応は仲間だったし後で墓参りに行っとくか。

 

 そして肝心なのは、僕には黒幕時代には妹がいたということだ。

 ノア・アタナシアことノアちゃん。

 かわいいかわいい僕の双子の妹である。


 唯一の血縁として僕は彼女を甘やかしていた。その弊害か大分変な子に育ってしまったけれども。

 百年経過ということは、彼女が人間であるならば寿命を迎えてしまっている。

 それが非常に……辛い。


 僕亡き後、どう生きてきたのか。結婚はしたのか、旦那さんはどんな奴なのか、子どもは何人いるのかと、彼女の人生の歩みが気掛かりになってしまっている。

 僕が愚者の魔女と対決する際には事前にラナイア達には、僕が死亡した後の妹の世話は任せていた。

 だから、あまり心配はないのだろうが、それでも心配になるのが兄というもの。

 『お兄様!』と可愛らしく僕に呼び掛ける面影に浸っていると、もう二度と見ることが出来ないんだなと憂鬱な気分になる。


 「どうかしたか小夜くん。……辛いのか」


 情緒不安定の僕を察してか鈴華は僕を顧みる。


 「いや……大丈夫さ」


 「無理はするなよ。私達がいる。だから無理そうだったら言ってくれ」


 「……ちょっとお花を摘みに行ってくる。少し任せていいかな」


 「あぁ。構わないとも」


 本格的に便意を催した僕は一時退席する。

 結構前から我慢してたんだよね。

 黒幕になろう者が醜態を晒すわけにはいかない。

 妹の方は……後でそれとなく探ることにしよう。


 そうして僕は便所探しの旅に駆り出したのだけれど、案の定迷子となった。

 どこだよトイレ! 無駄に広い城なんだから数m間隔で施設しておけよ!

 ま、まずい……! このままでは漏らしてしまう……!

 な、何故だ……!? 異世界教育開始前は便意なんて一切なかったのに……! 無くても捻り出しておくべきだったか……!?


 「ッ……! う、ハァハァ……! ヴォェッ!」


 強烈な腹痛からか咳き込んだ僕は、口に翳した手を見ると吐血していることを自覚した。

 昨日の宰相との激戦で内臓が完治してなかったようで、うっかり内臓に傷を付けてしまったらしい。

 とりあえず遭遇した侍女か衛兵に便所の場所を訊ねれば僕の目的は達成される……!

 そうして思わず蹲った僕は立ち上がり、再び理想郷トイレへの歩みを進めようとすると──。


 「小夜……っ!?」


 僕を呼び止める者が出現。

 背後を振り返ると凄い形相をしたミカであった。

 彼女もトイレなのかな。

 ミカは僕の出血後の染み込んだ掌を凝視する。


 「何…………それ……?」


 「あぁ大丈夫。それより僕は行かないと……」


 「行くってどこに!? それよりその血……! 大丈夫なわけないでしょ!?」


 便所以外ないが。

 申し訳ないが構っている時間はない。時は一刻も争う。

 しかし吐血を見られたのは非常に面倒臭い。

 吐血の件は適当に口止めをしておかないと。


 「本当に大丈夫……! 慣れっこだから、それに直ぐ治る……!」


 内臓破裂なんて日常茶飯時だしね。それに2日くらいすれば完全修復する。


 「ヴッ! ハァハァ……!」


 「小夜っ!」


 「頼む……僕は行かないと……!」


 ま、まずい第二波が……!

 早いところミカに口止めをして便所へ行かないと僕は社会的に死んでしまう。人生は何度も死んでいるんだけどね(笑)。

 

 「このことは……誰にも言わないでくれ。頼り甲斐のある信頼のある君達だからこそ、知られたくないッ……!」


 便意に悶え苦しむ黒幕予定の男の醜態を知らされるわけにはいかない。

 漏らしている黒幕なんて不名誉は御免だ。


 「小夜……」


 「だからね……ちょっとトイレで洗ってくるよ。ねぇミカ、トイレの場所、知らない?」


 そうして僕は恩人に誘導されて安息地に辿り着いた。

 苦からの解放。

 僕は名誉だとか矜持とか、今回は大事なモノを失わずに済んだのだった。

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