第12話 異世界召喚されたら二度目の異世界だった件

 人間を辞めた宰相は化け物へと変貌を遂げる。

 筋肉は引き締まり、体格は倍以上となっていた。

 謎の注射器は筋肉増強剤だったのだろう。筋肉が異様に発達した宰相は、ご自慢の肉体に恍惚していた。


 「気分が良い……! 今の私なら貴様如き雑魚を容易く葬れる……!」


 剣技も魔法も捨てて宰相は拳の連撃を繰り出す。

 拳を繰り出されると同時に風圧が生じ、国王と御崎さんは手で顔を覆う。

 重圧により地面に亀裂が生まれ重心が傾く。


 「どうした道化よ!!! 防戦一歩のようだな!!!」


 僕は失望していた。

 所詮は筋肉頼りの攻勢だけだったのだと。

 何か大技を披露すると思えば筋肉を増強させた打撃をお見舞いするだけ。


 「興醒めだよ」


 刃が裂かれると同時に宰相の両腕は斬り落とされ、赤い水飛沫が噴出する。


 「ば、馬鹿なあああァァァ!!!???」


 痛みに悶える宰相は膝を地面に付けて屈む。

 首に刃を置くと慈悲を乞うように見上げる。


 「待て! 待て待て待て! 分かった、理想郷からは手を引く! 私の全てを貴方様に捧げます! ですから──」


 「さようなら」


 「マ、マリア──!」


 さながら断頭台。

 首を垂れる宰相に刃が振り落とされ斬首される。

 そういえば最期の名前を呼んだのは何だったんだろう?

 裁断が済んで溜息を吐くと僕は三人の元へ寄る。


 「ま、いいか」


 「貴方は甘いのね。謎の道化師さん──」


 彼等の元へ向かう寸前、すれ違うように黒装束の人物に囁かれる。

 囁かれ存在を認知した僕は、国王の背後に佇む他の黒装束や宰相の死体を漁る者をようやく自覚する。

 僕の探知能力に引っ掛からず、存在を今認識させるとは、すなわち僕より断然強い圧倒的強者である。

 オラ、ワクワクしてきたぞ! と、僕は一線交えたいと渇望するが、弱体化している僕では黒装束の連中には瞬殺されるのが目に見える。


 それに黒装束の集団は僕達と相対する気はないようだ。

 むしろ宰相の理想郷との敵対陣営なのだろう。


 「今宵の満月は素敵だと思わない? 道化師さん?」


 そう申されてもお月見してないから知らんけれど。

 知らねぇよと返答するのも無愛想だと思われるので、適当に「そうだね」と告げる。


 真打登場というわけでもなさそうだ。

 宰相の協力者を大方始末したのは奴等だろう。

 協力者or僕の敵対者なら「月が綺麗ね」などと口説き文句を挟まず、僕の首を容赦なく斬り落とすに違いない。

 それに黒装束の連中からは宰相にはない強者感が漂っているからだ。「月が綺麗ね」などと小物は抜かさない。多分。


 もう帰ろう。

 闇夜に潜んで宝物庫を漁って大金持ちになる計画は、宰相の陰謀により阻止され、逆に僕が宰相の陰謀を阻止する役目となってしまった。

 というか御崎さん戦闘開始時点から待機していた尸織が活躍してくれれば良かったのだが。おまけに黒装束集団もいつからいたのか知らないけれど、お前等が宰相の相手をしてくれよと不満が湧く。

 僕は後々王国and主人公陣営と敵対する予定であるのに、雰囲気に気圧されて彼等の窮地を救ってしまった。

 これが将来黒幕になる人物のすることなのか……?


 黒装束の連中は宰相の死体漁りをしたり、歪な魔素周辺の調査を行っている。

 騒動の後始末は国王や黒装束に押し付けて僕は華麗に颯爽と帰還することにしよう。


 「待って」

 

 退場しようとする僕を阻む者。

 全員黒装束で特徴が捉えられないので、今僕を呼び止めた者は黒装束1さんと呼称することにしよう。

 

 「何かな」


 「貴方は何者?」


 国王や御崎さんの手前、異世界召喚者の比良坂小夜ですと自己紹介するわけにはいかない。

 道化師Aですと名乗っても「そんなんいいから本名名乗れよ」と一蹴されそうなので、ここは偽名を騙るのが最善だろう。

 そうして僕は黒幕時代の名を騙る。

 

 「レイ・アタナシア」


 「レイ──」


 黒装束1さんの声色の僅かな揺らぎから、周章と猜疑の一端が垣間見られたような気がした。

 静閑が生まれる寸刻。窓から差し込む月光が彼女を照らし、彼女の素顔が覗かされ黄金の煌びやかな髪色と口元が動く仕草が見える。

 満月のように綺麗だと柄にでもなく見惚れてしまう。


 「レイ……」


 黒装束1さんは僕の偽名を復唱した。

 唯一無二の一生届かないような物に縋り付くような、そんな哀愁が伴われていた。

 大方、生き別れの兄妹の名前か戦死した婚約者と同名だったのだろう。何かそんな未亡人的な雰囲気が彼女にはあった。

 黒装束1さんは僕の仮面に触れると訊ねる。


 「素顔を見せてくれる?」


 「いやちょっと……」


 我儘なお嬢さんだ。

 何のために僕が正体を隠していると思っているんだ。

 悲哀に満ちた雰囲気を漂わせても、僕が彼女の要望に応えることは一切ない。

 僕が素顔を晒すのは、表向きは黒装束1さんと懇意であった比良坂小夜が、実は陰で暗躍するレイ・アタナシアだったと「な、何故貴方が……!」と驚愕させるような場面だ。

 初対面の僕が正体を晒しても「誰だよお前……」と彼女を興醒めさせてしまうのは目に見えている。

 もう少し僕が暗躍者としてのレイ・アタナシアの名声を稼いで、黒装束1さんと親しい関係性になってからにしてください。というわけで出直せ。


 「素顔を見せてくれる?(強情)」


 「無理(断固たる意思)」


 しつけぇ……! コイツ、橘三日月かよ……!

 黒装束1さんの執念深さに煩わしさを覚えた僕は「もういい?」と告げると、彼女は不満そうに「えぇ」とだけ返事する。

 黒装束1さんは別の黒装束に応援要請を受けると無言で頷き、去り際に彼女は僕に声を掛ける。


 「また貴方に会いに来るわ……レイ」


 「いや来ないでいいよ」


 何か面倒臭そうな一面を窺わせる彼女とは、今後接触は控えたい。

 ただでさえ僕には橘三日月という厄介な者が身近にいるのだ。裏の顔の僕に新たに厄介な知人という交友関係を増やしたくはない。

 

 「会えるのを心待ちにしている」


 「しなくていいから」


 「楽しみにしているわ」


 「話聞けよ」


 話の聞かない黒装束1さんは他の2さんや3さんと共に本業に戻り出す。

 まぁ、もう当分会うこともないだろう。

 ようやく解放された僕は二度目の正直として帰宅しようとするが、僕を待ち受けていたのは国王と御崎さん。

 そちらの対応は尸織に一任しようと思っていたが、案の定奴は事が済むと既に退散していた。

 逃げ足が早い……!


 「此度は其方に救われた。本当に助かった……」


 うっかり窮地を救った僕は国王に感謝を述べられる。

 元々泥棒をしようとしていたから罪悪感が……。

 黒装束の一味の誰かに治癒を施されたのだろう。左脚を負傷していた御崎さんの傷は完治されていた。


 「私からも感謝を。貴方がいなければ私は死んでいたので……。ありがとうございます……レイさん」


 僕がいなくとも尸織や黒装束1さん達がいたから何とかなったとは思うけれども。それを言うのは無粋だろう。

 魔王討伐のために異世界召喚されたけれども実態は理想郷の研究だったわけで今後どうするんですかと質問を投げようとしたが、僕が関係者だと勘繰られるのを避けるため今は控えておく。


 「しかし、勇者召喚が教団の手によるものなら……教皇国を含め多くの政府機関の中に間者が潜んでいるのが推測される……」

 

 本当の敵は魔王軍ではなく理想郷であったと判明した今、国王は厄介なことだと頭を悩ませた。

 身近な者が間諜だったのだ。国王は疑心暗鬼に駆られてしまうだろう。

 

 「彼奴が勇者召喚を推し進めていたと言えども、召喚を許可したのは私自身。思惑に気付かず私は何ということを……」


 責任を取るべき人間がいなくなってしまった現状、宰相の上司である国王に召喚の責任が担われる。

 そうなると処断するのは判断が速すぎたのではないかと若干の負い目を味わう。

 いやでも、殺していいよって国王が目配せしてくれたし……僕が自責の念に駆られる必要はないだろう。


 「国王陛下が呵責に苛まれる必要はないんじゃないですか。死人に口無しではありますが、宰相の悪巧みが原因なわけですし。過ぎたことを悔やんでも仕方ありません」


 「レイ殿……」


 「見方を変えれば宰相の陰謀を食い止めれたわけですよ陛下。召喚者の彼女が勇気を見せ、陛下が腰を上げたおかげで被害を抑えることが出来た。これはもう……勲章ですよ」


 「レイさん……」


 二人は僕の正当化に理解を示す。

 さて本題だ。そろそろいいだろう。


 「陛下、召喚者の処遇は今後どうするおつもりで」


 召喚が理想郷の思惑だったと言えども、人類が魔王軍と対立関係にあるのは事実だ。その対立も自作自演で理想郷により生み出されたわけだけれども。

 国家間の条約であるベルノワ条約に従って召喚されている現状、勇者を戦わせませんと言うのは当事者であるリュミシオン王国の面子に関わる。

 他国を敵に回すなら話は別ではあるが、勇者は固辞しますと宣言するのは困難を極める。

 謀略なんて知りませんでしたと宰相に責任転嫁をすればよかったのかもしれないが、生憎当の宰相は御逝去されてしまっている。

 勇者召喚は不要なものだったと真実を打ち明ければ鳳凰院さんや鬼龍くんを軸に暴動が起こり、やがて王国に刃向く叛逆者が誕生するかもしれない。


 「事実を隠蔽なされて勇者を演じさせますか。それとも召喚者に全貌を打ち明けますか」


 「…………」


 「事実があったのならばあるでしょうし、何もなかったのならば何もありません。僕は陛下の意向に追従するだけです」


 遠い異郷の地で何のために僕達は戦っているのか。

 やがて、そんな批判が王国に向けられそうではある。

 判断を決めきれない国王は御崎さんを一瞥する。

 心中を察した御崎さんは重い口を開く。


 「私は……後者はリスクが多過ぎるかと。世の中、知らない方が幸せなこともある……。ですから……話すにしても全てが終わった後、今は何も話さない方がいいかと思います」


 御崎さんの胸懐を聞き届けた国王は見解を告げる。


 「民を従える身分でありながら優柔不断な者ですまない……。では……今は何もないのだと、そうさせて頂きたい……」


 そう国王は僕達に頭を下げる。

 御崎さんの言う通り、知らないことが幸せなこともある。

 ヨシ! 方針は決まったな!

 後は国王と御崎さんに全て委ねよう!(他力本願)


 僕は王国や理想郷とは無関係な平凡な道化師なのだ。これ以上王国側に加担してたまるか。

 騒動も終着を迎え、レイの正体こと白色無能の小夜くんは「何かあったのぉ?」と騒動も知らず無様に爆睡していたことにして無事解決だな!


 黒装束の連中のおかげで当分レイに変装する暗躍ことは叶わないけれども、そう何度も連中と遭遇はしないだろうし、表の世界には関与しないだろうし何も案ずることはない。

 夜更かしは美容の天敵だし、そろそろ僕もお休みするとしようかな……。


 「貴方達は勇者の使命を果たせばいい。私達は私達の使命を果たすだけなのだから」


 帰宅しようとする寸前、黒装束1さんは仕事を放り出して僕達の元に寄る。

 今後の行先を国王と相談するのかな。

 僕はお役御免だなと撤収しようとするが、帰り道は他の黒装束により防がれている。

 気にせず通り抜けようとすると妨害される。

 左に逸れると黒装束も左に逸れる。右に逸れると同様に右に逸れる。

 お互いに左右往復を繰り返し僕は優しく諭す。


 「退け」


 「ひゃいいいいいぃぃぃぃぃ!!! も、申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません!!! アイン様から貴方だけは帰すなと御命令を受けておりまして!!!」


 「何をしているのよ貴方達は……」


 僕と気弱黒装束さんの問答を見兼ねる黒装束1さん。

 そうさせないために僕を解放してくれよ。

 

 「ところで……其方達は何者なのだ?」


 謎の道化師はレイ・アタナシアという変質者であるのは判明したが、黒装束の集団は未だ不明なまま。

 作業を終えたらしい他の人達は、いつしか黒装束1さんの背後に整列し一斉に唱和する。


 「「「神は我等と共にあり!!!」」」


 「「「我等は使命と共にあり!!!」」」


 「「「我等は神の御心のままに!!!」」」


 「「「神よ我等に命令を!!! 我等は神に殉じる!!!」」」


 「「「それこそが我が名誉なり!!!」」」


 「「「我等は千年王国ミレニアム!!!」」」


 か、格好ェ……!

 誰一人一字一句誤らず噛まず逸れず言い切った統率された動きとご唱和に僕は釘付けとなる。

 披露するのに凄ェ練習したんだろうなぁ……!


 …………。


 待てよ……?

 千年王国……?

 

 「私はアイン。私達は魔女を庇護し教団を壊滅させることを使命としている千年王国の指導者よ」


 素顔を曝け出した黒装束1さんことアインさんは、金色の髪と青い瞳、妖精族エルフ特有の長い耳を露わにした。

 その美貌を見間違うわけもない。

 彼女はそう、僕が一番最初に勧誘した人物であり、僕の副官として大活躍してくれた、僕の黒幕活動を支えてくれた恩人の一人。

 本名ラナイアこと1番アインその者だった。

 

 ラナイアが目の前にいるということは、すなわち僕が別世界に異世界転移したのではなく黒幕世界に帰還したということが証明され──。


 僕はまたしても盛大に大失敗を犯してしまったのだと理解した。

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