第11話 巨大化は負けフラグ

 「貴様のような異世界人には我々が今日までに行き着くまで、どれほどの苦労があったか計り知れないだろう。先ず本来であれば異世界人を召喚することは国家間の条約であるベルノワ条約によって禁じられているのだ」


 リュミシオン王国首都であるベルノワで結ばれた条約。

 これは、かつて存在した帝国が内戦により崩壊した時、複数の地方が独立を宣言し沢山の新興国家が誕生した。

 その新興国家は内戦による覇権を獲るために、異世界より優れた人物を召喚しようと各々召喚魔法を行使した。

 そうして各地で異世界人を呼び寄せるものだから、世界の混乱は一層深まり過激と化す。

 群雄割拠の時代が集結し平穏が戻った時、勝手に異世界召喚はしないようにしようと国家は条約を結ぶ。

 それがベルノワ条約であるとのこと。


 「あくまで平時であれば、の話であるがね」


 魔王軍の脅威に脅かされる今、各国は勇者召喚をしようと同調。

 忘却された召喚魔法を唯一扱えるリュミシオン王国にて召喚の儀を行うこととなった。


 「異郷の者の血を摂取すれば魔女より超越した効果を得られるのではと、我々は貴様等を呼び寄せたわけだ」


 「そんな……そんなことのためだけにお前達は私達を呼び寄せたのか!?」


 「そんなことは心外だな異世界人よ。勇者と持て囃され名誉を享受出来るではないか。それの何が不満かな?」


 「鬼龍さんや……鳳凰院さんにしても、元の世界には皆大事な家族がいるのが分からないのかッ!? 家族だけじゃない……! 些細な日常や……将来の夢なんかが、お前達のくだらない思惑のおかげで無駄になるということがッお前には想定出来なかったのかッ!?」


 御崎さんは怒りを爆発させて身体を起こそうとする。

 脚を酷使したことにより傷跡から出血を催す。だが、その激痛に耐えながら彼女は尚も立ちあがろうとする。

 見兼ねた僕は御崎さんの手を取り引き戻させる。


 「離してッ! 殺す……! こいつは今ここで殺さなきゃいけないんだ!」


 「──落ち着いて御崎さん」


 「ッ……!?」


 僕の囁きに御崎さんの動きが止まる。

 そうして仮面を被る僕の顔をじっと見つめる。


 「そうそう、面白い話をしよう。私が貴様等の召喚に苦労したと言ったが何に苦労したのか。これもついでに語ろうとしよう」


 「…………」


 「そう睨むな異世界人よ。先ず私の苦労としてベルノワ条約に則らなければならなかったということ。一応は国家の宰相として国家の務めを果たさねばならないからな」


 僕の言葉の何が刺さったのかは分からないが、我を取り戻した御崎さんは宰相に敵愾心を向けつつも耳を傾ける。

 

 「平時であるなら戦時にすればいい。それが私の編み出した策だ。それであれば条約に反故せず適合したまま召喚の儀を執り行える」


 「それで……お前は何をした」


 「まあ焦るな。戦時にするために人間国家における魔族の迫害や差別を促進させ、魔族の独立を煽った。すると独立を認めぬ政府と魔族に対立が生まれ、魔族領においても迫害を受ける魔族の保護を名目にと人間国家への侵攻を果たさせた。30年ほども時間が掛かってしまったがね」


 「お前には人の心がないのか!?」


 「心外だな私は人だよ。だから永遠の命などを求める」


 そう不敵に宰相は微笑む。


 「しかし、考えてみると哀れなものだな。無駄な正義感を元に困った人を救いたいと抜かすアマネスズカとやらは。それこそ貴様のように道化だと思わないかね?」


 鈴華を侮辱され怒りが再燃した御崎さんは、拳から血を滴らせながら訴える。


 「お前に天音さんの何が分かるッ!? お前達のように自分本位で行動する屑なんかじゃないッ! 助けたいと……見捨てないと誓った天音さんを侮辱するなッ!」


 「無駄な正義感。そう、貴様等異世界人は、救うなんて使命で召喚されたのではなく我々理想郷の贄となるために召喚されたわけだ。つくづく哀れなものだな」


 「その口を閉じろ……!」


 「アマネスズカともう一人面白い者もいたな。名前は……なんと言ったか? まぁあの白色の男は正に愚か極まれりだった。白色を引いた時の表情……今思い出しても滑稽で笑えるな! 結果を認めぬと絶望しきった表情! 彼こそが真の愚者であった……!」


 「お前が…………お前如きが比良坂一等の何が分かる……!? 私を救ってくれたあの方を、彼を馬鹿にするなぁ──ッ!!!」


 僕の拘束を抜け出し剣を手に持つと宰相に踏み出す御崎さん。

 すかさず閃光が放たれ足が覚束ない御崎さんでは回避は敵わず、僕は身を盾にして彼女へ狙い定められた矢を一身に受ける。

 

 「ど、どうして……!」


 どうしてってそりゃ……主人公候補を失うわけにはいかないし。

 僕は抱えた御崎さんを無言で下ろすと宰相と対峙する。


 「飽きた」


 「そういうな、まだ話には続きがある」


 「どうせ召喚時の生贄の話でしょ。もういいよ……そういうの」


 「な、何故貴様が贄のことを……!?」


 綽然としていた宰相の表情に驚愕が生まれる。


 「曇らせがワンパターンなんだよ。優しい御崎さんに他人を侮辱して煽り散らし、自身の今置かれた身分が他者の犠牲によって成り立ったことを解説するつもりなんでしょ? もう飽きたし僕の疑問は解決されたからいいよ」


 「ど、どういうことですか……!?」


 状況を飲み込めていない御崎さんは僕に問う。

 宰相の反応で黒幕時代と似たような原理なんだなと納得した僕は、御崎さんの対面に屈んで視線を合わせる。


 「結構辛い話になるかもしれないけれど大丈夫かな」


 「…………」


 御崎さんは無言で頷く。

 僕は召喚魔法の真相を語る。

 まず前提として召喚魔法に必要なものは魔法陣と膨大な魔力。

 魔法陣の用意は恐らく内戦時に使用された模倣品を流用したのだろうから準備は簡単。しかし、膨大な魔力はそう簡単に用意は出来ない。

 魔法陣は魔力を、言わば魔素を注ぎ込むことにより規定の量を満たすことで効果を発動出来る。

 だから、別次元の存在を召喚させる魔法陣なんてのは、膨大な魔力を必要とするため簡単には行えない。


 一般的な魔法使い一人の供給が百だと仮定すると、必要な魔力の供給量は大体十万の規模となる。

 千人の魔法使いなんて用意は出来ない。おまけに全員が百だとは言い切れないのだから+百人は見積もっといた方がいいだろう。

 というか、そもそも千人単位の魔法使いなんて存在するわけがないのだ。国家人口が十万だと仮定すると、おおよそ百人いればいい方だろう。


 となればどうするか。

 そこで膨大な魔力を有する魔女の出番である。

 魔女一人の供給は一万の規模となる。

 だから、魔女が十人いれば召喚魔法は執り行える。


 では生贄とは何か。

 この世界における魔女の立ち位置は差別の対象そのもの。

 理想郷に所属する宰相を主軸に執り行ったのだから、魔力供給に用いられた魔女の末路など想像が付く。

 理想郷から斡旋された魔女を処分ついでに使用した……というような筋書きだったのだろう。


 大広間にあった別の歪な魔素は、地下に繋がる入り口で間違いない。

 その地下には恐らく魔女の骸が散乱しているはず。


 「うっ! うぅ……!」


 御崎さんは吐き気を催して口元を抑える。

 ゲームで十連ガチャを回す時に課金が必要なように召喚時にも何かの要素は必要だ。無償で召喚なんて甘い話があるわけがない。


 「私は……私達は……何のために」


 召喚された理由が魔王軍を追い払うためではなく、永遠の命を得るための実験材料だったなんて解明されたら、自分の存在意義とか見失っちゃうよね。

 いやぁ召喚の実態が陰謀塗れだったとは思わなんだ。

 この真相が皆に広まると大暴動が起きてしまう。

 これは僕と御崎さんの胸の内だけに潜めておこう。


 「待たせたね」


 「いやはや驚いた。そこまで洩れていたとは……」


 そういえば、御崎さんが掴んだ情報、首謀者が宰相だと確信した証拠は何だったのだろう?

 まぁいい、満遍なく情報は吐いてもらった。


 「じゃ、もう飽きたし終わりにしようか」


 「瀕死の貴様如きに何が──ば、馬鹿な……!? 傷が一切……全て治癒している!? 馬鹿な馬鹿な馬鹿な有り得ない!!! そんなはずがあってたまるか、この時間の間にあの傷が完治してたまるか!」


 「しちゃうんですよ、それが」


 「まさか貴様……! 私に目的を語らせたのは傷跡を再生させるためだったのか!?」


 いやそれは違う。

 僕が瀕死だと油断した貴方が勝手に語り出してくれただけだ。


 「だがだがだが、私が貴様を瀕死にまで追い込むことは可能だ! 貴様が完全に修復したのなら先程同様に貴様を瀕死に追い込んでやればいい!」


 「そういえば、皆を眠らせたのって誰なの?」


 宰相は光線と分身と透明魔法しか扱わないし。状態異常系の魔法は専門外なのだろう。

 となれば、やはり理想郷から派遣された協力者とか?


 「そ、そうだ! ソメイユ! この者達に睡眠魔法を付与しろ!」


 宰相が名前を呼ぶと同時に何かが彼の足元に転がり込む。

 それは切断された少女の首であった。


 「ソメイユちゃんってこの子のことっすか?」


 首を投げ込んだ人物は僕同様に素顔を隠す尸織。

 尸織は僕に手を振ると宰相に嗤う。


 「絶対的勝利が覆される気分ってどんな気分っす?」


 尸織お前、今までどこをほっつき歩いていたんだよ……。

 それに何最後に若干活躍して甘い汁を吸おうとしているんだよ。

 実質三体一の劣勢な状況。しかし、宰相は現状を打開しようと別の策を講じる。


 「私はリュミシオンの宰相にして理想郷の人間だぞ!? いいか、貴様等が私を始末した瞬間、それは王国と理想郷を敵に回すことを意味する! それに王国には指導員として剣聖が赴く予定だ! 貴様のような耐久力と再生力の秀でた者であろうとも、決して剣聖相手には勝てるはずがない!」


 「うっわ、不利だからって権力を盾に脅迫とは。いかに小物のやりそうなことっすね」


 「諦めない気持ちって大事だから良いと思うよ」


 僕と尸織が暢気に談笑している最中、宰相は別の手段に僕達を買収しようと奔放する。


 「貴様等、いやお前達の求める物は何だ!? 富か名声か!? そ、そうだ……! お前達に我等が幹部と繋げてやろう! どうだ!? きっと永遠の命も手に入るはず……!」


 「永遠の命はいらない。だが、有金は全て置いていけ」


 「待て待て待て! 私はまだ何もしていない! ただ召喚者を眠らせただけだ! 何も疾しいことはしていないではないか! これは冤罪だ!」


 冤罪というのはね、僕のように同居を申告され戸籍謄本を露見され偽造写真を捏造され性行為疑惑を立てられ、それらを元に断罪される可哀想な者のことを指すんだよ。

 もう終わりかな。

 光線と分身と透明以外の術中はないようだし。

 何か最終奥義みたいのでもあればよかったんだけど。


 「ウラギール宰相……まさか其方が……」


 新たな乱入者が登場する。

 それはリュミシオン王国の国王であった。

 国王の思いがけぬ登場に宰相は打開出来ると判断したのか、彼は国王に訴え掛ける。


 「へ、陛下! 私はこの不審な仮面共により冤罪を掛けられております! どうか、この不遜な者達の処分を!」


 「もうよい」


 「へっ?」


 「私は既に其方の本性を知った」


 国王も爆睡していたはずじゃないのと疑問が浮かぶが、どうやら尸織が何度も頬を叩いて無理矢理起床させたらしい。

 お前……仮にも国王相手にそりゃないだろうと。

 

 「い、いつから聞いておられたのですか……」


 「其方と召喚者のミサキが闘い始めてからだ」


 序盤中の序盤から国王は尸織と共に傍観していたのだ。

 まぁ僕が二人の存在に気が付いたのは、宰相が真相を語り始める頃だったけれども。


 「詰みかな?」


 国王に始末していいですか的な視線を送ると、国王は無言で頷く。

 国の権力者に許可を頂いたところで、僕はそろそろお眠だし幕を閉じさせるとするか。


 「まだだ! 私一人だけだと思うなよ! 計画のために何人の協力者を城内に駐在させたと思っている! 全員の力を持ってすれば貴様等やアリウス諸共皆殺しにしてやる!」


 「あ、援軍なら来ないっすよ」


 「へっ?」


 「全員死んでいるんで」


 大活躍の尸織ちゃんは国王を叩き起こす前に宰相の協力者を駆逐していたらしい。

 とは言っても尸織が全員を駆逐したわけではなく、半数は何だか既に息絶えていたらしい。


 「ば、馬鹿な! ハッタリを抜かすな!」


 「コレ、あんたのお仲間っすか?」


 尸織は理想郷の協力者の首を何個か投げ出す。

 自身の策の一つである睡眠魔法の首に加えて複数の切断された首を晒された宰相は後退る。


 「私が……この日のために何年の歳月を……金を費やしたと思っている……!」


 可哀想に(失笑)。

 だからと言って同情する気は更々ないが。

 哀れな小物の末路だ。

 だけれども、暗躍するために費やした努力? だけは尊敬に値すると思える。


 「こんなはずは……あってはならない……私が失敗など、有り得るはずがないのだ……! あってはならないのだあああああ──ッ!!!!!」


 宰相は懐から注射器を取り出すと自身の首に打ち込む。

 僕は残されていた最終手段を講じる宰相に目を奪われる。

 まだ挽回するべき策があったのかと歓喜する。

 

 「まだ終わると思うなよ矮小な下等生物風情があああぁぁぁ!!!」


 液体が注ぎ込まれると注射器は地面に落ちて破損する。

 宰相は胸を押さえ悶え苦しんでいると腕や脚、全身の筋肉が震え出して膨張し始める。

 その変貌を眺める国王は悲憤して声を振り立てる。


 「そこまで堕ちたかウラギール!」


 国王と御崎さんを下がらせろと尸織に告げると、彼女は俯く御崎さんを抱えて国王と共に後方に退く。

 

 さて、第三幕の開始だ──。

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