第10話 この僕が負ける……!?
宰相は不愉快そうに眉を顰めた。
戦闘開始前に僕の悶々を解消するために問う。
「結局、宰相の目的は何なんです?」
「
返事は閃光によって返され、僕の胴体に光の矢が貫通する。
腹部から血飛沫が溢れ、内臓をやられたのか口から血を零す。
うーん、これは痛い。
頑丈な僕の肉体を貫通させる威力。もしや、それなりの実力者だな?
「ほら教えてくださいよ。どうせ死んじゃうんだから勿体ぶらずに、さぁさぁ」
「気味の悪い道化め……! これから死ぬ者に説明して何の意味が有るんです?」
「違うよそっちそっち。死ぬのはそっちだから」
「…………は?」
僕の挑発に宰相の怒りが湧き上がったのか顔に青筋が浮き立つ。
「私が貴様のような道化風情に負ける……だと?」
「そうそう。君が僕に勝てるわけないじゃないか。試してみようか? ほぉら、僕は無防備だ。いつでも攻撃してくれたまえよ」
僕は両腕を広げて待ち侘びる。
すると宰相の堪忍袋の緒が切れたのか声を荒げて絶叫する。
「思い上がるなよ──ッ!!! 道化風情が!!!
もしやコイツ……煽り耐性ないな?
数十人の宰相の幻影が次々と出現すると僕達を覆い囲む。
「「「どの私が本物か分かるまい! それに仕掛けはそれだけではない! 実態のない幻影でも魔法を行使することが出来る!
数十人からの同時攻撃を喰らい僕の身体は穴だらけ。
凄惨な有様に御崎さんは悲痛の声を漏らす。
素顔を晒すのはまずいので顔面だけは防いでおく。
本物の判別は造作もなく見破れるけれど、僕の眼球が破裂する恐れがあるからなぁ。まぁ視覚に頼らずとも聴覚もあるから大丈夫か。
僕は宰相の複製に目を凝らす。
全員の魔素の濃度は同一。
そして、何も見えない空間に魔素の浮遊を視覚にて、空気の流れが異なるのを聴覚で捉え、その一点に僕は拳を突き刺した。
肌に拳が減り込む感触を得た瞬間、複数の幻影は消失し宰相の透明化は解除された。
「な、何故……私の居場所を……!」
腹部を刺突された宰相は腹を抱えて蹲る。
「凄いね。幻影の複製に魔法攻撃を一任して本体は透明化して潜伏する。何個の魔法を同時操作しているんだろう? 大したものだね」
自分を
この領域に到達するのに苦労したんだろうなぁ。
「次だ次。次の手札を見せてくれよ」
「狂人め! 思い上がるなと言ったはずだ! 私の極意は光魔法などではない! 剣技こそ私の真髄!」
魔法専門だと思ったら剣が本職なわけか。
宰相は隠し持っていた鞘から剣を抜き出す。
「
剣を構える宰相の分身が出現する。
「「「贋作の聖剣であるが、かつて魔王を打ち滅ぼした聖剣の破片から複製した代物だ! 幾ら貴様の耐久力と言えども聖剣ならば抗う術もないだろう!」」」
四方八方から全身に剣を突き刺され、最後の一人が急所の首を斬り落とそうと狙いを定める。
刃が触れるが一刀されることはなく首も落ちることはない。
そりゃ当然──。
「急所くらい強化してるさ」
「化け物か貴様は……!」
それ褒め言葉。
社畜時代に散々言われた。
「す、凄い……」
御崎さんは僕に賞賛を浴びせる。
まだ透明化を破ったくらいしか功績はないんだけれど。
「それでご自慢の贋作が通用しないと判明したけれど次はどうする? さぁ、僕をどうやって殺す?」
「貴様は何者なんだ……!」
「万策尽きた? なら君の使命とやらを白状してくれよ」
「貴様如きに私の目的を語るわけがないだろう!」
はぁ……(クソデカ溜息)。
強情だな君は。
僕は未だに姿を晒さない誰かさんのおかげで苛立ちが募っているんだ。
致し方ないが燃え滾る復讐心を宰相にて憂さ晴らしさせてもらうことにしよう。
「なら仕方ないね。あ、借りるよ」
「え、あっ、はい……」
僕は御崎さんから剣を拝借すると退く宰相に一歩一歩近寄る。
僕から間合いを取る宰相は性懲りもなく分身を作製。
動き出した分身は全方位から襲い掛かる。
分身の刃といえども実体化されているため斬撃から傷が刻まれていく。
「
刃に紛れて多数の矢が飛び交い、難なく弾くと透明化された矢が飛来する。
急所は通用しないのなら消耗に持ち込むだけと判断したのだろう。
絶え間なく放たれる無数の光の矢や斬撃の全て対処することは敵わず、傷は倍増していくばかりだ。
「幾ら貴様の耐久力と再生力を持ってしても、これ程の攻撃は手に負えまい!」
宰相の言葉はご尤もだ。
出血量が多過ぎたのか意識が朦朧としかけている。
けれど、その死が生を実感させてくれる。
愉快な感情が湧き上がり仮面の下で微笑む。
「芋虫諸共駆除してやる!」
これまで僕の戦闘を見物していた御崎さんに矛先が向くと、流石にイカンなと彼女を抱き抱え飛翔する。
その間も飛び交う矢を退けながら地面に着地すると、両足に強烈な激痛を催す。着地の隙を狙い両足を射抜かれたようだ。
「ぐっ……!」
「これ以上もう闘わないで下さい……! 貴方では奴には敵いません……!」
護られていた御崎さんは僕の悲痛な声に反応すると、僕が立ち上がろうとするのを制止させる。
その応酬を眺めていた宰相は嘲笑い拍手を送る。
「私相手によく奮闘したと言ってもいい。道化の貴様は知らんが平和ボケした異世界人如きが私に敵うわけがないだろう?」
這い蹲る僕達を見下ろし嘲弄する。
御崎さんは僕を抱き寄せると宰相に陳べる。
「私の命はいい! 彼だけは見逃してほしい! そもそも彼は部外者だったはずだ!」
御崎さんは自身の命も躊躇わず宰相に申し出た。
やはり僕の観察眼は鈍っていなかったのだと確信した。
ぽっと出の変質者を庇い自らを犠牲にさせるとは、彼女は何という人格者なのか。
だからこそ僕の身代わりに打って出るのは非常に惜しい。
「ふむ、考えておいてやる。……そうだな、これから死ぬ者の冥土の土産として私の目的を語ってやろう。光栄に思うがいい」
疲弊した僕を一瞥すると饒舌な宰相は真相を語り始める。
「私は
理想郷……?
あれっ、なんか聞き覚えのあるような組織名が……。
いや勘違いかな?
現に先程盛大な勘違いをしたばかりだし同一と見做すのは尚早だ。
「富や名声のためではない。人類の思い描く崇高なる願い、永遠の命だ──」
「永遠の命……?」
「そう。我等凡庸たる人間種は他の長命な
いや、僕の社畜時代にはその種族いなかったから不平不満を感じることはなかったけれども。
まぁ黒幕時代には羨ましいなぁ程度には感じていた。
人間の寿命程度では最強に至るのは不可能だからと人間を辞めようとしたこともあったわけだし。
「そこで我々理想郷は亜人種共を材料に理想を追求したわけだ。正当手段らしく奴隷を買い漁り、はたまた紛争を起こさせ捕虜を捕獲したり、貧困街の孤児共を拉致したりもした。しかし……それらを贄に研究を費やすが、道のりは困難を極めた。亜人種の内臓や血液を啜ったが効果は見られない」
「お前は人の命をなんだと……!」
「人類の進歩に犠牲はつきものだ。波風を立てるな異世界人」
御崎さんは軽蔑した視線を宰相に送る。
宰相は肩を竦めると話を再開させる。
「ともあれ亜人種では効果を実感させなかった我々は、愚かな魔女共に目を向けた。異世界人よ、魔女の定義とは何かご存知かな?」
黒幕時代における魔女の定義は、大概には魔力の高い女性、また長命な人間の女性のことを指す。そのため亜人種であっても魔力が高く長命な者であれば魔女と称された。
他の定義としては、蛇神ナハシュを崇めるナハシュ教の信徒にして古代神族ナハシュリムの末裔であるということ。
魔女が長命であるのは蛇神ナハシュの加護によるものと文献には記述されていたが、実際には長命な妖精族や魔人族と人間の混血による影響とされている。
「邪神を崇める異教徒にして呪われた者のことを魔女と呼ぶ。そして、邪神の子孫でもある魔女共は人間でありながら長命であるということだ」
黒幕時代の魔女と似たような定義なんだなぁ。
何にしても黒幕時代と今世においても魔女は差別や迫害の対象であるらしい。
「ここで魔女が長命であるという点が重要になる」
「それがお前達の研究と何の関係がある……?」
「無知蒙昧な異世界人め。話の流れから理解が出来んのか。人間種の魔女は我々人間と同一だということだ。亜人種の血を啜っても効果がないのなら魔女の血を啜れば効果があるのでは? そう先人達は思い至った」
魔女の歴史は古代に遡る。
蛇神ナハシュを崇拝し人身供犠を捧げてきた集団は、その見返りに不老不死や特殊な力を授けられた。
その集団は蛇神を統治者にして国教とする国家を誕生させ繁栄していった。
しかし、魔女国家は別の国家により滅亡させられ、国民は各地を放浪するか別の国の虜囚の民となった。
故郷を滅ぼされ蛇神を失った集団の子孫は、神より叡智と力を与えられた誇り高い民族として、自らを神族と称するようになる。
それが神族ナハシュリムである(猿でも分かる魔女の歴史:基本編より参照)。
「我々の予測は的中した。魔女の体液には健康増進や美容効果があることが判明した」
なんかサプリメントみたいだな。
「悲願である老化阻止の解決になると嬉々とした我々であったが、これには欠点があってな。魔女の体液は定期的に摂取せねばならないということだ」
「…………」
「理解したか。魔女は反魔女主義思想により差別迫害を受け数を減らしているのだ。ここで魔女の定義を振り返ってみろ。異教徒、邪神の子孫、また魔力が高い、また長命である。言わば魔女には外見的特徴を表す定義はなく一般的な人間と大差がない」
各地に離散した神族ナハシュリムは、商売や農業を行う者、膨大な魔力を駆使して賢者として名を馳せる者。各地域にて活躍して繁栄していく。
その優れた能力は周囲の人を羨み脅かし妬まれ、やがて差別迫害弾圧を受けるようになる。
神族ではなく魔性の存在。そうしていつしか彼女達は魔女と呼ばれるようになった(猿でも分かる魔女の歴史:基本編より参照)。
耳の長い妖精族や角の生えた魔人族の魔女が外見的特徴が明らかでも、人間の魔女は見分けが付かないからね。
怯える魔女は自身が魔女であるということが発覚しないよう人目を忍んで生活している。
田舎で隠居する女性が魔女の可能性があるし、国家の重鎮である人物が魔女である可能性もある。その辺ですれ違う女性も魔女かもしれないのだ。
「魔女から摂取出来る量は限られている。だから、理想郷の人員全てに行き渡るとは言い切れないのだ。尚更私のような下っ端にはな」
宰相は落胆気味に告げる。
「魔女は無限に湧く物ではない。定期的に摂取せねばならない。これらの問題を解決するために次の実験に移ることにした」
「まさか……!」
宰相の意図を察した御崎さんは愕然となる。
「そう──貴様等異世界人だ」
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