第9話 ピエロ
感動の名場面を披露する直前、何故か皆は気絶するかのように横たわってしまった。
召喚により無意識のうちに疲労が蓄積していたのだろう。
僕は床に横たわる女性陣を抱え上げベッドに寝かし付ける。制服を着用させたままだが脱がせてセクハラ疑惑も立てられるのも御免だ。真はソファーに配置させ山田と田中はそのまま放置して一仕事を終える。
僕は椅子に腰を下ろし足を組むと思案する。
揃って同じタイミングに皆が熟睡など他者の介入があったとしか思えない。
睡眠を誘発させたのは状態異常魔法か魔道具か。睡眠薬を仕込まれていたのか。方法など定かではないが意図的に彼等を眠りに誘った黒幕がいるのは明白だ。
ではそこで何のために彼等を眠らせる必要がある? と、黒幕の動機が気掛かりになる。
隙を見て排除するためか、召喚者が爆睡している間に王国を転覆させるだとか、誰かを拉致するためだとか、様々な憶測は浮かぶ。
「ま、いいか」
黒幕の動機など微塵も興味はないし、僕が暗躍を阻止すべく介入する気も更々ない。
この機に乗じて僕の選択は一つのみ。
僕は耳を研ぎ澄ませ半径100m以内の物音を聴き入れる。
普段半径100mの広範囲の物音を感知しようとすれば、雑音が多過ぎて聴いていられるものではない。要らない音を排除して特定の音のみを厳選することも出来なくはないが、正直疲れるので遠慮したい。
だが、人気の少ない夜や皆が寝静まった異常事態なら話は別。苦労せず僅かな足音のみを聴き入れることが可能だ。
睡眠時の呼吸音を除外し足音に集中を向ける。すると半径100m内には活動している人間がいないことが感知された。
ついでに尸織の現在地も探知しようと思ったが、アイツも呑気に爆睡されたのか音には引っ掛からない。
集団睡眠が衛兵や使用人にも適用されていることが判明した今、こりゃもうイケると僕は確信。
「さて、宝物庫を漁りに行くか」
黒幕や暗躍の活動資金として高価な物を拝借しておかねばならない。
この集団睡眠は僕の活動のために黒幕の神が施してくれた絶好の機会だ。
実行前に念のため素顔を隠しておく必要があるなと僕は自室に戻ると鞄を漁る。
僕の部屋で嬌声を上げていたらしい変態の姿は相変わらずないが、まぁそれはどうでもいい。
僕が召喚時に持ち運んだ
仕事柄素顔を晒すのは厳禁であるため組織員は仮面を被るなどして顔を隠す。
急遽問題が発生した時に直ぐに駆け付けるよう、普段から肌身離さず持ち歩くよう言い付けられている。
うっかり友人に発見でもされれば疑惑の目を向けられるため、普段は鞄の奥底に細工を施してしまってある。ちなみに自宅には予備の仮面が大量にある。
僕は道化師が好きだ。
なんか強者感があっていい。
それに黒幕適正が高い感じもする。
僕自身が道化に相応しい滑稽な者であるからだろうか。
「行こうか僕」
仕事の僕は別の自分を憑依させている。
この仮面の付喪神が僕の精神を引っ張っているのか、僕自身の本質なのかは分からない。
けれども仮面を被れば普段の誠実で品行方正な模範性の自分とは別な第二の自分になれる気もする。
「──宝探しの時間だ」
仮面を装着させた僕は早速駆り出す。
宝物庫へ向けて一直線。
高揚が治らない。
西武開拓をした開拓民も同じような高揚感を患わせていたのだろうか。
と、わくわくしながら歩む僕であったが、根本的な問題により僕の計画は頓挫する。
「ふむ……」
そもそも宝物庫どこ……?
僕は人の気配を察知する能力はあるが、城内構造を把握する能力は持ち合わせていない。
宝箱の位置や中身が分かる呪文を覚えていたり、全体図を把握する地図機能やらは備わっていないのだ。
前提として城内に宝物庫があるのかと。いや、国家資金を貯め込んでおく部屋くらいはあるだろうから杞憂か。
宝物庫どこです? と訊ねるわけにもいかず、結局は地道に探り当てるしかないのだ。
でも宝物庫の所在地など大体検討がつく。
隠し部屋か城の地下に保管されているのが定番だ。
とりあえず地下に向けて降っていけばいい。
僕は睡眠状態の不用心な衛兵を労いながら、鼻歌を口遊みながら降る。
勇者召喚初日でこの様とは今後が思いやられるね。
僕のような盗賊や侵入者への対処しようがないじゃないか。
黒幕の陰謀など僕には無関係だ。だから、この好機を利用させて頂いて僕の財力の糧となってもらう。
召喚時の大広間に到着し、隠し階段がありそうな予感がした僕は、地面に耳を当てて研ぎ澄まさせる。
僕の鋭敏な聴覚は僅かな風の流れを察知することが出来る。空気の通りに違和感があれば隠し階段があることの証明になる。
違和感を発見するために周囲を散策していると、やはり僕の予感は的中した。
召喚時の魔素の残滓に紛れて別の歪な魔素が籠っているのが分かる。
今更ながら魔素と魔法と魔力の関係性について復習しておこう。
魔素は原料。
魔法は技術。
魔力は力。
これらを三大要素と呼ぶ。
魔素は空気や地に漂う粒子。酸素や窒素といった成分に等しい。また人間の体内にも存在するとされ、魔法を行使するための源となる。
魔法は魔素を使用し様々な効果を引き起こす技術。異世界ファンタジーで定番な火や水を出したり、今回の召喚魔法といった超常現象を引き起こす。
魔力は魔法の力加減。体力や筋力といったものと同一視され、生まれ付き魔力の高い者や低い者といった力の質はそれぞれ異なる。
魔素は一般的には可視化することは出来ない。酸素や二酸化炭素が視覚出来ないように同様。
視覚不可であるのに何故僕が別の魔素を捉えたのか。それは僕が一般人じゃないからである。
聴覚と同様に視覚も本気を出せば微細な成分を判別出来る僕は、召喚時の魔素とは異なった別の濃度の濃い魔素を発見した。
魔素の識別は目が充血するほど力を使うから、あまり好き好んでやるほどではないんだけれど。おまけに眼球が破裂する危険もあるし。
結局は聴覚関係なしに視覚で違和感を見つけた僕であるが、まぁ空気の違和感を探すため床に接触していたおかげである。
ただ、宝物庫の鍵となりそうな魔素を発見したところで、制限を設けられている僕にどうこうすることは叶わない。
身体強化程度の魔法しか扱えない僕にこれを解き明かす力は備わっていないからだ。
一時的に僕の制限を解除させる方法もあるけれど、何しろ最後の手段は副作用が激しく盗みのためだけに実行する気もない。
盗み稼業は辞めて真面目に生きよという黒幕の神からの警告なのだろう。
とんだ無駄骨になったが気を切り替えるしかない。盗賊を乱獲して盗品を拝借する方針に移り変えるべきなのだろう。
今日は聴覚と視覚を酷使し過ぎて疲弊気味だ。
僕は撤収して皆と一緒にうたた寝をしようと踵を返そうとするが、探知に引っ掛かる者が出現したので足を止める。
僕は天井に張り付くと侵入者を観察する。
あれは……御崎さん?
まさか……主人公候補の一人に睨んでいたはずが、実は今回の騒動の黒幕だった?
うーん、僕の観察眼も鈍ったのかな。
しかし、彼女は大広間に何用で馳せ参じたのか。もしや僕の同類だったりする?
「おやおや……鼠が一匹紛れ込んでいたとは」
同類の登場に共感を覚えていると、御崎さんの背後に佇んでいた新たな登場人物が声を掛ける。
あれは……ウラギール宰相?
なんと宰相も実は主人公候補の一人だった──?
でもなぁ、宰相の外見はパッとしないというか御崎さんと比較すると華がないというか。鼠を一匹と誤認している当たり実力もないのが確か。
となると宰相も実は僕達の同類?
この騒動に乗じる者が3人も登場とか、ある意味奇跡的な時宜である。
「貴方が……この騒動の元凶だったんですね」
御崎さんは宰相と対峙する。
宰相は不敵に微笑む。
「はて何を仰る。私は鼠退治をするただの駆除人ですが……」
「惚けないでください。お前が発端だという証拠は掴んでいる」
どうやら、この集団睡眠の首謀者が宰相だったらしい。
既に宰相が諸悪の根源だという証拠を握っているらしい御崎さんは、どこから拝借したのか宰相に剣を差し向けた。
証拠とは何の証拠を握っているのだろうと、種明かしを心待ちにする僕であったが。
「おやおや、洩れてしまっていたとは……。えぇ、そうです! 私が今回の事象を引き起こした黒幕その一人!」
白状するの早い(唖然)。
もう少し否定や白を切ったりしてくれ!
御崎さんの証拠解説が頓挫しちゃうじゃないか。へぇ〜……宰相が主犯だったんだなと感心することが出来ないじゃないか……!
ともあれ僕が宝物庫探索に励む中、善人の御崎さんは犯人の追跡に勤しんでいたようだ。
うーん、人間性の違いが滲み出る。
「ですが、それを掴んだところで貴女はどうすると? 私を始末するおつもりですか?」
「お前の目的による。私達2年3組の生徒に害をなすなら殺す」
「そうですか……」
宰相は首を捻らせ思案する。
宰相は御崎さんに手を指した瞬間、白い光が掌に集約される。
その構えを見た御崎さんは、剣を振り翳そうと距離を縮める。
「
声が響くと同時に集約された光は矢の形となり、御崎さんの元に放たれる。
御崎さんに光の矢が衝突する寸前、彼女は矢を切り裂いて離散させた。
「「おぉ」」
うっかり宰相と同時に感心してしまう。
イカンイカン……傍観者の僕が感嘆しては隠れている意味がなくなる。
幸い戦闘に熱中しているお二人は僕の声には気付いていないご様子。
「ではこれはどうかな?
掌から確かに放たれた光の矢であるが、先程の視覚化された攻撃とは異なり目に見えない矢が飛ばされる。
だが、御崎さんは見えないモノを視認しているかの如く、矢を弾いて容易く宰相と距離を縮める。
余裕綽々の宰相の表情が曇る。
回避不可能な距離に追い込まれ、宰相は御崎さんの剣に斬り裂かれる──はずだった。
薙ぎ払われた宰相の身体は残像のように消失。
動揺する御崎さんの四方から複数の光の矢が一方的に降り注ぐ。
「
一本目を防いだと言えども全ての矢を防ぎ切ることは敵わず、御崎さんの太腿に矢が貫通する。
血飛沫を上げる右脚。血が漏れ出た傷口を押さえながら御崎さんは蹲る。
「……っ!」
「見事と称賛しましょう。一度目を防いだのですから大したものです」
コツコツと足音を立て宰相は屈み込む御崎さんに近寄る。
御崎さんは歯を食い縛り宰相を睨み付けると刃を振るう。
実体のない虚像であったのか、またしても宰相は消失する。
そして御崎さんの左脚に光の矢が突き刺さり、彼女は激痛に耐え切れず絶叫をあげる。
「あ゙、あああ──!!!」
「なんと惨めな。まるで芋虫のようだ」
激痛から御崎さんの呼吸は激しくなる。
だが手に携えた剣は決して離さず、宰相を睨み付ける闘志の籠った眼光は残ったままであった。
彼女の俊敏な足技と見事な剣捌きと言えども、今の状況下では覆すことは敵わないだろう。
「へぇ」
しかし、彼女の屈服しないという不屈の意志が目に取れ、傍観者であり続けようという僕の心境に変化を生じさせる。
なんて主人公に相応しい絶景なのだろうと感心感服感動に見舞われていた。
美しく誇らしく素晴らしく、彼女に魅了されてしまった。
あくまで御崎さんは主人公候補の一人。
御崎さんでこの始末なのだから、他の人物も一層より僕を魅了させてくれるのではないかと。
そうなると、このまま彼女を他の人達を失うのは惜しい。
無駄な正義感による介入は不本意。これは違う。これは彼女等彼等への投資だ。
「私は……私はッ!」
「なんと惨めで滑稽な……可哀想に。今楽にしてあげましょう」
そうして御崎さんが止めを刺される寸前、僕は二人の間に降り立った。
突然の乱入者に宰相は眉を顰める。
「何者です?」
「見て分からない──?」
華麗に登場した僕は名乗りを上げる。
「ただの
さて、第二幕の開始だ──。
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