第8話 心の傷

 衝突する寸前、顔を背けて拳を回避させる。

 掠りでもすれば顔面が粉砕骨折するところだった。

 間一髪と冷や汗をかいていると、激昂するミカを鈴華が羽交い締めで抑え付ける。


 「違うなら違うで構わないけれど。なら僕が誰と仲良かろうが別によくない?」


 「殺す……! この自意識過剰男を殺す……!」


 「落ち着けミカ! ステイステイ!」


 まぁ精神が成熟した僕からすれば、思春期の少年少女特有の好きな人の交友関係を把握したい乙女の恋心も分からんでもない。

 仮にも片思い中の相手が恋人ではない赤の他人と同居や性行為疑惑までもある。可哀想に。

 だが、当の御本人は否定されているし……。これは逆に僕が大嫌いだから適当な冤罪を吹っ掛けて追放させたいというミカの思惑があるのだろうか。

 これまた小学生の少年少女は好きな相手を揶揄ったり虐めたりもするというし。となると僕の扱いが荒いのはミカの精神年齢が小学生で僕を好きということになるのか?

 僕と尸織の関係に執着するのは、ミカは実は秘密組織に所属しており僕達の間柄を調査するために暗躍しているとか?


 「私が、小夜を、好きなんて、絶対、ないからッ!!!」


 全身全霊の全否定。

 その狼狽え振りは僕達に猜疑心を生ませる。


 「しかし、そこまで全力で否定なされると逆に怪しいですね」


 「分かるよ凛ちゃん。逆に興味のない人に『私のことが好きなの?』って言われたら『ハァ? 何言ってんのコイツ』ってなるよね」


 「すなわち橘さんは小夜ちゃんに好意を抱いていると」


 「ハハハ、ないない。だって御本人様が直接否定されているからね」


 僕と凛ちゃんが呑気に談笑しているとミカの殺意上昇が収まらず、鈴華の制止を振り切ろうとする。


 「まぁ仮に僕のことが好きならば、僕は誠実に返すつもりだ」


 「へ、へぇー……? な、なら……? 私が仮に! 仮の話だけれど小夜を好きだった、としたら……?」


 「いや普通に無理でしょ」


 「貴様誠実に付き合うって言っただろうが!!!」


 「言ってない! 誠実に対応すると言っただけで気持ちに応えるとは言ってない!」


 「落ち着けミカ! ステイステイ!」


 まぁミカを煽るのもこの辺にしておくか。でないと本当に殺害されかねないし。

 またもや僕の一大演技で心象を修正させておくとするか。

 僕は朗らかな笑みを一転させ神妙な面持ちへ切り替える。


 「ただ……嬉しかったな。ミカが僕をそこまで心配してくれたなんてさ」


 「ッ……!」


 僕の真面目な雰囲気に感化されたミカの動きが止まる。

 これは効果アリだな。ちょろい。

 ミカの殺意を解消させた上で尸織の話題も有耶無耶にさせてやろう。


 「私も凄く心配したぞ!」


 何故か鈴華が張り合う。

 私も褒めてくれと子犬のような視線を向けてくるので頭を撫でておく。


 「今まで僕を心配してくれるような人はいなかった。だから新鮮なんだ。この感情は」


 「小夜……」


 感傷的に弱音を吐くように告げる。

 何か暗い過去があるんだな……と察してもらうことが大事。

 そうすれば余計な詮索はされず尸織の件やらも有耶無耶になってくれるだろう。

 後は適当に理由を付けて撤収だ。

 きっとミカはこれ以上詮索してくることもないはず。

 僕には散々迷惑を掛けさられた尸織を半殺しにする使命がある。人に嫌がらせをしては駄目だと道徳教育を徹底的に叩き込まなければ。


 「というわけで僕は半──」


 「待って──!」


 帰る気満々颯爽と退散しようとする僕の腕を引き留めるミカ。

 無駄に留まって化けの皮が剥がれたらイカンと危惧した僕は、振り切って先を歩もうとするが彼女の腕力に敵わない。

 逃走しようとする僕と妨げるミカの攻防が続くと、彼女は辛抱たまらず告げる。


 「いや待てや」


 「すいません」


 僕は正座して持ち場に戻る。

 

 「一人で抱え込まないで」


 潤んだ瞳のミカに手を握り締められて僕は困惑する。

 何の話?

 暗躍するなら私も手伝うよってこと? それとも尸織を制裁するのに助力するよってこと? 主人公候補のミカに黒幕適正はないしなぁ。やっぱり尸織の方?


 「今の君はどこかに消えていってしまいそうな雰囲気があった」


 「……鈴華?」


 まぁ追放が叶わぬなら失踪する気ではいたけれど。

 だけど、暗躍が確定した現状において失踪は然程重要ではないし……。


 「俺は……俺達は、小夜が何であろうと価値は変わらない! だから、俺はお前の助けになりたい……!」


 「……真?」


 やっぱり僕の暗躍に賛同しますよってこと?

 いやアンタら召喚者の中でも精鋭なんだから駄目でしょ。

 参ったなぁ。初っ端から離反者が続出してしまう。

 僕の候補に相応しい御三方を押し留める方法はないだろうか。

 

 「悪いけれど、これは僕だけの問題だ。君達の助けは無用だよ」


 彼等のご厚意はありがたいが主人公候補を離反させるわけにはいかないので厳しく突っぱねる。

 そうして尸織に天誅を与えるために再び退出しようとするが、ミカの握力により押し留められているため叶わず。

 

 「私達は頼りない? 信頼に値しない? 小夜の助けになりたいって気持ちは迷惑なの? 私達は……友達でしょ? なら何も遠慮しないでよ……!」


 手強い……!

 大事な友人だからこそ僕の黒幕という享楽に付き合わせるわけには……!

 君達は僕を最終的に葬りさる主人公候補なのだ。僕と対立することになる君達を僕の陣営に加えさせるわけには……!

 

 「頼り甲斐のある信頼のある君達だからこそ駄目なんだ。分かってくれミカ」


 「……っ!」


 ミカの握力が緩んだことで僕は手を解く。

 ありがとうと一言告げ僕は3度目の正直を成功させようとするが、またしても鈴華と真に阻まれる。


 「君達の言葉は前向きに受け止めて検討しておく。だから今は僕を行かせてはくれないか?」


 「君を一人にさせるわけにはいかない」


 今は一刻の猶予も許されない。

 僕の復讐に勘付いた尸織がまたしても僕の前から忽然と姿を暗ます危険がある。

 彼等の証言からまだ僕の部屋に居座っているはず。この機を逃しては僕の滾る復讐心をどこで発散すればよいものか。

 僕の黒幕仲間になると言い出した時は焦ったが、時が経てばやっぱり主人公陣営として励むかと心境変化も訪れるはず。

 尸織の件を有耶無耶にするという目的は果たした。だから、もう僕にはこの場に居座る理由はないのだが。

 

 「そこをどいてくれ鈴華。僕にはやるべき使命がある」


 「君を一人にさせると……取り返しの付かないことになってしまうような……そういう予感があるんだ」


 尸織は半殺し程度に済ませる予定であるから、そこまで悲惨なことにはならないと思うけれど……。

 しっかし、何だか今更ながら会話に違和感があるんだよなぁ。お互いにすれ違いが生じているというか。

 よくよく考えてみれば、いや考えてみなくとも彼等が黒幕仲間になるとは思えないし仇討ちに加担するとは思えないし。

 僕達は一体何の話をしているんだろう?


 「俺は……お互いの間に気を遣う遠慮するのは無用だと、俺は思っている……! もし小夜が俺達を友達だと思っているのなら、俺達にもお前の負担を担わせてくれないか……!?」


 もしかして暗い過去があると勘違いされている皆は僕を心配してくれている?

 となると、この勘違い劇場は僕が尸織の件を追求されないように感傷的に振る舞ったのが原因?

 ま、まずい……!

 ありがとう、よろしく! と一言だけ告げて承諾すれば解決する話のはずが、僕の勘違いにより話が大きく拡大してしまっている。


 ア、イヤ……だが、話の流れ的に終盤に差し掛かっているはず。迷惑を掛けたくないと頑固になっていた僕が皆の真摯な説得に根負けする展開になっているはず。

 直ちに快諾はせず一旦「僕が……信じてみてもいいのか?」的な感じで一呼吸置いてから真の手を取ることにしよう。

 暗い過去を持つ元敵であった人物が主人公陣営に救われる展開的な感じで醍醐味があるし。

 でも、大概そういう時って親玉や第三者によって殺害されたりして結局仲間にはなれないまま死ぬ展開になったりするんだよね。


 「僕が……」

 

 信じていいのか? と言う寸前、閉まっていた扉が大きく開く。

 そこには鳳凰院さんを含めた他の3組面子がいた。


 「輝梨那きりなッ!? いつからそこに……!?」


 「申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」


 鈴華が鳳凰院輝梨那ほうおういんきりなこと鳳凰院さんの名前を呼ぶ。

 すると鳳凰院さんは頭を下げて詫びつつ事の顛末を語る。

 僕がミカに拉致されて面白──大変なことになったと不安に駆られた山田と田中は、退散したかと思いきや後を付けていたらしい。

 そうして扉の向こう側で僕への裁判に当然の報いだと清々──冤罪を掛けられて可哀想だと憐んでいると、急に重苦しい展開になり困惑したそう。シリアス展開は俺達の範囲外だなと撤収しようとしたら矢先、鳳凰院さん達と遭遇してしまう。

 女子生徒の部屋で何か不埒なことを考えているのではと鳳凰院さんは、山田と田中を成敗しようとすると二人は事情を説明する。


 「というわけでして……」


 「そういう事情が……。山田くん田中くんの盗み聞きは感心しない……それにここらは女子生徒の区域。あまり男子生徒だけで彷徨くのもよくない」


 二人は生徒会長の諌めに遜る。


 「すいません! 反省してます! 俺は盗み聞きなんて辞めとこうぜと再三忠告したのですが、隼人の奴が小夜の弱味を握るチャンスだとどうしても離れようとしなくて……!」


 「んなっ、それ言ったの海くんじゃないですか! 男女5人何もないわけがなく……絶対やましいことするつもりだと海くんが言い出しまして……!」


 「とりあえず二人はもういい」


 「「申し訳ありませんでした!」」


 女生徒から軽蔑の視線を向けられ即座に山田と田中は引き下がり背後にて縮こまる。


 「事情も事情ですが居ても立っても居られなくなり……大変申し訳ありませんでした」


 「謝らずともいいさ輝梨那。君も小夜くんを心配してくれたのだろう?」


 「えぇ。しかしそれは私だけではなく……」


 そこには女優の藍葉さん、正統派美少女の有栖川ありすがわさん、オタクに優しいギャルの芦屋あしやさんがいた。

 生徒会三人衆+陰の薄い凛ちゃんだけならまだしも、学内の人気者四人組を関与させてはまずい……! 僕の盛大な勘違いが大事になってしまう!

 早いところ僕が良い感じの一言を呟いて、この茶番に終止符を打たないと……!


 「僕が──」


 「比良坂くん。少しくらいは私達に甘えてくれてもいいと思う。貴方の心象は変わることはないから」


 「あ、藍葉さん……」


 「小夜くんのこと色々沢山知りたいな。だから話してくれる? 貴方のこと」


 「あ、有栖川さん……」


 「大丈夫だよ小夜っち。小夜っちに何があっても小夜っちは小夜っちだから」


 「あ、芦屋さん……」


 美少女三人衆の番が終了したところで、いよいよ僕の本領発揮だな。

 絆された僕が「ありがとう……!」と涙ぐみながら皆の手を取る。これで完璧〜。

 

 「ありが──」


 「大体さ、迷惑掛けずに生きるなんてのは生きていく上で不可能なもんよ。赤ん坊や子どもの頃なんて親や他の人に迷惑掛けまくりだったろ? それに一々負い目を感じてたらキリがねぇ」


 「流石色々な人に迷惑を掛けても何も恥じず悪びれもしない海くんが言うだけありますね!」


 「小夜くん。私達を信じてはみませんか?」


 山田と田中の介入があったがいい感じに鳳凰院さんが締めを引き受けたことで、本当に僕の出番が到来する。

 長い茶番に終止符を打つ時が来た。

 皆に大迷惑を掛けたお詫びとして君達には僕の本気をご覧になって頂こう。


 「ありが──あれ?」


 皆から祝福を受け「ありがとう」と応える寸前、何故か僕以外の全員は意識を失ったかのように横たわる。


 「…………」


 山田と田中の頰を叩き真の身体を摩り起こそうとするが、彼等は一向に起きる気配を見せず。


 「どういうことなの?」

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