第6話 理想の暗躍方

 那岐ちゃんと別れた後、相変わらず暇人な僕は場内を散歩していた。

 散歩を続けながら思慮に耽る。


 主人公に討たれるという悲願は愚者の魔女とかいう陰湿陰険女により掻き消された。

 元々愚者の魔女との決戦においては敗北する気はなかった。けれども奴の煽り口調に乗せられた僕は、うっかり最終奥義全魔力を集束させた自爆魔法トリニティを実行してしまい、呆気なく奴諸共爆死してしまったわけだ。

 再三言うが愚者の魔女は僕が討たれるべく相応しい主人公候補ではない。むしろ奴は僕の同類である。

 黒幕と黒幕が対決とは、まぁそれはそれで面白い展開ではあるけれども、僕が望む展開とは程遠い。


 事前に主人公候補は選別していた。

 君達の仲間っぽかったけれど「実は敵でした〜」をする予定の人物はいたのだ。

 だが、「実は敵でした〜」のネタバレ前に僕は爆死したので、ただ味方のまま死んでしまったことになる。


 僕の黒幕時代の主人公候補は3人いた。

 1人目はむっつりスケベこと勇者ソルフリーネ・アウレリア・レギウス。

 2人目はポンコツエルフこと剣聖アンジェリカ・エレクシア。

 3人目は人見知りこと賢者エステル・ド・フルヴィエール。


 コイツらのどこに主人公適正があるのかと疑いたくなるだろうが、実際に相対すると主人公オーラや相応の実力は兼ね備えていた。

 そんな個性的な主人公達と魔王討伐のために放浪したのは良い思い出である。

 結局ネタバレせずに爆死したことだけが悔やまれるが……まぁ仕方ないと納得するしかない。


 僕が爆死した後も元気にやっているのだろうか。

 まぁ主人公適正S級の連中だし今頃結婚して家庭を育んで幸せな生活を送っているだろう。


 次こそは時期を見失わないようにしよう。

 それともう愚者の魔女のような第四勢力には関わらないようにしよう。

 僕がネタバレ出来ずに死亡したのは、世界滅亡なんて駄目という無駄な正義感からだった。

 次こそは使命感や正義感なんて生まず黒幕ムーブを保つことにしよう。

 反省。うん、反省は大事だよね。


 主人公候補の対象になるものは強いこと。これが大事。

 それと主人公っぽいこと。

 主人公っぽいの定義が曖昧ではあるが、僕には主人公っぽい人物を見抜く主人公調査技能サーチがあるのだ。

 異世界クラス転移ということで高天高校2年3組にのみ対象を絞ると僕の探知に引っ掛かる者は結構いる。

 大体物語において主人公は1人じゃないの? という突っ込みが入るだろうが、複数主人公の群像劇パターンなんだなと思い込んでおく。


 まず1人目は僕の親友である武部真だ。

 彼は容姿端麗、運動神経抜群、好青年にして生徒会副会長を務める皆の人気者だ。S級勇者と異世界転移しても風格は衰えず。


 2人目は僕の悪友である天音鈴華だ。

 彼女も大和撫子と評される美貌を持ち合わせており、成績も優秀にして生徒会長を務める学内一の人気者である。これまたS級勇者であるため彼女も相応しい。


 3人目は僕の宿敵である橘三日月。

 人当たりが良く誰とでも平等に接する彼女は可愛げがあり男子からの人気は高い。というのに何故か僕には手厳しい。真や鈴華には劣るがA級勇者でもある。


 生徒会三人衆は主人公候補として挙げられる。

 また他にも家族思いな鬼龍くんや鳳凰院さんも相応しい。僕に道導をしてくれた恩人の那岐ちゃんも主人公っぽい。


 他にも個性的な面子は勢揃いしており、

 苗字が格好いい夜刀神やとがみさん。

 不思議ちゃんの天童てんどうさん。

 自称探偵の和泉いずみさん。

 クールな御崎みさきさん。

 ほんわかしている八雲やくもさん。

 女性を平気で殴れそうな乙無おとなしくん。

 チャラ男のとどろきくん。


 よりどりみどりじゃないか(歓喜)。


 尸織?

 アイツは主人公適正0ですよ。

 物語を掻き乱すだけの愉快犯。嫌悪感を溜めるだけ溜めて無様に滑稽に死ぬ登場人物だろう。


 何にしても一体誰が主人公なんだ……?

 やはり群像劇スタイルか?


 というか僕が本格的に黒幕ムーブをするなら、あの愚行は軽率過ぎたなと後悔。

 どこに失禁疑惑のある黒幕がいるよ。

 皆の前で裏切り行為を働いて後々大罪人となっても「でもアイツうんこ漏らしてるんだよな……」という汚名が付いてしまう。

 僕が舌戦で人類の憎悪を吐いたり格好良い名台詞を吐いても「あのラスボスうんこ漏らしてるんだよなぁ……」とどうしても脳裏に過ってしまう。

 そう考えるとあの行動は軽率だったと反省。

 今直ぐに僕の立ち位置を軌道修正し、汚名を払拭せねばならない。


 そもそも僕のクラス内の立ち位置からしても追放されるような柄ではない。

 僕は眉目秀麗頭脳明晰生徒会所属の人気者だ。

 本来追放されるのはパッとしない平凡な人物が定例なのだ。

 そんなカースト上位の僕が追放処分を受けるわけがない。だからこそ、人望のある僕は皆に庇われたのである。

 追放からの闇堕ち復讐パターンも一興ではあるが、僕の立ち位置からそれは叶わないだろう。


 というか我が3組には「お前の席ねぇから!」と被害者を罵るような加害者がいない。

 そう、3組は基本的に良い子揃いで皆の仲が良いのである。

 だから仮に絶世の人気者である僕でなくとも追放イベントは発生しないだろう。


 ともあれ醜態を晒してしまった今、僕への評判の軌道修正が必須だろう。

 温厚で常識的な人気者……既に人気者だからそれはいい。とにかく温厚篤実な人柄を演じなければならない。

 「何故君が裏切った……!?」と驚愕されるギャップが大事。

 黒幕願望が再熱するなら早いうちから、それこそ高天高校に編入する前から個性を練っておくべきだったな。伊達眼鏡でも掛けておけばよかった。


 「おっ小夜じゃねぇか」


 「おや小夜くんではないですか」


 僕に声を掛けるのは主人公適正はないモブっぽい雰囲気を醸し出す長身痩躯の山田海やまだかいと低身長の田中隼人たなかはやとである。


 「いやぁ小夜も災難だったな。白色なんて出しちまうなんて」


 「おまけにお漏らしまでしてしまうとは。災難でしたね」


 「漏らしてないよ」


 僕の根も葉もない噂を流布しているのはコイツらか?

 とは言え彼等は別に僕を貶めようとする気は一切ない。それはそれでタチが悪いのだが。

 まぁ鈴華のような悪友的存在である。


 「遂に俺達の時代、念願の異世界転移が来たわけだ。俺の秘められた才能が覚醒し、ようやく俺は彼女を作るという悲願を達成することが出来る……!」


 「パッとしない僕達の活躍の場が遂に来たわけですね……! 僕はエルフとかに会ってみたいんですが、この世界にエルフはいるんですかねぇ?」


 「どうなんだろうね」


 「それより小夜、あの子とはどうなんだよ」


 「どうとは」


 「何を惚けているんですか? 紬尸織ちゃん、下級生のあの子ですよ!」


 そういえば相変わらず姿見ないけれど何やってんだろアイツ。

 厄介毎とか持ってこなければいいんだけれど。


 「付き合っているんだからやることやってんだろ? ほら、セ、セセセ……とかチューくらいはしたんだろ?」


 「童貞卒業したんですか? 感想教えてくださいよぉ」


 僕と尸織が交際している?

 何それどこ情報よ。

 もしかして僕達はそんな関係に見えるの?

 

 「付き合ってないし童貞は卒業してない。それにアイツとは何もないよ」


 「はぁーそんなしょうもねぇ嘘を吐きやがって。尸織ちゃんがお前の部屋を出入りしていたっつう目撃情報があんだぞ」


 「男女の同棲……何も起きないはずもなく! 何もない男女が一緒の部屋になるわけがないじゃないですか!」


 あの馬鹿僕の部屋に侵入していたの?

 僕と那岐ちゃんが密談している最中に疑惑を立てられるようなことしやがってアイツ……!


 「服装が若干乱れ気味で首とかになんか赤い痣あったらしいけれど。痣はよう分からんが服が乱れっつうことは確定じゃねぇか」


 「小夜くんの部屋を出た後にそれですからね! もう確定ですよ小夜くん!」


 いや知らないよ……。

 基本僕と尸織は別行動だったのだから至るわけがない。


 ──嵐が来る。急ごうか、取り返しの付かない事態に陥る前に。

 那岐ちゃんのこれは忠告だったのか……!?

 もう取り返しの付かない状況になってるんだよなぁ……!

 

 「まぁ誤解だよ。第一僕は散歩していたから部屋にいなかったわけだし」


 「じゃあ服と痣は何だったんだよ!? それに同棲も! 証拠は出てんだぞ!?」


 「ささ、感想を教えてくださいよ小夜くん! 他言無用で口外とか絶対しませんし。僕達の仲じゃないですか!」


 「いやだから僕と尸織は何も……」


 「私も教えて欲しいなぁ?」


 「教えるも何も僕と尸織は……ん?」


 僕の肩に手を置き眉間に皺を寄せつつも満面の笑みを放つ橘三日月様。

 その背後には何とも言えない表情の真と鈴華と無表情の委員長がいた。

 委員長こと東條凛とうじょうりんちゃん。僕は彼女を親しみを込めて凛ちゃんと呼ぶ。彼女もまた僕の名前が可愛いからと小夜ちゃんと呼ぶ間柄である。基本無表情の冷静な眼鏡美少女であるが、中身は案外お茶目で悪戯っ子な部分がある。

 そして、三日月様の威圧感に圧倒された山田と田中は、僕に「頑張れよ」「頑張ってくださいね」と別れの挨拶を告げると瞬く間に退散していく。


 うーん、もう取り返しの付かない事態。

 またネタバレ前に死んでしまうことになるようだった。

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