第5話 風が騒がしいな
僕達は召喚者として高待遇を受けることになり、各自一人一部屋与えられることになった。
食事も
今宵は召喚初日ということでお疲れであろうという国王の配慮から、明日の予定を軽く確認して自室へ籠ることになった。
異世界隠居生活を過ごすに当たり僕は地理の把握や歴史といった情報収集を行う必要がある。
引越し先を見繕うに当たって周辺環境や治安の確認は必須だ。同様にその地域が紛争地帯などではないか、瘴気の蔓延した死地ではないかを確認すべきなのだ。
城内の図書館に忍び込むことも考えたが城内の構図は把握していないし、衛兵に不審者として取っ捕まる危険もある。
僕の失踪予定までは時間はある。余裕のある合間に情報収集をすればいい。
それに生活資金も不足している。
異世界召喚時に持ち込んだ物を売り捌くことも考えた。だが、生憎僕の持ち込んだ代物は携帯と財布と僅かなお薬である。
となれば城内の貴重品を漁るのが最善か。
いやそれこそ衛兵に泥棒として取っ捕まる危険もある。
そうなれば、治安の悪そうな場所に赴き盗賊やらを襲撃して盗品を拝借するのが良いだろう。
悪党退治と盗品拝借の一石二鳥。好都合なことこの上なしだ。
よし、時期を見計らって悪党退治に赴くことにしよう。
しかし、僕の糞雑魚能力値で盗賊やら野盗を退治など出来るのか疑問がある。
これでも僕は前世の治安維持組織の経験から、それなりには自身の能力については自信がある。しかし、水晶玉の結果によると僕は最弱だと明記されていた。
これは僕が異世界に召喚されて弱体化したのか、それとも僕自身の本来の能力がその程度だったのか知る由もない。
そもそもあの数値自体を過信していいのだろうか? A級のミカに足を踏み躙られても尚も僕は生を保っている。
僕の防御力が1であるのならA級のミカに足を踏まれただけで瞬殺されてもおかしくないはずなのだが。
だから、この魔道具は贋作で発明家とやらは詐欺師だったと思うことにしよう。
大金積まれて贋作を購入してしまった国王には同情してしまう。
となると僕の能力値も紛い物だと、数値など信頼せず思う存分生きることにしよう。
僕が弱体化せずに魔道具が贋作だとすれば、僕は3度目における実力を行使出来る。
3度目だとか2度目とかややこしいな。2度目を黒幕時代と3度目を社畜時代と呼称することにしよう。
ちなみに黒幕時代の魔法を社畜時代も使用しようと思えば叶った。だが、僕には制限が課せられていた。
僕は倫理観無しの施設にて誕生した後、出来損ないの失敗作として廃棄処分させられる予定だった。
だが、僕は施設をうっかり半壊させる黒幕時代の魔法を行使してしまい、それにより処分を免れる形となった。
珍しい異能を多彩に扱う者。
それが僕の存在価値だ。
だが、僕の魔法という名の異能は牙を剥かれるのを厄介だと危惧した上層部が僕に薬物投与することにより使用を制限させた。
要は弱体化させる薬である。
僕は身体強化や感覚強化程度の魔法しか扱えなくなった。
この薬の服用は1年に1回。服用間隔は長いが怠ると副作用がある曰く付き。
副作用は、服用せずにいれば僕本来の力を取り戻すことが可能。だが、全身に苦痛が蝕み精神が不安定化する。おまけに病気に罹りやすくなり余命1年程度になる。
前回の服用期間から半年が経過しているので僕の寿命は1年半ということになる。
常備はしていない。というかさせてもらえない。僕は薬を貰いに施設へ伺うことだけで、自身の猶予を伸ばすことが叶ったのだ。
だから、追放やら隠居やら失踪やら、そんな願望を抱いたところで結局は僕の余命は長くて1年半程度になるんだよね。
死の恐怖などない。
だって通算4回目の異世界経験だ。
記憶を継承しようが意思を抹消されて輪廻転生しようが、未来永劫闇の中で意識もなく彷徨う羽目になっても僕にはどうでもいい。
僕はこの1年半の猶予期間を何もしないに注ぎ込みたいのだ。だから人類の窮地とやらに関与する気はない。
何もしない生き方を送るためにも世界情勢やら自身の強さについて知る必要があるわけだ。
そのためには、先ず──。
「やっべ。何かで隠しとこ」
軽く壁に拳を打ち付けると亀裂が生じた。
僕の身体能力は継承されている。
これなら悪党共と対峙しても何一つ問題ないと言いつつも油断禁物だ。実際に合見えないと判断が付かない。
ヨシ、早速盗賊狩りに駆り出そうとでもするか!
「…………」
と思った矢先、僕は裂け目を摩りながら思慮に耽る。
余命1年半の僅かな時間で本当に何もしなくていいのかと。
隠居生活で誰にも知られずご臨終でいいのかと。
僕には数多の世界において叶え成し得なかった偉大な夢があったはずだ。
物語の黒幕という存在に憧れを抱いていたはずだ。
異世界召喚も僕自身を見つめ直す切っ掛けなのではないか。
この召喚は僕の生き様を刻む終着点ではないのか。
来世で僕の自我が継承されるか分からない。
そうなれば僕という存在は終いになってしまう。
仮に僕の世界が最期だとして僕は本当に田舎隠居で幕を閉じていいのか。
「とりあえず自分探しの旅に出るか〜」
そう独り言を呟きながら僕は城内を散歩することにした。
忘れていたけれど、そういえば尸織どこ行ったんだろ。
迷子の尸織ちゃんを捜索しつつ城内を探索していると、衛兵や使用人やらと顔を合わす。
「あれがあの……白色の。可哀想に……」
「漏らしたとかっていう。可哀想に……」
そこの連中、聞こえているぞ。
僕の評判は筒抜けであるのか道行く人が僕の顔を凝視する。
異世界人が物珍しいからではなく僕が白色ことF級であるのと僕が漏らしたという名誉毀損なことが興味を引いているらしい。
「やれやれ、人気者も辛いね……」
すれ違う度に澄ました顔で会釈をしつつ、僕は謎の注目を浴びながら散策を続けた。
そんなこんなで僕は街並みを一望出来る塔の最上部へと足を運ぶ。
塔の胸壁に腰を下ろし脚を揺らしながら、風を堪能しつつ明かりに灯される街並みを見下ろす。
「風が騒がしいな……」
「風の精霊が良くない物が運ばれていると告げている。急ごうか、取り返しの付かない事態に陥る前に」
台風でも来るのかな。
僕の独り言に乗ってきたのは男装の麗人である
いつの間に僕の背後にいたんだという疑問は抱かない。何故ならこの人は神出鬼没の存在であり、気が付いた時にはいる展開が多いからである。
僕と彼女は似た者同士なのか気が合う間柄であり、生徒会三人衆を除くと一番仲が良い。
那岐ちゃんは制服は男子用だから性自認が男性というわけではない。単に男物が好きだからと男子用の制服を着こなしているだけなのである。
曰く小学生時代のランドセルは黒色。裁縫セットはドラゴン。分かるよ、その感性。
「それで、どうしたの那岐ちゃん」
「何、私の大親友兼相棒が悩み悶え苦しんでいるように見えたからねぇ。お節介を焼きにきたワケさ」
「優しいね君は」
「だろう?」
那岐ちゃんは胸壁に身を乗り出すと僕の隣に腰掛ける。
愚者の魔女により途絶させられた黒幕への理想と田舎で隠居したい願望。その両者の内の僕はどちらを選ぶべきなのか。
僕は自ずと自分の葛藤を打ち明け出す。
「道が分からなくなっちゃってさ」
「ふゥン」
「2つの道のどちらを行くべきなのか迷っている」
「簡単な話じゃないか、どっちも行けばいい。別に片道を歩めば引き返せないワケじゃないんだろう?」
ど、どっちも……?
田舎で隠居しつつ黒幕をするということ?
んな無茶な。
いや本当に無茶なのか?
僕は片方だけに執着し過ぎて片方を選択すれば片方は捨てなければならないと錯覚していた?
田舎で隠居しつつ暇な時に都会に出て黒幕をすればいいと僕は何故浮かばなかった?
「だが、時間は有限だ。片道しか歩む時間がないとすればどうすればいい。自分にとって大事な夢が何か、それを理解するにはどうすればいい」
「ふゥン。では、この大親友兼相棒の私がどちらが最も君にとって大事な物であるのか教授してあげようじゃあないか」
立ち上がった那岐ちゃんは胸壁を一歩一歩足を運ばせ、やがて足を止めると大きく腕を広げる。
「夢は必ず叶う!」
「必ず?」
「そうさ私が証明さ。私は自身の渇望言わば夢を追い求め前に進んできた。私の行手を阻む弊害は全て排除し、ひたすらに自身の夢へと一直線してきた。すなわち諦めなければ夢は叶う!」
曰く彼女は当時の同級生やその保護者や教師から奇異の目を浴びせられたが、それでも自分の信念を貫いてきた。
揶揄いが発展し虐めに遭うこともあった。だが、彼女は自身の個性を貫き通した。
だからこそ、高校生になっても自身の感性を大事にする那岐ちゃんに僕は好意と尊敬を抱いた。
僕が社畜になると同時に消失してしまった憧れを彼女は未だに大事にしているからだ。
「まぁ何にしても両方の道を歩むだけさ。有限だとしてもね。更に私であればその猶予を無限にさせてもみせるさ」
「んな無茶な」
「無茶ではないさ。大抵の事は何とかなるのさ」
僕の余命も何とかなる。
楽観的過ぎるが僕の黒幕願望を抱き続けていれば、その弊害も除去出来ると。
まぁいいか。
単純な話だったのだ。那岐ちゃんの言う通り僕は田舎暮らしと黒幕ムーブの両方を選べばいい。で、良い感じの主人公候補を見つけたら黒幕として討たれればいい。
でも1年半の間に主人公候補に敵対する組織を結成出来るかな。
いや偶には孤軍奮闘するのもアリかもしれない。
まぁその辺も追々考えていけばいい。
「嵐が来る。急ごうか、取り返しの付かない事態に陥る前に」
雲行きが怪しくなってきた。
どうやら台風が来るらしい。
召喚早々風邪を引いてはまずいよねと僕達は塔を後にした。
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