第4話 追放失敗
齢17にして老後の貯蓄は十分である。
治安維持組織の仕事は過酷で死亡率も高い割に給料待遇は良い。
趣味が修行くらいの僕は浪費せず貯金に注ぎ込んでいた。
そして、本来異世界召喚されなければ治安維持組織を退職して失踪した後、田舎に引き篭り隠居生活を送る予定であった。
家庭菜園に勤しみ草毟りに精をなし陽の光を浴びて汗をかく。自宅の庭で飼い犬に戯れながら心を癒す日常。
そんな未来を描いていた。
だが、念願の隠居生活は異世界召喚により離散した。
もういいだろと。
1度目の世界では暗躍するために千年王国を結成。
主人公と敵対して最終的には討たれたいなんて願望を抱くも、僕が相見えたのは主人公ではなく愚者の魔女とかいうぽっと出の陰湿女である。そして奴と相打ちとなり僕は心半ば命を落とす。
2度目の異世界こと元の世界では実験施設の失敗作として誕生。
未成年に殺戮を強いる上層部に媚び諂い、僕は肉体を損傷させられ精神を疲弊させられるの社畜と化した。
上層部に反逆する大量虐殺計画を立てるも、已む無く異世界召喚により阻止される形となった。
僕はもうね、何もしたくないんですよ。
1度目には裏切り黒幕キャラとして活動したかったが愚者の魔女のおかげで有耶無耶になり、2度目では殺戮機械へと変貌し──。
勇者の使命とやらを仰せ付けられ人類の救世主となる。そんな立派な使命感や正義心は僕にはないのだ。
皆の士気が向上している今、僕のような気概の人物は排除されるだろうが、それは願ったり叶ったりだ。
しかし人気者の人格者である僕が何もしたくないですと暴露するのもなんか違うわけで。
そうして考え抜いた結果、無能の烙印を押されて追放されればいいのだと思い付く。
以前鈴華に押し付けられた漫画を読んだ時に能力が雑魚過ぎたので追放された展開を拝んだことがある。
追放された無能は実は最強でした!? 俺は最強でハーレム無双! 最弱無双の成り上がり! 戻って来いと言われてももう遅い! 的な内容だったと思う。
要はこの展開になればいいのだ。
能力値測定で糞雑魚が判明。役立たずの穀潰しめ! と国王や宰相に罵声を浴びせられ、友人であった者達からの見る目は変わり、「無能に役割を与えてやる。俺達のストレス発散サンドバッグになれよ!」などと暴力行為を受けて、やがて追放される展開を望む。
人気者の僕が一転してその状況に転落することなど有り得るのかという疑問に答えよう。
心理的に追い込まれた人間は協調性や統一を生ませるために内部に敵を作る傾向がある。劣った敗北者は対象となりやすく無能糞雑魚の僕が敵となるわけだ。
異世界召喚で精神が不安定な現状、皆は無能である僕に敵愾心を持つようになるだろう。
そうなれば僕の追放計画は達成され、田舎で隠居生活を送れるというわけになる。
それに大当たりが連続する中、大外れが生まれれば皆を興醒めさせることも可能だ。
顔と人格が取り柄でも無能なのはねぇ。冷めたわ……なんなのアイツと皆は僕を敬遠すること間違いなし!
まぁ仮に皆の反応が変わらずとも国の権力者である国王に「お前のような無能は勇者に相応しくない!」と追放を促されれば勝ちなんだけれど。
追放と言われ荷物をまとめる僕を皆は庇うだろうが、「国王の命令に背いちゃイカンよ」などと適当に告げ悲しい背中を見せて後にすればいいだけだ。
だが仮に──僕がS級であったとしたら?
そうであったなら僕の計画は一気に打開してしまう。
いや僕がS級なわけがない。根拠はないが僕はS級ではない。
そうして皆からの注目を浴びる僕は覚悟を決めた。
頼む。
僕の無能が発覚してくれ!
無様な懇願をしながら水晶玉に手を翳す。
すると無色透明な何色でもない……いや微かに白く弱々しい光を彩っていた。
僕と魔道具の契約が交わされたのか視界に能力値画面が映し出される。
【名前:比良坂小夜】
【LV:1】
【HP:5/5】
【MP:5/5】
【攻撃力:1】
【防御力:1】
【魔力:1】
【魔抵抗力:1】
【素早さ:1】
【運の良さ:5】
【技能:『愚者』】
よ、弱い! 絶対に弱い!
皆の平均値を確認してないから分からないけれど、これは確定で雑魚だ!
全項目の平均が10程度で虹色や金色を放つわけがないよね!
だからそう──これは大当たりだ。
「あ、えっと……」
「「…………」」
「これは……どうなんですかね?」
「「…………」」
僕は不安気な表情を浮かべながら両者に訊ねた。
これは確定で雑魚だ。大勝利だ。だが……だ、駄目だ……まだ笑うな、堪えるんだ……!
余りの最弱振りに国王と宰相が何を言おうか迷っている。
迷うな! 言うべき言葉は一つしかなないだろ!
僕はその言葉を待ち続ける。
「よ、弱い……! 弱過ぎる! これほどまでの最弱、よく今まで生きてこられたなと逆に感心するほどの最弱は見たことがありません!」
僕の結果が想像以上だったのか宰相は驚愕してしまう。
──これは来たか。
大勝利の宣言である追放、それはいつ来る?
10秒後か30秒後か?
何にしても僕の勝ちは揺るがない。
待ちかねた待望の展開であるお前のような無能は追放! その展開を僕は期待に満ちた表情で待ち侘び──。
「前代未聞ですが……まぁ、こんなこともあるでしょう。ええと……そうですね、何と言いますか、ええと、ええ。落ち込むこともありません」
期待と確信は裏切られ宰相は僕を慰める。
あれっ違うな。
無能は追放が定例では。鈴華の漫画ではお約束のはずだったんだけれど。
となると追放未確定……?
「白色の雑魚は追放、無能の能無しは死刑。これが定例なのでは?」
「ざ、雑魚で死刑だなんて前例がありません! それに貴方は大罪を犯したわけではないのでするわけがないですよ……!」
「前例がないなら破りましょう! 穀潰しは追放処分に処すべきでは!?」
「い、いえ……異郷の地より召喚した勇者様を追放なんてしませんよ!」
どうしてこの宰相は物分かりが悪いんだ。
僕は宰相では相手にならないと即座に判断し王様に直談判する。
「国王陛下! 僕に然るべき追放処分をお与えください! 僕のような無価値な者は百害あって一利なし! 是非とも追放を!」
「君は謙虚な人間なのだな」
何をどう捉えたら僕が謙虚に見えるんだ。コイツは人を見る目がないのか?
「君のような異端な者もいてはおかしくはないのだ。だから気を病むな。我々は君達を召喚した責任者として君を見捨てたりなどは決してしない」
なんて寛大な国王なのか。
いやいやいや違うでしょと。
何故に貴方達は僕に優しくするのか。
無能は追放が常識だろうに。
……ッ! そういうことか! これで僕だけが召喚されたなら話は違う。30人程召喚させた上で全員が当たりを揃える中で1人くらい雑魚でも問題はない。差し引きしても29人が当たりなのだから影響はない。だって糞雑魚以外の全員が最強なのだから。
国王と宰相から慰められ励まされ諭された僕は、納得いかぬ心境で壇上から引き下がる。
ミカに鬼龍くんに鳳凰院さんに真と4連続で大当たりを引き当てた中、大外れという名の大当たりを引いた僕を皆は出迎える。
僕の表情が鬱屈し過ぎていたのだろう。僕の顔色を見た皆は不憫な者を見る目をしていた。
おっとイカンイカン……表情を切り替えねば。
「ごめんね。皆の期待を裏切っちゃって」
そう詫びると彼等は言葉を詰まらせる。
あ、いや──国王側が追放反対だとしても2年3組が追放賛成すればいいだけの話。勇者様の言葉には逆らえないよ……ごめん君追放ねとなるはず。
頼む!
僕の無能が判明したのだから軽蔑してくれ!
そして追放の展開に持っていってくれ!
そうなれば僕の悲願は叶う!
「小夜くんが白色なわけがないだろう! これは何かの間違いだ! 再測定を要求する!」
鈴華が直談判しようと国王の元へ向かおうとするも護衛の兵士により宥められる。
暴れ回る鈴華を諭した真とミカは国王に非礼を詫びて申し出る。
「俺も……何かの間違いだと思います。この結果は信じられません」
「みんなが赤色以上なのに小夜だけが白色ってどう考えてもおかしいでしょ!?」
「この魔道具は稀代の天才である発明家が開発したのを直々に頂いた物。測定による精度は保証されています。僅かな誤差は生じるとは言えども……ここまで大きく数値が下がるというのは有り得ません」
結果の誤りを疑う二人は再測定を申し出るが、結果に誤りは出るわけがないと宰相が語る。
へぇ、そんな凄い魔道具を開発する人もいるんだね。
その発明家と彼女は大分気が合うかもしれない。まぁ世界線が同一であればの話だけれど。
あ、いや魔道具に感心している場合じゃない。
生徒会三人衆は期待とは裏腹に僕を全肯定してしまう。
違うんだ。
僕の求める君達の反応は違う。そうじゃないだろと。
「コイツが俺より下なァわけがねェだろうが! 有り得ねェからこそ、再測定をすべきだろうが!」
鬼龍くんや他の者が要求する中、国王や宰相は承諾し、僕は再測定をすることになるが結果はやはり変わらず。
結果は変わらなくていいんだ!
変わって欲しいのは君達の僕を見る目だ!
頼むから僕を糾弾してくれ!
「小夜くん……どうでしたか? 変わりましたか……?」
「……鳳凰院さん……ッ! 何度やってもッ! 変わりそうにないッ……! 僕は、僕は……ッ! ……あ、いや待てよ?」
「小夜くん……が、そんなはずは……!」
僕の境遇に憂い胸を抑える優しい鳳凰院さんを背にして僕は思考を加速させる。
というか、別に追放に執着しなくてもいいのでは。
何より簡単な解決策はあるじゃないか。
勇者や魔王の諍いに関与したくないのなら失踪すればいいだけのこと。皆の前から姿を消して蒸発すればいいのだ。
何でこんな単純な解決策を思い浮かばなかったのだろう。鈴華から拝借した漫画の影響かな?
よし、そうしよう。頃合いを見て失踪しよう!
2年3組の全員に宛てた書き置きは残して行方不明になることにしよう!
我ながら素晴らしい妙案だ。痺れちゃうね。
あー、良かった良かった解決解決〜。
苦悩が解決され気分快晴に歩んでいると生徒会三人衆が僕の元へ集う。
そういえば、皆は僕の結果が誤りだと国王に直訴してくれたんだよね。なんと友人思いな人間なのだろう。
「小夜くん……」
「──もういいんだ。ありがとう」
「小夜……」
「っ……!」
鈴華が何か言いかけたのを僕は遮る。
僕の制止に真とミカもこれ以上訴えようとはしなかった。
だってもう僕の中で解決したのだ。これ以上皆に負担を掛けるわけにはいかない。
僕は来るべき日に備えて前に進むだけだ。
「何度やっても結果は変わらない。結果は甘んじて受け入れるしかない。だから僕は別の手段で道を切り開く」
そう──追放ではなく失踪として道を切り開く。
そう僕は強く宣言して必ず失踪してみせると表情を引き締めた。
道中で皆の心境に変化が生じて追放されるもヨシだ。
何かの作戦中、うっかり奈落の底に転落して
とにかく関係者から部外者になれればヨシなのだ。
よーし、追放でも失踪でも行方不明でも何でもいい。
僕の念願の隠居生活を手に入れられるよう頑張るぞ!
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