第2話 もう異世界はお腹いっぱい

 またかよと吐き捨てる。

 性懲りもなく異世界召喚を喰らった僕の心境は複雑なものとなっていた。

 だが、異世界ということは元の世界の奴隷生活から解放されたということである。

 元の世界に未練一切無しの僕からすれば、これはもう大勝利なのでは?

 前世の枷から解放された今、遂に僕は隠居して愛犬と戯れるのだ……。


 「先輩! 定番の異世界転移っすよ! いや〜まさか私達が遭遇するとは思わなんだ……。やれやれ参ったっすね!」


 何故か一緒に異世界召喚されたのは僕の後輩である紬尸織つむぎしおり

 腰まで伸ばされた艶やかな黒髪が魅力であり、裏切りそうなお茶目な糸目が印象的な美少女である。

 この腹黒女は僕と同じ治安維持組織に所属する者であり、これまた同じ施設出身であるため幼馴染とも言える。


 ともあれ、何故に揃ってコイツも異世界召喚されているのか?

 召喚者の顔触れは2年3組の全員と担任の伏見ふしみ先生が見られ他の組や学年の者は召喚されていないはずなのだが、何故だか1年である尸織も揃って異世界召喚されていた。

 転移直前は放課後のHRホームルームであったわけで部外者の立ち入りは不可能だというのに……。


 「参ったのはこっちだよ。何でお前も異世界転移してるんだよ」


 「HR中に先輩の教室に侵入していたんで、それで私も巻き込まれちゃったのかもしれないっす! それより放課後に先輩とデート出来ないじゃないっすか……最悪っすよ!」


 「異世界召喚よりデートを優先するなよ。というか忍び込むなよ」


 場違いな問答を繰り広げていると、僕達の元に男女三人組が近寄る。

 学内で絶世の美男美女三人組と評される彼等は、生徒会長の天音鈴華あまねすずかと副会長の武部真たけべまことに会計の橘三日月たちばなみかづきことミカである。ちなみに僕は庶務だ。

 生徒会三人衆が集結したということは、現在僕達が置かれた状況を整理するため他ならないだろう。

 

 「小夜くん? デートってどういうこと?」


 ミカの糾問に背筋が凍る。

 あれっ……もしかして、状況整理じゃなくて問い詰め? 異世界召喚より僕のデートの方が優先順位高いの? いや、そもそもデートの約束なんてしていないけれど。


 「真、鈴華。どうやら僕達は異世界召喚に巻き込まれたらしい。いやはや、まさか僕達が遭遇するとは思わなんだ。やれやれ参ったね……」


 「おい話をすり替えようとするな」


 「小夜くんのデートは後で自供させるとして。それより今は私達が置かれた現状を整理することが大事だろう」


 至極真っ当な意見を挙げる鈴華に釈然としない様子であったがミカは同意する。

 ちなみに僕に事実無根の冤罪を吹っ掛け禍根を生んだ尸織は時既に姿をくらましていた。

 何にしても……悪戯っ子の尸織ちゃんには後でお灸を据えないとならないね!


 「俺も同意見だ。正直……何が起きているのか分からない」


 真の混乱は正常だろう。

 異世界召喚に遭遇してデートを優先する尸織は狂人であるし、真っ先に詰問してくるミカは異常である。

 僕は通算4回目の世界周遊であるから今更狼狽も何もないのだが……。

 それにしても我等が生徒会長はすぐさま状況を把握し対策を練る聡明さ。流石は学内随一の秀才にして皆に慕われる人気者なだけある。


 「真くん、小夜くんが言った通り私達は嬉々としたことに異世界転移に逢着したようだ」


 「嬉々?」


 「正直私は私達が異世界転移した事実に歓喜している! なぁ小夜くん真くんミカ! 私達は遂に異世界転移したのか!? 異世界転移してしまったのか!? 遂に私の秘められた謎の力が覚醒する時が来たのか!?」


 「重症だよこの生徒会長……」


 「……と、今は止しておこう。皆! 落ち着いて欲しい! まずはあのお二人の話を聞こうじゃないか!」


 ミカに軽口を叩かれ理性を取り戻した鈴華は頭を切り替え、先導する彼女の言葉に皆の喧騒も鎮まる。

 そうしてアリウス国王と宰相のウラギール宰相は

は顔を見合わせる。

 そして、僕達の置かれた状況を語り出す。


 「我等人類は魔王軍の脅威に……」


 典型的な異世界物にある内容なので割愛する。

 リュミシオン王国は異世界より優れた人物を召喚する古代魔法を解読したらしく、それを早速活用して勇者召喚に踏み込んだそう。

 一人二人召喚出来れば成功と言えるらしく、今回3組全員+尸織まで召喚が叶ったのは異例中の異例で前代未聞であるそう。

 僕達が異世界の言語を理解出来るのは、召喚時に施された異世界言語を日本語に翻訳させる魔法のおかげらしい。

 更に各々に特別な固有技能スキルも授けられているとも。またまた、自身の能力値ステータスを鑑定する魔道具なんかもあり、それを使用して早速測定するようである。


 至れり尽くせりな待遇である。

 僕が最初に転生した世界では自身の能力を測る便利な物は無かったし、翻訳魔法なんてものも無かった。

 別に言語習得には苦労しなかったし実力を推し量るのにも特別困ったことはなかったが、僕の他の転生者やら転移者は大変だろうなと思い、そんな便利な魔法や道具などあればいいよねと原初の7人の内の1人に語ったことがある。

 1度目の異世界と同一なのではと疑う僕だったが、1度目にはリュミシオン王国という国家は存在しなかった。

 1度目から大分時間が経過して新国家が誕生した……なんて可能性も捨て切れないが、別の異世界に転移してしまったと考えるのが濃厚だろう。


 何にしても魔王軍の侵略に脅かされる世界観は定番だなぁと耳を傾けていると、担任の伏見先生が恐る恐る手を挙げ訴える。


 「失礼します。私は彼等の担任ですが一言よろしいでしょうか?」


 「構わない。申してみよ」


 「私達を今すぐ元の世界に帰して頂けませんか? 私達は争いとは無縁な人間です……! それに……未成年、子どもばかりですよ……!?」


 なんて良識のある対応なんだ……!

 特権階級の者に直訴とは感心してしまう。

 生徒思いの勇気のある御方だなぁ。

 冷酷無情な傲慢な僕の上層部とは大違いだよ。


 「……大変申し訳ないが異世界召喚魔法は一方通行なようなもの。送り返す……君達が元の世界に帰る魔法はまだ解明されてはいない」


 国王の謝意の言葉に静寂を保っていた生徒達に喧騒が生まれる。


 「ざっけんじゃねぇよオイ!」

 

 怒号を上げたのは自称不良の無遅刻無欠席皆勤賞狙いの優等生鬼龍きりゅうくんである。


 「オレにはなァ……養っていかなきゃならねェお袋や妹らがいるンだよなァ! アイツらを見捨てておめェらを助けろだとォ? ンな余裕あっかよ!」


 言動は荒いが家族思いの好男子に皆は同調する。

 皆勤賞を閉ざされた鬼龍くんの憤りは止む気配が見えず。

 

 「私も彼に同意です。私には病床に伏したお父様がいる……。申し訳ないのだが家族のためにも……貴方方を助ける余裕はない……!」


 金髪縦ロールのお嬢様である鳳凰院ほうおういんさんは心苦しそうに告げた。

 皆は家族思いだなぁと、これまた感心してしまう。


 場の空気は荒れるに荒れ揉めるに揉めてしまう。

 この状況どうするんだろと鈴華と真に視線を遣ると、何とか場を鎮静化させようとするも効果なし。

 まぁ異世界転移時の対策なんて履修してないから難しいよね。


 このまま傍観していても構わないのだが……まぁ異世界の立ち回りが大先輩の僕が人肌脱ぐとしよう。

 そうして僕は腹を抱え蹲る。

 冷や汗を垂らし吐息を荒げ、僕はその場で絶叫する。


 「ぐ……ぐわあああああぁぁぁぁぁ!!!!! お、お腹が……! お腹の調子がぁ……!」


 「だ、大丈夫か小夜!?」


 「ハァハァ……ゼェハァ……アアッ! こ、国王陛下!!! 大変不躾な申し出で申し訳ないのですが! おトイレは! おトイレはどちらですか!? も、漏れるぅ……!」


 僕の一世一代の演技に皆は刮目する。

 作戦名、下には下がいる作戦だ。

 人間、自分より下の境遇の者や劣った存在を見ると心理的に安心する。

 異世界召喚の恐慌に腹痛が追加されたのだ。流石に可哀想だと同情するだろう。それに僕の大演技により一度場の空気を白紙にさせる効果もある。


 そうして僕は困惑した護衛の兵士に案内されてトイレへと向かった。真が付き添うと気遣ってくれたが、やんわりとお断りしておいた。

 何だろう。漏らしてはいないけれど何か大事なモノを……名誉だとか矜持とか、何かそういうモノを失った気がする。

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