第18話 いよいよ大学生
第二パート大学編その一の始まりです。
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美優は卒業式が終わってから一週間もしない内に東京に越して行った。引越しの当日、
「博之、帰って来ても会えるよね?」
「勿論だ。俺も美優と会う事を楽しみにしている」
「うん、行って来るね」
「ああ、…美優」
「何?」
「体に気を付けろよ」
博之のこの一言にずっと我慢していた涙腺が崩壊した。してはいけないのかもしれないけど思い切り彼の胸に顔を付けて声を殺して泣いた。博之は優しく、背中に手を回して
「いつでも帰ってこい」
「うん」
その言葉に涙腺が収まって行くのが分かった。後は、笑顔で
「じゃあ、行って来るね」
「ああ、気を付けてな」
引越しの車は時間指定で向こうに持って行ってくれるらしい。美優はお母さんと一緒に母原町の駅まで向かった。あの駅からは東京駅まで特急が出ているからだ。
タクシーが走り去る姿を見ながら、何となくぽっかりと心の中に穴が開いて風が吹いた感じがした。
大学生活が始まった。通う大学は家の最寄り駅から乗換えを入れても一時間。決して遠くない距離だ。
自宅から通える大学というのもこの大学を選んだ理由だ。親にはなるべく負担を掛けたくない。
俺が入った学部は理学部数学・情報数理学科、実際に入りたいのは情報数理学コース。
だけどこのコースに行けるかは、二年修了時の成績と適性が判断されると聞いている。
それも一、二年次は数学・情報数理学一緒で、情報数理学コースに行けるのはその中の二割。それ以外は数学コースか別のコースになる。結構難関だ。
三月二十七日にオリエンターションが有ったけど、四月三日から十九日までに前期第一ターム約二ヶ月分の履修届をしなければいけない。そして五日に入学式があり、八日が早速授業開始だ。
結構忙しい。一年生は基礎教育が中心。だから理学部生もそれ以外の学部生も同じキャンパスに居る。
授業初日の一限目、四号館一階の講義室に行かないといけないのだが、初めての所なので何となくドキドキしながら入ると結構な人数がもう来ていた。
理学部生の全員が受けなくてはいけない共通専門基礎科目なので一杯いるのは分かるが、遅く来た所為か座る所が残り少ない。
そう一限目は、歩きも入れると午前七時前に家を出ないといけないのでちょっときつい。
仕方なく、前から四番目の一番左端が空いていたので隣に座る女子に
「済みません。ここ空いていますか?」
「空いてますよ」
俺をチラッと見ると直ぐに前を向いた。凄く素っ気無い感じだけど、初めてなのだからこんなものか。
授業は九十分。これが終わると四限目までない。楽しみにしていた図書館に行く事にしていた。
教科書をまとめてバッグに入れて講義室を出ようとすると、俺の隣に座っていた子が、
「あの」
「えっ?」
「いきなりですみません。これからどうするんですか?」
何言っているんだ。この子は?名前も名乗らずにいきなり聞いて来た。俺がジッと顔を見た後
「君、名前は?」
「済みません。それが先でしたね。私は
この講義室で次の授業を受ける学生が少しずつ入って来たので、
「取敢えず、廊下に出ましょうか」
「そうですね」
榊原さんは椅子から立ち上がると、身長百六十センチ位で背中の中程まで艶やかな髪の毛があり、やや丸顔のちょっと吊り上がった大きな目が特徴の女の子だった。
茶色の長いスカートに黒の紐靴、厚手の白いブラウスに淡いピンクのカーデガンを着ている。結構胸が大きい。
二人で廊下に出ると彼女が
「あの、この後受ける授業って四限目ですよね。まだ凄く時間が有るのでどうしようかなと思っていたんですけど」
はて、この人何言いたいんだ?
「えーっと、俺行く所有るので」
「あっ、すみません」
あーあっ、行っちゃった。そう言えば名前も聞いてなかったな。高身長で結構好みのタイプだったから友達になろうと思っていたんだけど。また、四限目で会うから良いか。
俺は、声を掛けられた子の事は気に留めずに図書館に向かった。この大学は国立だ。俺が望む方向の蔵書がどの位あるのか期待している。
図書館で気分だけ満喫して、丁度十二時。大学会館にフードコートがあるというので行って見ると確かに和洋中何でも有りだ。だけどこのキャンパスの学生が雪崩れ込んで来ているので結構一杯だ。
本当なら席取りしてからフードカウンタに行きたいのだけど、何せ一人だ。こんな時友達が居ればいいのだけど。
仕方なく、カレーのカウンタに並びカツカレー大盛りを選択。それを乗せたトレイを持ってホール側を見ると結構座っている。窓に面した一人席が空いているので、そこを目指して向かっていると
「あの」
前方のテーブル席に一人で座っている女子が声を掛けて来た。よく見るとさっき講義室で声を掛けられた榊原さんだ。俺が彼女の顔を見ると
「一緒に食べませんか?」
俺も一人だと詰まらないと思い
「良いんですか?」
「はい」
俺は榊原さんの座っているテーブルの向かいに座ると
「さっきは済みませんでした。私、今日が初めてなんです。だから何も分からなくて、出来れば誰かと一緒に居れないかなと思って」
そういう事か。
「次は四限と五限ですよね。良いですよ」
「本当ですか。良かったぁ」
なんかとても嬉しそうな顔をしている。
「あの、名前を教えて貰えます?」
「俺の名前は長田博之。長尾高校の出身です」
「あそこってこの県じゃ有名な進学校ですよね。東京の国立大学に毎年何人も送り込んでいる」
「はぁ、そうですけど」
何となく馬鹿にされたような気がした。俺もあそこには行けたけど、一人で暮らす生活費や面倒さを考えると行く気にならなかった。だからこの大学にしたのに。
俺はカツカレーを食べながら一人で元気に喋る榊原さんの話を聞いていた。高校時代の話や友達がここに受からなかったので一人なのだとか。
「一人暮らししなくて通える国立大学ってここだけなんですよねぇ。親に負担掛けたくないし」
「俺も同じ考えです」
昼食も終わり、彼女の話も聞き飽きて来たので、図書館に戻ろうとして
「俺、図書館に行きたいので」
「あっ、すみません。私ばかり話をしてしまって。私も一緒に行っても良いですか?」
どういうつもりで付いて来るのか分からないけど断る理由も無い。
「構わないですけど」
「やったぁ!」
何をやったんだ?
ふふっ、イケメン男子を見つけた。それも私と同じ数学・情報数理学。一年の履修はほぼ固定化されているから、ほとんど間違いなく会えるはず。これからが楽しみだ。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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